妹とオーバーヒール
コキコキ
ミントが首を鳴らしている、どうやら疲れがたまっているようだ。
「疲れてんのか?」
「ああいえ、ちょっと肩こりがね……最近無理が多かったですからね」
――
妹ヒールの使用を推奨します
――
マジかよ……万能すぎんだろ、スキルって便利だなあ……
――
妹ヒールを使用しました
――
「あれ? なんか肩こりがなくなりましたね、お兄ちゃん何かしました?」
「ああ、ヒールしてみた」
肩こりが取れたというのにミントはどこか不機嫌だ。
「お兄ちゃん! 妹が肩こりに悩んでいたらマッサージしてくれるのが兄ですよ?」
しょうがないなあ……
俺は妹の座っている椅子の後ろに立ち肩をつかむ。
グリグリ、ぎゅー、トントン
「あーそこそこ、お兄ちゃんにマッサージされるのは格別ですねえ」
よほど気持ちがいいらしい、なまめかしい声を上げる妹、コイツには少し働かせすぎたな。
「よし! 今度は俺が依頼を受けるよ、一人でもできるってところを見せてやる! お前に頼りっぱなしじゃ恥ずかしいもんな」
そう言うと妹は焦りまくった顔で俺に突っかかってきた。
「お兄ちゃん! 私たちは二人パーティーですよ! 単独行動を認めるわけにはいきません!」
妹様的には俺一人の行動はNGらしい、基準がよく分からんな。
「お兄ちゃん、ヒールもっとかけてください! 力がみなぎってきます! いい感じです」
俺はスキルを使って妹の肩こりを軽減する、なんとも贅沢なスキルの使い方かもしれない。
――
妹が完全回復しました
――
妹は気持ちよさそうにソファに寝転がっている、しかし治癒魔法の限界を知る前にすっかりと肩こりの方は直っていたんだった。
「終わりですか? 結構気持ちよかったんですが」
「もう万全だろう? このスキル、何でも治癒するんだから」
「確かに体調はいいんですけど……もっとこう妹と触れあおうという気は無いんですか? チャンスですよ?」
「わるいが俺はオーバーヒールの力を持ってないんでな、これ以上やっても一緒だよ」
「そう言うことじゃないんですけどねぇ……」
「何か言ったか?」
「気のせいでしょう?」
今日は新規スキルの習得もなさそうなので、何事もない日が過ぎそうだった。
「お兄ちゃん、もっと私と仲良くしたらドンドンスキル覚えるんじゃないですか?」
ソレは一理ある、謎の声が「絆レベル」という謎ワードを使っていたからな。しかし……
「今でも十分すぎるほど強いだろうに……」
「私はどこまでも高みを目指さずにはいられないんですよ!」
はぁ……どうにも俺に安息はまだまだ訪れないようだ。
「そういうわけなので依頼を受けてきませんか? 私今すごく調子がいいので!」
どうやら妹ヒールはメンタルの方まで強化するらしい、いやまあ元気なのはいいんだけどね……
「俺はこの前薬草採集やってるからソレで疲れてるの、今日は勘弁してくれ」
その一言に大いに反応するミント。
「お兄ちゃん? ソレ私がいないときですよね? まさか他の女と……」
「ソロだよソロ、町を出てすぐだったから助けは要らないと思ったんだ」
しかし妹様は全く納得しない。
「お兄ちゃんがソロで任務を受けるのがどれだけ危険なのか分かってるんですか? 野良のイノシシ程度でもお兄ちゃん一人じゃ勝てないんですよ?」
酷いいわれようだった、事実ではあるけど。
「じゃあ今度一緒に薬草採りに行くか?」
「私としてはもっとドキドキハラハラするような依頼を受けたいんですが?」
「だからソロで受けたんだよ、命は一つしか無いってことを忘れてないか?」
ミントは精一杯の不満を表現する。
「いーですよー……お兄ちゃんがソロで受けて危ない目にあっても知ーらない!」
面倒なやつだなあ……
「分かったよ、今度は一緒に依頼を受けようか?」
すると途端に機嫌を直してしまう。
「是非そうしましょう! ドラゴンとかデーモンとかでかい相手を叩き潰すのは非常に楽しいですからね!」
ソレが無謀だとはもはやいわないが、現在Fランクの俺たちが受けられるかどうかは少しくらい考えてほしいものだ。
「それにしてもお兄ちゃんのシスコンにも困った物ですね?」
ペロッと舌を出して俺に嫌味を言う、当人が重度のブラコンであることはすっかり忘れているらしい。
ピコーン
――
スキル「妹ヒール」がオーバーヒール可能になりました
全体力の200%まで回復することができます
――
試してみるか? リスクとかありそうだなあ……
「おや、その顔は新しいスキルを覚えたって顔ですね!」
「どんな顔だよ、別に新しいスキルは覚えてないぞ」
「ほうほう、では何ができるようになったんで?」
追及が厳しいな、洗いざらい白状しようか。
「妹ヒールが基礎体力の倍まで回復できるようになった」
うっ……妹のキラキラした目線が痛い、かけてくれと目で語っている。
「しょうがないな『妹ヒール』」
ぐわんと俺の意識が混濁する、その代わりにミントは思い切り元気になっている。
どうやらこのスキルは、オーバーヒールには俺の魔力を大量に使うらしい。
俺が椅子に倒れ込むとミントは駆け寄ってきた。
「お兄ちゃん! 大丈夫ですか!? なんか左右の目が別の方向を見てますよ?」
「らいじょーふ……ちょっとつかれただけ……」
「このスキルは危険ですね、ヒールはほどほどにしておきましょう」
意識が薄れていく中、俺は何かに揺られるのを感じた。
――
俺は寝室のベッドにいる。あれ? 昨日何かあって……何かあったところの意識が濁りきって思い出せない。
コンコンと部屋がノックされた。
「お兄ちゃん、朝ご飯ですよ?」
「分かった、すぐ行く」
「いえ、今日はこの部屋で食べようと思うので開けて貰えますか?」
珍しい、俺の部屋で朝食とは、いつもなら『おそーい』とか言われるほどの時間なのが太陽の高さから察せられる。
ガチャリと鍵を開けると妹がカゴに入ったパンとスープをもっていた。
「お兄ちゃん、食べられますか?」
「ん? そりゃあ食べられるだろう」
俺がスープの入ったカップを手にする、どれだけスープを入れたのか、やたらと重く感じた。
パンをスープに浸して食べると、すこし元気が出てきた。
それはともかく聞いておく必要があるな。
「なあ、昨日何があったんだ?」
妹は少し目線を下げて小声で言う。
「お兄ちゃんが無茶をしたからここまで運んだんですよ? 心配したんですから!」
妹の目には少しの涙が浮かんでいた。
「悪いな、手間かけさせた」
「お兄ちゃんは自分のスキルを過信するのもほどほどにしてくださいね? こんな事があったら大変ですから」
「ああ、気をつけるよ」
それでも多少不服そうだったが朝食を食べ終わるころには俺も元気になっていた。
「今日は依頼を受けるか? ちょっと調子がいいんだ」
妹は首を横に振った。
「今日はゆっくりしましょう、明日は薬草採集とかいいかもしれませんね?」
珍しいことだった、手柄全振りのコイツが薬草採集とかいう地味なポイント稼ぎを支持するとは、どういう心境の変化だろうか?」
「なんにせよ……今日は一日私とまったりしましょう、今後のことは今後に考えればいいんです!」
そう力強く宣言するミントが昨日一体何を見たのかは聞けないのだった。