94話 リースロートの王女殿下
翌日、漸く部屋を出る事を許されて外の廊下へと足を踏み出す、辺りを見渡してみると、正面は吹き抜けてあり、直径1メートル程の柱が何十本も並んでおり天井を支えている、其の先は青空の下にレンガ造りの床と緑が植えられた庭が広がっている、更に先には塀になっていて其の向こう側には澄んだ青い空と白い壁が少しだけ顔を覗かせている、塀は途中で途切れていて上へ繋る階段があった、此処から見える範囲だけでもかなり広い事が見受けられる、次に廊下を確認した、右を見ても左を見ても何処までも続く廊下、正面に広がる庭…、少ししか見えないけど白い壁…、此の壁はきっと外側から見るととても大きいのだろう、そんな気がした、街を見渡せる程の高台に在る事から想像を働かせる。
此処って…、もしかして…。
城である、所謂王城、リースロート王国の本丸である。
「おおぅ…。」
思わず唸ってしまった。
「コホンッ。」
部屋の扉の前で立っていた眼鏡を掛けたメイドのお姉さんが咳をして促される。
「ハッ!?」
姿勢を正して恥ずかしそうに顔を赤くする。
「ご案内致します、此方へ。」
愈々だ、エアルが昨日言っていたある人物…、誰とは聞かされなかったけど、予測は出来る。
「はい。」
気を引き締める、メイドのお姉さんは廊下では無く庭に方へ歩き出す、意表を突かれたメルラーナは急いで其の背中を追いかけた。
庭の奥に見えていた階段を登ると、先程よりも更に広大な庭が現われた、しかも平面では無く立体的な庭になっている様だ、曲線を描く様に建っている壁の上には更に壁が見えてまるで巨大な階段に見える、それも上がって行く先が庭の上だけで無く空の上に飛び出している様にも見える。
此の立体に作られた土台も庭の風景、或いは芸術性の一つとなっているのだろう、凄く綺麗な場所だ。
「ふわぁ!?」
変な声を出してしまった。
庭に見取れている間にメイドのお姉さんは先へ行ってしまった、慌てて追いかける、庭はまるで迷路の様に入り組んでいた、階段を登って上の庭に辿り着いたと思えば、一度階段を降りて別の階段を登る、登って降りて、登って登って降りて登って降りて降りて…、説明してたら切りが無い、そうやって上へ上へと登って行き、庭の頂上と思わしき場所に出た。
振り返って階段の下を見ると、最初の庭は見えず、恐らくあの広い廊下であろうと思われる屋根がとても小さく見えた、何よりも此処まで登って来た庭の周囲にも廊下や部屋がチラホラとあって其れ等の建物が邪魔をして殆ど見えなくなってしまっている。
踵を返して頂上の庭を拝見、此までの庭とは余り変わらなかったが、其れ程広くは無く、奥へ行くと3段しか無い階段で少しだけ上段に上がっている場所があり、其の上には角の付いた屋根と白くて丸いテーブル、同じく白い椅子が3つテーブルを囲う様に並べられており、其の内の一つの椅子に誰かが座っていた。
遠くら見ても座っているのは女性だと解る、薄紫の長い髪を靡かせて、赤いドレスを着た女性は優雅に右手でティーカップをティーカップの皿を左手に取ってお茶を口に運んでいる。
女性の回りにはメイドの格好をした人達が3名、其れと女性から少し離れた場所で全身甲冑を纏った…、男性?此処からでは顔まで見えないので解らないが、女性の護衛の騎士と思われる人が立っている。
メイドのお姉さんは小さな階段の手前まで来て立ち止まり。
「王女殿下、メルラーナ様をお連れ致しました。」
そう云った…。
王女殿下!?王女!?おう…じょ!?
声を掛けられた赤いドレスを着た女性、王女殿下がカップをテーブルの上に置いて振り返った。
青い瞳に細い睫毛、整った顔立ち、人の好みなんて其々だと思うが、絶世の美女と云う言葉だけでは言い表せない程、美しい女性だった、年齢は…見た目だけで言えば二十歳前後と云った処だろう。
余りの美しさに身体が硬直した様になって背筋を伸ばし。
「はっ!始めしてっ!?わっ…!?私っ!メルラーナ=ユースファスト=ファネルと申しますっ!!」
「あら?」
メルラーナの畏まった挨拶に女性は一瞬、青い瞳を丸めてキョトンとした表情をした。
「あらあら、フフッ。」
女性は左手で口元を隠すと少し微笑み。
「初めてでは無いのだけれど…。」
そう云った。
「え?」
女性は椅子から立ち上がって。
「サーラ=ルーネリティス=シルヴィアナ=リースロートです、メルラーナ=ユースファスト=ファネル、長い旅路、ご苦労様でしたね。」
労いの言葉を頂いた。
因みに貴族の女性が挨拶する時によく見る両手でドレスのスカートの左右を摘まんで少し上げて、片足を後ろへ回して膝を曲げる挨拶は目上に人に対する作法で自分より立場の低い人や友人などにはしないものである。
はて?何処かで合った事がある様な…?
「立ち話も何だし、此方へどうぞ?」
サーラは空いている椅子に手を差し出して、メルラーナに座る様に促す。
「え?…えっと、いいんでしょうか?」
メルラーナは回りに居る人達に目線を送る、王女殿下が座っているテーブルに一般人の私が一緒に座ってもいいのだろうか?そんな事を考えていた。
メイドのお姉さんがサーラの差した椅子の後ろまで移動して、座りやすい様に椅子を引いた。
メルラーナは恐る恐る椅子に座ると、他のメイドが皿とティーカップを置いてお茶を入れる。
「あ、有り難うございます。」
「フフッ。」
メルラーナの行動一つ一つが気になっているのか、サーラがテーブルの向こう側で微笑んでいた。
「さて、色々と聞きたい事があるでしょうけれど、最初に私から貴女に聞きたい事があるのだけれどいいかしら?」
聞きたい事?王女殿下が私に?
