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クレイヴァネアス ~始まりは玉響な微睡みの中で~  作者: 沙霧 啓
終章・フェアリーテール
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89話 決戦


………えっと?……此は、何がどうなっているのかな?


周囲を見渡してみる、シグが壁際で口を開けてメルラーナとゼノディスを交互に見つめている、シグの傍に居たマオの同様だが、マオはシグを気にしつつサイファーの容態も気になっている感じだ、ミューレィはサイファーの治療をし乍らメルラーナを見つめている、サイファーはと云うと…。


…え!?


意識を失っており、左脚の膝から先が無かった。


「サイファーさん!?」

咄嗟に近付こうとするが…。


「メルラーナ様。」

ミューレィに呼ばれ、青い瞳がジッとメルラーナを見つめて来た。


其の瞳は、サイファーの事は任せてくれと言っている様に思えた。


言葉を交した訳では無いのに、ミューレィを見つめて頷く。


(メルラーナ様…、瞳の色が赤いままでした…、大丈夫なのでしょうか?)


次にマオが言葉を綴る。


「メルラーナさん、此方も大丈夫だから。」


2人を信じてメルラーナは、ゼノディスを見た。


黒い霧を纏っている、其の黒さは此までに会ったどの欠片のモンスターよりもどす黒く、異常な程の量が身体から漏れ出していた。

見た目は殆ど変わらなかったが黒い鎧の腹部に穴が空いていて、中は傷口が塞がった時の様な後があった。

じっくり観察している時間は無かった、ゼノディスが突然其の場から姿を消したのだ。


「!?」


ガキンッ!


金属音が大広間に響き渡る。


ゼノディスは何時の間にかメルラーナの後ろに居た。


「またアレか!?」

シグは自分にされた事を思い出す、同じ事をされて腕を折られたからだ、が。


メルラーナは後ろを見る事無くエクスレットブレードを背中の上段、頭の上に回しゼノディスのグリムダラサウト()を受け流していた。


ゼノディスは勢いが止まらずにグリムダラサウトが床に刺さる、メルラーナは左旋回して左脚を屈んでいるゼノディスの頭目掛けて蹴るが、其れを更に屈む事で外された、屈んだ身体を起こし、立ち上がった処に続いて右脚が飛んで来る。


ドカッ!


メルラーナは外れた蹴りで付いた勢いを殺さずにそのまま右脚の回し蹴りを決める、ヒットしたかに思われたが左腕で阻まれた。


「!?」


ゼノディスは床に刺さったグリムダラサウトを引き抜き、メルラーナの腹部目掛けて切りつける、メルラーナはまだ宙に浮いている状態で躱す事は出来ない。


ギンッ!


エクスレットブレードで此を捌く、篭手で受け止めようとしたがグリムダラサウトの奇怪な姿に危険を感じて刃で対応した。

篭手で受け止めると篭手毎腕を切り落とされる気がしたのだ。


着地して後ろへ後退するメルラーナ、しかしゼノディスが追いかけて来る。


氷の壁を作り足止めを試みたが、直ぐに砕かれた。


砕いた氷の先に居た筈のメルラーナの姿は無かった、氷の壁を囮にして一瞬の間でしかなかったが砕いている間に移動したのだ。


ピタリと動きを止めるゼノディス。


しかし直ぐに後ろへ振り返り、グリムダラサウトが2本エクスレットブレードを防ぐ。


「…むぅ。」


ブスッとした表情をして後ろへ飛んで後退するメルラーナ、着地した瞬間再び其の姿が見えなくなった。


ガキンッ!キンッ!ガンッ!


絶え間なく金属音が響き渡る。


姿を見せては攻め、防ぐ、常人では眼で追う事すら出来ない攻防が繰り広げられている。


メルラーナ自身、自分の身体能力に驚いていた、何時これ程動ける様になったのだろうか?しかし其れ以上に冷静に其の事実を受け止めている自分がいる事にも…。


激しい攻防が続く中。


冷静だからこそ不思議に感じていた、今自分が戦っている相手、ゼノディスは欠片を摂取したのだろう、黒い霧が身体から拭きだし続けている、しかし残撃を武器で防ぐ欠片のモンスターをメルラーナは知らない、意識が無くなると聞いた筈だ、いや、意識は無い感じだが武器を巧みに操っている処を見ると身体が覚えているのか、何にしても只でさえ異様な存在が不可思議な行動をしている時点で危険以外何者でも無いと云う事だ。


氷やフックショット、空気弾等を織り交ぜながら全く崩れる気配の無い拮抗する2人。


特に疲労している感じはしないが、このまま攻め倦ねていても何も変わらない、何か………え?


