63話 天使?…か?
列車の中で待機していたメルラーナは、ずっと窓の外、町の見える方角を気にしていた。
辺りは暗く、列車から零れる明りが辛うじて今、湖と町を繋ぐ橋の上で停車している事が解る程度だった。
橋から見える町の姿は、壁に取り付けられている無数にある電灯の明りだけで、後は何も見えない、こんな時でなければきっと綺麗な明りなんだろうな…等と思ってしまう。
そんな事を考えていると、車内放送が流れ始めた。
『お客様に申し上げます、現在町では変種のモンスターの侵入を許し、冒険者の方々が騎士と共に討伐作戦を実行中との情報が入ってきました、其れと同時に当車両には一度、前の町へ戻る様にとの連絡を受けたので、申し訳ありませんが此の車両は今から引き返す事となりました。』
ガコン。
と、車両が少し揺れ、来た線路を引き返す為にゆっくりと走り出す、周りに居た乗客は不安を隠しきれないのか、愚痴を零したり、騒ぎ始めたりしている。
公共の場で騒いだりする様な恥ずかしい真似はしなかったメルラーナだったが。
(ええええええ!?戻っちゃうの!?ど、ど、ど、どうしよう!?)
と軽く混乱していた。
オロオロし乍らも、窓を開けて身を乗り出し、地面を見る。
今の速度ならまだ飛び降りれるけど…、どうしよう?進む冪か、引く冪か。
今までだって危険な目合ってきたし、少し前なんか神様と戦ったんだし、少しくらい危なくても…大丈夫、だよね?
等と考えている間にも、列車は徐々に速度を上げて行く。
進むのであれば今、飛び降りないと怪我をしかねない事態になり得る。
しかし決心が付かない、エアルとリースロートの王都で会う約束をした、リゼとも別れ際にまた会えると約束をした、列車が来た線路を引き返す様な事態に、自らが飛び込んでしまってもいいのだろうか?自身が命を落とせば、約束を違える事になる、其れは許されていい事では無いし、メルラーナ自身が嫌な事であった。
引き返して安全な道を辿るのも、悪くは無いのかも?
メルラーナにそう思わせたのには、先の魔人の里でギュレイゾルから言われた言葉が原因となっていた。
『もう一つの心臓が止まる様な事態になれば、死んでしまう可能性が無いとは言い切れぬ。』
其の時。
ゴウッ!
と云う音と共に、周辺が急に明るくなり、気温が上昇した。
「!?」
メルラーナは咄嗟に町を見た。
「………な!?何!?燃えて…る?」
町の中で、天を貫くかの様な、一筋の炎の柱が登っていた。
「…炎の、…塔?」
次の瞬間、メルラーナの身体は列車の窓の枠に足を掛け、飛び降りていた。
列車から飛び降り、膝を曲げて衝撃を和らげて着地すると、間髪入れずに町の見える方角へと走り出す。
何か解らないけど、胸騒ぎがする、メルラーナの直感がそう訴えていた。
あの炎は、きっと誰かが変種のモンスターとか云うのを倒す為に使ったものだと思う、何故そう思ったのかは私にも解らないけど、あの炎はきっと、アレを放った人達に牙を向く。
そんな気がした。
町に近付くにつれ、橋の所々が何か大きな塊の様な物が落ちて破壊されたと思わせる後が残っていた、更に進むと、剣や盾、更には壊れた鎧の破片だろうか?が、橋の上の至る所に転がっており、炎の明りと照明の明りが合わさって、其れ等を怪しく照らしていた。
列車を降りて4~5分が経過した頃、漸く門の前に辿り着く、其の頃には既に炎の柱は消えていた、門は粉々に破壊されており、壁の外側からでも町の中の様子を伺う事が出来る、中を覗き込むと、目算だが距離で云えば1キロ程先に、真っ赤に光っている大きな塊があり、暗くて見辛いが、其の塊の周りには先程列車から降りて行った冒険者と思われる人影が見えた。
と云う事は、アレが件の変種のモンスター?…う~ん。
遠くから見る限りでは、霧が出ている様には見えない、いや、単純に距離があるのと周りが暗いから見えていないだけである。
町の中では、冒険者達と2人の騎士が霧の魔物と対峙していた。
霧の魔物は吸収した炎を身体に馴染ませているのか、じっとしたまま動こうとしない。
