95話 フェアリーテ-ル・四竜
今では知る由も無いけれど、1万年、2万年?いいえ、其れは、物凄く大昔のお話。
陸地がまだ一つしか無かった頃。
小さな争いはあったものの、人々は平和に暮らしていました。
ある日、何事も無い、何時もの日常を過ごしていると…。
突然、大地が大きく揺れたのです。
揺れ初めてから、一時間程が過ぎた頃、やっと収まりました。
人々は突然の地震に戸惑い、怯えながらも、人々は済む家の片付けをしていました。
揺れが収まってから、数時間が経過した頃、大きな山のある、南の空が真っ赤に染め上がったのです。
同じ時、何処までも続く深い深い森のある西の空が、大きな雲に覆われ、黒く淀み、雲の中では光る閃光が何十回、何百回と、大きな音を立てて光っていました。
更に東の海では、海の水を巻き上げた数え切れない程の竜巻がうねりを上げて、ぶつかり、混じり合い、一つの巨大な台風となって、陸地へと向かってきます。
そして北は、一寸先も見通せない程に真っ暗な闇に覆われました。
世界は何の前触れも無く、突如として未曾有の災害に襲われたのです。
街や村、都市は跡形も無く壊され、森は焼け、木々は灰と化し、大気は汚染され、大地は裂け、海は割れ、空にはどす黒い雲が覆い、汚れた雨が降り、大地を汚しました。
人々は、それぞれの種の代表を集め、争いを一時的に中断し、此の危機に立ち向かう決断をしました。
人々はそれぞれに割り当てられた災害の発生源へと、同族を引き連れて向かいます。
多大な犠牲者を出し乍らも、漸く辿り着いた其の場所で、彼等が見たモノは…。
大きな都市ですら、スッポリと覆い被せるのではないか?と思える程、巨大な身体を持った竜でした。
そう…世界は、四頭の大きな竜達に襲われたのです。
人々は、竜達のもたらす災害を止める為、大きな竜達に立ち向かう決意をしました。
此が後に、【神々の戦い】と呼ばれる様になる戦争の始まりなのです…。
各地に散らばった人々は、最初に竜と交渉する事から始めました。
何故世界に災害を引き起こしたのか、巻き起こされた災害によって、人々に被害が出た事を告げたのですが…、竜達は聞く耳を持たず、交渉には応じませんでした。
《理由を知りたければ、力尽くで聞き出すがよい。》
そう一蹴されてしまいました。
交渉を実現させる事を失敗してしまった人々は、竜の言葉通り、力尽くで聞き出す事にしました。
しかし、竜から話を聞き出すのは並大抵の事ではありませんでした。
竜の余りの強さに、手も足も出なかったのです。
圧倒的な力に唯々、被害が増え続けるだけの戦い、其の戦いに人々は自分達の子供や孫にまで戦わせざるを得なくなりました。
そうして人々は世代を超えて、竜に戦いを挑み続ける事となったのです。
時が経つにつれ、戦いは激しさを増して行きます。
其の激闘から、一つだった大陸はやがて五つに分かれてしまう程のものでした。
やがて、戦いが始まってから千年もの長きに渡る戦いの末、遂に一頭の竜から話を聞き出す事に成功したのです。
大陸の南側で暴れていた竜。
其の竜は、全身を赤黒い鱗に覆われ、背中には左右に広げれば山を囲む事が出来るのではないかと思う程の大きな四枚の翼を持ち、翼の大きさに似合わない二本の足が支える小さな身体からは、細く長い尻尾と長い首が伸び、首から先にある頭には眼が四つ有り、角が六本生えていました。
四つの地で行われていた戦いの中で、最も激しく、最も被害の出した竜だったと云われた事から、四頭の竜の中で最も強い竜とされました。
尻尾から繰り出される、撓る様な一撃は木々を山毎薙ぎ払い、口から吐き出される炎は鉄を溶かし、岩を蒸発させる程の高温でした。
吐き出された炎を四枚の翼で巻き起こした風で巻き込み、周辺一帯を跡形も残らない程、消し炭にしました。
竜は云いました。
《世代を超えて余に挑み続けた汝等に敬意を表そう。
余は、冥竜・ヒュプカムスクリフ。
冥府の炎を司りし槭獄の魔竜である…。》
長きに渡る戦いで得られた情報は、竜の名前だけでした。
人々は嘆き、悲しみ、苦しみます、けれど、再び立ち上がり、ヒュプカムスクリフに挑む事を決意したのでした。