ゼノディスの動きが唐突に停止した、両腕をだらりと降ろし、天井を見えげている。


「…、……せ、………ん…ど、………。」


喋った?何て言ったの!?


だが其の言葉は最後まで綴られる事は無かった、急にゼノディスの力が向上する。


ゴウッ!


空を切る音が聞こえた、拳が空を切る音、ゼノディスの右手がメルラーナの頬を掠め…。


ボゴンッ!ガラガラ!


後ろからそんな音がした。


「え!?」


振り返ると、壁に穴が空いている、空いてた?そんな訳は無い、壁までは10メートル以上ある、今の拳の衝撃で空いた穴だとしたら


遠当て!?何此の威力!?


明らかに空気弾より強力だった、メルラーナ自身が繰り出せる遠当ても空気弾程の威力は無いと云うのに。


ゼノディスは間髪入れずに同じ威力で繰り返し攻撃を始めた。


拮抗が崩れたのだ、攻防から防戦に変わるメルラーナ、一撃一撃が即死を免れない威力を誇る、効力が全く異なるがある意味で言えば此の一撃は鬼の突進と同等か其れ以上だ、更に其れを変則的に繰り出して来る辺りが脅威としか云いようがない。


こ、これは不味い!?皆が巻き込まれる可能性が…!?


此まではメルラーナにのみ向けられた攻撃だったものが、否、今でも其の攻撃はメルラーナに向けられているが、巻き添えを喰らう事は避けられないと思わせる程の威力だった、それも腕だけで無く脚、更には武器での攻撃も襲い掛かって来る。


当たれば即死、回避するにも限界が…、此だけ躱しまくってるのに、…あれ?一向に疲れる気配が無いのは何故だろう?


しかし其れで終わる訳も無かった、攻撃の速度が上がって行く、ギアが上がる感じでは無く、少しずつ少しずつ、解らない位徐々に徐々にと…、気が付かない間に押され初めて来ていた。


気に成る事があった、モアムダンの町で暴れていた欠片のモンスターは町に破壊の限りを尽くしていた、大広間とはいえ、こんな狭い空間を崩壊させる事等訳がない筈なのに…、何故壊さないのだろう?壊せばメルラーナの動きは鈍る、瓦礫に埋もれて先程までの動きを再現する事等不可能になるだろう、そうなれば敗北は確定となる筈なのに…、まるで本気で殺す気が無い様な…、攻撃事態が全て即死する程の破壊力を持っているのに理解が出来ない。


弄ばれてる?


重い一撃を辛うじて躱し続けてはいるものの、このままでは(らち)が明かない、意を決してゼノディスの頭上を越える様に飛び上がろうとした。

居た筈の場所からメルラーナの姿が消える、ミューレィやマオはずっと戦いを傍観していたからか、最初は驚きの連続だったのが段々と慣れてきてしまっていた、2人の動きが余りにも速すぎて目で追う事を諦めたのだ、メルラーナが次は何処へ移動したのか?周囲を見渡して探してみる。


「「「…え?」」」

ミューレィとマオ、腕を押さえたまま壁を背にもたれかかり座り込んでいるシグが一斉に声を上げた。


「………へ?」


メルラーナも想像していたモノとは違う景色を目の当たりにして驚いている。

真下にゼノディスの頭が見える、此は想像通りだった、しかしメルラーナは見下ろしているのでは無く見上げる姿勢をしていたのだ、更に思っていた以上にゼノディスが小さく見える、そして、足が床に付いていた。


「………な、何?」


何かがおかしい…、そう感じたメルラーナは、《《自分から見て天井を見渡す》》、見渡せば左側の天井にミューレィとサイファーが、右側にマオとシグが見えた。

そして自分の足下を見る、床である筈の自分の足下を…。


「………床じゃ無い!?…て!?天井!?」


此処で漸く自身の身体が何処に立っているかを知る事となった、此の間、実に数秒足らずの時間であった。


ゼノディスが天井に張り付いて見下ろしているメルラーナに、其の場で立ったまま右手に持っているグリムダラサウトを、剣先を床に下ろしたまま左に一度大きく振り、次に天井から今にも落ちて来そうになっているメルラーナに向かって思い切り振り切る。


