85話 メルラーナvsゼノディス
「アンタ!?もう黙れよ!」
サイファーは此以上メルラーナに此の男の言葉を聞かせてならないと判断し、持っていた槍を構えて走り出す。
ゼノディスは白衣を脱ぎ捨て、向かって来た槍の矛先に巻き付けて払い落とした。
「流石に鬼を相手に余り遊んでも居られないな、少し真面目にやるか。」
そう云うと、突然ゼノディスの背中の空間が歪み始める。
「「「!?」」」
3人は自分の眼を疑ったのか、其の歪んだ空間に眼を奪われてしまった。
そして其の間に、空間から真っ黒な鉄の様な物質で出来た塊が現われる。
「着装。」
其れはまるで生き物が大きな口を開くかの様に、ガパッ、と真ん中から縦に割れて開き、ゼノディスの身体をまるごと飲み込んだ。
「なっ!?」
「くっ!?喰われたのか!?」
「ひっ!?」
黒い塊に包み込まれたゼノディスは、次の瞬間、漆黒の鎧を身に纏っていた。
「………!?」
黒い…鎧?…白い服?
メルラーナは此の時、ソルアーノで嵐に見舞われた街での出来事を思い出した。
『警告をしといてあげよう、…黒い男に気を付けた方がいいよ。』
『いや、君には白い男と言った方がいいかな?』
………あの時、店主さんが警告してくれた男って!?
槍を叩き落とされたサイファーは死んでいるニイトスの傍に落ちていた剣を取りに行き、再びゼノディスに立ち向かう。
「君は少し眠っていてくれないか?邪魔だ。」
ゼノディスはサイファーに向かって手を伸ばし、何かを呟く。
「…っ!?がっ!?」
突然サイファーは膝を付いて苦しみ出した。
「あ、あああ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!?」
突然叫び出すサイファー、其の表情は余りに恐怖に歪んでいた、ミューレィは間髪入れずにサイファーに近寄り何かを囁いている。
(ほう?ミューレィと云う娘、アレが幻覚と云う事にいち早く気付いたのか?俺の幻術は他の幻術師の其れとは根本的に違う、凄腕の医師でも無い限り只の素人で見極められる筈が無い、…うむ、素晴らしい教養だ、あの娘は生かして連れて帰るか。)
「サイファーさんっ!?…な!何をしたの!?」
メルラーナはゼノディスを問い詰める。
「いや何、彼の友人や村人達が鬼に喰われた時の映像を脳裏に焼き付けただけさ、どうやって死んでいったかを見せてあげたんだ。」
「…な!?…何て事を!?…何で、何でそんな酷い事を平気で出来るの!?グレイグって人といい貴方といい!?」
「何故って、真実を教えてあげただけだが?優しいだろう?少なくともグレイグやギースよりはまともな人間だと自負しているが?」
「真実って!?真実も何も!貴方がした事でしょう!?」
「そうだが?」
何を当たり前の事を言っているのか」?と云わんばかりに淡々と言葉を返して来る。
「………っ!?……もう、…もういい、解ったよカルラさん…、ううん、ゼノディス=ブロウバル!貴方を倒す!だから!」
メルラーナは其処まで叫ぶと、両腕のエクスレットブレードから刃を出してゼノディスとの間合いを一気に詰める。
「もう喋らないで…。」
詰めたと同時に右手を自身の身体より下へ、地面を擦るか擦らないかのスレスレの位置を弧を描き乍らゼノディス目掛けて振り抜く。
其れをゼノディスは身体をメルラーナから向かって右へ反らして躱し、突進している速度の落ちていない身体に、腰に差していた刃渡りが50センチ程のショートソードにしては歪な形をしている剣の鋭く尖った柄の部分で首を目掛けて振り下ろす。
ダッ!
「!?」
メルラーナの首目掛けて振り下ろされた柄は、水の膜で防がれた、ガウ=フォルネスの自動防御機能が発動したのだ。
「…流石!」
容易に抜けないのは理解していたが、反応が思ったより早いな?攻撃を止められた事に対して、何の感傷の示さず、其れ処か当たり前の様に冷静に分析を始めた、更に何かを試すかの様に次の行動に移る。
メルラーナは地面に足を滑らせて体制を崩すが、一度地面を蹴り、ゼノディスから離れる様に後方に飛んだ。
感情的に動いてちゃ駄目だ!?フォルちゃんが自動的に防御してしまう!
