81話 墓
サイファーは鬼の頭のみを埋めて墓を作った。
墓の前で手を合わせ、涙を拭い、其の場を後にした。
一方メルラーナとカルラはと云うと…。
「痛い!痛い!痛い!」
鬼に脚を怪我させられたニイトスをどうしようか悩んでいた。
「流石にこのまま連れて行くのも、…一寸五月蠅いかも?」
メルラーナがポロリと溢す、メルラーナは気絶しているミューレィに膝枕をしていた為、正直静かにして欲しい、と云うのが本音だった。
「うーん、確かに近くの街に移動するにしても此だけ騒がれると他のモンスターに襲われ兼ねないし、他に鬼が居ないとも限らないしな。」
仕方が無い…、カルラはそう一言呟いて、近くの壊された建物に近寄り、瓦礫の中を漁り始める。
「?」
首を傾げてカルラの行動を不思議そうに見つめていると。
ガラガラ。
と音を立てて瓦礫の中から長い布状の物を取り出した。
「汚れてはいるが、…まあ大丈夫だろう。」
カルラは其の布状の何かを持ってニイトスの元までやって来る。
「何だ学者!私は足を負傷したのだ!医者を連れて来い!」
見た目からも結構バッサリと切れているので痛いのは間違い無いだろうけど、何とかしてくれようとしている人物に対する態度がアレなのだろうか?
と思ってしまったメルラーナであった。
ニイトスの罵倒に気にする事無く、カルラは白衣のポケットに手を突っ込み何かを取り出す、メルラーナの位置からは取り出した物が何かは見えなかったが…。
「先に言っておくが、此はアンタの様な奴に使うのは勿体ない代物だ…。」
カルラはニイトスを挑発する様な言葉を並べると。
「な!?何だと!?キサ…ッ!?」
ニイトスが何かを言おうとした時。
バシンッ!
とカルラがポケットから取り出した何かを怪我をしている患部に叩き付けた。
「…いっ!?」
急な出来事で声さえ上げる事が出来ずに悶絶している。
「…っ!?…ぁ!?…ぐっ!?」
そんなうめき声も気にする事無く、カルラはさっさと瓦礫から掘り出してきた布を包帯代わりに患部をグルグル巻きにしてしまった。
「此でいいだろう。」
布を巻き終わって立ち上がり、ニイトスを見下ろす。
「ぐぐっ!?きっ!貴様っ!覚え………て、…え?」
カルラを再び罵倒しようとした時、ニイトスは布の巻かれた患部に手を触れた。
「…ど、……どう云う事だ?…い、……痛みが、無い?」
…え?痛みが無い?さっき取り出したのは痛み止めか何かなのかな?
「フン、だから先に言っただろう?其れはアンタには勿体ない代物だと。」
「だっ!だから何故私には勿体無いと云うのだ!?」
言い争いのイタチごっこが始まりそうだったのでメルラーナが咄嗟に。
「カルラさん凄いね!?さっきの何!?」
間に割り込んだ。
「え?…ああ、さっきのは旅先で見つけた変わった石でね、傷口に触れていると痛みが引いて行くんだ、治癒している訳では無いみたいだから早急に医者に診せる必要はあるけどね、正直あの石が何なのかは解らないし、持ち帰って調べる予定だったんだけど…。」
ああ、成程、好奇心が功を奏して見つけた正体不明の石か…って!?
