82話 ニイトスの異変
メルラーナ様に凄い事実を聞かされました…、きっと私を元気付ける為に話してくれたのでしょう、衝撃的な内容でしたが気持ちの切り替えは…、何とか出来た気がします。
私達は今カレーパゴ村から馬車に乗って北へ向かっています、目指す場所はディアレスドゥア公国とリースロート王国の国境の砦、国境の砦とは云っても砦の向こう側がリースロート王国と云う訳では無く王国側の砦まで距離が大分離れているので其処がメルラーナ様の終着点と云う訳では無いでしょう、私は其処でメルラーナ様とお別れしなければなりません。
カッポカッポ。
馬が歩く速度で蹄の独特な音と…。
ガラガラ。
馬車の車輪が回る音が混じる中。
ミューレィは自ら馬に跨がっていた、隣にはサイファーがもう一頭の馬に跨がっている、通常馬車の御者1人が一頭ないしは二頭の手綱を馬車に座って操るものだが、馬車が破損していて万全の状態ではなかった為、2人が馬に跨がって操り、馬車を引っ張ると云う形を取っていた。
乗馬している2人は最初、ぎこちなく挨拶する程度の会話をしていたが、時間が経つにつれ互いに笑みを浮かべて話しをする様になっていた。
まだ本調子ではなかった事からカルラと交代で休憩を入れながら足早に砦へと向かうのだった。
村を出発してから半日以上経った真夜中、漸く国境の砦に到着した。
「あ、見えましたよ?あれがディアレスドゥア公国とリースロート王国の国境を護る砦、スパイスール城です。」
周囲はまだ暗く、砦の姿は見えないが、月夜に灯された明りが砦の影の輪郭を浮かび上がらせる、更に砦にも明りが灯されており、其の大きさがメルラーナの瞳に映し出される。
おお、…でかい、目茶苦茶でかい。
平野に姿を見せた砦は左右に果てしなく伸びているのでは?と思わせる程の城壁が遙か彼方まで伸びている、端っこがどうなっているのか見てみたい、と考えて居ると、ふとミューレィの言葉に引っかかった単語があった。
「………え?ジョウ?」
ジョウって城?お城なの!?砦なのに!?
「はい、お城です、とは云え、王都にある城とは違って防衛に特化させただけの見た目が悪い城ですけど…。」
王都に建てられる城は見た目で圧倒される豪華さと威圧感に加えて理に叶った防衛機能を兼ね備えた芸術品らしく、砦の城は見た目を無視して攻め込ませ易い様な見せかけの作りになっていると云う、其の見た目から安易に攻め込むと痛い目をみてしまう程の防衛能力を持った城なのだとか。
「まあ、此の向こう側に在る国は世界四大国家の一角を担っている大国だからな…、強固な設計になるのも解らなくはないな…。」
メルラーナの隣でカルラが馬車の中から砦、否、城を見上げて呟く。
「あの壁の先ってどうなっているんですか?」
気になり過ぎて思わず聞いてしまった。
「西は山脈にぶつかっています、東は別の城、砦と繋がっていますよ。」
繋がって!?どれだけ長いのよ!?
