76話 村人の行方
カルラとサイファーが鬼に襲われた頃と同時刻。
「………何?……此?」
先に村に戻って来ていたメルラーナ達一行は、村の惨状に眼を疑っていた、伯爵は開口一番に放った言葉が。
「こ!?此は一体どう云う事だ!?」
村は無残にも破壊され尽くされていた、壊れた家や地面といったあらゆる場所には赤い液体が所構わずべったりとへばり付き、垂れ流れている、何より、人の姿が見当たらなかった、一人たりとも…。
「此は、血か!?総員!緊急警戒態勢を取れ!!伯爵閣下とニイトス様を最優先に護れ!
「う、嘘、コーロ?ナナイ?パルケット!?…!?…!?…!?」
ミューレィが次々と誰かの名前を呼んでいる、ミューレィのお付きのメイドや執事達の名前なのだが、メルラーナには何を言っているのか解らなかった。
「待ち賜え騎士隊長!我々を護るのは当たり前の事だが其の中にメルラーナ様を加えるのだ!」
「申し訳ありませんがニイトス様、我々はギルバレア伯爵の配下であって貴方様の配下ではありません、故に其の命令には従えません、伯爵閣下と貴方の安全が最優先です。」
「何だと貴様!?」
騎士隊長の言葉に神経を逆撫でして権力を振りかざそうとしたニイトス。
「ニイトス殿、私は我が愛する娘を貴方になら任せても構わないと思ったからこそ今回の話をお受け致したのです、其れを貴方御自身が破談されたのでしょう?揉め事にするならば今起きている此の事件を全て解決してからにして頂きたい、其の上で貴方の父君で在らせられる公爵閣下と交えてお話させて頂きましょう。」
「…う、くっ!」
メルラーナは周りを警戒し乍ら其のやり取りを横耳で聞いていた。
良かった、ミューレィさんのお父さんはまともそう、正直結婚とか勘弁して欲しい、興味が無い訳じゃないけど、リースロートまでもう少しの処まで来ているんだ、リースロートに辿り着いたら私は身体を治さなきゃいけないし、今後私自身どうするかも考えなきゃいけないのに、何より今は其れ処じゃ無い。
何かに襲われた様な惨状、大量の血が散らばっているけど村人達の姿は無い、血だけ残して姿が見えない、攫われた?村人全員を?此の村に何人住んでいるのか解らないけど、全員を連れて行くのはリスクが高そうに思う、其れも怪我人を…、攫ったんじゃなくて、食べた?…うっ、自分で想像しておいて何だけど、………想像しただけで気持ち悪い。
「メルラーナさん!逃げろ!」
「え?カルラさん?」
村の外側、メルラーナ達が来た方角から突然カルラの叫ぶ声が聞こえて来た。
振り返ると其処には馬を見事に操っているカルラと、此の村の人住人だろうか?カルラと一緒に居た少年も別の馬に乗って全力が駆けて来ているのが見えた。
「鬼だ!?逃げ…!?何だ此は!?」
メルラーナ達の元まで辿り着いたカルラは、村の惨状を見て驚いている。
だが後ろから付いて来た少年は得も云えない表情をしている。
「み、皆、村の皆は?皆は何処に!?何処かへ逃げたんですか!?伯爵様!?皆無事なんでしょう!?」
サイファーは伯爵に突っかかろうとするが、周りの騎士達に止められる。
「貴様!閣下に近寄るな!無礼であろう!?」
「無礼!?無礼だって!?村がこんな事になっているのに無礼とか、そんな事関係無い!どうでもいいでしょう!?貴方方は本当に何なんですか!?皆を探してくれているんですか!?」
サイファーは発狂するかの様に騎士達を問い詰め始めた。
「サイファー君!落ち着け!いや落ち着くのは無理だろうが、此奴等に正論は通用しない!時間の無駄だ!」
「貴様等…何処までも苔にしおって…!」
騎士は腰の剣に手を添えた、其の時。
「………何か来る。」
メルラーナがポツンと一言呟いた。
「しまった!?鬼だ!?逃げろ!喰われる………ぞ?」
バクン!