「!?」

斬撃が飛んで来る、本能的にそう察したメルラーナは即座に厚め氷の壁を3枚張り、篭手にも氷を何重にも重ね合わせる、躱す事が出来る自信はあったが、天井を破壊されれば崩落する危険性もあると思い、防ぎきる選択を取った。

少しは不安もあった、只の氷であの斬撃を防げるのだろうか?しかしメルラーナが作り出している氷は只の氷では無い、喩えるなら魔法で作り出された氷は魔力を帯びた氷で普通の氷と違って溶けにくく強度が高い、更に姿形を自在に変化させる事が可能である、変わってメルラーナの作り出す氷は魔力を帯びてはいるが、其の強度はメルラーナの能力に比例している、つまり魔人としての覚醒を果たした今のメルラーナが作り出す氷は…、鋼よりも堅い強度を誇っていた。


ヒュンッ!ビシィッ!バキバキバキ!


斬撃は氷の壁に激突し、切り崩して行く、壁を越えた斬撃は次にメルラーナの篭手に襲い掛かる、篭手を覆った氷をも斬り砕き、両腕の篭手に到達し、篭手に傷痕を残して消えて行った。


「…ふぅ。」

溜息を付き、床へ降り立つ、降りきる前に空気弾を撃ってみたがあっけなく掻き消される。


激しい攻めに対し一度体勢を立て直そうと距離を取る為に後ろへ下がる、床に足を付けた瞬間。


ピシ!バキバキ!


丁度足を着いた床から数本の氷の柱が突き出して来た。


「!?…魔法!?」


右肩に向かって来た柱を右腕のエクスレットブレードで叩き切る、背中から胴体に向かってきた柱はガウ=フォルネスの力で氷の壁を生成して防御した、左腹部に向かって来た柱は左肘で尖った先端を砕いて左膝で残りの柱を砕く、そして足下から突き出した二本の柱は飛び上がって位置をずらし、身体を小さく折りたたんで二本の間をかすり傷を負い乍ら回避した。


「ハァッ!ハァッ!ハァッ!…い、今のは危なかった!死ぬかと思った!…き!急にそんなの使わないで欲しいんだけど!?敵に言っても無駄なのは解ってるけどほんと急!!そんなの対応に困る!!困らせたいの!?あ、困らせたいのか…、じゃなくて!!」


此は確か、スティーリアロムフとか云う氷の魔法!?何で此処に来て魔法!?魔法って意識が無くても使えるものなの?其れとも意識があるの!?どれだけ隠し球もってるのよ!?


まるで戦い乍ら成長し続けている様に次々と多彩な攻撃を繰り出してくるゼノディスに苦戦を強いられるメルラーナ、とはいえ圧倒的な力を前にしているにも関わらず軽口を叩ける位には余裕がある。

魔人として正式に覚醒をした事は目を覚ましたばかりの本人は知る由も無く、最初は驚いていた思った通りに以上に動いてくれる身体に戸惑ったが既に大分慣れてきていた。


ゼノディスは次に左手を開いて突き出し其処から無数の氷の矢を発生させてばらまき始める。


「此も知ってる!」


カルラと名乗っていた時に行使していた魔法だ、一本ずつ対処してたらキリが無い、皆に当たらない様に気を配り、ゼノディスの回りを大きく円を描く様に走り出す。

大量の氷の矢は床に突き刺さりまるで突撃してくる騎馬隊を迎撃する用の槍のバリゲードの様なモノが出来上がって行く、途中、何度か氷の柱が突き出して来て吃驚したが直ぐに対応して凌いだ。

丁度一周した処で氷の矢は途切れる、其の瞬間を狙って懐に飛び込もうと試みる、其れを察したのかゼノディスがグリムダラサウトを上段で構え、右上から左下へと振り下ろす。


「!?」


右に避けるか左に避けるか、判断が問われる、右に避ければグリムダラサウトの軌道を変えて追撃されるかもしれない、若しくは空いている左手からの一撃を食らう可能性もある。


左に避ける!


決めてからの動きは速い、上体を低く落としながら左、ゼノディスの右側に回り、脇腹を狙って切りつける、しかし其れは空しく空を切った。


「消えた!?…上!」


上を見上げると其処には足を天井に付けて逆さになってメルラーナを見下ろしているゼノディスの姿があった。


ちょ!?それって真似!?


