75話 人食い鬼
メルラーナのお陰で何とか貴族達の言及を退けるに至ったが、ニイトスからメルラーナに対する求愛は未だに続いていた。
カルラとミューレィから闘神ジルラードの御息女だと云う説明を受けたにも関わらず、諦めきれないのであろう、何やらブツブツと呟いていた。
自身の安易な行動の所為で婚約者から婚約を破棄された挙げ句、一目惚れをした相手は五大英霊の一角、闘神の娘となれば心も折れるのは間違いないであろう。
「私は公爵家を継ぐ男なんだ、断られる筈が無いんだ、メルラーナ様、考え直して下さい!」
終始こんな調子だった、現在は馬に揺られ乍らカレーパゴ村に向かって移動している最中である、移動し乍ら各々が其々の思考を巡らせていた。
さて、どうやってメルラーナ様をリースロートへ御無事に御連れ致しましょう?カレーパゴから北北東へ移動すればリースロートとの国境に我が国の砦がありましたね、うーん。
背中にメルラーナを乗せて馬を操り乍ら考え込むミューレィは、メルラーナに言い寄っている元婚約者の男を冷ややかな眼で見下す様に見つめた後、此の男の魔の手からメルラーナを安全に逃す方法を考えていた。
「ミューレィさん?」
「…え!?あ、はい、メルラーナ様、何か御用でしょうか?」
「えっと、用とかではなくて、何を考えているのかな?何て…思っただけなんですけど。」
考え込んでいるミューレィを心配してのメルラーナの気遣いされた。
「そんな!?ああ、お気に掛けさせてしまい申し訳ありません。」
ミューレィさん、何をそんな丁寧に謝っているんだろう?
「何でもありませんわ、そんな事よりも乗り心地は如何ですか?お疲れになったりしておりませんか?」
「はい、馬に直接乗ったのが初めてだけど疲労感は無いです、きっとミューレィさんの馬の扱いが上手だからですね。」
「!?」
な!?な!?メルラーナ様は唐突に何をおっしゃっているのでしょう!?は、恥ずかしいです、でも嬉しい、メルラーナ様にお褒め頂けるなんて、ああ、メルラーナ様。
ミューレィはウットリした表情をして焦点が合っていない、すっかりメルラーナに心酔してしまっているミューレィ、其の姿は端から見るとまるで恋する乙女の様だった、メルラーナが若干引いている事にも気付かずに…。
はっ!?いけない、一瞬何処かへ行ってしまいました、
抑も何故カレーパゴの村でお見合いをする事になったのでしょうか?村人の数も少ないし其れに見合った税しか受け取ってはいない筈ですし、料理人や食料も持ち込んでいる事から食事は此方で用意する事となっている様子、貴族だけに振る舞われる食事なら兎も角、身の回りの世話をして貰っている執事やメイド、護衛の騎士達の食事も用意した食料で用意するみたいですし、そんな手間を考えれば村に来る時に通り過ぎた街の方が新鮮な食材も直ぐに手に入るでしょうに、国境の砦に一番近いと云う以外、特に何か御利益が有りそうな村では無い筈ですが?…けれどカレーパゴまで来なければメルラーナ様ともお会いする事も無かったですし、…ひょっとして御父様も此の結婚は反対だったのかしら?でもメルラーナ様にお会いしたのは偶然で、そんな偶然に任せてしまう様な事は致しませんよね。
妄想が加速していた。
全く、何をしにこんな辺境の地まで態々脚を運んで来たのやら、ホント勘弁して欲しいよ、あんな静かで何も無い村に何が有るって云うんだい、お陰で大嫌いな貴族様と鉢合わせしてしまう事になっちゃったじゃないか。
メルラーナとミューレィから離れた所でそんな事を考え乍ら歩いているサイファー、其の隣でカルラが周りをキョロキョロと見渡している。
「貴様等!もっと早く歩かないか!此方の移動が遅くなってしまうわ!」
サイファーの近くに居た馬に乗った騎士が怒鳴り散らして来た。
此方は歩きで其方は馬じゃないか、無茶を言わないで貰いたいよ、と云うかさっきから細かい事をグチグチと小さい事に突っかかってくるし、やれあーだ、やれこーだと此方が自分の気に入らない行動を取ると何かと文句を言って来る、はっきり云ってそんな小さい事なんてどうでもいいし、一々此方に言い掛かりを付けて来るのは止めて欲しい、面倒臭くて敵わない、自分の物差しで他人を測る様な真似をする男は、騎士としてどうのこうのとか云う問題じゃなくて、人間として完全に終わっている様な気がするんだけどな、…本当。
「下らない。」
「何!?…貴様!?今何と言った!?」
しまった、声に出してしまっていたか?
「いいえ、何も。」
平静を装い淡々と堪えるサイファー。
「いいや聞こえたぞ!?下らないとか言ったか!?貴様!平民の分際でよくもそんな言葉を吐けたな!?」
そう言って騎士は自身の腰に差してある剣の柄に手を添えた。
おいおい、平民だからと云ってたった一言で処刑でもするつもりなのか?どうなっているんだ?