「ええ!?抑もそんなの人に使っていいものなの!?」
最もな意見である。
「いや、あのまま騒がれても後々面倒だし、いいんじゃないか?」
サラッと行程した。
丁度その時、サイファーが戻って来たのが眼に入り。
「…あ、…サイファーさん。」
メルラーナが何て声を掛けていいのか解らずにいると…。
「もういいのか?」
カルラが何の躊躇も無く話し掛ける。
「…はい、すいません、時間を取らせてしまって。」
謝るサイファーに。
「いいさ、な?」
カルラがメルラーナに同意を求めた。
「うん、私も後で手を合わせて来てもいいですか?」
メルラーナの言葉に、一瞬涙腺が緩むのを感じ、グッと堪えて。
「勿論です、是非お願いします。」
そう云ってミューレィに視線を落とす。
「ミューレィ様は…。」
貴族は嫌いだが一応は礼儀を弁えるサイファー。
「大丈夫です、今は眠っています、…あ?」
「…ぅ。」
メルラーナの膝を上で眠っているミューレィが眼を覚ました。
「ミューレィさん?」
「………メ、…メルラーナ様?…わ、私は一体。」
ミューレィは上半身を起こして気絶する直前の記憶を思い出そうとしている。
周囲を見渡し、破壊された村の跡を見たミューレィは…。
「…ぁ、…お、…父、…様。」
全てを思い出した様だ。
「…うぅ、うううっ!」
ミューレィは声を出そうとせず。
「ミューレィさん。」
メルラーナがミューレィの肩にそっと手を添える。
「メルラーナ様。」
振り向いたミューレィの瞳からは大量の涙が溢れ出していた。
「いいんですよ?今は…。」
「うううっ、ひっく。」
「…ね?」
「…っ!?ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
………
……
…
「…も、申し訳ありません、お恥ずかしい処を…。」
ハンカチで涙を拭い、謝罪の言葉を述べるミューレィ、メルラーナは瞳を覗き込んでみたが焦点が合っておらず、初めて出会った時の輝きは無い。
「ううん?大切な人を亡くしたんだもの、ミューレィさんも、サイファーさんも…。」
メルラーナは優しくフォローする。
「サイファー様…も?」
其の言葉を聞いてサイファーを見る。
「其の話は後にしましょう、今は此の場を離れるのが先決です。」
現状の把握と方針を決める為に簡単に説明を始めるサイファー。
ミューレィさんが泣いている間も、生き残った馬と使えそうな馬車を見繕っていたな、何かしていないと落ち着かないんだろうな…?
村に一番近い町まで馬で二日は掛ると云う、馬は二頭だけで馬車が一つ、馬車なら尚更時間が掛るし、メルラーナの目的地はリースロート王国なので逆方向へ向かう事になる、リースロートとの国境の砦ならば馬車でも半日あれば到着出来るらしい、其処でカルラとサイファーが話し合って出した提案が。
1つ目、二頭用の馬車を一頭で引かせて、一頭の馬でミューレィとニイトスが町へ、メルラーナとカルラを馬車に乗せてサイファーが砦まで案内すると云うもの、ただしミューレィの精神状態が万全では無い上、ニイトスが負傷者と云う事から身の安全が保証出来ないと云う欠点がある。
2つ目、全員で町まで移動すると云うもの、ただし此の場合ニイトスの怪我の度合いから、時間が掛りすぎると命を落とす危険性がある、其処でミューレィが何かを提案しようとしたが、まだ足がふらついていた為に大人しくさせた。
3つ目、全員で国境の砦まで行くと云うもの、此が一番安全で効率が良いのだが、正直ニイトスが何て言うか…、彼の住む土地は南であり、砦は此処から北の方角にある、此までの言動から駄々をこねられそうだと想像していたカルラとサイファーだったが。
「フンッ!私を何だと思っている?状況を考えれば砦へ向かうのが一番有効であろう?」
意外と素直に従ってくれたので拍子抜けしてしまった。
日の光が沈む南の空は真っ赤に染まっている、直ぐに夜が訪れるだろう、此処で夜をやり過ごそうかとの意見もでたが、
ニイトスを除く男性陣は出発の準備を整え、女性陣は鬼の墓参りと、鬼の墓の隣にギルバレア伯爵の墓を建てたいとのミューレィの希望で、墓へと向かった。