砦に近付けば近付く程、其の巨大さが浮き彫りになって行く、壁の石積みの模様が見える程にまで辿り着くと、砦の大きさに比例していない大きさの門が一つ、比例していないと表現したのは壁の高さに比べてとても小さく見える、と云う意味だ、馬車が一台通れる程の幅と高さしか無い、此は万が一砦に入り込まれた場合、大勢の兵士が此方側へ通れない様にしている為だとか…、門前には壁に掛けられた明りと、壁の中腹、更には頂上から機械仕掛けの大きな明りが周囲を煌々と照らしていた、2人の武装した兵士が立っており、近付くと警戒されたが、ミューレィの姿を確認するや否や、すんなりと通してくれた。
こんな真夜中なのに怪しまれもしないで通して貰えるなんて、本当に御嬢様だったんだ…、そりゃあミューレィさんの姿を認識されるまでは最大限に警戒されてたけどね…。
一行は城の客室へ案内され、ミューレィだけは客では無いので領主が使う部屋へ案内された、ニイトスも身分が高い人物であった為に特別待遇を受けるのが普通だったのだが、顔色が悪かった為に即治療が必要と判断された為に別室へ連れて行かれた、道中ずっと静かにしていたのは本調子ではなかったからなのだろう。
サイファーとカルラは同室で一部屋、メルラーナは1人で一部屋に案内され、疲れきった身体を休める事になった。
部屋まで案内された時、メルラーナは自身の身体の汚れと匂いが気になり、案内してくれた騎士にお風呂が無いか尋ねると、「少しお待ち下さい。」と一言言い残し騎士は早足に其の場を去って行くのを見届けた後、部屋の中へ入る。
「…ひ、…広い。」
砦の客室ってこんなに大きなものなのだろうか?豪華な内装をした大部屋で、中央には大きな屋根付きのベッドが一つ。
荷物を置いて少しすると、扉をノックする音がした。
コンコン。
先程の騎士がお風呂場に案内してくれるのだろうと思い扉を開けると、其処にはミューレィが立って居た。
「え?ミューレィさん?」
一瞬驚いてしまったが、ミューレィの傍には先程の騎士と使用人の様な人を連れていた。
「はい、メルラーナ様、入浴されたいのですよね?私も丁度湯浴みをしようかと考えていた処なのです、宜しければご一緒して頂けませんか?」
同い年の少女と入浴などした経験の無いメルラーナは少し躊躇したが、ニコニコと微笑んでいるミューレィ、端から見ればミューレィがメルラーナと一緒に入浴するのが楽しみでたまらないと云う風にも見えるが、メルラーナには其の微笑みが無理をしている様に見えたのだ。
…。
お風呂から上がってミューレィと別れた後、部屋に戻って来たメルラーナは早々にベッドに倒れ込むと、瞬く間に睡魔に襲われ、眠りに付いた。
2時間程が経過した頃、窓から差し込む光に目を覚ます。
「…うあ?………朝?」
そんなに寝た気はしなかったが、二度寝する気も起きなかったので上半身を起こして大きく背伸びをする。
目が覚めたし…、一寸探検でもしよっか…な?
部屋を出て廊下を歩いていると、何人かの兵士や騎士とすれ違う、すれ違う度に敬礼されるのだが。
一体全体、私はどういった立場の人間だと思われているのだろうか?…いや、此はきっとミューレィさんが私の事を過剰にお持てなしするように仕向けたのかも…?
探索を初めて小一時間が経過した頃。
うーん、まるで迷路の中に居るみたい、て云うか迷った…。
適当に歩き回っていたら元の場所に戻れなくなってしまった、すると全然違う通路から昨晩最初に案内された大広間に辿り着く。
「あああれ?何で広間?広間と逆の方に向かって歩いていた筈なのに?どゆ事??」
訳も解らず回りを見渡して首を捻っていると。
「…メルラーナ様。」
大広間で誰かに呼ばれた。
「え?」
声のする方を見ると、奥からニイトスが姿を見せた。
「ニイトスさん?」
脚を引きずり荒い息をしながら歩いてくるニイトス。
「…!?大丈夫ですか!?」
明らかに体調に問題がありそうな雰囲気をしていたので駆け足で近寄る。
「…ハァ、ハァ、メ、メルラーナ様、…あ、…脚が熱い。」
明らかな異変にメルラーナは迷う事無く。
「誰か!誰か居ませんか!?」
広間で大きな声を上げて誰かを呼んだ。
「ニイトスさん!部屋へ戻りましょう!?」
ニイトスに肩を貸して支え、メルラーナは砦内部全てに聞こえるのではないか?と思わせる程の声量で再び声を上げた。
「誰か!聞こえてたら直ぐに1階の広間へ来て下さい!」
緊急性をはらんだ声に最初に広間に辿り着いたのはサイファーだった、次に数人の騎士が広間へとやって来る、其の後にミューレィ、カルラと続き、更に砦の関係者がゾロゾロと姿を見せ始めた。
