88話 氷の魔人vsゼノディス
メルラーナは意識が朦朧としたまま、倒れ込んだゼノディスの傍に身体を左右に揺らしながらゆっくりと近付いて行く…。
ゼノディスの元まで辿り着いたメルラーナは…。
ガンッ!!
何の躊躇も無く床にう蹲っているゼノディスの顎目掛けて左脚で思い切り蹴り上げた。
「ガッ!?」
ゼノディスは身体毎浮かされ、天井に激突し、落ちて来る。
ドサッ!
「…うっ!くっ!」
最初の一撃に骨が折られた、肋骨と…脊髄が折れている、普通ならもう一生立ち上がる事が出来ない程の重傷だ、今俺の身体の中では急速再生が行われているが、再生される前に二撃目を喰らった、有り得ない、タカが魔人如きに完全体の鬼である俺が圧倒される筈が無い、何か…、何か機関が在る筈だ、此の圧倒的な力の機関が…。
再生しかけている脊髄目掛けて、右足でゼノディスの背中が力一杯踏みつけた。
ボキボキボキッ!
「ぐあぁっ!?」
小さく叫ぶも、即座に息を整えようと試みる。
「ふーっ!ふーっ!」
メルラーナは左脚をゼノディスの背中から降ろし、そのまま大きく後へ上げ…振り下ろす。
「…!?」
ゼノディスは左手で床を押さえつけ、身体を横へ起き上がらせ、そのままの勢いで2回、3回と床を転がった。
ゼノディスの顔面を目掛けて蹴り降ろした脚は空を切る。
「…。」
転がる勢いは止まらず4回転目が始まった時、ゼノディスは再び左手で床をおさえつけて今度は起き上がった。
「全く、折れて再生しかかっている脊髄を又折るなんて、酷い娘だな。」
冗談を交えてメルラーナに話し掛ける、少しでも時間を稼いで完全に再生させようとしているのだが…、脊髄が折れて再生している途中だと云うのに立ち上がっている時点で既に此の戦いが普通では無い事を示していた。
「…。」
メルラーナは何も答える事無く、間合いを詰めて左脚を前に出し、腰を回して上半身を大きく旋回させ左手の拳を真っ直ぐゼノディスの顔面目掛けて突き出す。
「どうした!?さっきより遅いぞ!?」
今度はメルラーナの動きをハッキリ捕える事が出来たゼノディスは、余裕を見せて挑発する様な態度を取る、拳が顔面の直前まで到達した時。
ボッ!
メルラーナから向かって左に上半身を反らして其れを紙一重で躱すゼノディス。
「おいおい、只の正拳突きで出る様な音じゃ無…ごっ!?」
躱したと思ったら腹部に痛みが走る、ゼノディスの身体は再び壁に向かって吹き飛んだ。
メルラーナは右足をゼノディスの腹付近の高さで真っ直ぐ伸ばしたままの姿勢で立ち止まっている。
左の正拳突きが躱されて直後に左脚を軸に全身を右に旋回させて右の後ろ回し蹴りを入れた。
メルラーナはまだ攻撃の手を止めない、静止していた筈の場から一瞬で姿を消すと、壁に激突したゼノディスの右横に移動していた、小さな身体を屈めて左足を前に出し右手を床スレスレに通過させ、次に右足をゼノディスの足下まで持って来て床を踏みつけ、右拳を一直線で縦に右下から左上に掛けて突き上げる。
「ぐっ!」
突き上げた拳はゼノディスの顎を狙って加速した。
ボッ!!
拳が空を切る音とは思えない音が鳴る。
辛うじて躱したゼノディスの頬に刃物で切られた様な傷が生まれ、血が流れ落ちた。
メルラーナの身体は右の肩がゼノディスの傍に有り左肘を肩が離れている、其の肘を位置で水平に固定させ、左手で拳を作り振り抜く体勢を取っている、ゼノディスは拳を突き上げたメルラーナの僅かな隙を狙うが今迎撃をすれば確実に左拳を決められてしまう。
「くっ!目で追えたのは態とか!?」
此の左拳は危険だ、何故かそう予感させる一撃だった。
ゼノディスに見える早さで動く事で油断させた、そう思わせられた、反応出来れば反撃も可能だと…、反撃させる事が狙いであり、反撃すれば回避する事が困難になる、其の状態を作り上げて攻撃を直撃させる事が目的だったのだと…。
そう直感した。
だから反撃を諦め、再度躱す事に専念した。
ミューレィはサイファーの治療に当たり乍ら其の目に追えない速度で繰り広げられている激闘を固唾を呑んで見守っている。
(所々で2人の姿は見えますけれど、あんなスピードの世界で戦っておられるなんて…、メルラーナ様…、凄い。
けれど…何故でしょう?どうして氷を使わないのですか…?ひょっとして使わないのではなく使えないのでしょうか?使えないとしたら何故?メルラーナ様に聞いた話では神器は自分の意思と関係無く動く事があるとか…、動く必要が無い位に圧倒していたから…でしょうか?本で読んだ知識や人に聞いた知識から良く話は、神器には意思が宿っていると聞きます、もし、メルラーナ様に神器が力を貸す必要が無いと判断すれば、使えなくなってしまうのかも?)