ガウ=フォルネスの自動防御はメルラーナ自身の魔力を消費する事で機能している、其の魔力の放出は一切制御されておらず、最大の魔力でぶっ放なしてしまうのでメルラーナの魔力が尽きてしまうと云うリスクがあった。
但し。
メルラーナ自身、特にガウ=フォルネスの自動防御に護られて来た経緯から余り気にした事が無かったが、メルラーナがガウ=フォルネスの自動防御機能で護られていたのはエバダフの街で冒険者ギルドが襲撃された時、つまりゼノディスが襲撃者に紛れ込んでメルラーナの胸を刺したあの時に機能しなくなっていた。
其れはガウ=フォルネス本体の力の解放によるものであるが、メルラーナは其の機能が消えていると云う事実を知らずに居た。
何より巨神ローゼスとの戦いではガウ=フォルネスの自動防御が発動していた事が事実をねじ曲げてしまっているのだ。
メルラーナの身を守ってくれているガウ=フォルネスの自動防御と考えている其の現象は、実際にはメルラーナ自身が眼で見て得た情報や強い警戒心を維持する事で脅威に対しての無意識から来る防衛本能なのである、巨神との戦いで自動防御が機能していた様に見えたのは、単純にメルラーナ自身が自らの身の危険を感じ取り、無意識に防衛しただけなのである、其の事に気付いていない本人は。
集中しないと!また目眩を起こすかも!?
勝手に放出していく魔力の消費を心配していた。
しかしゼノディスは攻撃の手を止まる気配が一切無く、間合いを詰めてショートソードを振り上げた、刃はメルラーナ目掛けて振り下ろす。
メルラーナは其の一撃を視認した後、左腕を身体より上部へ上げ、エクスレットブレードの刃でショートソードを受け止めた。
「おっと。」
ゼノディスは防がれた刃を振り切る力を弱めて、衝撃を逃す為に弱めた力を右手に再び込める、無理矢理切り上げた。
「危ない危ない、其の刃はアダマンタイトだろう?あのまま振り切れば俺の獲物が間違い無く真っ二つになっている処だった。」
「アダマン…?」
何か勘違いしているのだろうか?いや、アダマンタイトを使っているのは間違い無いのだが、実際はアダマンタイトを原料にしたオリハルコンなのだが。
とは云え、今はそんな事どうでもいい、攻撃に集中しないと。
「ガウ=フォルネスと云い、アダマンタイトのソードガントレットと云い、本当に鉄壁だな、さてどう攻めるかな?」
ゼノディスは淡々とした感情のままショートソードで喉を狙って突きを繰り出して来る。
其れを左に身体を反らしてギリギリで躱すが、突き切る前にショートソードが真横に振り払う動きに切り替わる。
「!?」
咄嗟に膝を落として身体毎屈む、しかし屈んだ先に左の拳が飛んで来た。
ゴゥッ!
と拳が空を切る音が耳元で聞こえた。
拳!?けど躱し…。
ドンッ!
「っ!!」
確かに先程耳元で聞こえた筈なのに、何故か腹部に衝撃が走る、其の一撃は水の膜で防ぐ事が出来たのだが。
おかしい!?攻撃の予測は出来ている筈なのに躱しきれない!?フォルちゃんの力を出来るだけ使わない様にしなきゃいけないのに!
そんな事を考えている間にゼノディスの攻撃が激しくなって行く、次から次へと繰り出される変則的な攻めに対応出来ず、一撃一撃に対して氷の壁や水の膜を張る、隙を見て攻撃を仕掛けてみたりもしたがあっけなく弾かれ、又は躱され、防戦一方となり、メルラーナにとって不利な状況が続いている。
さっきからずっと、眼で見たのと違い処から攻撃が飛んでくる!?真正面から受け止めてたら私の魔力が持たないかも!?
打ち合いをすれば不利になっていくと考えたメルラーナは、一端距離を取って遠当ての代わりとして先刻から使い始めたエクスレットブレードの空気の塊を放つ。
ドンッ!
と強い衝撃にメルラーナの身体は後ろに数メートル下がり、空気…では無く氷の塊が飛ばされた。
ピシィッ!
「!?」
しかし氷の塊はゼノディスの眼と鼻の先で止められる、ゼノディスの足下から4~5本の氷の柱が突き出し、塊を貫いていた。
『スティーリア・ロムフ』
「寂しいな、忘れたのか?俺は氷の魔法を使えるんだが?」
「くっ!?」
そういえば、魔法を使うんだった!?