カルラが叫んだのと略同時に、剣を抜こうとしていた騎士の上半身が消えていた、残った下半身からは少し遅れて大量の血が噴き出す、鬼は騎士の下半身を喰らうと、まるで時が止まったかの様にピタリと動きを止めた。
「くそ!?此奴、アレだけ居た騎士を全員喰っておいてまだ喰うのか!?一体どれだけでかい胃袋を…!?」
「何アレ?お、鬼って?」
一見其の姿は人の様である、眼は二つ、鼻と口が有り、耳も付いている、しかし肌の色は黒く筋肉が異常に発達していた、身体の大きさは地下神殿で戦ったオーガよりも一回り小さいのに腕や足の太さは倍近くある、脂肪の太さでは無く全てが筋肉で出来ている様に見えた。
「………ま、まさか、村人を喰ったのか?全員?」
「!?」
カルラの言葉に指崎に反応したのはサイファーだった。
「此の化け物が皆を!?」
鬼は身体を動かし始める、次はサイファーを標的にした様だ、サイファーは望む処と云わんばかりに迎撃する体制を取る。
「サイファー君!?鬼とやり合うつもりか!?止めろ!?死ぬぞ!?」
「殺されたんでしょう!?皆此の鬼に!?あの村に僕の家族は居なかったけど、其れでも僕の友人や知人が居たんだ!」
鬼は巨大な身体をゆっくりと方向転換させ、サイファーに狙いを定めると、地面に脚がめり込む程の力で蹴り、一瞬でサイファーの目の前まで跳躍した。
鬼は口を大きく開け、サイファーの小さな身体を丸呑みしようとした。
ガチンッ!!
歯と歯がぶつかり合う大きな音が周囲に響き渡る。
外した!?躱したのか!?
しかしサイファーの姿は見えなかった、全員がサイファーを探している中、メルラーナだけは上空を見つめている、メルラーナの視線だけが有り得ない方向を見つめている事に気付いたカルラは、其の視線の先を見た。
「コッチだ鬼!」
上空からサイファーの声が聞こえて来た事で、漸く鬼を含めた他の全員が上を見る。
「な!?何だあのガキ!?あの高さまで飛んだと云うのか!?」
10メートル以上の高さにサイファーが居たのだ、サイファーは落下する速度を利用し、鬼の脳天目掛けて蹴りを叩き付ける。
ドゴッ!
鬼は頭を地面に叩き付けられ、ひれ伏す様な格好になった、しかし直ぐにゆっくりと立ち上がり、再びサイファーに狙いを付ける。
サイファーが着地した処を狙って太い腕を伸ばして来た。
「くっ!?」
あんな太い指が付いている手で捕まれたら、一瞬で握り潰されそうだ。
躱そうとするも、着地した直後なので次の行動までのタイムラグが生じる。
真正面から立ち向かって軌道を反らしたい処だけど、なんなモノを力でねじ伏せれるとは思えない!?考えている時間も無い、なら。
覚悟を決めて迎撃する判断をして右手を握り、力を入れる。
「殴り合うつもりか!?」
鬼の腕がサイファーの目の前まで迫ってきた時、サイファーも又、其の腕に向かって腕を突き出す。
誰もがサイファーが死んだ、と思った、サイファー自身でさえ此処で死ぬのか、とまで思った程だ、しかしサイファーは死んでいなかった、腕に痛みも何も無い、突き出したサイファーの腕は空を切っていた、更に。
ビシィッ!!パキッ!ピキッ!
そんな音がサイファーの耳元に聞こえて来た、前を見ると、鬼を遙かに上回る巨大な氷の塊が、鬼の全身を包み込んで凍らせていたのだ。
「こ、此は?」
サイファーは隣に人が居る気配を感じ取り、直ぐ隣に居るであろう人物に眼をやると、其処には白い馬に乗って現われた2人の女性の内の1人、ニイトスと云う名の貴族に求愛を求められていた可哀想な人だな、とサイファーが思ってしまった少女が居た。
「貴女は…。」
「メルラーナ。」
「え?」
「名前、メルラーナ=ユースファスト-ファネルっていいます。」
…あぁ、態々名乗ってくれたのか、律儀な人だな、其れに…。
「僕はサイファーです、サイファー=ロドゥキルト、…あの、ユースファストって、ジルラードさんと何か関係が?」
有名なファミリーネームではあったが、興味本位で聞いたのでは無く、サイファーは何度かジルラードと合っていたのだ、合う度にサイファーの身を案じてくれていた。
「おおぅ、又お父さんか。」
流石に聞き飽きてきた。
「ジルラードさんの娘さんですか!?どうりで、僕の動きを貴女1人だけが見えていたのはそう云う…。」
ん?僕の動き?
メルラーナは其の単語に何か引っかかるものを感じた。