「総員撤退だ!」
リーダーの声が戦場に木霊する。
「!?捨てるのか!?此の町を!?」
シグは冒険者のリーダーに詰め寄る、別に此の町が彼の故郷と云う訳でも何でも無いが、町を捨てると云う行為に懸念を抱いているのだ。
「そうだ。」
リーダーはシグとマオにハッキリと答えた。
「!?」
リーダーは言葉を綴る。
「例え此の町が滅んだとしても、此の町人々が生きてさえいれば何度でも立て直せる、違うか?」
「く!?」
正論だ、既に此の地域の住人の避難は済んでいる、戦闘中も飛行艇が何隻も飛び立つ姿を目にしていた、其れは他の地域の住人の避難も済んでいると云う事だ。
「………解ったわ、貴方の言う通り。」
マオはリーダーの判断に納得を示し、従う事にした、シグが何か言おうとしたが、何も言わずに黙ってしまう、彼も又、自身と同様に冒険者の言っている事が正しいと頭では理解しているのだろう。
何よりも、今此の場に居る戦闘員で、あのモンスターに対して戦意を喪失していない者は居ないのだ、あんな大魔法を喰らい、身体に取り込む等、完全にモンスターの域を越えている。
シグはマオと共に撤退を試み様とした時。
「…な、何此!?目茶苦茶熱いんだけど!?」
そんな、今の状況に全く似つかわしく無い声が辺りに響き渡る。
声のする方を見ると、其処には長い黒髪の美しい顔立ちをした1人の少女が、其の美しさに似合わない厳つい篭手を両手に填めて佇んでいた。
「だ、誰だ!?」
シグは当たり前の疑問を口に出す。
「やっぱり、欠片のモンスターとか云う奴だ。」
少女はそう呟いて、霧の魔物に向かって走り出した。
「お!?おい!?君!!危ない!?」
シグは少女を静止しようとしたが。
「な!?」
間に合うとか間に合わないとか云う問題では無かった、少女の動きが、常人の其れとは別格であったから。
少女はモンスターとの間合いを瞬時に埋めた。
モンスターも少女の気配を感じたのか、炎を吸収するのを一時中断し、迎撃の体制を取る。
「熱っ!?」
少女に向かって振り返ると同時に、モンスターは腕を振り回した。
身体に高熱を帯びている為か、腕の攻撃範囲を越えたヶ所から炎が舞い上がる。
メルラーナは身体の周囲に水の膜を張り、其れをやり過ごそうとしたが、水の膜は沸騰を起こして蒸発し始めた。
「!?」
水じゃあ耐えられない!?じゃあ氷、でも氷で膜なんか張ったら視界が悪くなるだろうし。
膜を張らないと近づけない、遠距離から仕掛けてみる?まずは氷の壁をぶつけてみよう!
考えついた行動を即実行に移す。
壁…と云うより、あのモンスターを全部覆ってしまおう!ローゼスさんの時みたいに脳を凍らせれば倒せるかも知れないし!
一度距離を取り、標的に集中して、左足を前に出して踏みしめる、右手を下ろした、次に右足前に出すと同時に、右手を前方に向かって振り上げる。
ビシィッ!!
振り抜いたメルラーナの右手からモンスターに向かって凍り始めた。
氷はモンスターを覆い、壁では無く柱状の氷が完成した。
「な!何だアレは!?」
魔術師達が声を揃えて驚いている。
「よしっ!」
凍ったのを確認すると、次に破壊をする為に一気に間合いを詰める。
しかし、氷の塊となったモンスターの内側から、グツグツと沸騰する様な音がする。
「!?」
其の音を聞いたメルラーナは、危険を感じて詰めた間合いを再び取った。
「…うそ?…内側から溶けてる?」
沸騰する様な音は段々大きくなり、遂には氷の表面が割れ始める、割れた間から熱せられた水蒸気が吹き出す。
「熱っ!?あっつ!?」
何で!?ビスパイヤさんの魔法だと溶岩も凍らせたのに!?
ビスパイヤが地下大神殿・第二層で行使した魔法は、不完全とは云え全ての魔法の根幹となった4つの魔法の一つである、如何に神器の力であったとしても其の魔法と同等の効果を得る事等出来る筈も無い。
そうこうしている間に、氷はすっかり溶けてしまい、モンスターは再び動き始める。
うーん、此は、一寸困ったぞ?………どうしよう?氷が通用しないとなると…、あれ?
