30話 壁
ギルド会館へ入ると大分夜も更けているのに中は活気に溢れ返っていた、其れが冒険者ギルドだからなのか、此の都市がそう云うものなのかは解らないが、少なくとも隣に面している労働者ギルドは灯りも消えて静まり返っていたのに。
「…見ない顔だな?こんな時間に何の様だい?嬢ちゃん。」
メルラーナの姿を見た冒険者の男が声を掛けて来る。
「えっと、此の子を保護して貰いたくて。」
男の言葉に素直に答えると、男はリゼを凝視し出した、当然乍ら怯えてメルラーナにしがみ付く。
「あ?」
「おいおい、怖がらせてんじゃねぇよ!」
リゼを怯えさせた男に対して周りから野次が飛び交う。
「う、煩ぇ!」
「はいはい、強面のオジサンは下がっててくれる?」
そう言って男を退かせて割り込んで来たのは女性だったが、冒険者風の恰好はしていなかった、受付の人だろうか?
「怖がらせて御免ね?詳しい事情を聞かせて貰えるかな?」
女性の言葉に頷き、テントの中での出来事を粗方話し終える。
「成程、彼等に任せた依頼に間違い無い様ね、にしても…。」
女性はメルラーナに聞いた内容から状況を考えている。
「何処かの偉い人に魔人の娘、其れに怯える獣達…か、此れはギルドマスターに相談した方が良さそうな案件ね。」
女性はメルラーナとリゼに安全な部屋と2人の護衛を付けてギルドマスターの元へ報告に行った、部屋に案内されたメルラーナとリゼは、疲れていたのか直ぐに眠りに就いてしまう。
翌朝。
一つの部屋に案内されたメルラーナはギルドマスターと面会をしていた、頬に大きな傷が有り、体格も良く、歴戦の戦士の言われても疑問に思わない様な40~50代位の男性だった、昨夜見たと云う偉い人と思われる人物の特徴を詳しく説明する様に促される、一緒に居た冒険者達が居れば其の人物が誰か直ぐに解ったのだろうが、二人は戻って来ていないらしい、其れがどう云う事なのか悟ったメルラーナは覚えている限りの情報を開示すると。
「………ふぅ。」
ギルドマスターは大きな溜息を付いて。
「実際に見た訳ではないから断言する訳では無いが。」
と前置きをして。
「恐らく其の男は、トムスラル国の三大諸侯の一人だろうな。」
「………え?」
突然出て来た母国にメルラーナは理解が追い付かなかった。
「あ、あの、どうしてトムスラル国の人だと解るんですか?」
私の話した情報だけで何処の誰かなんて特定する事等出来るとは到底思えない。
「…ふむ?君が疑問に思うのも無理は無いな、いや済まない、実は前もってある程度の情報は得ていたのだよ、其の情報と君から開示して貰った情報を照らし合わせただけの事さ。」
事前に其の人が入国する事を知っていた、と云う事なのだろうか?
「兎に角だ、其の男がどう云う理由で何を考えているのか等はソイツの国の問題であって我々が関与する事では無い、其れよりも問題視しなければならないのは、件の魔神の子供を何処から攫って来たか、と云う事と其のクソッたれな取引が此の都市で行われ様としていたと云う事だ、…事と次第によっては此の都市の住人が命の危険に晒される可能性も出て来かねない、メルラーナさん…だったか、どうだろう?件の子供に話を聞く事は可能だろうか?」
それはつまり、私にリゼから情報を聞き出せ、と云う事だろうか?確かに懐いてくれてはいる様子は伺えるけど、話が聞けるかどうかは別問題だ、只でさえ怖い目に合ったばかりなのに問い詰める様な真似はしたくない、とは言え母国の偉い人が何故こんな行動を起こしたのかも気に成る。
「…解りました、聞くだけは聞いてみます、でも話してくれる保障は無いので期待はしないで下さいね、無理矢理言わせる様な事はしませんし、絶対にさせませんよ?」
それで構わないよ、とギルドマスターが頷いた。
部屋に戻り扉を開けて中に入る。
「リゼ?」
中ではリゼが部屋の片隅で縮こまり震えていた、入って来たメルラーナに一瞬怯えた表情をしたが、顔を見ると突然。
「めるらーな!!」
名前を呼ばれて物凄い勢いで体当たりされた。
「ぐほっ!…リ、リゼ?」
「ヒック、ヒック。」
体当たりされた場所の丁度お腹の部分で一瞬吐きそうに成ってしまった、が直ぐに抑え込んでリゼを見る、泣いていた、リゼを強く抱きしめて頭を優しく撫でる。
「大丈夫、居なくなったりしないから、ね、大丈夫。」
暫くすると泣きつかれたのか眠ってしまった。
仕方がないので冒険者の人に頼んで昨晩泊まろうとしていた宿から持って来て貰っていた自分の荷物の整理をする事にした。
其の日の昼頃。
此処の冒険者ギルドの地下には冒険者達が食事をする場所がある、食堂と呼べば解り易いかもしれない、ほとんどの冒険者達は其処で食事や酒を飲み食いする、メルラーナとリゼは其処で昼食を取っていた。
「ねぇ、リゼ?」
「?」
リゼは何?と云う様な表情で首を傾げてメルラーナを見つめて来る。
「リゼはどう云う所に住んでいたの?」
「すんでたところ?」
「あ、言いにくかったら無理に言わなくてもいいよ?」
「…んー、おおきなきがいっぱいあるところなの、きのうえにはおうちがあってね、あ、おうちもいっぱいあるの、きのしたにはおみずがあってね、おうちにはいるのにおふねにのらなきゃいけないの。」
…えっと、つまり池か湖か、もしくは川の中に木が生えていて、其処に家が建てられているって事?豪く変わった所に家を建てて住んでるんだな、木が一杯あるって事は森?でも水の上だから、湿地帯か何かなのかな?湿地帯の森…か、家も一杯有るって事は多分集落なんだろう、そんな村が有るのか。
「あとね、おうちのまどからのぞくとね、ずっとずっととおくにね、ものすごくおっきなかべがあるの。」
「かべ?」
壁?湿地帯の森の中に壁?何で?
