妹と依頼と膝枕
「うわあああああああああああああああ!!!!!!!!!」
俺は悪夢から絶叫しつつ目を覚ました。
なんだろう、とても嫌な夢を見ていたような気がするのだが……
「あ、お兄ちゃん起きましたか? イビルベア相手にしてビビって気絶してたんですよ? まあ私へのバフがすんでいたので相手は消し飛びましたが」
ああ、どうやら恐ろしい怪物に襲われる夢は事実だったらしい、恐怖で記憶が飛んでいた。
「ちなみに報酬はいつも通りろくにありませんでした、なんでもかんでも私に付与するものですからついつい消し飛ばしてしまったので」
またか、またなのか……俺と妹がいると周辺を消し飛ばすように運命づけられているのだろうか?
そうだ……思い出した……
――
ギルドにて
「今回はシカの駆除依頼か?」
「そうですね、繁殖を重ねて増えすぎたせいで農作物や自然に被害が出ているようです」
鹿程度なら妹バフをかければ楽勝だろう、血まみれになりそうなのはこの際我慢しよう。
「ではお兄ちゃん、森に行きますよ!」
「おっけー、バフかけとくな?」
――
妹バフを使用します
力「AA」
――
鹿程度の相手ならこれで充分だろう。所詮は草食の動物にすぎない。
「よし、お兄ちゃんと私の共同作業ですね!」
何か言外の意図を感じないでもないが気のせいだろう。
――
森にやってきた、鹿の食害というのは思った以上に深刻らしく、多くの木の根元にかじられた跡があった。
――
妹に「気配探知」を付与します
――
「よし! 大量の鹿が感じられますね……さっさと潰していきましょうか」
――
妹バフを使用します
素早さ「A+」
――
「いけます! 私がガンガン狩っていきますよ!」
そう言うとミントは鹿を見つけてはガツンと殴り倒し討伐証拠の角を折っていく、全て素手で軽々と行っている、こわい……
昏倒させた鹿の動脈をナイフで切って血を抜き苦痛無く殺していく、一応の良心はあるらしい。
「GREAAAAAAAA!!!!!!!」
その時突然大きな叫び声が聞こえた、振り返るとそこには巨大な赤い目をした熊がいて……気が付いたら本日に至る。
――
「まあそういうわけですね、お兄ちゃんは心に深い傷を負ったわけです」
「あの化け物はどうなったんだ?」
「それはもちろん私が吹き飛ばしましたよ? お兄ちゃんに喧嘩を売ったのが運の尽きですね、たかが熊ごとき討伐対象でもないのに相手をする必要も無いというのに……」
「さすがに死んだかと思ったぞ」
まったくもう……怖いんだけど……熊もまさか少女一人にその命を軽々と刈り取られるとは思っていなかっただろう。
「お兄ちゃんは死なせませんよ? 私がいるかぎりね」
「ところでお兄ちゃん? お兄ちゃんが倒れたせいで討伐の証拠をイビルベアごと消し飛ばして、やっと気絶したお兄ちゃんを運んだんですけどね? 誠意を見せていただきましょうか?」
「いやほんとごめん! 悪かったよ! まさか鹿の討伐依頼で熊が出てくるなんて……」
しかし、あの恐ろしい化け物を相手にしたとは思えないほどミントは平然としている。敵としてすら考えていない、鹿と同レベルの害獣扱いなのだろう。
「でもお兄ちゃんが無事だったので許してあげます! 今回だけですからねー!」
やれやれとミントは肩をすくめて俺を許してくれた。いや許されるような罪を犯していないとは思うのだが……
「ちなみに鹿の討伐報酬は少なかったですがイビルベアの目撃例があったらしくそっちの報酬が少し貰えました。依頼だったわけじゃないのでギルドへの貢献度にはカウントされないそうですが」
無情なギルドのシステムだった……
「ありがとな、俺を運んでくれたのか」
そう言うとミントは顔を赤く染めていた。
「どした?」
「いえ……お兄ちゃんの感触が……ぐへへ……」
邪悪な笑みを浮かべるミントにどう声をかけていいものか分からない。
「いやあ、お兄ちゃんに背負われるのもいいですけどお兄ちゃんを背負うのもそれはそれでいいですねえ」
どこまでも自分の欲望に忠実な妹だった。
自分の服を眺めてみると討伐用装備は取り外され布の服を着ている。
「あの……もしかして着替えもさせてくれたのか?」
ミントは顔を真っ赤にして手で顔を覆った。
「言わせないでくださいよ恥ずかしい! お兄ちゃんも成長したんだなあと思っただけですよ!」
俺も着替えまで妹に任せたと思うと少し恥ずかしい。
「「………………」」
無言がしばらく俺たちのあいだを支配してお互いモジモジとしていた。
「あの! お兄ちゃん! 手当で疲れたので寝て良いですか?」
「ああ、面倒かけたな。ありがとう」
「もう……ワガママ言うのが恥ずかしいじゃ……」
何か小声で言った後、寝るための条件を出してきた。
「と言うわけで、お兄ちゃんの膝枕を所望します!」
「俺の膝枕なんて気持ちいいものじゃないだろうに……」
「お兄ちゃんの膝が私の特等席というところにロマンがあるんじゃないですか? 分かってないですね」
しょうがないなあとミントはため息をついて俺の膝に倒れ込んできた。
「じゃあお兄ちゃん、しばらく動かないでくださいね!」
ミントはそうしてしばらくの間、目を瞑って深い眠りについたのだった。
――
心の声:「やべーじゃないですか! お兄ちゃんの膝枕とか興奮して微塵も眠れないんですけど! 目だけでも瞑っておきましょう! ああ! お兄ちゃんの体温が伝わってくる!」
そうしてしばらくお兄ちゃんの膝枕でスーハーしていたころ、頭に温かな手が置かれた。
ああ、私は世界で一番幸せな妹なのでしょう!
――
そうしてしばらく眠っていたミントが起きたのだが、何故か眠りについていたはずなのに顔が上気して目の下にはクマができていた。
「大丈夫か? やっぱり俺の膝枕じゃ無理があったんじゃ……」
「いえいえ! お兄ちゃんの膝枕は唯一無二の絶対ですから! 素晴らしい体験でしたよ!」
疲れが取れているようには見えないがテンションはとても高いようだ、とても寝起きには見えない。
「じゃあお兄ちゃん……晩ご飯作ってきますね!」
「ありがとう」
「ふふっ……お兄ちゃん! 大好きですよ!」
そう言って部屋から出ていったのだった。