70話 サイファー=ロドゥキルト
時は少し遡り、メルラーナ一行がバルデンウィッシュに到着した頃。
クトリヤ国と長い年月、争いを続けてきた隣国、ディアレスドゥア公国。
シルスファーナ大陸北西部、山や森に加え、海も含めた広大な土地を有している其の広さは大陸内では最大を誇っている。
其の広大さ故か西部にクトリヤ、北西部にハールート、そして北部にはリースロートと三つの国と隣接した国となっている。
北部の世界四大国家であるリースロート王国と隣接してはいるものの、クトリヤ国やハールート国とは違い傘下国では無い、長年戦争を続けているクトリヤ国とは何やら因縁がある様だ。
更に此の二国間の争いは大陸中に知られている為、リースロート王国も関与しない事を公言している。
ディアレスドゥア公国がリースロート王国に手を出さない限りは戦争に発展する事は無いし、リースロート側も国と事を構えるつもりは今の所皆無に等しいと云う状態である。
そんな公国の北部に位置する辺境の地にギルバレア伯爵領と呼ばれる土地がある、其の名の通り、ギルバレア伯爵家が納める土地の北部にカレーパゴと云う名の村が有る、人口が僅か200人程の小さな村に一人の少年が住んでいた、名はサイファー=ロドゥキルト、赤い髪に青い瞳をした15才の少年である。
サイファーは早くに両親を亡くし、生活の為に大人達の農業や狩猟等の仕事を率先して手伝ったりして細々と日々を暮らしていた。
ある雲一つ無い青い空が広がる日の事、サイファーは食料を確保する為に川で友人と共に釣りを嗜んでいた。
「そういや聞いたか?サイファー。」
友人の少年がサイファーに話し掛ける。
「ん?何が?」
「近々領主様が此処に視察に来るらしいぜ。」
友人の云う領主様とはギルバレア伯爵の事であるが…。
「ええー、何しに来るの?こんな辺境の村に…。」
サイファーは釣り竿を持っている手の指先に魚が掛るのを見逃さない様に集中を途切れさせないまま、露骨に嫌そうな表情をして返事を返す。
サイファーは両親が他界した時、貴族達の対応が余りにも悪かった為に根本的に嫌っている、正直に言うと苦手なのだ、両親の乗っていた列車が線路から脱線した事で、サイファーの両親だけでなく多くの人が命を落とした事故の原因や遺族への補償の説明をした時、当時まだ8才だったサイファーに対して冷酷な態度と冷たい視線を向けられたのだ。
「さあな、偉い人の考える事なんざ知る訳無いっての。」
「じゃあ話を振らないでくれる?貴族って聞くだけで気分が悪くなる。」
サイファーはバッサリと友人を一蹴するが。
「噂で聞いたんだけどよ、伯爵の御令嬢が同行するらしいぜ?」
「ふーん。」
バッサリと切って捨てたつもりだったがめげずに話を続ける友人の話をスルーするサイファー。
「其の御令嬢が凄い美人らしくてよ、って、サイファー聞いてんの?」
「んー?何?」
「聞けよ!」
「いや、何処で聞いた話か知らないけどさ、噂でしょ?噂ってのは所詮噂じゃないか、噂なんて真に受けてたら真実を知った時に衝撃を受けるだけだよ?まあ事実だったとしても貴族の話なんかどうでもいいけどね、興味が無いよ。」
信じていたもの、一度は憧れすら抱いた事がある存在に裏切られた経験を持つ少年サイファーの言葉の重さは計り知れない。
だが友人はサイファーの過去を知らないので気にもしない様子だった。
そんな話をしていると、村の方が騒がしくなり始めたのに気付く。
「お?ひょっとして御到着されたのかな?此は釣れない釣りをしている場合じゃないよな!?サイファー!見に行こうぜ!?」
サイファーは自分の心境を全く気にせずにズカズカと人の懐に土足で入り込んで来る此の友人を嫌いにはなれなかった、が。
「えー?嫌だよ面倒くさい。」
と、堂々と断った。
誰が好き好んで興味の無いものを見に行かなければならないのか、ならこのまま釣りを嗜んでいる方が百万倍ましと云うものである。
「つれない事言うなよ、釣れない日は釣れないもんだぜ?」
友人の根気の説得に押される事数分。
「ふう、仕方無いなもう、遠くから見るだけだよ、僕は貴族なんかに関わりたく無いからね。」
「解った解った、ほら早く行こうぜ!」
サイファーが釣り竿を引こうとした時。
ビクンッ!
