97話 サーラ=ルーネリティス=シルヴィアナ=リースロート
「運命…ですか?」
運命、予め決められた事、避けられない事柄、覆す事の出来ない宿命を意味する。
運命では無く、運命と云った。
運命とは個人に使われる言葉である事が多い、運命の出会い、運命の悪戯等。
変わって運命とは大多数や規模の大きい現象や事柄に使われる事が多い、例えば村や町、地域や街、領土や国、果ては大陸や世界に対して等。
サーラ=ルーネリティス=シルヴィアナ=リースロートは運命と云った、今から王女殿下から語られる話、其れは…。
世界の命運を分ける戦いに身を投じる者達の物語である。
後の世に女神と呼ばれる様になったシルヴィアナはクレイヴァネアスとの戦いの後、倒し切れなかった事を反省し、力を蓄える事にした、少なくとも先の戦い以上の力が必要であった、其処でシルヴィアナな取った行動、其れは生き残った仲間達を引き連れて国を立ち上げる事だった、世界で最初に作られた国の一つ、リースロート王国である。
シルヴィアナはリースロート王国の初代女王として君臨し、クレイヴァネアスとの再戦の為の準備を始める。
倒す為に必要なモノを戦える者達全てに託した、武器を扱う技術、魔法、戦術や戦略に至るまでの全てを叩き込んだ。
しかしどれだけ万全な準備をしていても肝心なクレイヴァネアスが何時何処で現われるかは解らない、現われた時、既に自身が存在していないかも知れない、否、存在していないだろう、そう考えたシルヴィアナは己が力の全てを子孫へと譲渡、継承させる方法を研究し、生み出した、しかし此の方法には欠点があった、其の力が何時の時代の末裔に託されるか解らなかったのだ、託せるのはシルヴィアナの力だけであり、シルヴィアナの想いや意思は反映されなかった。
シルヴィアナが此の世を去り、リースロート王家の人間に極々希に生まれる強大な力を持った王族が生まれる様になる、其れがシルヴィアナの末裔と呼ばれるクレイヴァネアスと戦う運命を持った者達の誕生である。
生まれるのが数百年に1人居るか居ないかと云う確率の中で、シルヴィアナ本人や其の時代の人間達の持つ寿命を世代が変わり続けた事で薄れて云ってしまう、現在では民衆なら精々100年前後、リースロート王家の血筋を持つ者達で長くても200年、短い者で150年程であった。
つまり力を持って生まれてきたとしても持って200年経てば継承された者は其の命を落とし、力は継ぎの継承者を探して彷徨う事となる、其れが100年後なのか1000年後なのかは誰にも知る由は無かった。
やがて、幾星霜の歳月が流れ…。
今此の時代、此の時間に其の力を継承している人物が存在している、其れがサーラ=ルーネリティス=シルヴィアナ=リースロート。
「つまり私…ね。」
サーラはもの悲しそうな表情でそう言った。
力を継承するとよくない事でもあるのだろうか?そう思わせる表情に見える、
「私が力を継承したのは13の歳、政略結婚で夫となった人の子供や宿した日だった、今でも鮮明に覚えているわ、あの時、強大な力と膨大な量の知識が私の中に流れ込んで来た。」
じっとサーラの話を聞いていたメルラーナはサーラの発した一文に驚いた。
「…え?13才で結婚?…子供?え?…え?」
貴族社会や皇族によく見られる風習の様なモノであるのだが、メルラーナには訳が解らなかった。
少なくともトムスラル国では人が成人するのは16才からである、メルラーナはまだ15才で未成年なのだ。
「其れは…、話が反れてしまうから戻してもいいかしら?」
「は!?はい!!」
「今現在、シルヴィアナがクレイヴァネアスと戦っていた頃の戦力よりも遙かに凌駕している、其れでもまだ倒せるとは限らない、だから私達は未だに力を欲しているのよ、特にメルラーナ、貴女の持っている力も…ね。」
「私の持っている力?其れは…ガウ=フォルネスの事…ですか?」
メルラーナは自分自身では無くガウ=フォルネスが欲しいのだと思い込んでいる、しかし。
「いいえ?貴女自身の力が…よ。」
予想外の答えが返って来た。
「テッドから聞いてない?今のガウ=フォルネスは貴女の中に在る力を制御出来ない貴女の代わりに引き出しているって。」
そう云えばそんな事を言っていた気がする。
「とは云え、貴女が私達に力を貸してくれるかどうかは貴女次第。」
強制はしない、そう云っている様に聞こえた。
何だろう?王女殿下を見ていると不思議な感じがする…、会った時からずっと気になっていた…、私は此の女性を見た事が有る気がする、優しく包み込む様な雰囲気を持った女性。
何処で会ったのだろう?記憶が曖昧だ。
今は集中して話しを聞こう…。
「リースロート王国はクレイヴァネアスと戦う為に生まれた国、其の力を使い運命に従って…、私はクレイヴァネアスと戦わなければならない。」
とても強い意志を持った瞳で、しっかりとメルラーナの眼を見つめて伝えられた。
ああ、そうか、王女殿下自身が運命に強要されているんだ、だから私には強制しないんだ…、したくないんだ。
………。
そう思った時、何かが腑に落ちた。
「………姫、姉様?」
ふと、何も考えずにポロッと口から出て来た。
「…あら?」
…夢で見た出来事を覚えてる?私の見ていた夢の中に彼女が飛ばされて来ただけなのに覚えていられるモノなのかしら…?夢なんて直ぐに忘れるものだし記憶なんて脳に擦り込まれなければ覚えていられる筈が無いのだから、他人の見ている夢の記憶があるとは思えないのよね?