ふとカルラと云う白衣の男性に助けられた事、少しの間だけど仲間として一緒に過ごした事が脳裏を過ぎる。
「どうした?動きが鈍ったぞ?」
其の隙を突かれ、何時の間にか間合いを詰められた、目の前に居たのは思い出していた白衣を着た青年では無く、真っ黒な鎧を身に纏った無表情の男だった。
ゼノディスは身体を屈めてメルラーナの懐に飛び込んで来たと同時に、ショートソードが腹部を狙って襲い掛かって来る。
ヒュンッ!
刃は右斜め下から左斜め上に一直線に薙ぎ払われる、辛うじて躱し、刃は空を切る音を唸らせたが。
「っ!?」
腹部に痛みが走った。
切られたっ!?躱せたと思ったのに!?
服が切られ、血が服にじわりと滲む。
「…今のは?」
そう云ってゼノディスはショートソードを握っている手をジッと見つめ始めた。
「あの時の感覚に似ている、何故切る事が出来た?あの時も不思議だった、ガウ=フォルネスと云う自動防衛システムが彼女の身体を常に護っている筈なのに何故?不具合が生じたとでも云うのか?其れとも完全に適合している訳では無いのか?」
ゼノディスは攻撃の手を止めて、1人で分析をしている。
「あ、…あの時?」
「…?ああ、君を背中から刺した時だ、あの時も今と同じ感覚があった。」
ゾクッ!
メルラーナはギルド襲撃事件の事を思い出し、背筋に悪寒が走る。
「どうした?心が乱されただけで其の為体は?…ん?心を乱した、だからガウ=フォルネスの自動防衛システムが作動しなかった?いやそんな筈は?其の程度で作動しなければ盾としては欠陥ではないのか?ましてやアレは神器だぞ?」
「このっ!さっきから1人でブツブツと!気持ち悪いな!」
恐怖を払拭しようと強がって叫び、今度は氷の塊では無く空気の弾を撃ち放つ。
「ほう?これはまともに受ければ一溜まりも無いな!?」
そう云って左手を突き出し、手を開くと、着弾の瞬間を狙って握りしめた。
「え!?」
空気の弾は何事も無かったかの様に、まるでそんなモノ等は抑もが存在していなかったかの様にゼノディスの拳の中に消え去ってしまった。
「…ぁ。」
ガッ!
ゼノディスはメルラーナの右腕を握りしめた。
「此じゃあ駄目だ、こんな小手先の技で俺に立ち向かって来た処で、何の成果も上げる事等出来ないぞ?…にしても、腕を掴めたと云う事は、攻撃と認識していないのか?一体何がしたいんだ?此の神器は?」
「は、放してっ!」
捕まれた腕を引き剥がそうと暴れるが、ピクリとも動かせない。
「このっ!」
力では引き剥がせないと判断し、左手のエクスレットブレードをゼノディスの腹部目掛けて突き刺しに掛る…が。
「おっと。」
突然腕を放され、軽く躱された。
完全に弄ばれてる、悔しいけど今の私じゃあ此の人には勝てない、けど!
「絶対に諦めないんだから!此処で貴方を倒して!私はリースロートへ行くんだ!」
改めて決意を固め、ゼノディスに挑む。
「ふむ、意思を取り戻したか、少し試してみるとしよう。」
そう云ってゼノディスはショートソードを手の中で遊ぶ様に回し始め、メルラーナに向かって切りつける、が、自らがメルラーナとの距離を取っていた為、ショートソードは空しく空を切った…かに見えた。
ヒュンッ!
「!?」
空を切った筈が、メルラーナの頬が切られたのだ、頬に赤い筋が浮かび上がり、血が流れる、驚いたメルラーナは頬に手を当てた。
今のは!?遠当て!?遠当てを武器でやったの!?
此はジルラードが遺跡での戦いでグレイグと思われた男が欠片を飲み込もうとするのを阻止する為に放った、腕を切り落とした一撃と同じモノであるが、メルラーナは父親にそんな芸当が出来る事は梅雨知らず。
遠当てにそんな応用が!?…ううん、そんな事より!
「…おかしい、何故防御しない?宿主が死んでしまっては元も子もなかろうに…、いや?そうでは無いと云う事か?護る必要が無い?無くなった?自動防衛システムは宿主が未熟な為に作動している機能だとすれば?」
パシュッ!
