93話 リースロート王国
眼を覚ますと、見た事の無い天井が見える…。
天井?なのかな?
天井にしては布の様な物が張り付いている、それに触り心地の良い布団がメルラーナの全身を包んでいた、余りの気持ち良さに身体が起き上がるのを拒否しているのが解る。
と云うか身体が自由に動かせない、無理に動かそうとすると全身に痛みが走る。
「…っ!!」
痛みを堪えて無理矢理身体を動かそうとすると重怠さを感じる、頭もクラクラするし視界も若干だが焦点が合っていなかった、最初は戦いで受けた傷や疲労から来ていると思っていたが、まるで数日間身体を動かしていないかの様な…。
色々と気になる事はあったが頭や視界は少ししたら治ったので今何処に居るのかの確認をするのが先決と判断し、周囲を見渡す、自分が寝ていた処はベッドの様だ、其れも土台から伸びる四本の桃色の柱の上には天蓋がついている、目を覚ました時に見えた布の様な天井の正体は此だったのか、天蓋から柱を伝う様に伸びる白いヒラヒラが付いたレースのカーテンがベッドを囲っている、布団やカーテンの布の肌心地から想像するに間違い無く高級ベッドだろう。
これは詰まる処の…、プリンセスベッドと云うヤツではなかろうか?な!?難でこんなトコで寝てるの私!?
多少は混乱するも気を取り直して回りをもう一度見渡す。
部屋の広さは10メートル四方位ある広めの部屋だ、ベッドは壁際の中央に置かれていて向かって正面の壁にはテーブルが置かれている、右側には扉が有り、左側には大きな窓が付いていた、窓の外は明るく、今は昼間の様だ。
メルラーナが身体を起こしてベッドから降りようとした時。
ガチャ。
突然扉が開く。
咄嗟に臨戦態勢を取るが、両腕に着けていた筈のエクスレットブレードが無い事に気付いた。
「!?」
奪われた!?
混乱したままの状態で思考回路を巡らしている為に突拍子も無い方向の想像をしていた、武器を奪う者が高級ベッドに寝かせる筈が無い事位普通に考えれば解るものだが…。
「あら?」
入って来たのは黒いメイド服を着た茶髪で眼鏡を掛けた30代位の女性だった。
「お目覚めになられたのですね?」
女性は嬉しそうに微笑んで両手を叩く。
「そうですわ、直ぐにお知らせしないと、少々お待ち下さいましね。」
そう言って女性は入って来た扉を締めて部屋を後にした。
………、な、何だったんだろう?
女性に言われた通り素直に待っていると…、ガチャリ、と音を立てて再び扉が開く。
部屋に入ってきたのは長い金髪を後ろで纏めた青い瞳の女性が入って来た。
トクン。
突然メルラーナの心音が高鳴る。
「メル?」
トクン。
覚えのある声が聞き慣れた名前で呼んで来た。
「…エ…ア…ル?」
メルラーナの眼の前に現われた人物、其れは…、エアリアル=シルフィ=ジースザーンだった。
「エアル!!」
バッ!
「え!?ちょっ!?」
メルラーナはベッドから降り、蹌踉めく身体を気合いで押さえ込み、エアルの胸に飛び込んだ。
「エアル!エアル!エアル!エアル!ひっく、エアルゥ!ひっくひっく!」
再会の喜びと様々な想いが溢れ出し、自分でも制御出来ない位に泣き出した。
「うああああああああああああああああああっ!!」
「よしよし。」
エアルはメルラーナの頭に手を添えて優しく撫でる。
衝撃の再会から10分程が経過した頃。
「落ち着いた?」
泣き止んだメルラーナに一言。
「…うん、ごめんなさい、取り乱したりして…。」
みっともない処を見せた事に赤面するメルラーナ。
「ううん、此処に辿り着くまで、色々と大変だったんでしょう?貴女が運ばれて来た時の状態を見れば解るわ。」
運ばれ…?此処に辿り着く…?
