妹はお下がりが欲しい
兄は時として妹に強く厳しく出なければならない、例えば……
「お兄ちゃん! 後生ですからその秘蔵のお兄ちゃんアイテムだけは……おねがいじます!」
俺は妹から俺の私物を取り上げようとしている。あくまでも『俺の』私物だ。
「お兄ちゃん! 私からお宝を取り上げないでください!!」
ちなみに現在俺が妹から取り上げているのは俺のシャツだ。
「何がお宝だ! 全部俺の私物だろうが!」
「お兄ちゃんは妹の気持ちを分かってませんね!」
「開き直りやがったなこの!」
すったもんだの末、俺は妹からまだ使えるもののみを取り上げてゴミを欲しいというミントにちゃんと処分しろよと言って渡しておいた。
俺が捨てたと思っていた食器や服なんてなんに使う気かはさっぱり分からないが本人曰くお宝らしい、妹というのは摩訶不思議なものだ。
泣いたり縋ったりの同情を必死に引こうとするミントに少しは情が湧いたので、俺にとって無価値なものは残しておいた。甘かったかな?
久しぶりの掃除を終えて俺の部屋から出たゴミを捨てることにする。そのはずなのだが……
「お兄ちゃん愛用の櫛ですか、これくださいね?」
「あ、お兄ちゃんが使っていたコップですね? 私にお下がりでくださいね?」
いつの間にか俺の部屋が無料のフリマ会場と化していた。
俺がミントの部屋から私物を回収した後に、掃除ついでにまとめて処分しようと思って使っていないものを集めたらいつの間にかそれをミントが漁っていた、どこから入ってきたのかは不明だがとても生き生きとしていた。
「ああ……お兄ちゃんグッズが集め放題! ここはユートピアでしょうか!?」
「寸分の間違いもなく俺の家だよ」
その言葉は届かないようにミントのコレクションに俺の雑貨が追加されていくのだった。
そうして俺の部屋のガラクタ達は妹の部屋で物としての余生を過ごすことになるのだった。それがどう使われるのかはさっぱり分からないが、一応大事にはするのだろうことはそれらを愛おしく頬ずりしている様から理解できた。
俺の部屋の残骸が、油を絞りきった後の菜種のように本当に使い道のないものだけが残っていたので、俺がストレージに入れてゴミの集積所に放り込んでおいた。
「なんに使うんだろうなあ……」
そんな独り言を言いながら、よく見ると燃えないゴミはほとんど全てミントが引き取ったためゴミ捨てが非常に楽になっていることに気が付いた。
「ま、燃えないゴミの回収日にでも捨てるんだろう」
そう考え俺は帰宅の途についた。
家のドアを開けるとミントが歯磨きをしていた……歯磨きは虫歯を防ぐために非常に効果的でありそれを止める理由は無い。あえて言うならミントが使っている歯ブラシが俺が捨てようとした物だってことかな?
「お下がりにも限度があるだろ……」
「お兄ちゃんの味がして大変磨き心地が良いんですよ!」
もうコイツの性癖については気にしないことにして、一体何がそこまでさせるのかを疑問に思うのだった。
この執念がこの華奢な身体のどこから湧き出てくるのか不思議に思いながら、俺は呆れつつ掃除でかいた汗を流すためにお風呂に向かった。
ざぱあ
いやあ、アイツも気が利いてるなあ、ちゃんと湯船にお湯を張って置いてくれるなんてで来た妹だ。
俺は安心して身体をどっぷりつけながら疲れが流れ出していくのを感じて脱力していった。
「お兄ちゃん! 次私が入るのでお湯は残しておいてくださいよ?」
脱衣所でいうミントに答える。
「分かってるよ、ぬるくなるがお前なら魔法で暖められるだろ?」
「そこまで分かってるなら良し!」
そう言って出て行った。アイツは水も生成できたはずなのでそもそもお湯すら残っていなくても困らないはずだがその辺は省エネとかいうものなのだろう。
俺が湯から上がって着替えてから部屋に戻る、片付けが余りにもグダグダだったせいで疲れがたまっていた、いくらかはお湯とともに流れていったが心の澱みの方は睡眠でしか解決しないような物だった。
そうして俺は意識を落とした。
――ミントは……
「やっっほう!!!!!!」
ざぷんと兄の残り湯を温めてから入浴していた。
「お兄ちゃんの残り湯百パーセント! 薄めたような偽物じゃないお兄ちゃんの汗が流れた残り湯! ヒャッホウ!」
冷めてしまった残り湯に小さなファイアーボールを落として温度を調整して、兄が寝たのを確認してから入浴を満喫していた。
いやあ、お兄ちゃんのお宝も一杯手に入りましたし今日は良い日ですねえ!
お兄ちゃんが使っていた食器や歯ブラシが手に入ったのは大きいですよ! これはもうお兄ちゃんと口づけしているような物じゃないですか!
素晴らしい成果に私は思わず笑ってしまいます。
残り湯を飲もうとしてふと気が付きます。
「しまった! 私が入る前に飲まないとこれじゃあ自分大好き人間みたいじゃないですか!」
くっ……お兄ちゃんの残り湯は欲しいですが私の汗も混じってるとちょっと嫌ですね……
私はしょうがなく全身でお兄ちゃんを感じながら今日の疲れを癒やします。
いえ、私は体力はこれであるのでフィジカル的な疲れはほとんど無いんですが、お兄ちゃんとのふれあいが多すぎてメンタルがとても疲れてしまったので、心の洗濯をお兄ちゃんの残り湯で行います。
さて、そろそろ出ますかね……
私は身体を流すことも無くお兄ちゃんの香りをまとったまま身体を拭いてパジャマに着替えます。
そうして一日の終わり、もう一度例の歯ブラシで歯をよく磨きます、お兄ちゃんの味がしますね……
私は幸福感を感じながら、まるでお兄ちゃんに包まれているかのような気分でベッドに横になることが出来たことを幸運の神様に感謝しながら眠りました。
――
ふぁああ……
なんだか昨日の疲れが取れた気がしないのだが、一応体力は戻っている。ミントは随分夜更かししていたようだが大丈夫だろうか?
ガチャリとドアを開けるとキッチンから朝食の匂いが漂ってきた。
この匂いは……肉だな……
朝から少し豪勢な食事が出ることに気分を良くしながらキッチンに向かった。そうして朝食にコーヒーを淹れたのだが……
「別に俺のお下がりを無理して使う必要はないのでは?」
ミントの食器が全て俺が少し昔に使っていたものになっていた。もっと小さかった頃の食器なので食器自体が小さく、ミントが朝食に焼いた肉が少しはみ出していた。
「いいえ! 妹はお兄ちゃんのお下がりを使うと昔から決まってるんですよ!」
そう言って美味しそうに朝食を食べるのだった。
そうして俺のお下がりの歯ブラシを使うミントを見ながら、俺はもう少しコイツに良い暮らしをさせてやらないとな……と決意を新たにするのだった。