次に名前を聞き出せる事に成功したのは、大陸の西側で暴れていた竜でした。
緑の鱗を纏った其の竜は、まるで森が動いている様な錯覚を起こさせました。
他の竜とは違い背中には翼は無く、空を飛ぶ事は出来ないようでした。
代わりにとても太い足が4本、どっしりと地面を捕らえ、歩く度に大地は揺れ、人々を恐怖の底へと誘いました。
まるで山の様な大きな身体から生えている太く短い首、丸みを帯びた頭には二つの目に2本の角、下顎から突き出す2本の巨大な牙は、まるでどんな堅い物でも貫いてしまうのではないか?と思わせる程でした。
そして、太く長い、まるで鈍器の様な巨大な尻尾が振り下ろされた時、大地は裂け、地面が激しく揺れました。
其の巨体は、人の手で動かす事等、到底出来る筈が無いと思わせる程でした。
竜は云いました。
《儂は、覇竜・ガゼヌギシュオーマ。
閃光の雷鳴を司りし、鐳煌の魔竜じゃ…。》
次に名前を聞き出せる事に成功したのは、大陸の東側の大空で暴れていた竜でした。
其の竜は美しい真っ白な鱗を身に纏い、身体を覆う程の翼が両翼に二枚、其の二枚の翼の間に、変わった形をした翼が一枚生えていました。
其の竜は腕や脚がありませんでした。
細長い身体からは、胴よりも遥かに長い尻尾が生えています。
長い首の先のある小さな頭には、六つの赤い目が怪しく光っていました。
角も付いていませんでした。
しかし、他の竜には無い、身体の周りには、例えるなら柄の無い剣の様な物が十二本、まるでそれぞれが意思を持っているかの様に、宙に浮かんでいました。
竜は云いました。
《私は、神竜・ロハディアヒュルケ。
天空の風を司りし、勐湗の魔竜です…。》
話が一区切り終えたのだろうか…、サーラは御伽噺を語るのを止めた。
部屋の中では静寂が訪れる、冬の冷たい風が開いた窓から吹き込んで来る、日差しを遮る白いレースのカーテンが風で揺れると、普段は気に成らない筈の微かな音がハッキリと耳の中に飛び込んで来た。
どれ位の静寂な時が流れただろう、1分にも満たない時間がまるで5分か、10分か…1時間と言われても疑わない程に長い時間に感じた。
…やがて、サーラは再び語り始める。
「此処までが、世界中で知られている御伽噺。」
左手の細い指で、自身の薄紫色の長い髪をそっと撫でる様に触れる。
「せ、世界中で…ですか?私、全く知りませんでした…。」
メルラーナは素直に無知な自分をさらけ出すが。
「勿論、貴女の様に全く知らない人も居るけれど、其れは只単に伝える必要が無かったから知らなかっただけで、知らない事が罪にはならないし気にする必要もないのよ?其れに…、ジルは貴女に関わってほしくなかったから毎年同じ日に貴女を遺跡に連れて行っていたのだから。」
「…?」
少し不可解な事を口にしたのが気になった。
「…関わってほしく無かった?ですか?」
メルラーナは小首を傾げて考え込む。
「関わってほしく無かったのなら連れて行かない方がいいんじゃ?」
的を射た意見を口にすると…。
「其れは…、そうよね、態々神器の近くに連れて行く必要性なんて微塵も無いって…、そんな処に連れて行かれたら手にする筈も無かったモノを手にする事も無かったって、当然そう思うわよね?誰だってそう思うわ、私だってそう思う。
けれど、其れは普通なモノの考え方であって、普通で無いモノにはそんな考えは通用しないわ。」
メルラーナの意見に一度は納得した様に答えたサーラだったが、直ぐに全く思いも寄らない別の角度から切り込まれた。
「…普通?で…無い、モノ?」
「あら?貴女にとってガウ=フォルネスは普通かしら?」
「………!?」
「っと、話が反れてしまったわね。」
「…ぁ。」
凄く気になる内容の話だったが、今は御伽噺を聞いていた事を思い出した。
「話を戻してもいいかしら?」
サーラに言われ、コクンと顎を引いて頷くメルラーナ。
其れを見て、再びポツリポツリと語り出す。
さて、此処からの御伽噺は、他の伝承や伝説には語られていない物語。
其れはシルヴィアナの末裔と、其の一部の側近達しか知り得ない真実の物語。
其れは…、最後まで其の名が知れ渡る事は無かった四竜の一頭、最後の竜の物語。