心の中で突っ込むも、其れ処では無い状況に気を引き締め直し、ゼノディスの次の行動に備える。

天井にゼノディスの姿は既に無く、メルラーナの眼の前に居た。


「しまっ!?」


ドンッ!


攻撃…と云うより押された感じだ、攻撃には殺気などの気配は生じる、メルラーナもゼノディスも此の気配を本能的に感知しているのだが、攻撃では無く只押す、と云う行動がメルラーナの感覚を鈍らせ、戦いが始まってから初めて触れられた瞬間だった。


けど押されただけじゃ?


メルラーナの身体が後ろへ下がる。


「メルラーナ様!?」


突然ミューレィに呼ばれた。


「!?」


そうだ、ついさっきゼノディスが放った氷の矢が回りに…!?


矢の先端に背中が触れかけ、突き刺さる前に氷の壁を作りギリギリで止まる。


「…ふぅ。」

ホッと胸を撫で下ろすメルラーナ、しかし追撃は止まない、やはり攻撃になると来るのが解る。

グリムダラサウトが水平に剣線を作り、メルラーナは屈んで回避、背中に作った氷があっけなく斬り砕かれた。

右のエクスレットブレードで腹部目掛けて突き上げる。

ゼノディスは振り切ろうとしていた右腕を途中でピタリと止め肘を後ろへ引きグリムダラサウトをエクスレットブレードに当てる事で此を防いだ、更に左手をメルラーナの顔面目掛けて振り抜く。


躱しきれない!?


そう悟ったメルラーナは上半身を後ろへ下げると同時に顔を左に向け側面に氷の壁を作り衝撃を和らげようとした。


バキバキバキ!!


ゼノディスの左拳が氷の壁を砕き、拳を振った時に発生する衝撃波がメルラーナの右頬を掠め、血が吹き出る。

戦いが始まってからたった3~4分しか経過していない中、激しい攻防を繰り広げた両者の最初の一撃はゼノディスに軍配が上がる、だがメルラーナもタダでは喰らった訳ではなかった、インパクトの瞬間右手をゼノディスの左脇腹に添えた。


ピシィィィィッ!!


2人の戦いを見守っていたミューレィ達は大広間の気温が一気に下がるのを感じる。


「ア、アレはあの時の…!?」

村で鬼と戦った時、鬼の大きな身体の前身を凍らせたあの力を思い出した。


大広間の3分の1が氷で覆われる、部屋の壁や天井が破壊されていないのはメルラーナの意思によるものだ、此が先の意識の無い状態で発動すれば大惨事は免れなかっただろう。


部屋を覆う氷の塊の中にゼノディスの影が見える。


「………やっぱり、此じゃあ駄目か。」

鬼の時にも同じ事を感じた、鬼に対して効果が薄いのか自身の力が足りていないのかは解らない、鋼よりも堅い氷と云うだけで他の追随を許さない程の能力の化しているのだが相手が悪かった、ゼノディスは氷結系魔法を得意としている、それは暗殺者(アサシン)として有効な魔法であるからと云う理由からだ、メルラーナの前では二つの魔法しか行使していなかったがゼノディスは氷結系魔法の第肆階級(だいよんかいきゅう)までなら単独でも行使出来る実力を持っている、魔術師でも相当な実力者でない限り1人で行使するのは不可能ではないかと云われる程の(よん)階級の魔法を魔術師でも無い暗殺者が1人で行使出来るのは考えられない事である、暗殺者は戦士では無くどちらかと云えばハンターに分類される、戦士よりはハンターの方が魔法を行使する者は多いものの、行使出来たとしても精々初級魔法までが限界だと云うのが一般論なのである。

そして其れ程の魔法を行使出来る存在にメルラーナの力が通用しないのは道理だとも云えるだろう。


氷にヒビが入り、砕け散った。


氷の中から黒い霧を漂わせ乍ら這い出てくるゼノディス。


「ふぅ…。」


疲れている訳では無い、体力も十分にある、只、攻め手に掛ける状況につい大きな溜息を付いてしまったメルラーナ。

ゼノディスは今此の状況でも能力が向上し続けている、鬼としてのゼノディスに意識を失っていたメルラーナは圧倒した力を見せつけた、其の圧倒的な力の前にゼノディスは欠片を摂取する事で自らが欠片の鬼と化し、此処に居る全員を排除する事を決めた、意識を失ったままのメルラーナではここまで持たなかっただろう、其れ程の強大な力を手に入れたゼノディスは、今だに其の力を上昇させ続けている、まるでまだ、進化の途中だと云わんばかりに…。


このまま戦い続ければ負ける…。


メルラーナはそう考えている、考え得るどんな攻撃も躱され防がれたのだ、常に前向きで明るく元気に生きてきたメルラーナでも流石に凹む。


…って、アレ?今何か引っ掛って…。


躱され続けて…。


防がれて…?


