69話 小競り合い
其の砦は山の頂に建造されていた、周りは岩山に囲まれ、道具があったとしても人の身体で登る事は不可能であろうと思われる程の険しい山の自然が生み出した要塞、と云うのが、メルラーナが一目見た時に感じた感想であった。
巨大な砦の手前には岩山の斜面を利用した町が有った、飛行艇は斜面を掘られた横穴の中に入ると、中は空洞になっており人工の水辺があった、飛行艇を水面に着水させると、奥の方まで続いている水路へ向かってゆっくりと進んで行き、発着場に辿り着いた。
飛行艇を降りた一行は、発着場を後にし、マオの実家へと向かうのだった。
………
……
…
パシンッ!
女性がマオの頬を掌で引っぱたく音が、部屋の中に響き渡る。
メルラーナ達はバルデンウィッシュの砦の一角にあるマオの実家に到着し、事の次第を説明した後の出来事である。
叩かれた瞬間、思わず眼を閉じてしまったメルラーナ。
…い、痛そう、だけど、なんだろ?
「出て行きなさい、二度と顔を見せないで。」
そう言って、女性は踵を返して部屋を出て行った。
「…マ、マオ、大丈夫か?」
シグが近寄る。
「………うん、ありがとう。」
「何て女だ、気持ちは…いや、解らないけど、二度と顔を見せるなとか、実の妹に…。」
「シグ、いいの、大丈夫、覚悟はしてたから。」
一部始終を見ていたメルラーナは。
「………そう、…なのかな?」
「「え?」」
「泣いていたのはその、大切な人を亡くしたからなんだとは思いますけど、何だろ?何か、その、とても辛そうな表情をしてたから、本心で言っているんじゃないのかな?って、…勝手な思い込みですけど。」
「…!?」
メルラーナの話を聞いたマオは、姉が出て行った扉を見つめ、頭を下げる。
こうして、マオのリースロート王国へ向かう決心が固まったのだった。
…
「さて、此で一つの問題は一応の解決を決した訳だけど、此の後はどうしようか?」
マオの実家を出て少し移動した路上でカルラが語り出す。
「そうですね、直ぐにでも此処を出発したい処ですけど、今飛び立てば最悪撃ち落とされ兼ねませんね。」
マオはそう言って国境である砦を見つめる。
メルラーナは釣られて見ると、砦の壁の至る処で赤い回転灯がクルクルと回り、赤い閃光を周囲にまき散らしていた。
「…あれは?」
此の砦に到着した時はあんな明りは灯されていなかった筈なのに。
「此の砦は敵国との国境にあるもので…、週に一度か二度は小競り合いが起きる場所なんです、それで、あの光が照らされている時は今現在、攻撃を受けていると云う警報なんですよ。」
ええっ!?そっ!?其れって危ないのでは!?マオさん偉く淡々と語ってるけど!大丈夫なの!?色々と!?大丈夫なの!?
焦るメルラーナを余所に、周囲の人々は何も無いかの様に慌てる様子も見られない。
「皆慣れてしまってますからね、其れは駄目な事なのでしょうけど。」
そう言って今度は空を見上げるマオ。
又もやマオの見ている方を釣られて見ると、飛び立とうとしていた飛行艇が引き返してきて着水準備に入っていたり、元々降り立とうとしている飛行艇が早々に降りる準備を早めたりしていた、先程マオが言っていた様に、今空を飛んでいると撃ち落とされかねないのだろう。
「一寸待て!?週に1、2回の小競り合いだと!?」
マオの話に急にシグが割って入って来た。
「え?…う、うん。」
シグの迫力に少し気圧され気味になったマオは素直に頷く。
「国境での小競り合いなんて、其れは国に報告しているのか?俺はそんな話一度たりとも聞いた事が無いぞ?」
「ほ、報告はしている筈だよ、小競り合いとはいえ戦争は戦争だもの、聞いていないのは…規模が小さいからとかじゃないの?」
「規模が小さい…!?」
マオの言葉に頭を抱えるシグ。
「マオ、君は其の小競り合いにどれだけの軍資金が動いているのか解っているのか?」
「え?…えっと、一人の兵士に対しての装備品や消耗品、食料やその他の必要経費を合わせて…、大銀貨が4~5枚位?階級によって単位が変わるけど、小隊同士の小競り合いなら小金貨2~3枚位じゃないかな?」
「ええ!?」
金額の大きさに驚くメルラーナ。
「え?…そ、そんなものじゃないの?」
メルラーナを見てキョトンとするマオ。
「はぁ、メルラーナさんが正常な金銭感覚の持ち主で良かった。」
「え?え?」
マオはシグとメルラーナを交互に見つめている。
「その計算で週に2回小競り合いが起こると単純に小金貨4~5枚は消費している事になるだろ?此は民間人の平均収入の3ヶ月分に相当する額だ、其れが一月分ともなれば45枚以上、まあ、装備品の殆どは使い回しだろうし、消耗品も出来るだけ消費を抑えるだろうから実際はもっと少ないだろうけど、其れでも其れだけの額の軍資金の出所が税金な訳だから、民から預かった税を一月にそれだけ消耗していて規模が小さいとかは有り得なくないか?其れだけの戦いが起こっているなら何らかの形で国民に情報が降りてきていてもおかしくない筈だろ?」
「…う、い、言われてみればそうかも…。」
小競り合いとはいえ頻繁に行われているのならば脅威の対象になり得ると思われるのだが、俺達騎士にすら情報が降りてきていないのはどう云う事だ?何らかの事情があって情報を伏せているのか、其れとも報告其ものを行っていないのか…。
ドゴオオオオオオオン!
