74話 偏見である
今個々で捕えられれば何をされるか解ったものではない、しかし逃げるにしても恩人に迷惑を掛けてしまう可能性が非常に、そう、《《卑情》》に高い、俺1人が逃げた事で少年に罪を被せられ、挙げ句、其の家族や友人にまで被害が及びかねない、何故なら此奴等が貴族だから!
偏見である。
しかしリースロート王国へ向かうには此処を突破しなければどうしようも無い、其れ以前にメルラーナさんは無事なのだろうか?飛行艇から落ちてしまったが、………。
「ああああああああああああああっ!?」
ビクッ!?
突然雄叫びの様な叫び声を上げたカルラに、隣に居たサイファーは吃驚して眼を点にしてカルラを見た、同様に其の場に居た全員がカルラを注目する。
「ど、どうかしましたか?」
突然、阿鼻叫喚を露わにしたカルラを心配したサイファーが声を掛けると。
「メ、メルラーナさん、飛行艇から落ちたんだった、ど、どうしよう、だ、大丈夫だろうか、いや、あの高さから落ちて大丈夫な筈が無い、ああ!こんな奴等の相手をしている場合じゃなかった!メルラーナさんを探しに行かないと!」
独り言をブツブツとしゃべり始めた。
こんな屑共を相手にしていた所為ですっかり忘れてしまっていた、兎に角彼女の、メルラーナさんの無事を確かめないと。
先程まで貴族を相手に悠長に話していたカルラだったが、今其れ処では無い事に気付くと、脳内は完全に混乱するに至っていた、何せ父親が父親である、世界の頂きに立つ5人の英雄の1人、其の愛娘の命に危険が、其れも自分の提案で飛行艇に乗ってしまい、現状に至ってしまったと知られれば。
「驚かせるんじゃない!何なんだ貴様は!?先程から無礼にも程があるぞ!?」
度重なるカルラの態度に怒りが頂点に達したのか、騎士隊長がカルラに近付き、胸ぐらを掴んだ。
「…黙れ。」
ザワッ。
騎士隊長の背筋に悪寒が走る。
まるで鬼気迫る様な表情と、邪魔をされて苛立ちを隠せなくなり、怒りを露わにした様な表情が合わさった、何とも言い難い顔に、少しだけ恐怖を覚えてしまった。
「抑も大丈夫って何だ!?丈夫に大が付けば何故無事と云う意味に成るんだ!?おかしいだろ!?」
訳の解らない事を叫び始めた。
「い、いかん、大丈夫じゃないのは俺だった…、…ど、どうしよう、メルラーナさんに万が一の事が、もし無事じゃなければ…、………こ、………殺される。」
「!?」
こ、殺される?貴族に対してアレだけの啖呵を切っていたのに?貴族に殺されると云う恐怖は一切見えなかったにも関わらず、其れ程の男がこれ程怯える相手、メルラーナさんとは一体どう云う人物なのだろう?
「と云うか此の場にいる全員、死ぬかもしれない。」
えええ!?
騎士に囲まれた緊迫している状況だと云うのに全く別の人物に対して恐怖しているカルラの態度に、腸を煮え繰り返したのか騎士隊長が。
「き、貴様、武器を突き付けられているのが解っていないのか?」
カルラに黙れと一蹴されたのが聞いているのか、騎士隊長は声を震わせ抗議している、学者に威圧されてビビッているって騎士としてどうなんだろう?