………何で躱しているの?どうして防いでいるの?…いや、其れが普通の行動の筈なんだけど、…アレだけの再生能力があるのに何故?少なくとも防がれた事はあったけど躱された事は無かった…様な気がする。


再生能力が無い?ううん?そんな筈は無い、実際に目が覚めた時に腹から大量に流れていた血は既に止まっているのに…、


其れに変化もしない、まだ完成していない?だから段々強くなっているの?


…でも、だとしてもあの脅威的な再生能力は健在している、まだ戦い初めて5分足らず、腹の傷が既に無くなっている事から其れは間違い無いと思う、此までの欠片のモンスターだって肉を切らせて骨を断つ的な行動を普通に取ってきてた筈なのに何故此処にきて突然躱すって選択が出て来たの?



…突然降って沸いた疑問に答えられる者が居る筈も無く…。



ゼノディスは次々と氷結系魔法を行使し始めて来た。

吹雪の様な冷気が手から放出され周囲を凍らせたり、巨大な氷の塊がメルラーナの頭上に形成され落とされたりした、メルラーナはガウ=フォルネスの能力を用いてこれらを回避、反撃の糸が掴めずに唯々時間が過ぎていくばかりだった。


にしても…自分で作った氷も含めて少し邪魔だな…って?


バッシャーン!


「え!?」


ふと思っただけだった、戦いの中で部屋中に作られた氷が移動を阻害されるから邪魔になるな…、そう思っただけなのに、氷が全て溶けて消え去った、氷が溶けた水で床一面が濡れている。


パシャ。


ゼノディスがそんな事を気にも留めずに足を前に出して歩き出した、水浸しになっているとはいえ大広間に広がった水は殆ど跳ねる事は無く、振動する筈の無い床に零れただけの水は、メルラーナの身体の中で其の振動を伝達させた。

メルラーナの右側から後ろへ回ろうとしているゼノディスの姿が見えた様な気がした。

魔法から接近戦に切り替えたのか…、後ろを取らせまいと移動している途中でエクスレットブレード振り払い、動きを止めようとしたが、当たり前の様に躱された。


「…又!?」


しかしゼノディスの躱す動きで生じた足下の水が、メルラーナにゼノディスが次に何処へ足を運ぶかを指し示す。


エクスレットブレードは届かない、なら床に広がっている水をかき集めて…。


想像するよりも先に、水は動いていた。


「え!?又!?」


明らかに自分が考えているより先に動いている、自動で動いているんじゃ無くて…先読みしているの?


其の考えに到達した瞬間。


ドシュッ!!


ゼノディスに全身に髪の毛の様に細い水の糸が何十本、何百本も突き刺さっていた。


初めてゼノディスにダメージを与える事が出来た、糸は水で成形されている為、直ぐに床へと落ちる。


「………い、一体何が…?どうなって?」


メルラーナにも理解で出来ていなかった、只自身の中ではっきりと。




第二段階………解放。




そう聞こえた気がした。


第一段階の解放は宿主の潜在能力を引き出し、宿主自身が願い、思う事で其れに近しい現象を発現する事が出来ると云うモノである、自動攻撃、自動防衛は此の時に消えて無くなってしまう。


第二段階の解放は第一段階より更に正確に力を具現化させる事が可能となり、必要最低限の力で最大限の能力を引き出す事が出来る様になる、更に宿主の願いや思いをガウ=フォルネスが感じ取り、言葉として生まれてくる前に行動を起こしてしまうと云うモノだ、第一段階の延長上の様な能力ではあるが、此により制限が殆ど無くなると云う事を意味していた。


