妹によるフェンリル討伐
俺はその日もゆっくりと朝食にありついていた。ミントももちろん一緒だ、何も変わったことは無い。そう、何も無い。
「お兄ちゃん、ギルドカードが……」
「…………」
パクパクとトーストにかじりつく、いい焼き加減でバターの味付けがどっしりとした風味を与えている。
「お兄ちゃん……」
そう、今日は何も無い一日だ、俺は決してテーブルの上に置いてある真っ赤に光るギルドカードに目をやること無く朝食を食べる。
「お兄ちゃん、そろそろ現実を見ませんか?」
そう妹に言われていよいよ目をそらし続けるわけにもいかなくなった。そう、心当たりはあるのだ。例えば町の外から爆発音が聞こえているなど些細なことだろう。
なんだか普段に比べて町が賑わっていることも気にするようなこともしがたくなってきた。
いよいよギルド側もしびれを切らしたのかギルドカードに文字を表示して俺たちを呼び出した。
『フェンリル襲来! 兄妹は至急ギルドに顔を出すこと!』
その表示を見ながら、今日もいつも通りの非日常が繰り返されることを察していた。
「じゃ、お兄ちゃん! 行きましょうか!」
「めんどくさいなあ……」
そうは思いながらも放置しておくわけにもいかず、装備を調えていく。ミントも装備をしながら楽しそうにしている。
「何がそんなに楽しいのやら……」
「お兄ちゃんとの共同作業ですからね!」
そう言って家を出て行く、騒がしい町の中で俺たちはいつも通りに歩みを進める。街の喧騒もお祭り騒ぎみたいなもので、誰も本当に危機が起きているとは思っていないようだった。
道行く人たちに気軽に声をかけられながらギルドへ向かっていく。誰もが呑気に避難所へ向かっていく、皆もはや慣れきっている。俺たちが原因……だよなあ……
ギルドについたので思い気持ちでドアを開ける、セシリーさんの笑顔が出迎えてくれた。
「ちょっと手強いのが来ましたのでお二人にお願いできますか?」
慣れきった様子で俺たちにフェンリル討伐を依頼する。俺たちがFランクであることなどもはやあって無いようなものだ。
「もちろんお願いしたいのはフェンリル討伐ですよね?」
ミントがそう尋ねる、答えは決まりきってるじゃないか。
「はい、ちょっと大型らしく戦力が欲しいと……」
「分かりましたよ……いつものことですね」
「はい、いつものことです」
面倒くさいがバフを使っておけば負けることは無いだろう。
「ミント、バフ使っとくぞ?」
「はい、お願いします!」
――
力「S+」
体力「SS」
魔力「A+」
精神力「A」
素早さ「SS」
――
魔族と違い魔獣は基本的に魔法を使えないしスキルは不要だろう。力で問題無くゴリ押しが出来る相手だ。
「で、フェンリルの出てきた場所は?」
「町の北北西ですね。そこそこ大型だと報告が上がっています」
「じゃあお兄ちゃん、さっさと倒してしまいましょうね?」
「そうだな、平和な日々を守るためにも……な」
俺も諦めてフェンリルを討伐することに決めた。トラブルの種は育ちきる前に刈らなければならない、ツケを先延ばしにすると何倍にもなって帰ってくると経験から学んでいる。
「お兄ちゃん! 行きましょう!」
「ああ」
ギルドを出てスタスタと町の出口を目指す、観測所で観測して即ギルドへ報告したのだろうから、おそらくまだしばらくは町まで来ないはずだ。
俺は時期に始まるであろう一方的な暴力に想像を馳せながら、明日の朝には何も起こらないで欲しいと願った。
町の出入り口のゲートを抜けると北北西のほうから音が響いてきた、何かが素早く動いているような音だ、この調子なら時期に町に到達するだろう。
「ミント、準備はいいか?」
「もちろんですよ! お兄ちゃんは妹が犬ごときに負けるとでも思ってるんですか?」
コイツの自信は実力に基づいた物なので何を言っても無駄だろうが、過剰な自信は時々危険を呼ぶぞと言いたくなった。
少し歩いて多少戦っても町まで被害が届かないであろう場所でフェンリルを待つ。位置的に音がした方と町を直線で結んだ位置なのでまわり道を考えない魔獣程度なら問題のない待ち伏せ位置だ。
「グルオオオオオオオオオ!!!!!!」
叫び声とともに白銀色の毛をまとった大型の狼を更に大きくした体躯が俺たちの目の前に現れた。
「予想通り来ましたね」
「所詮犬だからな、力の差も分からないんだろ」
優秀な魔族は相手との力の差が大きければ逃げることもある、その点で魔族は人間に近いと言える。一方魔獣は暴力をまき散らすだけで相手との実力差など気にしない。所詮は下位互換にすぎないことが明らかな習性だった。
そして俺たちの前に立った哀れな犬ころは大見得を切った。
「ニンゲン……我の餌になりに来るとは、愚かだな」
自分の愚かさなど全く気にすることもなく俺たちを脅すがミントは涼しい顔をしている。所詮は犬の進化形といったところだろうか?