気の所為かな?周りの気温が少し下がってる様な気が…する?
実際に気温は下がっていた、更にモンスターの表面が黒く染まり、固まっている。
多少でも効いてるのは効いてるって事かな?
だが温度が下がったとは云え、高温である事に変わりはなく、熱に対して何の対策もしないで近付くと火傷だけでは済まない事に変わりは無い。
遠距離からの攻撃に変わりは無いとして、………遠当てならどうだろ?フォルちゃんの力を借りて遠当てに氷を混ぜ込めば…、アレ?遠当て?
メルラーナの脳裏に何かが過ぎる。
遠当て、何かが引っかかってる?遠当て、何だっけ?
……………ああ!?思い出した!?
そう云えばデューテ御爺ちゃんがファルに着けてくれた機能の一つに遠当ての代わりに使えそうな飛び道具があったんだ!?これは正に今此処で試す冪なんじゃないのかな!?って、熱い!?
気が付けば何時の間にかメルラーナの周囲に炎が近付いて来ている。
「…考えて居る暇なんか無いよね!?」
物は試し、と云わんばかりに、メルラーナは左腕をモンスターに向けて、手の平を開き、右手で左腕の内側に触れる。
カチリ。
と小さい音が鳴り、次に…。
ズドンッ!!
「ひっ!?」
と云う音と共に手の平から空気の塊が勢いよく飛び出す、其の反動でメルラーナの身体が後方へと飛ばされた。
「いっ!…たた、う、腕が痺れてる。」
空気の塊を撃った先を見ると、周囲を囲っていた炎は真っ二つに裂かれ、更に其の先にいたモンスターの腕を根元から粉砕していた。
「い!?」
其の光景に驚いたのはメルラーナだけでは無かった。
周りに居た冒険者達はザワザワ、と何かを語り合っている、今は其の内容を気にしている暇が無かったので、メルラーナは眼の前のモンスターに集中する事にした。
凄い威力だ、私の遠当てとは比べ物にならない、反動も凄いけど。
でも確か、連続で撃つ事が出来ないって言ってたっけ?空気を圧縮して撃っているから圧縮するまでの時間が必要とか何とか…。
左の一発は余りの反動で氷を乗せる暇が無かったから、右の一発は留めまで置いておこう。
其れよりも、腕が再生するまでに距離を縮めて懐に入り込む!氷の膜を張って視界が悪くなっても懐にさえ入っていれば!
兎に角!脳を凍らせれば倒せる筈!
其のメルラーナの判断は
「な、何なんだ?あの少女は?」
「あんな化け物と、1人で戦っている。」
赤く燃え盛る炎の中で、氷と水を使い分けてモンスターの攻撃を捌く其の姿に目を奪われている冒険者達、シグも其の1人であった。
其の戦いは、まるで芸術品を見ているかの様だった、赤く光る炎を、氷が反射し、周囲を更に明るくし、蒸発した水蒸気が怪しく揺らめいている。
其の中で蠢く化け物に対して、美しく舞う少女の姿に…。
「あの娘は…、天使?…か?………いっ!?」
シグが呟いた瞬間、足に痛みが走る、足下を見ると、誰かの足に踏まれていた。
咄嗟に踏んでいる人物に目をやり。
「何するん…!?」
文句を言おうとしたが、其処に居たのは自身の上官であるマオであった。
「フン!」
と、マオは何やら膨れっ面でそっぽを向いている。
「えええ!?お、俺何かしたか!?」
オロオロしだすシグ、そんなやり取りをしている間に。
「熱い!けど!」
メルラーナは魔物の懐に入り込んでいた、自身の周囲に水の膜を張り熱をある程度遮断しているとはいえ、熱いものは熱い。
しかし熱いからといって躊躇している暇は無かった、このまま何もしなければ焼死しかねない、メルラーナは右腕を魔物の顎に向かって振り上げ、手の平を向けた。
そして…。
ズドン!
再びあの音がした。
音のした方を見ると、先程まで脅威と思われていたモンスターが塵となって消滅していく姿が見え、其の中心にあの少女が立っていた。
「倒した…のか?」
「あの化け物を?」
「あの娘、何者だ?」
「す、凄ぇ。」
「やった?」
「う…うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
町の中で、歓喜の声が響き渡る。
少女は其の声に身体をビクッ、とさせて驚いていた。
そんな歓喜の声も、つかの間の事であった。