不思議に思うもメルラーナは顎を引いて頷く。
「有り難う、では…、貴女は何故トムスラル国からこんな遠方の国まで来たのかしら?」
「え!?」
一切想像だにしていなかった事を聞かれた。
「えっと、フォルちゃ…じゃくて、ガウ=フォルネスが私に宿った時に、お父さんが私に、貴女に、サーラ王女殿下に会いに行けと言われて…。」
しどろもどろんみなり乍らリースロート王国まで来るに至った経緯を説明する。
「そう、では其処に貴女の意思は無いのね?」
「え?」
一瞬意味が解らなかった、意思?私の意思…、確かに、あの時は大勢の人が死んで、頭が混乱してて、お父さんが助けに来てくれて、言われるがままに…、そう…だ、其処に私の意思は無かった、只流されるままに旅立って。
「つまり、貴女は何の為に私に合いに来たのか解らない…、と云う事かしら?」
「!?」
考えた事も無かった…、まるで騙されて連れて来られたみたいに…、…で、でも、あの時確か、お父さんはガウ=フォルネスの事を知りたければ…、って云ってた、取り除く方法が解るかも…とか、此からの私の行く末とか何とか…。
「先に伝えておくけれど、ガウ=フォルネスを貴女から取り除く方法は私には解らないわ、何万年も昔に封印されて、今の今まで眠っていた神器の事を私が知る訳が無いもの。」
其れもそうだ、自分の手元にあって研究されていたならまだしも、ずっと眠り続けていたモノの事等知る由も無い。
ガウ=フォルネスの事はテッドからある程度聞かされている、つまり其れ以上の事は解らないと云う事だ。
じゃあ何で私は今此処に居るのだろうか?お父さんに騙された?
「お…、お父さん…は?」
混乱し始めていた、父親が本当にリースロートで将軍をしているのかどうかも知らないのに…、口走っていた。
其れ処かメルラーナ自身はあの時、あの遺跡が崩落した事で死んだものとばかり思っていたのだが…。
「ああ、ジルなら今は任務で此処には居ないわ。」
…は?……え?ちょっ!?一寸待って!?任務で此処に居ないって!?…い、生きてるって事!?生きてるの!?死んでない?…嘘、私、てっきり…。
瞳に涙が溜り、溢れ出した、涙が頬を滝の様に流れ出す。
「…ひっく、………ひっく。」
「あら?」
突然泣き出したメルラーナを見て戸惑うサーラ。
「エアルはちゃんとジルが生きている事を教えたのかしら?…教えてなかったって事よね?…そう、後でお仕置きが必要ね。」
少し怖かった。
…。
「落ち着いたかしら?」
泣き止むのを待っていてくれた、とても優しい人だと思った。
「は、はい、御免なさい。」
「いいのよ、父親が生きていると知らなかったのだもの。」
ううう、恥ずかしい。
にしても…、噂は本当だった、自分の父親がこんな綺麗な人と知り合い?だなんて…、嬉しいのやら恥ずかしいのやら…、今さっき父親に騙されたかも?とか考えていた事を忘れてしまっていた。
うーん、うーん。
メルラーナは頭を抱えて考え込んでいる。
そんなメルラーナの姿を優しい笑顔で見つめていたサーラが、提案を出して来た。
「そうね、では一つ、一つだけ私に質問してみなさい、今、貴女が一番知りたい事は何かしら?一番気になっている事でもいいわ、質問次第では私の知りうる事の全てを開示する用意があるわ、貴女の知りたい事も知らなくてもいい事も、知らなければならない事も…ね。」
意味深な言葉を綴り、一つだけ質問を要求された。
私の一番知りたい事?
フォルちゃんの事?でも此は私の知り得た以上の情報は得られないかも…。
じゃあ神器の事?神器と云う存在其者の事なら或いは…、でも…、幾つあるかも知らないモノの事を聞いた処で意味があるのだろうか?
レシャーティンの事なら此もテッドに聞いたし、八鬼将の事は先導者が少し喋っていた、先導者の事?為体は知れないけど一番知りたいかと言われれば違う気がする。
欠片の事?旅の間、何度か欠片のモンスターと接触した、そう云えば私の行く先々で必ずと云っていい程現われていた気がする…、今にして思えば狙われていたのだろうか?カルラさんは私を連れて帰るのが目的だと云っていたし。
ううん?私じゃなくてフォルちゃんだったかな?まあ其れは置いといて…、欠片…かな?欠片が何なのかは知りたい気がする…。
欠片…、確か…、クレイヴァネアスの欠片って云ってたっけ。
クレイヴァネアスの欠片って事は…、クレイヴァネアスって云う何かがあって、其れの欠片って事?クレイヴァネアス…。
ゾクッ!
其処まで考えた時、背筋に悪寒が走るのを覚えた。
「クレイ…ヴァ…ネ…アス…。」
自然と口に出していた。
「クレイヴァネアスって…何ですか?」
「…。」
サーラは眼を大きく見開き、瞳がまん丸になっていた、驚いているのだろうか。
「フフッ、ジルが自慢するだけの事はあるわね。」
お父さん、お願いだから私の知らない処で辺り構わず娘の自慢をするのをやめて下さい、本当に…。
「少し…、長くなるけれど、いいかしら?」
コクコク、頷いて肯定する。
其れは、遙か太古の昔、後の世に『神々の戦い』と呼ばれる様になった大戦の御伽噺。