「私達を無視するとはいい度胸じゃないか。」
流石にカルラの態度が気に障ったのか、若い貴族の男が騎士隊長を押しのけて前に出て来た。
「ニイトス様!危険です!御下がり下さい!」
騎士隊長が引き留めようとするが、ニイトスと呼ばれた男は手を上げて騎士隊長を制すると。
「邪魔をするな、学者如きに気圧されるとは情けない、騎士としての誇りはどうした?君の方こそ下がり賜え。」
貴族に前に出て来られても困るのだが、何せ会話が噛み合わないのだ。
偏見である(2回目)。
其の時。
「カルラさん!」
騎士達が現われた所とは別の方角から誰かに呼ばれる声がした、まあ声の主は明らかであったが。
声の主は真っ白な馬に跨がって現われた、しかし馬には2人の女性が乗っている、サイファー以外の全員が先程の声がどちらの女性から発せられたものなのか理解出来ていた様だ。
「メルラーナさん!良かった!無事で!!」
「カルラさんこそ!」
再会を喜んでいる様だがカルラの表情は何となく別の所にある様だ。
「ミューレィ!お前、何故こんな所に居る!?其れに其の娘!?」
「御父様!も、申し訳ありません…。」
………な、何が何だか、もう訳が解らない。
サイファーは1人ポツンと其の場に取り残された感覚に襲われていた。
御父様?此の人がミューレィさんのお父さん?…と、今は置いておこう。
「カルラさん!整備士の人は!?」
整備士とは飛行艇の操縦を名乗り出てくれた操縦士の事の様だ。
「…!?……残念だけど。」
「!?…そんな、私達が巻き込んだ所為で…。」
操縦士の末路を聞いたメルラーナは悲しそうな表情で俯いている。
「………う、……美しい。」
ニイトスがポロッと呟いたのをサイファーは聞き逃さなかった。
「は?」
美しい?何が?何を言っているんだ?此の男は?馬に乗っている女性の事か?いや、確かに2人共美しいけれども、今言う一言が其れか?彼女は今操縦士が亡くなった事が辛くて泣いているんだぞ?空気を読めないのか?
ニイトスは言うや否や、2人の女性に向かって歩き出し、馬に乗ったままのメルラーナを下から見上げて。
「私はキーマロア公爵家の長男、ニイトス=キーマロア=トメスと申します、お嬢さんお名前をお聞かせ頂いても宜しいでしょうか?」
「え?えっと、はい、メルラーナです。」
「メルラーナ様、………ああ、お名前も美しい。」
「はあ、あ、有り難うございます。」
「メルラーナ様、私の妻となって頂けませんか?」
「はあ、………はあ!?」
「「「!?」」」
「ニ、ニイトス殿!?何を仰っているのかお解りなのですか!?ミューレィ!お前も黙っていないで…。」
「………御父様、婚約のお話、無かった事にお願い致します。」
「い、…いやしかし。」
「御父様、ニイトス様は私では無くメルラーナ様をお選びになられたのです、諦めて下さい。」
「ああ、ミューレィ様、貴女も美しい、美しいのですが、私は彼女に見惚れてしてしまいました。」
聞いておりませんしどうでもいいです、メルラーナ様には大変申し訳ありませんが、お陰で婚約を破棄する事が出来ました、最もメルラーナ様の様な御方と公爵の長男程度の肩書きしかないニイトス様が釣り合う訳がありませんが。
此はメルラーナ様への借りとして、其の借りをメルラーナ様を無事にリースロート王国へ送り届ける事で返しましょう。
婚約破棄出来た事が余程嬉しかったのか、暗かった表情が明るくなり、其の上ミューレィは勝手にメルラーナに借りを作って、勝手に返すと決めてしまった。
そんなやり取りを端からみていたサイファーは、…き、貴族って奴は、こんな所で、こんな状況にも関わらず、人前でプロポーズだって?何を考えているんだ?何も考えて居ないのか?貴族って奴は本能で活動しているのか?馬鹿なのか?いや?馬鹿なんだ?
端っから貴族を屑の集まりだと考えているが、此処まで酷いとは…と、そんな事を考えていた。
やれやれ、何を言い出すかと思えば、身分違いも甚だしい、高が一国の公爵家、其の長男と云うだけで釣り合う訳が無いだろう。
一部始終を傍観していたカルラもミューレィと同意見であった。
えっと、うんと、ツマ?妻?ああ!妻かあ!妻ね!奥さんになって下さいって事ね!
………えええええええええええええええええええええええええええ!?
何を言っているんだ此の人は!?今初めて会った人にプロポーズする!?普通!?いいい、意味が解らない、…って云うか解りたく無い!?
「ゴメンなさい。」
速攻でお断りした。
「な!?」
断られた事を驚いているのだろうか?断られないと思っていたのだろうか?何を持って断られないと確信していたのだろうか?
「こ、断るのは少し待った方が良いですよ?私は後々キーマロア公爵家を継ぐ男です、メルラーナ様を必ず幸せにしてみせますよ!?」
…えーと、非常に面倒臭いです。
今まで生きてきた中で貴族と云う人種に接触した事が無かったメルラーナもとって、ニイトスと云う男性の言動に対して若干引き気味になっている。
とはいえ、メルラーナの沈んだ気持ちが少しだけ晴れたのは幸いだったのかもしれない。
何とかして此の猛追から逃げ延びなければ。
そう心に強く誓ったメルラーナだった。