妹(とてもつよい)
「お兄ちゃん! ほら、コボルト討伐依頼が出てますよ? コレならいけますって!」
俺は常々疑問だったことを口にする。
「なんでパーティメンバー募集しないの? 数でごり押した方が安全だし楽だろ?」
戦いというのは基本的に数がものをいう、たとえミントにどれだけ強力なバフをかけても、基本的に圧倒的多数を相手にすると勝てないはずだ。
だから疑問だった、なぜ俺達兄妹のみのパーティにこだわるのかと。
そんな単純な計算ができない奴ではないはずだ、だからここで聞いてみた。すると露骨に慌てる俺の妹。
「え!? えーっと……ほら! パーティが大人数になると報酬を巡って血みどろの争いとかもあるらしいですしお兄ちゃん私以外にバフできないじゃないですか、迷惑をかけるのはお兄ちゃんだけにしておきたいなーと、あと他の女を近づけたくな……なんでもないです!」
「報酬は前もって決めておくものだろう、俺達が少なくてもギルドへの貢献はちゃんと計算されるぞ? それに高い報酬をもらうのに高いランクにならないといけないわけで、大人数にした方が効率的だと思うのだが?」
「はーっ! お兄ちゃんは効率効率って、可愛い妹が居る方がよほど重要でしょうに! 効率で全部解決できるなら悩む人なんて存在しないんですよ!」
まったくもう、と肩をすくめる妹、まるでわけが分からないがとにかく俺達二人以外を入れるのは反対らしい。
「わかりましたか! お兄ちゃん!」
「はいはい、わかりました」
俺も妹が居ないと力になれないのでコイツの言うことは一部当たっている。ようするに俺達は二人がかりで一人前の仕事しかできないと言うことだ。
「しかし、二人でできることとなると限度があるぞ?」
数をこなすような討伐依頼は俺達にとって圧倒的に不利だ。消し飛ばすのは簡単だが討伐の証拠をもってこいと言われたら困ってしまう。しかもその上敵の周囲を綺麗さっぱりぺんぺん草の一本も残さない有様が目に浮かぶ。
「はあ……じゃあこの辺の採集依頼でも受けとくか」
安全に行くなら採集依頼が一番だ。わざわざ殺意を持った敵を相手にする必要も無い。
すると妹がため息をつく。
「お兄ちゃん……? 分かってますか? 私たちの名前をとどろかせるにはもっと過激な依頼を受けるべきです!」
「危ないの嫌いなんだよ……」
「いいですか? 私たちはまだ駆け出しと言うことになっているんですよ、たとえドラゴンを討伐しようが証拠が無ければただのほら吹きと変わらないんです!」
証拠を消し飛ばした奴が言うと説得力が違うなあ……
「といういわけで! 今回はコボルト討伐を受けようと……」
「コレお願いします、Fランクなら問題なく受けられますよね?」
「はい! 承りました!」
セシリーさんがいい笑顔で依頼の受諾を引き受けてくれた。
「ちょ! お兄ちゃん! なんの依頼受けたんですか!? 見せてください!」
俺の手にある依頼書をもぎ取って眺める妹。
「は!? 物資の輸送の護衛? しかも町の端から端って……こんなもん依頼する意味が分かんないんですけど……」
「輸送品をよく見てみろ」
妹は護衛対象の荷物の特記事項をじろじろ見る。
「お酒とたばこ、あと貴金属ですか……確かに居ないより形だけでも護衛がいた方がいいのでしょうけど、Fランクで受けられるってほぼ無意味な護衛じゃないですか?」
「こーいうのは形が大事なんだよ。「護衛がいなくて」盗難に遭ったら責任を問われるけど「護衛がいても」奪われたらしょうがないってことだ」
大人の建前社会の醜さを目にして露骨にやる気の失せる妹だが、一応依頼には変わりなく、うまい仕事だと判断したのだろう、目が落ち着いてきた。
「しょうがないですね……受けちゃったんですもんね」
不満はあるのだろうが飲み込んでくれたようだ。
「ところで依頼の日時が「随時」ってなってるんですけど? 具体的な日は決まってないんですか?」