激闘は続く、メルラーナの猛攻が休まる気配を見せないまま、ゼノディスの動きが鈍って来た。
そして唐突に終わりが訪れる。
メルラーナの攻撃を躱し続けていたゼノディスの膝が一瞬、ほんの一瞬、落ちた。
「…しまっ!?」
メルラーナは其の一瞬を逃さなかった。
ズドンッ!!!
メルラーナの左手がゼノディスの左側の腹を貫き、背中から赤い血を帯びた左手が突き出している。
「ゴホッ!」
咳き込むゼノディス。
「…。」
メルラーナは何も言わず、虚ろな表情をしたまま腹から手を引き抜き、大量に付着した血を振り払った。
「…ゴホッ!!?ゲホッ!………ま、参った、これ程圧倒的な差があるとは…、微塵も思っていなかった。」
床に膝を付き、咳をすると口から血が吐き出される。
其の姿を何の感傷も持たずに見下ろす。
「…残念だ、機関を見つけられなかった、ゲホッ!…なあ、メルラーナさん、最初に出会った時を覚えているかい?俺は不覚にも君に見惚れてしまったんだ。」
何も言わないメルラーナに一方的に思い出を語り出すゼノディス、再生する為の時間稼ぎなのか、其れともゼノディスと云う男の最後の言葉なのか…。
「地下水路でタウスゲーターと戦った時の君の機転の早さには驚いたものさ、英雄の娘とは云え、戦いの素人が出来る発想じゃない…。」
ゼノディスは話を続けながらメルラーナの力の秘密を探っていた、幸い負傷したお陰で攻撃の手が止んだ、此の機を逃す訳には行かない。
「ハハッ、遺跡では参ったよ、あれだけ戦闘の才能があるのに何の知識も持ち合わせていないなんて…、どんな教育をされて来たんだか…。」
無知ではあったが頭の回転は速かった、だが此は圧倒的な力を引き出す要因にはならない。
「脱出の時にアノ冒険者と一緒にオーガと戦っている姿を見て、美しいとさえ思ったものだ、15才の小娘に一体何を考えているんだかな…。」
此の時の戦いの中にヒントは無い…か。
「ソルアーノで別れた後も本当はずっと君の傍に居たんだぜ?まあ、アルテミスのエアルに気付かれない距離でだけどな。」
其れから様々な話を語り続ける。
ゼノディス自身、此の話をしている時間だけで対策が浮かぶとは考えては居ないし、空洞となった腹の再生にもまだ大分時間が掛るだろう、喩え再生仕切ったとしても、今のメルラーナに勝てる自信はゼノディスには無かった。
彼女は目覚めてからずっと、意識が朦朧としている様子だった、今でもそうだが、俺との戦いの間、ガウ=フォルネスの力を使っていなかったのも気に成る。
使う必要が無かったとでも云うのか?そんな筈は無い、少なくともあの出来損ないには使っていたのだ、完全体の俺に…、いや、気を失う前は使っていたな、では気を失った後に何かが起きたと云う事だ、瞳の色には多少驚いたが、赤い瞳は魔人に多い、だからこそ直ぐに気にもならなくなった、一体何が彼女を此処まで強くした?魔人の血?それとも英雄の血か?ジルラードの血を引いていたとしても実戦は経験がモノを言う、其れこそ俺とメルラーナでは比べるまでも無い、戦う為だけに鬼として生み出された俺がたった数ヶ月の実戦を経験しただけの小娘に負ける筈が無い、血がなせる業で鬼と魔人の差を埋める事など出来る訳が…、いや、…いや!一つだけある!?二種族の血に力を与える業が…!?しかしあり得るのか!?そんな事が!?しかし現実に俺を圧倒する程の力を見せつけられたのだ!だとしたら彼女は!?メルラーナ=ユースファスト=ファネルは…。
神の生まれ変わり…。
時間が無い、俺は此処で死ぬだろう、伝えなければ、此の事実を…、其の為の時間をもう少し、もう少しだけ稼がなければ…。
「君との旅は中々楽しかった、君を手に入れる為の任務だったとしても、俺は君との旅を結構気に入っていたよ、なあ、俺と共に来てくれないか?…我々、…いや、俺は君を歓迎する、君が欲しいんだ。」