傍観していた4人の男女の回りに突如薄い水の膜の様なモノで覆われる。


「「こ…此は!?」」


水の膜はまるで彼等を護る様に包み、真円状になって移動を始める。


「メルラーナ様!?」

ミューレィは自身を包む丸い水の膜が何をしようとしているのか瞬時に察した、メルラーナが自分達を護る為に作り出した結界の様なモノで此の場から逃がす為のモノでもある、ミューレィ達を包んだ水の膜は壁を破壊して別の部屋へと消えて行った、大広間に残されたのはメルラーナとゼノディスの2人だけとなった。


「…えっと?」


此の状況を見て一番驚いていたのはメルラーナであった、4人の安全を確保したかったのだが方法が思い浮かばなかった、ゼノディスが尽きる事の無く力を振るい続け魔法まで行使し始めた時に此の大広間では狭いと感じた、ゼノディスの攻撃範囲が広すぎるし其れに対応しようとすればメルラーナ自身も広範囲で対策しなければならない、そうなればミューレィ、サイファー、シグ、マオが2人の戦いに巻き込まれると想像した、宿主であるメルラーナの其の思いにガウ=フォルネスが呼応したのだ。


ちょっ!?一寸待って!?私あんな能力あったの!?


戸惑うメルラーナ、思いが具現化するのならば其の可能性は無限大となる、第一段階では具現化するに当りガウ=フォルネスがメルラーナの魔力の消耗を抑えられない為に不可能な事があった、其の一つがガウ=フォルネス自身がメルラーナの思いをメルラーナ自身が考えうる以上の最適解で具現化すると云う力である。


此が人間的な戦いから超常的な戦いへと移行した瞬間となった…




ゴゴゴゴゴゴッ!!




まるで地震でも起きたかの様に砦が揺れ始める。


氷の魔人と氷結魔法の使い手の二つの異なる氷の力が衝突した。


ゼノディスは全方位に放出系の魔法をばら撒く、大広間の壁はことごとく破壊され鉄壁を誇る筈の砦の壁を抜いてしまった、部屋としての機能をうしなった広間に空いた壁の穴から朝日が差し込む。

メルラーナはゼノディスの放つ魔法を氷の力で対応する、近付こうとすれば氷の矢が雨の様に降り注ぎ、離れれば床と天井から先の尖った氷の柱が突き出して来る、躱した先に吹雪が襲い掛かる、エクスレットブレードに氷を被せて盾を作り此を防ぐ。

其の時に生じる衝突する度に砦が揺れる、二つの強大な魔力で形成された氷同士が衝突すると反発する魔力が衝撃波を生み、砦を揺らしているのだ。


ゼノディスは吹雪の中に人大の礫を混ぜて放出して来た。


「くっ!」


人大の礫を躱すと躱した先に再び礫が襲い掛かって来た。


「…こっ!のっ!!」


躱す先を狙って来ている、偶然なのか先読みしているのかは解らない、だからメルラーナは奇策を考える。


飛んで来る礫に向かってフックショットを放ち、ワイヤーを繋いだまま其の勢いを利用してハンマーの様に振り回し、ゼノディスに向かって振り回す。


ビシィッ!!


ゼノディスは礫をグリムダラサウトで切り崩す。


破壊した礫の後ろからメルラーナが両腕を真上に挙げた姿で現われる、挙げられた手の更に真上には腕程の太さの先の尖った棒状、氷の槍が作られていた。

メルラーナは其の氷をゼノディスの胴体を目掛けて力一杯投げ下ろす。

常人では有り得ない程の速度で氷の槍が落ちて行く、其の速度は巨神ローゼスが使っていた稲妻と同等の速度である、しかし今のメルラーナとゼノディスは其の稲妻を余裕で躱せるだけの力を手にしていた、だから普通に眼の前で作り上げた氷であれば簡単に躱されるだろうと踏んで奇襲を掛けてみた、胴体ならば回避するのに必要な行動範囲が広くなる、喩え躱されたとしても傷を付ける事位は出来るだろうと考えていた…が。


ガッ!