「!?」
竿が勢いよく引張られ、曲線を描くように激しく曲がる。
「来たっ!!」
「おお!?」
サイファーの竿に獲物が掛ったのだ、折れるのではないかと思わせる程に撓る竿を思いっ切り引っ張るサイファー、しかし竿は更に撓り、身体毎持っていかれそうになる。
「こっ!此は大物だぞっ!?」
「何!?主か!?川の主か!?」
釣りは食料確保や収入の為もあって半分は仕事感覚でやっている感のあった二人だが、今までに見たこともない程の竿の撓りに興奮する友人と全身全霊を持って挑むサイファー。
「サイファー!引っ張り続けたら糸が切れる!一度緩めて泳がすんだ!」
魚が掛ってからずっと引っ張り続けている、抵抗する力が一行に弱まる気配が無く。
「だ!駄目だ!今力を抜いたら竿毎持っていかれる!!」
泳がせるタイミングが解らずにいた。
友人も1人では此の獲物を逃しかねないと判断して、サイファーの隣に駆け寄り、竿に手を伸ばす。
「!?」
「2人なら持って行かれる心配も無いだろ!?」
友人は歯を見せてニカッと笑ってみせた。
「おお!絶対釣るぞ!」
こうして2人で息を合わせて格闘する事小一時間。
「ハァ、ハァ、さ、流石に勢いが弱まって来た気がするな。」
「ハァ、ハァ、そうだな、け、けど油断は大敵だぜサイファー、最後まで気を抜くなよ?」
サイファーは兎も角、友人も完全に貴族の御嬢様の事が頭から綺麗さっぱり消えていた。
その時。
キィィィッ………ドカァァァァァァァァァァァァンッ!!
ビクッ!!
「「な!?何だ!?」」
急に近くで何かが爆発した音が聞こえ。
ブチンッ!
其れと同時に糸が切れてしまった。
「「あああああああああああああああああああああああああああああっ!?」」
小一時間の戦いが無駄に終わってしまった瞬間であった。
「何だよ!今の!?誰が何を爆発させたんだ!?畜生!文句言って来てやる!!」
サイファーは爆発音のした方角を確認して其方へ向かおうとするが。
「サ、サイファー危ないって!軍人とかだったらどうすんだよ!?」
「そんな事知った事じゃあ無いね!一発ぶん殴ってやらないと気が済まない!」
貴族階級の根強い此の国で、平民が貴族を殴るなんて傷害事件が勃発すれば間違いなくサイファーは処刑されるだろう、しかし友人の静止を全く受け付けるつもりが無い少年は…。
「君は戻ってろ!」
巻き込まない様に友人を村に帰る様に促し、爆発が起きたと想定される場所へと全速力で向かった。
…
森の中で燃え盛る炎の中にソレはあった。
胴体は真っ二つに割れていて、翼は折れ、金属の破片が辺りに散らばっていた。
「此は…飛行船?…いや、飛行艇か?」
飛行艇を扱っている国はそう多くはない、周辺国の中ではクトリヤ国くらいだろう。
「クトリヤが公国軍に攻撃された?戦争でも始めたのか?…いや、そんな事より生きてる人は!?」
生存者を探すために燃え盛る炎の中に身を投じ様とするサイファー。
「誰かいますか!」
大声で呼びかけてみるが返事が無い、気絶しているのか既に死亡しているのか、それとも脱出しているのかも知れない。
人の気配を探ってみるが感じ取る事が出来ない。
15年間、自然の多い此の村で生まれ育ってきたサイファーは、生きていく為のノウハウを自然と身に付けていた、耳が良く感覚が研ぎ澄まされたサイファーは飛行艇の中に既に人が居ない事を感じ取っていた、其処で回りを見渡してみると。
