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クレイヴァネアス ~始まりは玉響な微睡みの中で~  作者: 沙霧 啓
終章・フェアリーテール
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80話 サニー


友人に此以上人を食べさせてはならない…、そう決心したサイファー。


「いいよ、食べてみればいい、…けど、…食えるものなら…な。」


上半身を起こして立ち上がってくる鬼の前に立ちはだかる。


突然姿を変えて現われた友人()との最後の戦いが始まった。


サイファーは人々から恐れられて来た己の中に眠らせていた力を今解放させる。


ずっと己の意思で封じて来た力だ、正直まともに使えるかどうかなんて解らない、下手をすれば暴走してしまうのではないのか?とも考えてしまう、抑も僕と()は同じ存在なのだろうか?考えずには居られない自分が居る…。


サイファーは地面を蹴って飛び上がる、飛び上がりすぎず足が地面から2メートル程まで飛び上がり、空中で身体を捻って全身を横に回転させ、立ち上がった鬼の肚に目掛けて後ろ回し蹴りを入れる。


ドゴッ!!


足が肚にめり込み、鬼が身体を浮かせて後方へ吹っ飛んだ。


「あの巨体を蹴りで浮かせた!?サイファーさん凄い!?」

顎を殴って倒れさせたのも含めて関心するメルラーナ。


ダン!


華麗に着地するサイファー。


「…駄目だ、全く聞いて無い。」

全力で蹴った筈なのに、何か足りないのだろうか?


本能的にどう身体を動かせばいいのか理解は出来ているものの、此まで戦う事を避けてきたサイファーは旅を始めた頃のメルラーナと同じ境遇に陥っていた、但しメルラーナと違い、いきなり鬼と云う強敵が相手では思い通りに戦えていないのだ。

そして此も実戦経験の浅いサイファーは鬼に対しての考えが浅かった。


鬼は吹き飛ばされ宙に浮いたまま姿勢を正して地面に両足を付けて踏みとどまる、更に其の場に留まる事無く、サイファー目掛けて突進を仕掛けて来た。


「又突進か!?」

サイファーは突進が鬼の攻撃で最も脅威と考えていた、あの巨体から繰り出される目に見えない程の速度で駆け抜けてくる一撃は正に脅威と云う以外何者でも無い。


サイファーは突進に対してカウンターを狙う、何度も見た突進だ、タイミングは計れる、勿論コンマ何秒でもズレが生じれば確実に鬼の肚の中に収まる事になるだろう、だがサイファーは自身があった。


「いける!腹の下に潜るのは危険だけど空から背中を目掛けて…。」

鬼を飛び越えて上空から攻撃し、地面へ叩き付ける、そう云う算段だった。


喰われないギリギリの処で跳躍し、鬼の背中を目掛けて蹴りを入れる為に急降下しようとした、しかし。


突進中の鬼は地面目掛けて左拳を叩き付ける、拳は地面にめり込み、自らの力のみで突進を止めた。


「な!?」


空中に居たサイファーは今まで無かった鬼の行動に驚く、自分が学習して鬼の突進に対応した様に、鬼もサイファーの変則的な動きに対応したのだ、戦闘経験が殆ど無いに等しいサイファーには、鬼の行動が読めなかった。


鬼は首を上へ向け、サイファーを見る。


ガチンッ!!


歯同士がぶつかる重たく奇妙な音が辺りに木霊する。


「…うっ!…っ!?」

サイファーは自身の腹の辺りに痛みを感じていた、下半身を喰われたのか?とも思ったが、勿論喰われた事は無いが、喰いちぎられた様な激痛で無い事は間違い無かった。

腹を見ると、丸い形をした黒い毛の様なモノが見える。


「…メルラーナさん?」


「…あっ!ぶなっ!?」

鬼に喰われる直前、ギリギリの処でメルラーナが助けに入る。


腹の痛みはメルラーナさんに突進された時にモノだったのか。


メルラーナに抱き抱えられたまま地面に転がって一命を取り留める、サイファーは起きた事への頭の中の処理が追い付かず、起き上がって膝をついた、一方メルラーナは鬼の次の攻撃に備えて立ち上がらずに姿勢を低くしたまま鬼の左側に回る、鬼は食事を邪魔された事に肚を立てたのか、標的をサイファーからメルラーナに変えた様だ。


「な…に?…何故僕じゃ無くメルラーナさんを?」

思考回路が行動の邪魔をする、此はサイファーの戦闘経験の少なさによるモノであり、メルラーナとの力の差でもある。

メルラーナはサイファーが跳躍した瞬間に行動を開始していた、メルラーナが鬼に対して脅威に感じていたのは状況に応じて標的を直ぐ様切り替えた其の《《対応力》》と《《思考速度》》であった、其れは標的がどんな変則的な行動を取ったとしても其れに対応出来る、と云う事に他ならない。

だからこそ、メルラーナはサイファーの身が危険だと感じて助けに入ったのだ。


「メルラーナさん!?」


鬼に狙われたメルラーナだったが、鬼が標的を自分に変える事は承知していた、鬼はメルラーナ目掛けて大木程の太さと同じ位の右腕をふり翳す、大きな拳が左側に回ろうとしているメルラーナを狙って真っ直ぐ飛んでくる。


「!?」


姿勢が低いままの状態で自分と左程変わらない大きさの拳が目の前まで接近していた。

メルラーナは右腕を真横に伸ばしてエクスレットブレードに備えられた機能の一つである空気弾を放つ。


ドンッ!