ゼノディスは氷の槍の先端を右手で握り身体を捻ると、力では止める事の出来ない槍の落ちる速度に引っ張られる様にくるりと全身が左旋回し、其の横スレスレを氷の槍が通り抜けて行った。


決め手にならない攻防が続く。


四方八方から飛んで来る氷への対応に悪戦苦闘するメルラーナ、殺気のある攻撃は反応出来るが殺意の無い行動は躱せない事は実体験済みだ、これはゼノディスにも云える事だろうと踏んでいる、其れさえ解明出来れば此の戦いを終わらせる事が出来るかも知れない、しかし殺気の無い攻撃と云うものが解らない、そんな事考えた事も無いし数ヶ月前まではドが付く程の素人だったメルラーナはそんな訓練を受けた事も無い、抑も殺気が無ければ攻撃では無いと思う、相手を攻撃しようと思った時から既に殺気は出ている筈なのだ、と云うか殺気とはなんなのだろうか?そんな事まで思い始めてきた、何故ならメルラーナ地震が殺気のある攻撃と無い攻撃をどうやって見極めているのかも解ってはいないのだ。


大体ゼノディスが此までの欠片のモンスターと違ってメルラーナの攻撃を全て回避しているのかも解ってはいない。


メルラーナは己の身体能力にフックショットを組み合わせて壁や天井、将又メルラーナ自身やゼノディスの作り出した氷を使って変幻自在にゼノディスの攻撃を躱している。


攻撃の術が見当たらない、氷と氷の激しい衝突に、時折起きる接近でのエクスレットブレードとグリムダラサウトの刃が混じり合う鍔迫り合い、疲労の色が一切見えないメルラーナとゼノディス、戦いの経験が豊富だったゼノディスはメルラーナの知らない攻撃を多彩に繰り出してくる、対してメルラーナはコレと云った攻撃の術を持っていない。


そんな時、唐突にメルラーナの脳裏にボンヤリとした映像が流れて来た。


「!?」


映像の中で誰かが叫んでいる。


「な…!?なんでこんな時に!?」

一瞬でも気を反らせば命を落とす様な激戦の中で、こんな映像が脳裏に浮かべば隙が出来かねない、其の隙を突かれれば此の戦いは終わりを告げる事だろう、叫んでみて振り払おうと葛藤するも映像は尚も流れ込んで来る。


何を叫んでいるのか解らない、人なのかどうかも不明だ、何故なら其の叫んでいる誰かの両腕には腕とは思えない程に太く黒ずんでいたからだった、メルラーナは眼を凝らして其の黒い腕を見つめる、何故か気になってしょうがなかったのだ。


トクン。


見た事の無い筈の映像なのに…、何故かとても気になってしまう、…見た事が無い?…本当に?なら此の胸の鼓動は何?どうしてこんなに…?




…既に第二段階は解放されている、後は宿主である汝次第…。




何かが聞こえた訳では無い、感じた…と云えばいいのか、只、そんな事を言われた気がした。


此処は北の大地、外では其れが当たり前の様に雪が降り積もり、気温が氷点下を下回る、時にはマイナス20度をも下回る事も有る、砦の中は防寒加工が施されており、メルラーナ達の居る此の大広間では薄着でも快適に過ごせる温度を保っていた、氷の魔人と氷結魔法の使い手が衝突するまでは…。


2人の氷の力を行使した戦いは此の大広間の温度を既に氷点下10度位まで下げていた、何も対処しなければ凍死するレベルである、魔法で作り上げられた氷は通常の自然で作り出された氷よりも溶けにくく、真夏には快適な部屋の温度を保つ為に行使したりする者も居る程に冷却効果が高い、其の氷が大広間の中一面に広がっていた。


其の氷点下10度にも達している此の大広間で、突然メルラーナを中心を基点に急激に温度が低下し始める氷点下20度…、30度…、まだまだ下がり続ける、50度…、60度…、対処していても数時間で凍死する可能性のある温度である、80度…、氷点下100度…、メルラーナ自身は何も感じていない様子だったが、ゼノディスの身体の皮膚が凍り始める。


「…え!?」


ゼノディスの身体に起きた異変に、漸く状況が見え始めて来た。


120度…、150度…、耳元で、パキ…、パキ…、と音が聞こえる。


氷点下200度。


空気が所々で結晶化し始める、空気をも凍らせる温度に到達したのだ。


プシューッ!!