抑も私の夢と同調させたのはガウ=フォルネスの仕業と考えているし今でも其れは間違い無いと確信しているのだけれど、ひょっとしたら其れこそが記憶に残っている原因なのかしら?
何故そんな言葉が出て来たのだろう?正直あまり覚えていない、けど何となく脳裏に浮かんで来た言葉…。
「姫姉様。」
…深く考えるのはよそう、彼女は…、メルラーナは私の夢を覚えているのは間違いないのだから。
其処まで考えた時。
「はい。」
自然と返事を返し、優しく微笑むサーラ。
何故だか胸が温かくなるのを感じて、メルラーナは頬を赤らめる、恥ずかしいとかでは無く、嫌な感じでも無く、心地良かった。
…
其れからシルヴィアナの末裔について簡単に説明を受けた。
他の王族とは違い、シルヴィアナの末裔は強大な魔力を持つが故に極端に寿命が短くなるのだと云う。
テイルラッドの様に持って生まれた魔力であれば何の影響も及ぼさないが、外から入って来るシルヴィアナの力に身体が耐えきれないのだそうだ。
故に姫姉様は偶に咳き込み、吐血する時があるらしい、だから現国王(姫姉様のお兄さんらしい)は姫姉様に対して異常に過保護になっているのだとか…。
其の魔力は継承された者の魔力をも取り込んで更に増大していくのだそうだ、此までに一体どれ程の継承者の魔力を吸収してきたのか…。
其れで寿命が縮まっていると云うのなら今の人の寿命は其の所為で短くなっているのではないのか?そんな事を思ってしまう。
継承者は魔力の他に膨大な知識も得ると云う、其の知識は人やエルフ、ドワーフ人種や亜人間、ゴブリンやオーク等の魔物から動物や魔獣、植物や昆虫等の生物、水や岩、大地や風等の無機物に至るまで。
其の略全ての知識と、其れ等をどう扱うか、どう組み合わせるか、小さな事から大きな事まで…、必要になり得る可能性の有るモノ全てを植え付けられる。
其の知識が入り込んできた瞬間、姫姉様は激しい頭痛と吐き気を催し、数日間寝たきりになってしまったらしい。
全てはクレイヴァネアスと戦う為、其れだけの為の犠牲…。
辛い話だ、まるで生け贄にされた様な、身体に負荷が生じているだけで無く、寿命まで短くなるなんて、其れが、たった一つの目的の為だけの存在だなんて、酷すぎる気がする。
メルラーナは何も言えなかった、言える筈がなかった、自分にはそんな強要をされていなかったから…。
私は…どうする冪なのだろう?世界の命運を背負った人に対して、私に一体何が出来るのだろうか?
あらあら?空気が重たくなってしまったわね、此って…やっぱり私の所為かしら?
サーラは首だけ振り返らせて自身の斜め後ろに立っている騎士を見た。
其れに応じるかの様に、騎士は首を左右に振っている。
庭園に静寂が流れ始めてから2、3分が経過した時。
「私達の話は此処までにしましょう、さて、メルラーナが聞きたいのはレシャーティンがどう云う理由で…、どうやって欠片を集めているか…よね?」
「え?…あ、はい、そうです。」
場の空気が悪くなってしまったのが気になったのか、話を本題に戻してきた。
「クレイヴァネアスの欠片は神々の戦いの折に、傷付いたクレイヴァネアスの身体が欠けて剥がれ落ちた物ではあるけれど、其れを探し出すのは容易ではないでしょう、何せ、北の大地、此のシルスファーナ大陸中に散らばっている上に、百万年以上昔の話だからね。」
「ひゃっ!?百万年!?」
神々の戦いが自身の想像を超える遙か昔の話であった事実に、驚きの表情を隠せなかった、もう何度吃驚したのか解らない、話自体が理解の範疇を遙かに超えてしまっている。
「話が突拍子過ぎて付いて来れないかしら?と云うか最初に数万年前って云ったような気がするのだけれど、私伝え忘れていたかしら?」
そう言って後ろに居た青い全身甲冑を着た騎士に聞いてみる。
「確かにおっしゃっていましたよ?」
おおぅ!?聞き逃していたのか、って云うか今の今までずっと黙って立っていた騎士が喋った!?