「!?」
飛行艇から少し離れた木の根元に生い茂っている草の中に明らかに自然の物とは思えない白い布の様な物が見える。
考える間も無く近寄ってみると、所々燃えてしまったのか、焦げて黒い部分はある白い服を着た青い髪の成人男性が倒れていた。
「大丈夫ですか!?」
男性に声を掛けると。
「…うっ。」
「!?良かったまだ生きてる!?」
男性に怪我が無いかを確かめる、幸い数カ所にかすり傷程度はあるものの大怪我をしている事は無さそうだ。
サイファーは男性の腕を自信の首に回して背負い、広い場所に移す事にした。
「…うっ、っ、…こ、此処は?」
移動している間に男性が眼を覚ました。
…リースロート語?クトリヤ国はリースロート語が主流なのだろうか?
「此処はギルバレア伯爵領のカレーパゴって云う村の近くの森です、墜落した飛行艇の側に貴方が倒れているのを見つけて…。」
リースロート王国との国境が近い為、町や村との交流が盛んな事からカレーパゴの村人含め、サイファーもリースロート語は理解出来ている。
「ギル…バレア?…そう…か、此処はディアレスドゥア公国なのか。」
白衣の男性は周囲を見渡し何かを探している。
「俺以外に2人飛行艇に乗っていたんだが、見てはいないか?」
自分の置かれている現状よりも共にしていた仲間の心配をしている男性を見て、サイファーは男性を悪い人では無さそうだと判断した。
「いいえ、見ていません、少なくとも飛行艇の中に人の気配を感じませんでした、すいません、もう少し早く到着出来ていれば…。」
「そうか…、いや、君が謝る必要は無いよ、それより助かった、有り難う。」
男性はサイファーに礼を伝えて来たが、サイファーは特に自分が何かをしたとは思ってはいなかった、と云うのも男性の怪我がかすり傷程しか無かったからだ、飛行艇が墜落したのだ、生き残れたとしても軽傷で済む様な事態では無い筈、それなのに男性は大きな怪我をしていなかったと云う事実に対してサイファーは。
此の男性は自身で怪我しない様に回避したのではないのか?
そう考えていた。
飛行艇から少し離れた場所に移動して来たサイファーは周囲に大勢の人の気配を感じ取る。
「!?」
馬の蹄の音?其れもかなりの数だ。
サイファーの脳裏に嫌な予感が過ぎる。
「何だ?誰か…来る。」
男性も人の気配に気が付いた様だ、そんなモノを感じ取れるなんてやはり只者では無い事は間違いなかった。
サイファーの場合は両親を亡くした後、1人で生きていく事が多くなってしまったのが、動物や魔物の気配を探れる様になれた原因に繋がっている、村人の中でこんな芸当が出来るのはサイファーだけであった。
人の気配は段々と2人に近付いてくる、此方の居場所がバレているのだろうか、気配を感じ取っているのだろうか、サイファーは最初、村人が集まって来たのかと考えたが、村人であれば此処の行動がバラバラな筈である、今感じている気配は明らかに統率の取れたモノである事から軍人かソレに連なる者である事は確かかと思われる、何故なら川で共に釣りをしていた友人の言葉を思い出していたからだ。
『近々領主様が此処に視察に来るらしいぜ。』
村に視察に来たと云う領主の護衛に付いている騎士。
と云うのがサイファーの出した結論であった。
「其処の2人!動くな!」