何かがまるで空気が抜ける様な音を立てたと思った時、周囲の気温が急激に上昇を始めた、此の間10秒にも満たない時間であった。


今度は温度の上昇が止まらない、大広間一面を覆っていた氷は溶け始め、水溜まりと化して行く、殆どの氷が溶けた頃、メルラーナは両腕にヒヤリとした感覚を感じ取った。


両腕を見ると、まるで盾の様な形の大きな氷の塊が両腕を覆っている。


「…え!?」


重さは左程感じない、しかし間違い無く其処に氷で出来た塊が二つ、両腕に存在していた。


「へ!?何此!?こんなに氷で覆われてたらフックショットとか使えないよ!?」


1人で正論の突っ込みを入れてみる、それと同時に両腕を覆う氷の塊に不思議な感覚を感じる。


「…此って、…盾?」


何処かで此と同じモノを見た事が有る様な気がする…、しかし思い出す事は出来ない、只、此が何かがメルラーナは本能的に理解出来ていた。


シールドブレード(盾剣)?」


シールドブレードはソードガントレットの上位互換に位置する装備である、ショートソード(小剣)ブレード()に変えて、ガントレット(篭手)シールド()に変える事で火力と防御力を底上げしてモノである、但し其の大きさと重さから真面に扱える者が少なく、姿を消した装備である、エクスレットブレードはソードガントレットとシールドブレードの中間に位置しているが、デューテ=クロムウェルハイドがメルラーナの為に作った装備であり、市場には出回っていない。

実物を見た事は無いが知識としてシールドブレードの存在を知っていた。


皮膚が凍ったゼノディスが元通りの身体に戻り、メルラーナに向かって魔法を繰り出して来る。

床と天井から数十本の先の尖った氷の柱がメルラーナに向かって来た。


メルラーナは冷静に左腕を右肩の上まで掲げ、右腕を左下に下ろし、其々を水平にスライドさせる。

すると、ゼノディスの魔法が作り出した氷が砕け散った。


今メルラーナの両腕には氷点下200度と云う空気を凍らせる温度で作られた氷を纏っている、其の周囲も又、其に近い温度を保っているのだ、通常の魔法で作られた氷はメルラーナの生み出した冷気に耐えきれず、固まる処か逆に脆くなってしまったのである。

此はゼノディスの遠距離攻撃を完全に封じられたと云う事である。


メルラーナの両腕を覆う氷で作られた二つのシールドブレード、此は氷の魔人としてのメルラーナとガウ=フォルネスの合作である、シールドブレードそのものは第二段階の解放によるモノだが脅威的とも云える程の低温の冷気はメルラーナの能力である。


ゼノディスはあらゆる魔法を惜しげもなく行使するが全て砕かれる。

メルラーナはゼノディスの懐に飛び込み、左腕を右から左へと振るう、ゼノディスは此を躱した…が、メルラーナの両腕の氷はマイナス200度であり、其の周囲も其れに近い温度である。


ピシッ!


ゼノディスの皮膚が凍り…、砕けた。


此の一撃が勝敗を明確にした一撃となった。


メルラーナはたたみ掛ける様に連続で攻撃を繰り出す、ゼノディスは此に対応するも、徐々に身体が削られて逝く。


グリムダラサウトの刃もメルラーナの氷の前に凍り付いてしまった、其れでもゼノディスは攻撃の手を休めない、右腕が砕け散り、右肩に穴が空いてもまだ戦い続ける、まるで何かを刻み込むかの様に。


………そして。


ドシュッ!!


動きの鈍くなったゼノディスの腹をメルラーナの右腕が貫く。


「…ァ!…ガッ!?」


ガランッ!


グリムダラサウトが床に落ち、同時にゼノディスの腹に空いた穴から欠片がこぼれ落ちた、傷は瞬間的に凍り付き、流れ出してくる血も冷気に触れた瞬間に凍ってしまった。


メルラーナはゆっくりとシールドブレードをゼノディスの腹から抜くと。


カラカラ。


と凍った血の塊が破片となって床に落ち。


ドサッ!


次にゼノディスが床に倒れ込む。


「ゴホッ!ゲホッ!ゴハッ!?」


咳き込むと口から大量の血を吐き出した。


やっぱり再生しない?アレ位の傷なら変な形に再生しそうなのに…?凍っていると再生しないの?…でも、何度か凍らせた事はあるけどそんな記憶は無い…、其れに…苦しそう…?


ゼノディスの腹から欠片が落ちた事をメルラーナは気付かなかった、故に再生しない事に疑問を持つが、苦しそうに咳き込むゼノディスを見ると、胸がチクリと痛む感覚を覚え、疑問が片隅に追いやられてしまう。


「………カルラ…さん。」


たった数日の事だったにしても、共に旅をして共に戦って来た仲間だと思っていた人に、メルラーナは致命傷になる傷を与えたのだ、様々な想いが交差する中。


遂に勝利を収めたのだった。


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