端から見ればまるでプロポーズをしている様にも見える、ミューレィは顔を真っ赤にして見守っていた。
「…。」
しかし何を言ってもメルラーナは無表情のままで、左眼の赤い光は妖しく揺らめいていた。
意識が無い状態で戦えば隙等幾らでも出来る筈だ、だがメルラーナに隙は無かった、其れ処か態と隙を作り俺を誘った、…此はもう、無意識でどうこう出来るレベルの話では無い。
ゼノディスが時間稼ぎで話し始めてから2分程が経過した頃、メルラーナに漸く動きが見えた、今の位置より更にゼノディスに近寄ると、右手を天に掲げる、留めを刺そうとしている様だ。
其れと同時に、ゼノディスが天を仰ぐ様に見上げる、其の瞳には天井しか映らなかったが、ゼノディスは其の遙か先を見ている様だった。
「ああ、聞こえるか?」
天井に向かって言葉を続ける、しかしメルラーナにでは無く、独り言の様に…。」
「………グレイグ、俺の見解はこうだ。」
「!?」
サイファーの治療をしているミューレィの耳にそんな言葉が飛び込んでくる。
(ぐれいぐ?見解?何を言って…?)
「魔人如きが鬼を圧倒した理由、其れは、英雄の血筋と、真名だ。」
話を終える前に殺される、だから面倒な説明は省こう…。
「彼女は、メルラーナ=ユースファスト=ファネルは。」
「ウルス=ユースファストの再来だ。」
「!?」
ウルス=ユースファストって!?女神シルヴィアナの側近の1人だったというあの…!?
ミューレィがゼノディスの言葉に驚いているが、此の場で今まともに話しが出来るのはミューレィだけであり、此の衝撃の話を誰にも相談出来ずにいた。
だがここで、思わぬ処から言葉が聞こえて来た。
『成程ね、ファネルとは魔人の神でシルヴィアナの側近の1人だった者さ、ファネルは魔術を用いてユースファストに力を与えたとか、其の魔術は名前に意味を持たせると云うモノだったらしいけど、真相はわからないね、けれど此は凄い手柄だよゼノディス、君の功績は称えられるさ、だから。』
(え!?誰!?子供の声!?…まさか、此の声の主がグレイグとか云う…。)
「貴様に褒められても嬉しくも何ともないが、感謝する、最後に、彼女にすまないと伝えてくれ。」
『勿論さ、任せておき賜え、さようなら、ゼノディス=ブロウバル、我等が同朋よ…。』
そして何も聞こえなくなった。
ゴクン。
ミューレィの耳に何かを飲み込む音が聞こえた、音はゼノディスの辺りから聞こえた、そっとゼノディスを見ると、右手で口を押さえている、何かを飲み込んだのか。
「此が俺の最後の任務で、実験だ、欠片を口から摂取する事で脅威的な戦闘能力と再生能力を得る事が出来る、その代わりに意識を失い、二度と戻る事が出来なくなってしまう、そうして誕生したのが欠片のモンスターと呼ばれている化け物達だ。
対して、
人や亜人間が体外から身体の数カ所に欠片を埋め込み、誰にでも必ず発生する拒絶反応を抑え込んだ者のみが辿り着けるモノ、其れが【鬼】だ、では完全体の鬼が欠片を摂取すればどうなるのだろう?」
ゼノディスの身体から大量の黒い霧が発生した、その衝撃でメルラーナの身体が吹き飛ばされる。
ゴン!ガン!ゴロゴロゴロ!
「…う、い、たた、…な、何よもう。」
その衝撃で目を覚ましたメルラーナを見て。
「メルラーナ様!?大丈夫ですか!?御身体に何か違和感は感じませんか!?」
「ミューレィさん?ううん?特には何も?」
自身の身体を確かめるメルラーナ、ミューレィもメルラーナの身体を隅々まで確認する。
(…本当に何も無い、血も止まっているし怪我もしていない、だとすればアノ程度の衝撃で意識が目覚めたと云う事?…えっと、つまり、どう云う事でしょうか?)
ミューレィ=ギルバレア=ナーディアル、彼女は後に、リースロートの聖女と呼ばれる様になる人物であるが…、其れはまた別の話…。
 




