87話 始まりは玉響な微睡みの中で
夢を見ていた…。
此は…あの時見た夢と…きっと同じ夢だ…。
ただ、あの時とは違って、少しだけ鮮明に見えている。
「姫姉様!?」
(ひめねえさま?ハッキリとそう聞こえた、叫んだのは…、ストレートで腰まで伸びている長い黒髪に茶色い瞳をした女性、身長は…私より少し高いかな?両腕には見た事が無い黒い色のした盾の様な防具を付けている、…なんだろう?誰かに似てる?)
「姫姉様!?駄目です!一度撤退して立て直しましょう!?」
黒髪の女性が必死に姫姉様と呼ぶ人に訴えかけている。
「いいえ、撤退すればアレが外へ出てしまうわ、そうなれば間違い無く世界は崩壊する、今此処でアレを仕留めるか、もう一度封じ込め無ければ…ね?」
黒髪の女性の言葉に、静かに諭す様に話すのは、薄い紫色をした綺麗な長い髪と深い青色の瞳をした、美しい女性だった。
メルラーナが今まで一番綺麗だと思った女性は自分の母親であった、カノアの町にある家に母親の写真が飾ってあり、其れを毎日見て育った所為か本人に自覚は無いが美人には見慣れていた。
しかし今目の前に居る薄紫の髪をした女性を見た時、一瞬時間が止まった様な感覚に襲わる、見惚れてしまった。
「ですが!」
女性の言っている事は事実なのだろう、だが黒髪の女性は引き下がらない。
「あんなのに勝てる訳が無いです!封じるにしても私達だけじゃ…!?」
「…メル。」
女性が黒髪の女性の名前を呼ぶ。
(…え!?メルって!?…え!?私!?此の黒い髪の人!?私なの!?いやでも、同じ愛称の別人かもしれないし、抑々メルって云う名前かもしれないし…。)
メルラーナは黒髪の女性をしっかりと見つめた。
(瞳の色が茶色…同じだ、身長が少し高いのはさっき見た、成長したって事…かな?じゃあ此の夢は…、まだ私が経験していない、先に起きる出来事って事?………此の人は、未来の私?)
有り得ないとは考えつつも心の中でそう思った瞬間、メルラーナの意識は黒髪の女性の中へ移った。
(…え!?」
女性の感情が一気にメルラーナの中へと流れ込んで来る。
不意に涙が零れだした。
「…あ。」
声を出そうと試みるも出せない、意識だけが入り込んだだけで、メルラーナと呼ばれた黒髪の女性と、意識だけが存在している今のメルラーナとは別の存在なのだ。
女性のヒヤリとした少し冷たい手がメルラーナの頬に流れる涙をそっと、優しく拭う。
「…姫姉様。」
メルラーナが女性を呼ぶ。
「うん。」
「サーラ御姉様。」
(………え?サーラ…姫……姉様!?………サーラさん!?………此の人が!?)
「うん。」
「私は貴女を護ると誓ったんです!」
(誓った?私が?サーラさんを護るって?)
意識だけのメルラーナにも解る事はある此はきっと、何時か自身が体験するであろう未来の出来事である事、其れを夢で見ていると云う事、何故こんな夢を見るのかは解らないけど、サーラと云う女性は、メルラーナより遙かに強いと云う事。
「そうね、あの時、そう誓ってくれたわね。」
(何故私は此の人を護るなんて誓ったんだろう?私より凄い人を?)
見ているだけの筈なのにメルラーナには此のサーラと云う人物が途轍もなく強い人だと感じた、…それは、テイルラッド=クリムゾンと似た様な感覚を受けたからだ。
「お願いです、引き返して下さい、今の私ではアレから貴女を護れるだけの力はありません。」
泣きじゃくるメルラーナ、自身の力の無さが悔しさとなり、胸を締め付ける様な感情が溢れ出る。
そんなメルラーナをサーラはそっと抱きしめた。
「メル、貴女も解っていたでしょう?私と夢を共有出来た貴女なら…。」
「…で!?…でも!?」
まるで聞き分けの無い子供の様だ。
「そうよね、あんな抽象的な夢で何が起きるかなんて解る筈が無いわよね。」
抽象的…、サーラの言葉に引っかかるモノを感じた。
(そう云えば、此処は何処?周囲がぼやけてよく見えない、其れに私とサーラさん以外に誰か居るみたい…だけど、2人の会話に入って来ない?2人に遠慮している様な感じでは無くて、まるで其処に居る様で居ない、そんな感じ…。)
「さあ、もう行きなさい。」
(え!?)
今のはまるで、少しだけ大人になったメルラーナにでは無く、其の中に居る今のメルラーナに向けられた言葉に聞こえた。
「いやっ!?…やだっ!?」
メルラーナの手からサーラが離れて行く…、再度掴もうとするが、メルラーナの手は空しく空を掴むだけだった。
「……やだよっ!?………姫姉様っ!?」
………。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
…
何時の間にかメルラーナの身体から意識が離れていた。
………
……
…
(…。)
『…そう、やっぱり貴女にも見えているのね?』
突然傍で声がした、先程までずっと耳で拾っていた声だった。
(え?)