メルラーナの居る方角から何かが飛ばされた様な音がした。
「ぬ!」
咄嗟に左腕を上げて迎撃態勢を取ると。
ガシャン!
と、腕に鎖が巻き付いた。
「!?フックショットか!?」
次に身体が引き寄せられる衝撃が全身に走ると、感じた時には既に目の前にメルラーナの足が迫って来ていた。
ドカッ!
フックショットのワイヤーをゼノディスの腕に巻き付け、自身は地面から身体を浮かせて瞬時に巻き付けると、体重の重いゼノディスの方にメルラーナの身体が吸い寄せられる様に引っ張られ、右脚を突き出してゼノディスの顔面を目掛けて蹴りを叩き込んだ。
「ぐっ!」
流石に固定された状態では躱す事が出来ずに、身体を蹌踉めかせるゼノディスに見事な蹴りを入れ、鎖を戻して華麗に着地したメルラーナは。
「女の子の顔を傷付けるなんて!最低っ!」
と言い放った。
「成程、ガウ=フォルネスは次の段階に入っている、と云う事か、ならば先程までの自動防御に見えたのは彼女自身の本能的なものによる力か、………面白い、…いいだろう、小手先の技でどれだけ俺を楽しませてくれるか、見せて見ろ!」
ゼノディスの斬撃が先程と打って変わって一気に増えた、最初に脳天を目掛けた鋭い突きが飛んでくる、メルラーナは其の突きを上空に大きく飛んで躱し、空気弾を放つ、すると放った空気弾の反動で後方へと飛んで着地、ゼノディスはショートソードで空気弾を切って掻き消すと、メルラーナを追いかけて間合いを詰める、ショートソードを右斜め上に大きく振りかぶり、メルラーナの元まで辿り着いたと同時に振り下ろした。
今度は其れを躱すのでは無く両腕の篭手で受け止める、片方だけだと力負けすると考えたのだ。
ガキッ!と云う音が大広間中に響き渡る、防がれて弾かれたショートソードを右手から放した、ショートソードは少しだけ落下し其れを左手で掴み取る、左手に持ち替えたショートソードをメルラーナの胴目掛けて水平に薙ぎ払った、助走も無い至近距離からの薙ぎ払い、威力が落ちるが其れでもまともに食らえばタダでは済まない、両腕は今上段で構えられている、このまま肘を落とすにしても確実に間に合わない、メルラーナは咄嗟に右腕の空気弾を真上に放つ。
ドンッ!
放たれた反動で右腕は自身の意思で動かして落とすよりも、尋常では無い速度で落ち。
ガキッ!
肘はショートソードの腹の部分に命中し、速度が落ちて軌道が変わった、その間に左腕の篭手でショートソードの軌道の先へ回り込ませて此を防ぐ。
「へえ?サニーだったか?あの鬼との戦いでも見せてくれたが、中々面白い使い方だな?けど、右腕痛くないか?其れ?」
ゼノディスの指摘通り、右腕は筋肉の筋が切れたのでは無いか?と思ってしまった程に痛みが走ってしる。
「ううう五月蠅い!」
痛みが走る右腕をゼノディスの左側面から右斜め上に向かって切り上げる、が、痛みの所為か其の速度は非常に遅く、難なく躱された、しかしメルラーナは追撃の手を緩めない、防戦一方だった先程までとは違い、今度は此方から仕掛けて行く番だと心に決め、左脚を前に出し刃を出したままの状態で全身から左腕に捻りを加え乍ら突き出した。
ズドンッ!
咄嗟に行った遠当ては、エクスレットブレードの刃を通して斬撃を生み出す事に成功する、斬撃はゼノディスの頬を擦め赤い筋を付けた。
「で?出来た!?」
喜んでいる間も無く、其れ処かゼノディスに攻める切っ掛けを与えてしまった。
しかし少しずつではあったが、確実にゼノディスの攻撃に対して反撃を入れる事が出来るようになっていた、攻撃や防御にエクスレットブレード備わっている機能を活用する事で選択の幅が一気に広まったのだ。
(流石はジルラードの娘と云った処か、戦いの中で俺の動きに慣れてきている、血筋とは怖いものだな。)
だが此処で2人だけの戦いに唐突に終止符が打たれる事となる。
「やっと見つけた!メルラーナさん!…と、………カルラ…さん?か?」
大広間に現われたのはバルデンウィッシュの砦で別れた2人の騎士だった。
「シグさん!?マオさん!?何で!?」
「…えっと、此は一体全体どう云う状況なのかしら?」