「我は全てのニンゲンを滅ぼすために魔王様によって生み出された、我の最初の贄となることを誇りに思うがよい」
尊大なフェンリルさんが何やら語っているなか、ミントは気にすること無く言った。
「あ、そろそろ話は終わりましたか? 下等生物と話しているとこっちまで頭が悪くなりそうなので、話が終わったんならぶっ潰しますよ?」
「GURRRRRRRRRRRRROOO!!」
さすがに発言の意味は理解できたのかフェンリルさんは怒りの咆哮を上げる、精神力をバフで強化されているミントはこれだけの迫力を一身に受けても涼しい顔をしている。
「死ねぇ!」
フェンリルがミントに向けて飛びかかり、爪を振り下ろす。がっしとミントはそれを平然と掴んだ。
「なにっ!!」
犬の方も驚いている。ミントは気にせず爪を掴んだまま手を振って放り投げる。
「ぐげええええええええええ!!!」
犬だけあって防具も何もないフェンリルが上空に放り投げられ地面に叩きつけられる、やはり防具を使って身を守るという考えのない犬なりのダメージを受けている。
「なかなかやるではないか……脆弱な人間にしては骨があるようだな」
ふらつきながら俺たちに舐めた台詞を吐くフェンリルだが、どちらが大きなダメージを受けているかは言うまでもない。
「あのー……そろそろ言いたいことは言い終わりましたか? 一応付き合ってあげましたけどあなたごとき瞬殺ですよ?」
その発言に対しフェンリルは怒りをあらわにする、力の差を認められないあたりが魔獣が生態系に食い込めないゆえんだろう。普通の動物は力の差を感じればすぐに逃げ去ることが出来る。魔獣は中途半端に強いせいで逃げると言うことを選択肢にいれられない、そうして強い相手に狩られていくので魔獣は「弱い」敵と認識されている。
「人間ニンゲンニンゲン!!! 下等種族ごときがああああ!!!!!!」
フェンリルもようやく無駄話をやめてミントを顎でかみ砕こうと飛びかかる。
「えい」
気の抜けた声とともにフェンリルの頭がグシャリと潰れた、さすがに力の差が大きすぎた。無駄に嬲るようなことをすることはあまりないのがミントだ。
完全に生命活動を止めたフェンリルをストレージに放り込みながら、俺にヒールをせがむ、返り血がついているからだろう。
「ヒーリング」
回復魔法でついでに身体と服について血が綺麗になっていく、相川ら便利な魔法だなとは思う。
町への道を帰りながら、ミントと素材報酬の使い道について議論しながら歩いていった。
――町にて
「はい、やっぱり無事でしたね」
セシリーさんも慣れきった笑顔で俺たちに言う。
「ま、私たちなら楽勝ですね!」
「素材買い取って貰えますか?」
俺がストレージからフェンリルの死体を運搬係の人に運んでいって貰えるように取り出す。
「お二人ともご苦労様でした、報酬は後日素材の買い取り金と合わせて出しますのでまた来てくださいね」
「はい」
「はずんでくださいねー!」
そう言って俺たちはギルドを出て、いつも通りの日常に戻るのだった。




