誰もいない……?
「見てよ。運転手がいない」
金井が運転席を指さした。
「え? いったいどういう事? 何よこれ、無人で走っていたの? 幽霊電車!」
休憩時間に聞いた怪談話を思いだし、ぞっとする。
「違うよ。運転席のドアも開いている」
私は運転席に近寄った。
「どういうこと? 乗客を置いて逃げたの?」
今度は頭に来た。こんな線路に電車ごと置いて行かれても困る。無責任だ。私は早速スマホを出した。こういう時はどこへ電話すればいいんだろう。警察? 消防?
「駄目だよ。佐藤さん、さっき試したけど、電話はつながらない」
本当だ。圏外になっている。
「嘘でしょ? 地下鉄だってなんだってスマホは今までつながっていたじゃない」
私は呆然とした。
「思うに、何か電車にトラブルがあって、運転手と乗客は降りてどこかに退避したんじゃないかな?」
「え? じゃあ、私達はなんでおいていかれたの? スマホがつながらないのはどうして?」
「多分、確認ミスで置いて行かれたんだろう。運転手もテンパってるのかも。スマホがつながらないのは、ここが廃線だからか、それどもこの地区全体に繋がらなくなっているかはわからない」
「なんなのよ、もう。しかも置いて行かれたって、無責任な。そういえば、車掌は?」
「忘れたの? 俺ら、最後尾から来たんだけど」
車掌はいなかった。その違和感に、なぜ今まで気づかなかったんだろう。車内アナウンスすらなかった。
これから、どうすればいい。こんなことなら、ファミレスで時間をつぶしてくればよかった。
「どうすりゃいいのよ。明日までに仕上げる予定のレポートがあるっていうのに」
私はその場に座り込んだ。
「レポート?」
「ああ、私、今通信制の高校にかよっているの」
「ええ!」
「何よ! 馬鹿にしてんの!」
きっとして金井を睨みつける。多分こいつは今大学生だ。
「違うよ。地道なことしてるからびっくりして」
「失礼ね。そんな事より、ちゃっちゃとここから出るよ」
どうもこいつと話していると調子がくるう。
「気楽に言うよね。だいたいここがどこかわかってるの?」
金井が呆れたように言う。
「うるさいな。分かるわけないでしょ。じゃあ、あんたはわかってるの?」
逆に聞き返す。
「地下鉄の線路って電気が通ってたりしていて結構危険だよ。ここで待機していた方がいいんじゃないかな?」
「そんなこと言ったって、運転手もいないし、助けは来ないし、ここでじっとしてるわけにいかないでしょ?
それにここに電車が止まっている事に気付かなくて、後ろから電車がきたらどうすんのよ。私達が知らせなきゃ大事故じゃない」
「……そうだね」
金井が訝しそうな顔で私を見る。
「何よ?」
「君、本当に佐藤さん?」
「はあ? ちょっとやめてよ。あまりの恐怖でおかしくなった?」
「いやいや、随分まともなこと言うから」
私は迷わず金井の後頭部をバッグで殴った。
その後、私達は開いていたドアから電車をおりた。意外に高くて、線路に車外に降り立つのに気を遣う。
「じゃあ、行くよ」
「待って、佐藤さん、とりあえず、廃駅へ行こう」
「廃駅?」
「この区間に昔、もう一つ駅があったんだよ。さっき、前を通った」
「私、そんなこと知らない」
「だから、ポイントが切り替わって、いつも行かない場所に入ったんだろう」
「なんでよ」
「人為的ミスか、それとも終電後はポイントが勝手に切り替わるのか。まあ、勝手に切り替わるってのはなさそうだけど」
「結局、分からないってことね。で、どっち行けばいいの?」
明かりはついているが仄暗い。心もとないので、私達はスマホのライトをつけて廃駅へと向かった。
とりあえず、ここは私より頭の良い金井についていくしかない。
15分ほど歩いただろうか。廃駅が見えてきた。
「良かった。何とかついた」
廃駅は見るからに不気味だが、ちょっとほっとする。
「まあね。すんなりと地上に出られるといいけど」
金井が気鬱そうに言う。
「そうだね。シャッター降りてるだろうし、外に出られないんじゃない?」
私は慌てた。こんなところ早く出たい。
「地上階に出れば、シャッターを叩いて騒げばいいし、スマホも繋がるかもしれない」
いちいち金井の言う通りなのが、むかつくが、それは黙っておいた。
意外に高いホームに上がる。金井が手を貸してくれようとしたが、私はきっぱり断った。高校の時に散々馬鹿にしていたこいつに借りを作りたくない。
薄暗いホームを行く。廃駅なのにかからず真っ暗ではないことがちょっと不思議だ。しかし、それを口にするのは何となく躊躇われた。……此岸じゃないの?
ホーム中央へ行くと改札がある。
「ナニコレ?」
「ああ、自動改札じゃないんだ。昔はここ駅員がいて切符を切っていたらしい」
「何それ、いちいちそんな事をしていたら、大混雑じゃない?」
「どうだろ? 父によると今とそれほど大差なかったってはなしだけど」
「はいはい、金井は物知りだね」
「そうでもないよ。俺が詳しいのパソコンだけ。別に鉄オタじゃないよ」
「え!そうなの? てっきり鉄道にも詳しいのかと。ホームで電車の写真とったりしてんじゃないの?」
すると金井がため息を吐く。
「はあ、それだよ。君たちカースト上位はオタクをそう言う目でみているよね。まったく、どんだけオタクって博識なんだよ。それなのにゴミみたいな目で見られる。
オタクって呼ばれる俺らの大半は、実際は見た目が陰キャで、ちょっとゲームに詳しいくらいだ。もちろん、俺もちょっとコミュ障の普通のオタクだよ」
「なんだ。がっかり」
「それ、よく言われる。あれか、映画の影響か? ときどきハイスペックオタクが活躍することあるからね」
里紗の言葉に金井が迷惑だというように首をふる。
改札を過ぎて階段を上ると、すぐにシャッターがあった。
「もう外じゃん」
あとはこのシャッターを開けるか、さもなくばここで外に聞こえるように助けを求めればいい。意外にあっけないけれどほっとした。
「いや違う。まだ地下だよ」
「どうしてわかるのよ」
金井が右の壁面を指さす。
「ほら、地下一階って書いてあるでしょ?」
「ちっ!めんどくさい」
つい、昔のくせで舌打ちをする。すると隣で金井がビビっていた。
「じゃあ、とりあえずこのシャッター壊す?」
「そうだね。錆びてるし、どうにかなりそう。ほらそこ、水が漏れてたみたいで朽ちてる」
シャッターが錆びていて一部腐食していた。そう言えば、先ほどから、どこかでぴちゃりぷちゃりと水が落ちる音が聞こえくる。。
「ほんとだ」
言うがはやいか、私はそれを蹴りつけようとした。
「ちょっと待ってよ。佐藤さん、危ないよ。怪我でもしたらどうするの? そういえば、さっきホームに鉄の棒が転がっているのを見た。それとって来るから、待ってて」
「え、一人で?」
「二人で行ってもしかたないでしょ?」
それは金井の言う通りだ。
「わかった。じゃあ、待ってるから、急ぎめで」
「うん、すぐ戻るよ」
そう言った金井が、声もなく笑ったような気がした。