ミューレィの足下が覚束ない為に、メルラーナがミューレィをおんぶしていた。
「申し訳ありません、メルラーナ様にこんな…。」
目覚めてから謝罪ばかりしているミューレィの言葉を遮り。
「ミューレィさん、こう云う時は謝る言葉じゃなくて感謝の言葉を使うものですよ?」
「え?…あ、はぃ、…有り難う…御座います。」
少し眼を見開くも、素直に感謝の言葉を述べた。
「はい。」
其の言葉に対して満面の笑みを作って返すメルラーナ、ミューレィは少し微笑んでくれた、其の瞳にはまだ輝きは取り戻せていなかった。
…無理も無い…か。
鬼の正体を知ったミューレィは複雑な気持ちだった、サイファーの元友人であったと云う事実と、父親を喰われたと云う事実が混ざり合う、鬼の最後の言葉が『助けて。』だったと云う事から、友人は鬼に成ったのでは無く鬼にされてしまったのだろう、其れがカルラの見解であった。
だがだからと云って鬼が父親を殺したと云う事実に変わりは無い、そんな感情が混ざり合い、やり場の無い気持ちが胸の中で渦巻いていた。
「そういえばさっき何を言おうとしたんですか?」
先程の何処へ向かうかの話し合いの時にミューレィが何か言おうとしたのを思い出して尋ねてみる。
「…あ、はい、まだまだ未熟者なのですが、医者を目指しておりまして、此でも治癒の魔法を行使出来るんです、出血を止めることが出来ればある程度は持つかと思いまして…。」
「え!?」
此処までの旅で何度か治癒魔法を施された事はあるが、治癒魔法其者が行使出来る人が余り居ないと云う、理由としては治癒魔法を行使出来る様になる為に行う知識の吸収や必要な魔力を選別して鍛え上げる為の修行の難度が他の魔法に比べて遙かに高いと云う事にある。
故に冒険者の様な職に就く者達は簡易的な治癒魔法しか行使出来ない、他に必要な魔法があるからだ、対して医師と云う職に就く者達は其れを専門にしているので治癒魔法を集中して鍛え上げているのである。
「ミューレィさん凄い!」
でもどちらにせよこの調子では魔法を使わせる訳にはいかないだろう、治療魔法は只魔法を行使すればいいと云う訳では無い、生物の身体をしっかりと理解した上で行使しなければ細胞が其々の役目が機能しなくなってしまう、治癒魔法として其れは失敗を意味する、喩え理解出来ていたとしても集中出来いない状態で行使すれば同じ状態に陥ってしまうのだ。
今のミューレィの状態で治癒魔法を行使すれば失敗する確率が高いだろう。
ミューレィからそんな説明を受け乍ら…。
墓の前まで辿り着いた2人、メルラーナは鬼の墓に向かって手を合わせ、ギルバレア伯爵の墓を作り始める、墓とは云っても遺体は殆ど喰われてしまった為にミューレィが変わりになりそうな物を用意して其れを埋めた、出来上がった伯爵の墓に手を合わせる2人、ミューレィは鬼の墓を見るも、素直にお参り出来ないでいた。
「いいんですよ?無理にお参りする事なんて。」
「…っ!?」
「私ね、心臓が3つあるんですよ。」
「………え?」
突然何を言い出すのだろう?私に気を使って頂いてるのは解りますけれど、冗談にしても意味が解りませんが…?
方法は兎も角、其の一言で気を紛らわせる事は成功した。
「母親がね?魔人の混血らしいんですよ、其れで私にもその血が流れているから…、私ね、人間じゃないんです、吃驚でしょ?」
その後色々な話を聞かされました、メルラーナ様の体内に神器が宿っている事、先の戦いで見せたあの氷の魔法みたいな力は其の神器がメルラーナ様の身体の中に眠る力を引き出している事とか、両腕の篭手は彼の有名なクロムウェルハイド工房の主、デューテ=クロムウェルハイド本人が作ってくれた物だとか、黒い霧を纏う魔物の存在や、其れを生み出している組織な事等、話が長くなりそうだったのでかなり簡潔に伝えられましたけれど…、衝撃的な無い様ばかりでした…。
メルラーナとミューレィは最後にもう一度、墓に手を合わせ、踵を返して其の場を後にしたのだった。