「建前上いればいいだけの護衛だからな、しょっちゅう張り出されては適当なメンツが受けてその日のうちに運んでしまってるんだよ」
「別に私たち居る必要がないって事ですね?」
辛辣な言い方だが間違ってはいない。
「ま、本音と建て前って奴だな」
そうして俺達は依頼を出した商人のところへ行った。
――
「どうも! 依頼を受けてくださったんですって? 二人ともまだ若いのに苦労するわねえ……私たちもどんどん依頼を出さなきゃねえ……」
商人のおばさんはケラケラ笑いながら言う。
結局のところこの依頼はまともな依頼を受ける力の無い人向けのセーフティネットの形もあるというわけだ。俺達がそれに頼る必要があるかは別にして……
「じゃあ町外れまで一緒に来てもらえる? 馬車も維持費がかかってねえ……できれば動かしていたいのよ」
そうしてあれよあれよという間に俺達は馬車に乗って町を横断していた。
「なんにも無いんだけどねえ……一応お酒とたばこの運送には護衛をつけるのが義務なのよ。まああなたたちみたいな人が助かるんなら多少の不便はしょうがないんでしょうね」
町の中央部を通り過ぎ裏通りに入ったところで木材が転がっていた。
「あらら……道をかえましょうか?」
「いえ、問題ないです。お兄ちゃん!」
――
妹バフを使用します
力「A」
――
今回は力のみのバフだ、この程度なら力押しでどうにかなる。
ひょいと大きな木材を持ち上げぽいと道の脇に投げ捨てる妹に商人さんは目を丸くしていた。
「嬢ちゃん、力持ちなのねぇ……」
「ははは……まあ私にかかればこんなものですよ!」
手の内は明かさないと言うことで本人の力ということにしておいた。
「オイコラ! お前ら俺らの仕掛けたトラップを強引に通りやがって! 計画が狂うだろうが!」
盗賊さんの登場だ、一応町なので貧困層のたまり場もあってときどきこういうたちの悪いチンピラみたいなのはいる。
男は剣を取り出して振り回してみせる、一応強さを見せつけているつもりなのだろう。
「テメーら聞いてんのか!」
「嬢ちゃん、逃げな! ここは私がなんとかする!」
おばちゃんも気概を見せているところだがその決意と覚悟は意味が無かった。
「えい」
ボギッ メキメキ ぐちゃぐちゃ ぽいっ
妹がさっきどかした木材を折ってこねてまん丸にしてぽいと放り投げる、盗賊さんもさぞかし苦労して設置したのであろうトラップの悲しい運命だった。
「さて……あなたもこんな感じになりたいですか?」
据わった目でそう聞かれた盗賊さんはもの凄く恐怖しながら「許してください!」と命乞いをするのだった。
「別にいいですよ、あなたなんて私たちの前ではチリみたいなものですから。いちいちあなた程度を気にしていたらキリが無いですし」
妹がそう言って俺達は何事もなくその道を通って目的の区画までたどり着いた。
――
「本当にありがとうねぇ……正直私はもう駄目かと思ったよ」
「いえ、あの程度なら雑魚なので問題ないですよ。さすがにドラゴンやグリフォンが出てきたら苦戦するでしょうが」
おばさんは冗談と思ったのかカラカラと笑って俺達に割り増しの報酬を支払ってくれた。
――ギルドにて
「護衛依頼はどうでしたか? 一応成功したとは聞いているんですが」
「まったく問題ないですね! 何事もなく運び終えましたよ」
セシリーさんは言葉通りに何事もなかったとして依頼をクローズし、俺達にはわずかばかりの貢献度が加算されたのだった。
――
「お兄ちゃん! なんでこんなに貢献度が低いんですか?」
妹様はご立腹だった
「しょうがないじゃん? チョロい任務なんだから報酬もそれなりになるって」
「む……納得はいきませんが、しょうがないですね。私たちである必要の無さそうな依頼でしたし」
そう言ってなんとか納得してくれたのだった。
そうして俺達は今日もランクアップへの道のりを遠くにしながら一日が終わったのだった。