「うん、みぎをみてももひだりをみてもぜんぜんはしっこがみえないの、うえもみえないの、いっかいね、やねにのぼってみてみたの、でもはしっこはみえなかったの、それでね、くびがものすごくいたくなったの。」
左右も上も肉眼で見える範囲では端が見えない位大きな壁が有ると云う事か、壁って事は何かを塞いでいるんだよね?魔人が住んで居る土地だから壁で塞いだ?つまり其の壁の向こうは私達の住む大地って事?…でも其れって本当に壁なのかな?そんな巨大な建造物、建てるだけでも莫大な費用と時間が掛ると思うんだけど、魔人を脅威に感じていたとしてもそんな巨大な壁を態々建てるかな?よく解らないな、いや、魔人の事をよく知らないから解らないんだろうけど、でも此の子を見てると普通の子供にしか見えない。
………
……
…
貿易都市エバダフ・冒険者ギルド本部の一室、部屋の中央に円形のテーブルが置かれており、其れを囲む様に5人の男女が椅子に腰を掛けている。
「まず最初に残念な知らせがある、件の偵察に向かわせた二人だが。」
一人の男が口を開く、ギルドマスターだ、彼は一呼吸置いた後、とても言い辛そうに。
「帰って来ない、連絡が取れない。」
周りに居た男女はギルドマスターの言葉に騒ぎ出す。
「捕らえられたか、若しくは殺されたか、何方にせよ我々を敵に回しても問題無いと判断された訳ですね?」
ギルドマスターの向かいに座っていた緑色の髪に特徴的な眼鏡を掛けた30代位の優男が丁寧な口調で、しかし抑え付けた怒りを少しだけ言葉に乗せて語る。男の名はガノフォーレ、ギルドマスターの次にエバダフの冒険者ギルドの権限を持っているサブマスターである。
「魔人の子供を攫って来た様な連中だ、腕の達連中でも雇っているのか、組んでいるのか、其れとも元から連るんでいた者同士なのか、送り込んだ二人の次席は何?」
ガノフォーレの左隣に座っていた40前後の茶髪の女性がギルドマスターの左隣に座っていた女性に尋ねる。尋ねた女性の名はスルト、ギルドの作戦参謀だ。
「は、はい!えっと、二人共6次席です、一人はソルジャーでもう一人はサバイバーです。」
そう答えた女性は20代半ば位、名前はケアリー、受付や事務処理を統括している事務長を務めている。
「ふぅん、別に人選ミスって訳でも無さそうね。」
スルトは頭の中で其の人選での適切な行動予測を組み立てて状況分析をしている様だ。
「チッ、貴重な6次席を二人も失ったのか。」
そう語ったのは30代後半位の男、戦技教官のアンバー。
「まだ死んだと決まった訳では。」
「誰も死んだとは言って無いぞ?」
「そう云ったやり取りは後にしてくれ。」
ギルドマスターに注意され二人は黙る。
「次の話に行こうか、協力者が保護対象から得た情報だが。」
「目視で視認出来ない程の巨大な壁が有る湿地帯の様な森、…ですか?そんな場所、見た事も聞いた事も無いですね。」
ガノフォーレが呟く。
「ボロテア国内と周辺国の魔人の住む土地を調べてみましたが、該当する場所は見つかりませんでした。」
「子供の話だろう?何処まで真実か解らん、信憑性に欠けるな。」
「保護対象が虚言をしているとでも言いたいの?」
「そうは言わん、だが子供の目線から見て巨大に見えただけかも知れないだろう?と云う話だ。、それも大事な話だろうが、二人が受けていた依頼の内容はどう云ったモノだったんだ?」
アンバーに任務内容を教える様に促されたケアリーは。
「え?でも今は保護対象の話では?」
「ケアリー、其の任務内容が保護対象と関係有るモノだとしたら、いえ、必ず関係性は有る筈よ、話を別々に分けてはいけない。貴女の言いたい事は解る、依頼の内容を第三者に開示するのはギルドのルールに反するものだから、でも私達の状況は今、全てに置いて後手に回っているわ、保護対象から得た情報で進展すれば良かったのだけど、残念乍ら湿地帯に巨大な壁だけでは何も掴めていないのと同じ、だからお願いケアリー、私達に依頼内容を開示して。」
スルトがアンバーとケアリーの間に入り、情報を得る為にケアリーを説得し出した。
ケアリーはギルドマスターを見る、彼は顎を引き頷いた。