「あ…いや、…うぅ。」
色々と驚き過ぎて少し疲れてしまった。
部屋を出た時はまだ朝日だった太陽が今は真上で其の光を照らしていた、時間にして凡そ4~5時間程の間、難しい話を聞かされた、こういった話の場に成れていないメルラーナには少々堪えてしまった様である。
「例えばだけれど、私は欠片のモンスターを魔力から認識する生命反応で探知しているのよね、此は誰でも出来る訳では無くてシルヴィアナの末裔、継承者の中の誰かが生み出した能力の一つなのだけれど、其の能力では欠片其のもの反応は感知出来ないのよ、でもレシャーティンは違う、レシャーティンには欠片そのものを感知出来る者がいるの。」
感知って、あんな小さいモノが感知出来るモノなの?そんな事が出来るなんて一体…。
「先導者。」
ドクン!
「せ…、ん…、どう…、しゃ?」
あの時、カルラ、いや、ゼノディスを倒した後に現われたアノ?…欠片を摂取したのに何も起きずに普通に会話をしてきた…、恐怖で足がすくんで、でも其れでも何とかして戦って…でも、私の力が一切通用しなかった、あの先導者?
「報告は受けているのだけれどメルラーナ、貴女は一度会っているそうね?」
「!?…はい、…あの!《《アレ》》は一体何なんですか!?」
思わず《《アレ》》と云ってしまったが、《《アレ》》が只の人とは思えない、少し戦った程度だったが全てが規格外に思えた、為体の知れない何か…としか。
アレ…ね、メルラーナは先導者が何なのか本能的に気付いているのかもしれないわね。
先導者を《《アレ》》と呼んだ事から人であるとは考えていないのが解る。
何せ《《奴等》》は全てに置いて規格外の存在だから、五大英霊も元々は四竜との戦いに備えて強者を目指す者達を駆り立てる存在として生み出した者達だった、今では一人歩きしているけれど、其の五大英霊の1人であるジルラードやテイルラッドですら、《《先導者達》》を化け物と呼ぶ程なのだから…。
…テーブルの向こう側でジッと座って私を見つめているメルラーナが、私の答えを待っている。
サーラは口を少し開き、意を決して言葉を綴る。
「クレイヴァネアスの分身…、ううん?アレは欠片…なのかしら、意思を持って一個体として活動しているクレイヴァネアス欠片…だったモノ、其れが先導者。」
………は?ちょ、一寸待って?先導者が元々は欠片?其れも意思を持った?た、確かに欠片を飲み込んでたし、身体に何の影響も出てない様に見えたけど…、欠片って!?
あ…あれ?先導者がクレイヴァネアスの欠片って事は…。
「レシャーティンって四竜が作った組織って云う事ですか!?」
「ええ、理解が早くて助かるわ、本当に頭がいいのね。」
褒められた、何か途轍もなく恥ずかしい…。
え?じゃあレシャーティンって四竜の欠片を集める為に作られたの?あれ?抑も他の竜の欠片ってあったりするのだろうか?