「…エアル?…此処って?」
エアルの言葉から今居る場所を想像した、メルラーナの表情が「まさか。」と云う顔をしているのを見て顎を引いて頷き。
部屋の窓の傍に移動したエアルは両手で窓を開ける、昼間だと云うのに冷たい風が窓に掛っているカーテンを靡かせて部屋の中へと吹き込まれた。
メルラーナの方へ振り返ったエアルは…。
「ようこそリースロート王国へ、此処は魔術師が闊歩し大空を竜が舞う大都市、王都バストゥール。」
外を見てごらん…と云う事だろう、メルラーナは窓まで歩いて行き、窓から外を眺める。
ヒュオー。
冷たい風が全身を撫でる様に吹き抜け、思わず眼を閉じるが、薄らと瞼を開けて大きく見開いた。
「…!?」
瞳の中に映った光景は…、唯々広かった、余りに広大で、遙か彼方の地平線まで街並みが続いている、今居る場所が高台に有る様で眼下に広がる街をかなり先まで見渡せるが先端が見えない、エバダフも広いと思ったが此処の広さは比にならなかった。
建物の大半は白く、日の光が反射して輝いて見える
「ふぁぁ。」
想像を遙かに超える広大さと美しさに見取れていた。
見える範囲には大きな建物も何カ所かに点在しており、其れとは別に細長く高い塔の様な建物が数え切れない位建っている。
「…?エアル?…あの塔みたいな…。」
振り返ってエアルに声を掛けようとした時。
ゴゥ!
と突然強風が部屋の中に吹き込んできた。
「…っ!?」
一瞬眼を瞑り、直ぐに開いて外を確認すると、大きな影が横切った時に発生した風の様だ、影の正体は竜だった、竜が空を優雅に飛んでいたのだ、メルラーナの居る部屋から竜の飛んでいる場所との距離は解らなかったが、飛竜で無い事は理解出来た。
竜は一頭だけでは無く、広範囲で何十頭も飛んでいた、眼を凝らして見ると塔の回りにも竜と思わしき空を舞う影が飛び交っている事が解り。
其れが見える範囲の全ての塔の回りを飛んでいた、驚いているメルラーナの隣に来たエアルは。
「あの塔は竜達の翼を休める為に建てられたものよ、塔の中には人用の調理場があって竜達の餌を準備して其の場で与えれる様に設計されているの。」
つまり餌付け様の建物と云う事だ、飛竜じゃなくて竜を餌付けって…、其れも数え切れない位の竜って…、なんか色んな意味で意味不明だった。
暫く不可思議な風景を堪能した後、ふと此までの経緯を考える。
どうやって此処まで来たのか記憶が全く無い、国境を越えて岩壁に建てられた騎士達が寝泊まりする休憩所に案内されて眠りに付いた処までは覚えている、まだ暗い時間に眼を覚まして…それからどうしたかな?…ああ、そうだ、吹雪が吹き荒れる町で立ち尽くしていて…、誰かが私の傍に立っていた、何処かで見た事が有る様な…、無い様な…?あれ?其れ以前に何で町に居たんだろう?何時の間に移動したのか?一切の記憶が抜けている。
エアルに聞いた話では余程疲れていたのか熟睡している状態で王都まで運ばれて来たらしい、結局どうやって移動したのかまでは解らなかった。
王都に運ばれて来た私は直ぐに王族御用達の診療所に眠ったままの状態で連れて来られる、寝ているのが都合良かったのか、其のまま全身麻酔を打ち傷付いた心臓の手術を施したそうだ…。
…一寸待て、じゃあ何か?私が寝ている間に勝手に女の子の胸を開いて心臓を治療したと?
其の話を聞いた途端、着ている服の中を覗き込んで自分の胸を確かめる。
…傷…は、…無い、全く無い、其れが治癒魔法によるモノなのか魔人の血が自然治癒させたモノなのかは解らないが、兎に角傷が無かった。
…お、…おおお。
メルラーナは顔を真っ赤にして床に塞ぎ込む。
恥ずかしい、顔も見たことの無い人達に未発達の小さな胸を見られてしまった。
いや、仕方無いのか?治療行為な訳だし気にしない方がいいのかも?
手術後、丸10日は眠っていたらしい、だから頭がクラクラしていたのか。
ふとサイファーとミューレィの存在を思い出す、2人はどうなったのだろう?
其れもエアルが答えてくれた、2人は南部の町を通過した処だそうだ、ギャザー少将と云う人物が2人の身の安全を保証してくれたらしい、…ギャザー少将って誰?少将と云うからには偉い人なのは解るのだが知らない名前を出されても正直ピンと来ない。
ギャザー少将はリースロート王国南部の防衛任務を全面的に任されている将軍で魔軍兵団と云うゴブリンやオーク、トロルやオーガ等の魔物で編成された軍を纏めている軍団長なのだそうだ、因みに魔人らしい、ギュレイゾルとは古い友人なのだとか。
兎にも角にも2人は安全に此方へ向かっているそうだ…。
今日はこのまま1日身体を休めて明日ある人物と面会する運びとなった。