妹の少しの休日
「お兄ちゃん! 今日はのんびりしましょう!」
俺は思わず驚きの声を上げそうになる。コイツが『のんびり』などと言いだしたからだ。
「お兄ちゃん? 何を驚いているんですか?」
「お前にのんびりという概念が存在していたことにだよ! お前はいつも飛び出したら止まらない鉄砲玉じゃないか!」
ミントは心底心外そうに言う。
「お兄ちゃん、私だって時には安息を求めるんですよ? まるで人をバーサーカーみたいに言わないでください!」
どうやらコイツにも安息と言う言葉は存在しているらしい、四六時中なんでもかんでもツッコんで叩き潰すのが基本だからのんびりとは無縁だと思っていた。
「まあそれ自体は嬉しいんだけどさあ……なんで急にのんびりなんて思い出したんだ?」
「それはお兄ちゃんと一緒にまったりしたい気分だからですよ。最近修羅場ばっかりでしたからね」
なるほど、誰だって戦い続けるのは辛いものだ、戦いに次ぐ戦い、たまの一日くらい休んだって文句は言わないだろう。
「じゃあコーヒーでも飲むか、いれるよ」
「ありがとうございます」
俺はコーヒーの豆を挽きながら香りを楽しむ。
「いい匂いですね!」
「そうだな、今日は少し良い豆を使うぞ」
「そうですね! 今日はお兄ちゃんと私の特別な日ですから!」
「そうなのか?」
何か特別なことがあっただろうか?
「お兄ちゃんと一緒にいられるならいつだって特別な日ですよ!」
ニコニコしながら俺の妹は答えるのだった。
俺はマグカップにドリッパーをセットし、挽いた豆をフィルターの上にのせお湯を沸かす。
「ねえお兄ちゃん? コーヒーって粉でも売ってますよね? そっちの方が楽なのでは?」
俺は端的に答えを返す。
「お前にとって特別な日なら俺にとっても特別な日だよ、安直に出来合いのもので済ませるのも失礼だろう?」
俺の答えに満足したのか妹も満足げに頷く。
「お兄ちゃんも妹の尊さが分かってきたようですねえ……フフフ……」
俺もすっかりコイツに感情をほだされたのか、ありきたりな日常でも二人でいれば楽しいと思える、きっとそれは良いことなのだろう。
そんな話をしていると薪から起きた火でお湯が沸く。
「お兄ちゃん? お湯なら言ってくれれば私の付与魔法ですぐわかせたんですけど?」
俺の答えは決まっている。
「特別な日にそんな安直なすませ方はつまらないだろう? 無駄なことを楽しむものだよ」
「そうですか、お兄ちゃんが手間をかけてくれたかと思うと、飲む前から美味しく思えてきますね」
珍しく何も無い一日なので俺も一番手間のかかる方法を選んでいる。
コポコポとドリッパーに入った挽いた豆の上から沸き立ったお湯を注いでいく、苦味の香りが部屋一杯に広がっていく。
「良い香りですねえ……」
「ああ、ところで砂糖は入れるか?」
「そうですね、ブラックでお願いします。お兄ちゃんの手がかかったものをそのまま飲んでみたいですから」
「そうか」
俺はゆっくりとお湯を注ぎながら答える、お湯はドンドンと黒いコーヒーの色になってマグカップに落ちていく。
注ぎ終わったカップを二つ、妹と座るテーブルに置く。温かな湯気がカップからゆらゆらと立ち上っている。
「じゃあ、いただきます」
「はい、どうぞ」
料理は人並みと思っている俺でもコーヒーをいれるのには自信があったりする。
「料理もこれくらいできれば良いんですけどねぇ……」
「何か言った?」
「いいえ、気のせいですよ?」
そうして熱いコーヒーを口にする妹だったがその顔は余りにも無理をしていた。
俺は黙ってシュガーポットを差し出す。
「いえ、お兄ちゃんの謹製を無下にするわけには……ごめんなさい頂きます」
二口目で挫折したのか砂糖を一杯コーヒーにいれる。
俺はいつも通りブラックで飲んでいるが好みは人によるのだろう。
「美味しいですね、お昼は私が作りますのでそちらも美味しいですし期待しててくださいね?」
「ああ、お前料理うまいもんな」
コイツの料理は美味しい、スキルとしての料理は持っていないくても今まで家のことを任せていたことの経験からすっかり上手になっていた。
「寒い日には温かい飲み物が良いですね」
「そうだな、今日は特別寒いからな」
もちろん妹にスキル付与で温めることは可能だ、しかしそんな無粋なことはお互いに言わないのだった。
「お兄ちゃん、私は十年後もこうしてのんびりできているといいと思いますねえ……」
「そうだな……」
「よっし! お兄ちゃん言いましたからね! この先十年は付き合ってくれるって宣言ですからね!」
コイツはどうにも言質を取るのが好きらしい。それでもその将来が特別に不幸なものだとは思わなかった。
それは妹の思想に感化されたせいかもしれないし、ただ単に日常を求める感情が行き過ぎてしまったのかもしれない。
ただ、確かに言えるのは「悪くない」と言うことだった。
ソレをそのまま口に出すのも負けた気がするので俺は柔らかに微笑んで言葉を返さなかった。
「ま、今はそれが答えですね。いずれは本心からお兄ちゃんにそれが正解だと思わせてあげますよ!」
そう堂々と俺を諦めないと宣言して空になったカップをコトンと置いたのだった。
俺は日常のありがたさを感じながらぼんやりと空のカップをトンと置いて妹の顔を正面から見る。
そこには疑うことのないキラキラとした目をした美少女がいた。確かに妹は美人で通ると思うが残念な思想から男が寄りつく気配はなかった。
俺はいつかそれを残念に思うのか、それで良かったと思うのかはさっぱり分からないが、少なくとも今だけはそれでいいと思うのだった。
ピコーン
――
妹との交流により絆レベルが上がりました
――
せっかくの日常だというのに、どうやら運命は俺たちを放っておくつもりは全く無いようで、何かからの声が頭に響いて俺はこれから起きるトラブルや大冒険に思いを馳せた。