放たれた空気弾は地面を抉り乍ら何も無い処へ飛んで行く。


「な!?何だ!?じ、地面が削れて行く、………けど一体何処を狙って…?」


サイファーにはメルラーナが何故何も無い処に地面が抉れる様な破壊力を持つ攻撃を放ったのかが理解出来なかった、次の光景を目の当たりにするまでは…。


空気弾を放った衝撃を利用してメルラーナの身体は左側へ吹っ飛ぶ、メルラーナの居た場所には鬼の拳が木々を揺れさせてしまう程の強烈な風圧を発生させながら空しく空を切った。

鬼は自身の拳をジッと見つめている、何の感触も無かった事が不思議に感じているのだろうか。


一方メルラーナは空気弾を放った時に発生する衝撃波を利用して鬼の拳を回避したものの、回避と云うより吹っ飛んでしまった状態である、このままでは障害物に衝突するか地面に激しくぶつかり転ってしまう、そうなれば大怪我は免れない。


しかしメルラーナには考えがあった、鬼の首を目掛けてフックショットを放つ。


『…う?いたい。』


鉤爪は見事に鬼の首に突き刺さり、次にワイヤーを巻き戻すと、メルラーナの身体は宙に浮いたままの状態で鬼の周りを弧を描き乍ら旋回する、ワイヤーを巻き戻しているのでメルラーナの身体は鬼へと向かって近付いて行く。

自身の首に痛みを感じた鬼は首に手を持って行き、ワイヤーに触れようとした瞬間、メルラーナは鉤爪を解除して首から外す、すると鬼の周りを旋回していたメルラーナの身体は軌道を変えて鬼から離れる様に反れて行く、次に左腕から空気弾を放ち、空中遊泳している状態から停止し、落下が始まった。

鬼はメルラーナの姿を探し始める、メルラーナの位置を確認すると其の巨体は姿を消した。


「消えた!?」


サイファーと鬼が同じ存在だったとして体格や能力がまるっきり違っていた、身体の巨大さから繰り出される力も勿論だが、速度が圧倒的に鬼の方が早い、自分の早さには自身があったサイファーだが鬼の早さに圧倒された、しかし眼で追う事は可能だ、しかし今、どこへ移動したのか解らなかった異常な速度で動いているのは間違い無いのだが、明らかに突進では無い、攻撃パターンを変えてきている、知能があるのだから学習するのは当然なのだが。


そして次に鬼の姿を捕えたのは、メルラーナの後ろだった。


「!?」


まだ地面に降りきっていないメルラーナの背中に回り、両手を組んで空高く振り上げていた。


「メルラーナさん!?」


サイファーはメルラーナに警鐘を促すが、既に鬼の拳は振り下ろされていた。


ドゴオォォォォォンッ!!!


鬼の拳が地面を殴りつける大きな音が響き渡り、大地が揺れ、木々はざわめく。


「メルラーナさん…、そ…、そんな…。」

愕然とするサイファーを余所に…。


「安心しな、サイファー君。」

カルラは近くへ寄ってきて声を掛ける


「…え?」

一体何を安心するのだろう?たった今目の前でメルラーナさんが叩き潰されたと云うのに…。


「あの程度じゃあメルラーナさんを捕えられないさ。」

「な…に?…捕えられない?どう云う…?」

カルラの言っている意味が理解出来なかった、いや、理解は出来る、あの攻撃を躱した…と云う事なのだろう。


サイファーは地面に突き刺さっている鬼の拳を見た。


鬼は拳を上げ、下を覗き込む、しかし其処には何も無かった、叩き潰されたのなら大量の血が付いている筈だ、しかし鬼の手にも地面にも赤い血等1滴たりとも付着していなかった。


「躱した!?あんな状況から!?何処へ!?どうやって!?」


「上にいるよ、鬼の上、肩に乗っている。」

カルラに言われて鬼の肩に眼をやると、其処にはメルラーナの無事な姿があった。

メルラーナは好機と云わんばかりに鬼の首にエクスレットブレードを突き刺す。


ザシュ!


『…あ、う、いたい。』

鬼は痛みを感じた首に手を持っていく。


此の場に居ては捕まると思ったメルラーナは首から刃を抜き鬼の肩から飛び降りた。

只飛び降りたのでは無く、肩から離れた直後に振り返って空気弾をお見舞いする。


ドオォンッ!