「メルラーナさん?一体何が…!?」
サイファーは1階の通路から現われ、広間の現状を見るや否や。
「ニイトス様?」
ニイトスに明らかな異変に気付く。
「メルラーナ様!?」
「メルラーナさん!」
ミューレィとカルラが略同時にメルラーナを呼ぶ。
ミューレィにニイトスを頼める人材を連れて来て貰おうと、話し掛けようとした時。
「…え?」
メルラーナの直ぐ傍から黒い霧が発生した。
「メルラーナさん!何か解らないけど直ぐにニイトス様から離れて下さい!」
サイファーは本能的にメルラーナのい傍で発生している黒い霧が危険なものであると感じ、其の発生源であるモノの傍から離れる様に促す。
「…な、…んで?…ニイトスさんから黒い霧が…?」
そんなサイファーの言葉にもメルラーナの様子にも気にする事無く、ミューレィが近付こうと寄って来る。
「!?…ミューレィさん駄目!?近寄っちゃいけない!!」
「え?」
救護を頼んだ筈のメルラーナに近寄るなと言われて戸惑うミューレィ、其のミューレィの肩に手を当てて。
「ミューレィさん、騎士や使用人達を遠ざけてくれないか?」
カルラに言われた。
「…で!?でもニイトス様が…!?」
カルラに止められたが、反論しようとするミューレィ、しかしカルラは…。
「残念だが、アレはもうニイトスじゃ無い。」
残酷な言葉をミューレィに告げた。
「…な!?何を!?」
何を言っているんだ?と反論しようとしたが、カルラの真剣な眼差しでニイトスを睨む横顔に、彼が学者であると云う話をメルラーナから聞かされていた為に、きっと何か理由があるのだと…、訳も解らないまま従う事を決めてミューレィはニイトスに近付こうとしている騎士や使用人に下がる様に命じた。
「…う…ご、…う…あ。」
苦しそうにうめき声を上げるニイトス。
「ニイトスさん!?どうして!?」
肩に背負っていたニイトスの身体から沸き出る黒い霧。
(…く!?黒い霧!?…メルラーナ様の言っていた!?)
ミューレィも驚いた表情でニイトスを凝視していた、メルラーナが嘘を言っている等微塵も思っていなかったが、実際にこの目で其れを視認してしまう事になろうとは夢にも思っていなかった。
欠片を摂取したの?一体何時?何処で?
テイルラッドに聞いた話では欠片を摂取すると其の効果は瞬時に現われるそうだ、巨神ローゼスは其の巨体さ故に欠片に支配されるまで時間がかかったそうだが、ニイトスは人間である、摂取したとなればつい先程…、と云う事になる筈。
じゃあ誰が?何の為に?
メルラーナは思考を巡らせるが。
「メルラーナさん!そいつから離れろ!」
カルラに促された。
偶然じゃない?前にマオさんが言ってた、欠片のモンスターはそう頻繁に現われるものでは無いらしい、マオさんもシグさんも、あの時初めて見たそうだ、そんなモンスターが何故?私の回りだけこんなに現われるの?此じゃあまるで、………まるで誰かが裏で糸を引いているみたいな。
「…だ!…ダメだ!…メルラーナサマ!ワタシからハナれて…!い!…イシキが!」
ニイトスが今にも消えそうな自我を保ち、言葉を絞り出す。
「ニイトスさん!?」
「…ぐ!…ぐおおお!?」
危険だ。
「ミューレィさん!皆を連れて待避して下さい!」
「待避!?…で!?ですが!?」
使用人だけなら兎も角、騎士や私自身も待避させるなんて…。
ニイトスに異変が起きている事は素人でも解る、しかしメルラーナは領主の娘としてのミューレィにとって客人である、其の客人を危険な目に遭わせて自らは待避等出来る筈も無く…。
メルラーナはそんなミューレィの気持ちに気付き。
「カルラさん!ミューレィさんをお願いします!」
「そんな!?メルラーナ様!?」
メルラーナ様からすれば私は足手纏いなのだろう、御父様や大勢の騎士達を一瞬で飲み込んだあの鬼と対等に渡り合う力を持っていらっしゃるのだから。
「…解った、メルラーナさん!気を付けて!」
カルラがメルラーナの意思に従い、ミューレィを連れ出そうと手首を掴んだ。
「カルラ様!?」
「僕は残りますよ?メルラーナさん。」
そう言ってミューレィと其の腕を掴んでいるカルラ、メルラーナと其の肩を借りているニイトスの間に割って入ったのはサイファーだった。
「サイファー様?」
ミューレィに呼ばれたサイファーは振り返り、ニカッと笑って答えた。
まるで、ミューレィの意図を汲んだかの様に…。
「…ぁ。」
ミューレィはメルラーナとサイファーに此の場を任せる事にした。
「御二方、どうか御無事で…。」
そう言い残してミューレィは大広間を後にした………。