「武装組織レシャーティンの活動目的は、四大国家の崩壊…って、表向きではそうなっているのだけれど。
彼等の真の目的は、四竜を目覚めさせる事…、四竜を封じ込めた神々が作り出した四大国家を滅ぼす事で其れは成就される…、そう思っているのか…、そんな単純な事で封印が解ける訳では無いのだけれど、表向きの理由と一致している処はあるからそう云う方針を掲げているのでしょうね、まあ、先導者が四竜の身体から生み出された分身の様なモノだから本体を目覚めさせると云う処は当然と云えば当然なのでしょうけれど。」
欠片が四竜の身体の一部と云う事実を聞いてから、話は全てが現実味を帯びていないモノに聞こえてきた。
何せ神話の話だ、長寿で有名なエルフで精々500年、ハイエルフで1000年の寿命があると云う、けど神話の話は百万年以上昔の話だと云う…、理解出来る筈が無い。
「し…四竜を目覚めさせる?そ、そんな事が可能なんですか?」
メルラーナの疑問も最もである、百万年もの昔に生きていた竜を現在に目覚めさせる等、其れは最早夢物語、荒唐無稽もいい所だ。
…いや、先導者が四竜の身体の一部から生まれた存在なのだとすれば、四竜を目覚めさせると云うのも…。
「普通に考えれば有り得ないでしょうね、けれど。」
サーラは一呼吸の間を置いて。
「此の世にあり得ない事柄なんて存在しない。」
そう、一言だけ呟いた。
「え?」
メルラーナは其の言葉に、何処かで聞いた事があるような無い様な、そんな感覚に襲われていた。
「テッドがよく使う言葉なのだけれど彼曰く、起こりえない事象は存在しないそうよ、其れがどれだけ理不尽であったとしても…ね。」
理不尽…、確かに理不尽なのだろう、何時目覚めるかも解らない四竜と戦い為だけに生まれてきた様な存在となってしまった人、其の人と共に戦う事を決めた者達、お父さんも其の1人なのだと云う、きっとお母さんもそうだったのだろう。
母親の事に関しては余り知らない、何せ母親が亡くなった当時メルラーナは5才だった、記憶が曖昧なのは仕方がない事である。
テッドもそう云った経緯で姫姉様に手助けしているのだとか、そう考えればギュレイゾルさんもデューテお爺ちゃんも関係者の様に思えて来た…。
一体どれだけの規模の人達が巻き込まれているのだろうか?そう考えると少し胸が苦しくなる。
かく云うメルラーナも巻き込まれた内の1人だから…。
「それから、言っておくけど、レシャーティンって邪竜って云う意味なのだけれど、リースロート王国の邪竜騎士団とは全く関係ないからね?」
唐突に話が変わった、空気の重さに耐えきれなくなったのか、其れとも気を利かせてくれたのか、サーラ自身が巻き込まれた者達の中心に居る人物だと云うのに、自分の事は意に介さず他人の心配をしてくれている。
折角なので話しに乗っかろう…。
希に勘違いされて詰め寄られる時があるらしく、姫姉様は其れが気に入らないらしい…。
其れ以前に此の国にそんなモノがある事事態知らなかったのだけど…。
其れ処かレシャーティンの意味すら知らなかったのだけど………。
曰く、魔法大国としての名が有名なリースロート王国だが、実際には世界で最も竜騎士の多い、竜王国リースロート…と云うのが本来有る冪姿なのだとか…。
其処に加えて、女神シルヴィアナが敬愛していると云う、主神ガルバードは、主神と呼ばれるようになる前、邪神ガルバードと呼ばれていたらしい、邪竜騎士団は其処から取ってきた名前だそうだ。
「大体!魔法の扱いならテッドの方が遙かに上でしょう!?知っている!?彼奴の弟子!300人位居たのよ!?今生きている者で80人位!」
「え?…し、知りません…でした。」
何やら愚痴が始まったようだ…。
「其の内13人はそれぞれの地で賢者なんて呼ばれているのよ!?」
「!?」
賢者…?じゃあ…ビスパイヤさんも…?
そうか…テッドはハイエルフだから、長生きしているんだ?きっと、数え切れない位の出会いと別れを繰り返して来たんだろうな…。
「コホンッ。」
話が反れて来た辺りで、青い全身甲冑を着た騎士が軽い咳をする。
「あ…。」
サーラは其の咳で我に返り。
「そ、そうね、今日は此処までにしておきましょうか、大分話し込んでしまったわね、貴女もまだ本調子ではないでしょうし、今日は部屋に戻って休むといいわ。」
長時間の難しい話を聞かされて頭がこんがらがっていた処だった、メルラーナは少しだけホッとした、今聞いた話を自分なりに整理してみたい。
…処で、此の騎士は何者なのだろう?只の護衛が姫姉様…、じゃなかった、王女殿下の話を遮るなんて、普通は謁見行為と云うヤツになるのではないだろうか?
「其れと、後になってしまったけれど彼を紹介するわね。」
サーラがそう云うと、騎士は兜を脱ぎ其れを抱える様に腰に持ち変え、腰を曲げて綺麗な会釈をする、兜の中から出て来た顔は…、余りに予想外なモノだった。
え?彼って事は…男の人?女の人に見えたけど?男性…なんだ、間違えない様にしなきゃ、其れに…何となくだけど、エアルに似ている様な気がする?
「初めまして、メルラーナ=ユースファスト=ファネル殿、私はフィリア、リースロート王国火竜騎士団副団長、フィリア=ギリアット=ジースザーンと申します。
貴女が友人としてお付き合いして頂いているエアリアル=シルフィ=ジースザーンの兄です。」