メルラーナは声に反応して振り返ると、其処に先程別れた筈のサーラが立っている。
(…あっ!?)
あの時、エバダフの冒険者ギルドで見た夢の中に居た人。
『フフッ。』
サーラは少し微笑む。
(…姉様?)
『あら?…フフッ、夢の中では私の事を覚えてくれているのね?素質があるのかしら?』
(?)
『ゴメンなさい、何でも無いわ、前に会った時にも言ったと思うけれど、此は私が見ている夢なの。』
(夢…ですか?姉様の夢の中?)
『ええ、私の夢の中、だから今の私達ではどうする事も出来ないわ、けれど、此の夢は予知夢では無いのよ。』
(…え……と?)
『…此の夢はね、実際に起きる事では無いと云う事よ。』
(…えええ!?で、でも!?かなりリアルだった…様な気が…するんですけど?)
『そうね、けれど眼が覚めれば此の夢の出来事は忘れてしまうわ、だから予知夢にはなり得ない、覚えてなくちゃ予知夢の意味なんて無い訳だしね。』
(…ああ、成程、それもそうですね。)
妙に納得してしまったメルラーナ。
『其れに、夢の中で言っていた《《アレ》》の存在を私はよく知っているから…、だから此の夢は私の身に何かが起きる夢ではなくて、《《アレ》》がそう遠くない未来に目覚めようとしている夢、………なのかも知れないわね。』
(アレ?…ですか?)
『そう…《《アレ》》は、世界の命運を分ける存在、道標…の様なモノかしら?《《アレ》》が目覚めれば世界は崩壊するわ…、だから、其れを防ぐ為に私と、私の先代達が幾星霜もの長い年月を掛けて《《アレ》》との戦いに備えて来た。』
ゴクッ。
口の中に溢れ出る唾を飲み込み、喉を鳴らしてしまう。
『クレイヴァネアス…。』
ドクン!
初めて聞いた名前…、初めて聞いた筈なのに…、何故か心臓が高鳴る。
『……此の………滅……………誘っ………、……呼ばれる四……竜……、其……私達………冪相手…、…を……の…運命………させ……ノ、宿命……き……。』
其処で夢が途絶える。
………
……
…
次にメルラーナの瞳が捕えたのは、ゼノディスがサイファーの脚を引き千切っていた光景だった。
只し、其の眼は虚ろで、見えてはいるが認識が出来ていない、ミューレィにはそんな風に見えた、そして何よりも…。
「メ!?メルラーナ様…!?左眼が…赤く光って…!?」
メルラーナの左眼が赤く変色していた、赤い瞳は魔人と同じ瞳の色。
「メルラーナ様、…魔人の血が…?」
今此処で、メルラーナの身体の中に眠る4分の1の魔人の血が覚醒する…。
…。
「何…だと?…何故?何故生きている!?」
有り得ない、確実に心臓を二つ刺した筈なのに、ミューレィの治療魔法か!?いや、傷付いた心臓に魔法を掛けた処で間に合う筈が無い、喩え魔人の再生能力との相乗効果を生んだとしても、止まったのを確認したのだ、傷の無い心臓であれば止まってから数分は持つだろうが、其れでも障害は残る。
あれから既に10分以上は経過した筈、況してや刺し貫いて止めた心臓が再び動き出す等…!?
「…ねぇ、…さ、…ま?」
メルラーナは声ともならない声で呟く。
まるで意識が無い様だ…。
メルラーナの身体はゆらりゆらりと触れながらゆっくりと左脚を前に出した。
「来…る!?ガハッ!?」
来る、そう思い、迎撃の準備をしようと考える間も無く、ゼノディスの腹部に右手の拳が貫き、そしてそのまま吹き飛ばされた。
ドンッ!!
ゼノディスの身体は壁に激突し、衝突した時の衝撃で石の壁が崩れ、大広間の向こう側にある食堂まで突き抜けた。
「ゴホッ!!ゲホッ!!」
ゼノディスは…、いや、八鬼将は全員が鬼と呼ばれる存在である、八体の鬼の将、其れが八鬼将の名前の由来だ、つまり、ゼノディスから見ればサニーは出来損ないの鬼であり、サイファーは完成された鬼だが未熟者である、メルラーナの今の動きを、ゼノディスは捕える事が出来なかった、鬼であり、暗殺者である筈のゼノディスのスピードを、メルラーナのスピードが上回っているのだ…。
「バッ…!?バカ…な!?」
自身の膝が笑っていた…、今の一撃で身体がダメージを負ったのだ。
ドサッ!
ゼノディスは身体を支える事が出来ずに、床へ倒れ込んでしまった。