「又始まったぞ?彼奴の平民殺し、何が楽しいのやら。」
周りに居た他の騎士達は今にも剣を引き抜こうとしている騎士を、面白そうに唯々傍観している、止める気亜が全く無い様だ、視界には既にメルラーナ達は見えなくなっていた。
「くそっ!確信犯か!」
こうなる事が解っていたんだ、だから歩かせたのか、僕達を殺す為に。
「腐ってる!」
サイファーは貴族が嫌いだが、性格敵に毒舌を吐く様な人間では無い者の方が多いのも知っている、だから基本的には噛み付いたりしないのだが、其のサイファーに此処まで言わせるのはよっぽどの事である、死を覚悟したサイファーだったが。
「サイファー君、安心しな、死ぬのは此奴等だ。」
カルラが何やらとんでもない事を口にした。
カルラさん!?一体何を言っているんだ!?自分達が今にも殺されそうな此の状況で、死ぬのは此奴等?有り得ない、気でも狂ったのか?
「死ねぇっ!!平民共ぉっ!!」
鞘から完全に剣を抜いた騎士が叫び、サイファー達に迫って来る。
「処刑だぁっ!!」
ゴリッ!
と云う音が唐突に騎士の耳元に聞こえて来た。
「…あ?」
音のした方へ振り返ろうとするが、頭がまるで何かに固定された様に動かない、其れに。
「い!?痛い!?」
突然頭に割れる様な痛みが走る。
「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
グシャ!
次の瞬間、騎士の頭は潰れ、絶命した。
「「「なっ!?」」」
其の後、大きな口を開けた何かが、絶命した騎士の身体を鎧毎、バキボキと云う音を立て乍ら喰った。
其れは人と同じ形をしていた、しかし、人とは全く異なる大きさだった、身長は悠に5メートルはあった、其れは周りで其れに立ち向かう騎士や、悲鳴を上げ逃げ始める騎士達を次々と喰らっていった。
「きょ、巨人!?」
其の姿を目の当たりにしたサイファーの頭に過ぎった種を口にすると。
「いいや、アレは巨人じゃない。」
カルラが間髪入れずにサイファーの意見を否定した。
「鬼だ。」
「…!?」
………何だって?…今、此の人は何て言った?………おに?鬼って言ったのか?い、いや、鬼なんて居る筈が無い、そうだ!
「鬼?鬼ってゴブリンとかオーガとかの鬼の事ですか?」
「先に言っておくけど、ゴブリンの小鬼やオーガの大鬼等の別称の『鬼』は想像から来る冠詞であって、実際の『鬼』とは全くの別物だ。」
突然殺伐の場となった状況で、カルラは冷静に鬼に付いての説明をする。
「…!?べ、別物?其れに、…かんし?」
胸がざわつく、しかし其れを押さえ込んみ、聞いた事の無い単語を気にする様に務めた。
「そう、冠詞だ、冠詞ってのはそうだな、同じ名詞でも前と後ろに置かれる言語で意味が変わったり…、って言っても難しいか、同じ『鬼』って名前が付いていてもゴブリンとオーガは全く異なる所属だろう?ヴァンパイアにも吸血鬼って『鬼』って名前が付いている、此の場合の『鬼』とは、(強い)とか(怖い)とか(悪い)や(危険)って意味を表していて、種としての『鬼』では無いんだ。」
「えっと…。」
難しくて半分くらいしか解らなかったが、何となくだけど今、目の前で騎士達を虐殺している『鬼』は種族として存在している『鬼』と云う事でいいのだろうか?
「大体合っているよ。」
種としての鬼、そんなものが存在していたのか?じゃあ、じゃあ一体…!?
そんな会話をしている間にも騎士達は次々と鬼の鋭い歯に身体を噛み千切られて絶命して行く。
「にしても珍しいのが付いて来てると思ってたが、此は俺達も危険だな。」
え!?付いて来てるって!カルラさん!此の化け物が居るのに気付いていたのか!?そ、そういえばずっと周りを気にしていた様だったけどまさか…!?
こんな凶悪なモンスターが傍に潜んで付いて来ていたと云う事実と、其れを知っていて放置していたとい云うカルラと云う学者の男に少しだけ恐怖を覚えたのであった。
「に、逃げた方がいいのでは?」
今なら騎士達が乗っていた馬が奪いたい放題だ。
「確かに、サイファー君、馬は乗れるか?」
カルラもサイファーと同意見の様で…。
「勿論です、此でも一応、馬の調教師をしているので。」
「へぇ、其奴は見物だな。」
ギルバレア伯爵領はディアレスドゥア公国内の騎士が乗る馬を育てている村や町が多い、サイファーも其の調教師の1人であが、サイファーは馬を騎士に売った事は無かったが。
2人は一切の躊躇もせずに其々が思う馬に跨がり、走り出した。
二頭の馬が走り出すのを食事の手を止めてジッと見つめる鬼。
「!?カルラさん!?あの鬼とか云うの!僕達を見ていますよ!?狙われているんじゃ!?」
「何!?」
乗馬に成れているサイファーは鬼の動向を気にし乍ら走っていた為、直ぐに異変に気付く、云われてから振り向いたカルラは、口元が血で真っ赤に染まり、左手に腰から上が千切れた足を持ち、右手の中には髪の毛が握られていた、髪の毛の先には恐怖でクシャクシャに歪んだ表情をしたまま絶命したのであろう生首がぶら下がっていた。
鬼は赤い瞳をギラつかせ、2人を見つめている。
「此は不味いな!サイファー君!急げ!」