激しい爆発音が辺りに木霊する。
「な!?」
音のした方角を確認すると、砦の向こう側からどす黒い煙が立ち上り、煙は風に煽られて焦げた匂いをまき散らしていた。
「…、小競り合い…とは言い難いな、此の爆発は。」
カルラが呟く。
「そんな…、今までこんな処まで攻撃された事なんか無かったのに…。」
此の砦と其の街に住む住人にとって日常の光景と化していた小競り合いが今、国通しの大戦に発展しかねない一撃を入れられてしまったのだ。
「此はまずいな、此処に留まるのは危険だと思だ、メルラーナさんとカルラさんを早急に何処かへ移動させる方法を考えよう。」
「え?シグさんとマオさんは?」
メルラーナの言葉にシグは隣に居たマオと顔を合わせ、頷き合った。
「此はクトリヤ国の問題だ、君やカルラさんを巻き込む訳にはいかないさ、其れに国の離脱を考えたとは云え、家族に迷惑を掛けるつもりはないからね、騎士の鎧を身に纏っている以上、此の場を立ち去る事なんて出来ないさ、まあ、性分なんだろうね、どれだけ疎んでいたとしてもやはり、俺は騎士なんだろう、けど、有り難うメルラーナさん、カルラさん、お二人には色々と世話になった。」
突然の別れを切り出され、メルラーナは困惑するが、シグは自分達の立場上、メルラーナやカルラを巻き込むのは迷惑を掛ける事になるのは確実であり、其れによって二人の旅に弊害が起きる事を懸念しているのだ、それ自体は最初から考えていた事ではあったが、カルラの提案が騎士であるシグとマオの国を離脱すると云う行為に僅かながらでも可能性を見てしまったからこそ、此処まで足を運んで来たのだ、だが今此の場で起きている小競り合いに参加せずに背を向ければ、騎士としてだけでは無く、今後行く先々でメルラーナとカルラを巻き込んでしまうかもしれない、其れだけは避けなくてはならない、そう判断したシグの思いであった。
「俺達は俺達で、正当な方法で国を離脱するさ、其れがどれだけの苦難になるのかは解らないけど、何時か必ずリースロートへ辿り着いてみせるよ。」
「カルラさん、折角色々考えてくれたのに申し訳ありません、何時の日か必ずお礼をしに伺いたいと思います。」
其の言葉に二人の意思の堅さを感じた、メルラーナは。
「シグさん!マオさん!リースロートで会いましょうね!?絶対に!二人が無事に辿り着くのを待ってますから!」
二人の騎士は其の言葉を聞き終えた後、踵を返して戦場と化している砦へと向かって走り出したのだった。
二人の背中が見えなくなった頃、カルラがメルラーナの肩に手を置く。
「俺達も行こう、早くこの町を離れないと戦争に巻き込まれる。」
とは云えどうしたものか、空路は撃ち落とされるかも知れないし、陸路は時間が掛りすぎる、山を下りて一番近くの街まで行くのに何日掛るか解らない、馬でも有れば別なのだろうがこんな事態に手に入れる事等出来るものなのだろうか?到底譲って貰えるとは思えない、ならば一か八か。
ドゴオオオオオオオン!
そんな事を考えている間に、あの一撃がもう一度放たれた様だ。
「くっ!考えている暇は無いか!メルラーナさん、飛行艇の発着場へ行こう!」
「え!?あ、うん!」
メルラーナとカルラは来た道を走って引き返す。
「で!でもカルラさん!」
走り乍らカルラに尋ねる。
「飛行艇の操縦出来るの?其れに、あれって確かクトリヤ国の騎士団の持ってる飛行艇だよね?攻めてきている人達からすれば敵の飛行艇でしょ?攻撃されるんじゃ?」
「運転なんて出来る筈が無いね!けど!出来る人間はいるかも知れないだろう?落とされるかどうかは運次第でしか無いけど!やるしかない!」
正直、カルラの答えに納得は出来ていなかった、しかし状況が状況で時間が無かった為に同意するしか無かった。
僅か10時間程の滞在時間でバルデンウィッシュの砦を立つ事となったのであった。
本当なら此処で一戦行う予定だったのですが他国の戦争に介入させるのは如何なものかと思いボツにしました。
なので新たに別のネタを考えるので再び休止させて頂きます。
大変申し訳ありません。