と鬼の頭に直撃し、メルラーナの身体は後方へと吹き飛ばされる、鬼の手の届かない位置へと回避する為の一撃だった。


『…お、まえ、…きらい。』


「よく喋る様になったわね、其れは余裕なのかな?」

まだ着地していない状態で突進なんかさたら、回避の為に空気弾やフックショットは撃つ時に1テンポ遅れる、先読みして行動しても構わないのだが其れでは読みが外れれば喰われてしまう事は確実であろう。


鬼は姿勢を下げた。


「…また!?突進じゃない!?」


そう考えた時には既に其の場に鬼の姿は無かった。


「消えた!?」


今までは辛うじてだが眼で追えていたのに…、鬼の姿を見失って周囲を見渡すサイファーに対し、まだ落下中のメルラーナは自身の居る位置より遙か上空を見上げる。


「…高いなぁ。」

冷静に感想を呟くメルラーナ。


「此は…不味いぞ。」

同じく空を見上げていたカルラも呟く。


人の眼に捕える事の出来ない程の速度で移動出来る鬼、当然地面を蹴る事で生まれる加速なのは間違い無いが、其れが熟練の騎士達にも見えなかった程となれば地面を蹴っただけで叩き出せる速度では無いだろう、何か機関(カラクリ)があるのか肉体の性質なのかは解らないが、あの鬼は間違い無く似た様な速度で落下してくるだろう、そんな速度で地面に激突すれば。


「この辺り一帯が跡形も無く吹き飛ぶ。」


「!?」


カルラの言葉がサイファーの耳にハッキリと聞き取れた、カルラを見ると彼は空を見ていた、カルラの視線を辿ると。


「…あんなトコに!?」


しかし其れ処では無い、跡形も無く吹き飛ぶだって!?此処にはまだ気絶しているミューレィと脚を負傷したニイトスが居る、カルラも無事では済まないだろう、サイファーは選択を迫られて居た、皆を助けようにも其々の距離が有り過ぎて間に合わない、それ以前に自身の身体がカルラの云う「辺り一帯を消し飛ばす。」衝撃に耐えられるかどうかも定かでは無いのだ、ならば鬼を止めるか?あんな華奢な身体をしているメルラーナより劣る自分が?サイファーは驚きを隠せなかった、鬼に対してでは無く、メルラーナの戦う姿に…。


震えてしまっていた…、其の震えが恐怖から来たモノなのか感動から来たモノなのかは今はまだ解らないけど、僕は…、僕の身体は間違い無く戦いを望んでいるのだろう。


「僕が彼奴を止めなきゃ…な。」


そう決めた筈だ、考える余地等無かった、僕の肚は決まっていた、…だから。


鬼が落下を始める、落ち始めた…と思った時、その姿は消えていた。


否、消えた様に見えるだけだ、実際にメルラーナは鬼の動きを捕えていた、彼女に出来て自分に出来ない道理は無い、こう云う思考を【慢心】と云うのかも知れないが、僕は自分の力を知っている。


「…見えた!」


サイファーの身体は既に落下する鬼に向かって動いていた。


地面までの距離は短い、一瞬で辿り着き、衝突するだろう、自身の出せる速度なんて、鬼となった友人の足下にも及ばない、けど、衝突するまでには間に合う!


鬼の落下する速度と自身の出せる速度から、接触出来る位置を瞬時に割り出し、其処へ向かって全力で走る。


メルラーナは着地したと同時に氷の柱を作り出した、鬼が狙っているのが自分だと云う事を利用したのだ、軌道が反らされてもいい様に複数の柱を同時に作り出す。


ドンッ!


氷の柱が鬼の身体を貫いた、氷の柱が完成する時間が鬼の速度を上回ったのだ。


「…敵わないな、メルラーナさんには。」


サイファーは自滅する覚悟で居た、少しでも衝撃を抑えられる事が出来れば、此の場に居る生存者も生き残れる可能性があるかもしれない、そう考えたのだ、メルラーナの行動が其れを悟ってかどうかのモノかは解らないが、彼女の行動は此の場に居る全員の命を救ったのだ。


僕の無駄な覚悟も含めて…、ホント…、敵わないな、何もかも…。


サイファーは氷の柱に貫かれて身動き出来ない鬼の前に立ちはだかる。


『…うぅ、さ…いふぁ?』


苦しそうに喋る鬼。


しかし時間が経てば再生し、再び稼働するだろう、今此処で留めを刺して置かなければ、今度は全滅するかもしれない。


『さい…ふぁ?』


鬼は再びサイファーに呼びかける。


「ああ、僕だよ、サイファーだ。」

鬼の呼びかけに答えるサイファー。


『さいふぁ…、………たす……け…て。』


「っ!?」

サイファーの頭の中が真っ白になる。


「サニィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィーッ!?」




グシャ!




サイファーの友人の名前を叫ぶ声が周囲に響き渡り、鬼の頭が潰れる音が、空しく掻き消された。


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