「…分かり、…ました。」
ケアリーはテーブルの下から大量の書類を取り出し、テーブルの上に置き、其の中からテントへ向かった二人の冒険者が受けた依頼書を取り出し、テーブルの中央に置いた、ギルドマスターとケアリーの覗く3人が其の依頼書を覗き込む様に確認する。
【依頼内容は単刀直入に伝えた方が宜しいかね?ではよく聞くが良い。
我が娘が攫われた。
愚かで、卑劣で、汚らわしい、下種共の貴様等人間にだ、攫った者は何者かは解っている、下劣な武器商人共だ、奴等が娘を攫って行った理由も解る、我々魔人の力が有れば、魔獣やモンスターを従える事も可能だろう、あの下等な商人共は其れを何処かの勢力に売るつもりなのだろう。
本当、腸が煮えくり返る様だよ、本来で有れば我々が自ら取り戻しに向かうのだが、残念乍らシルヴィアナの末裔との契約の所為で手出しが出来ないでいる、彼女の感謝するのだな。
この程度の都市一つ、我が力が有れば一瞬で消し炭に出来るぞ?
娘はまだ力を自分で抑える事が出来ない、近辺では野獣共が恐怖で奇怪な行動をする現象が起きている事だろう、其処に我が娘が居る筈だ。
さっさと取り返して来給え、さもなくば例え彼女との契約が有ろうと、我は此の街を地獄の業火で埋め尽くしてくれよう。
もし娘を救出する事が出来たなら、我が自ら迎えに行かせて頂く、決して邪魔をする事の無い様にお願いするよ。
そうそう、資金はちゃんとお支払いさせて貰おう、此れは正当な対価だ。
其れでは期待せずに待たせて貰うとしよう。】
「な!?何ですか此れは!?此れでは只の脅迫状だ!其れに迎えに来ると書いてある!知っていたのですか!?」
ガノフォーレが両手でテーブルを叩いて立ち上がり、ギルドマスターを問い詰める。
「無論だ、こんな依頼書を俺が見ない訳にもいかないだろう?少し落ち着け、…と云う訳にも行かないか、大丈夫だ、シルヴィアナの末裔と云う事なら恐らくリースロート王家の者だろう、100%では無いが其れでも我々に被害を及ぼす様な行動は起こさない筈だ、保護対象の安全は確保しているし、既に詳しい事は伏せているがギルド関係者全てに下手に手を出さない様に伝令してある、お前達にも届いているだろう?」
言われて依頼書を確認していた3人は、「確かに。」と頷く。
「問題は何時迎えに来るかと云う事だ、何時来るかが解らなかったので此方から探して返しに行った方が良いのではないかと思ってな、其れで場所の特定をして貰った訳だ。」
そう云う事情ならば仕方が無い、と言って渋々席に着き、会議を再開させた。
其の頃、別室ではリゼが窓の外を覗いていた、此の部屋は保護対象であるリゼを安全に守る為に必要な部屋だ、窓は中から外を見る事は出来るが外から中を見る事は出来なく成っていて部屋自体にも魔法陣による結界が張り巡らされている、扉の外には護衛の冒険者が3人、中で何かが起きれば即座に対処出来る状態に成っていた。
「え?太陽を見た事が無いの?」
「うん、こんなあかるいのはじめてだよ。」
メルラーナの問いに答えるリゼ。
「うえはね、まっくろなんだ、なんにもみえないの。」
どう云う事だろう?高くて広い壁に真っ黒な空、日の光が届かない場所?でも太陽の光を浴びなくて木が育つものなのかな?そう云う種類の木が有るって事?
「灯りはどうしているの?真っ暗な状態で生活してる訳じゃ無いよね?」
「あかり?…んっとね?おみずがひかってるよ?あおくひかってるの、それでね?かべもあおくみえるんだっていってたよ?」
「言ってた?誰が言ってたの?」
「…おとーさん。」
少し間が空いて答えると同時に哀しい表情をするリゼ。
「!?そっか、お父さんに、…リゼ、早くお家に帰らせてあげるからね?」
「ほんと?」
メルラーナの言葉に暗かった表情がパッと明るく成る、其れを見て子供って喜怒哀楽が激しいな、等と思ってしまった。
「うん!約束!」
「やくそく!」
リゼは満面の笑みを浮かべてメルラーナに抱き着いた。
メルラーナは部屋の扉を開けて護衛の冒険者に話掛ける。
「あの?ギルドマスターにお話ししたい事があるんですけど、出来ればリゼも一緒に。」
護衛の冒険者達は互いに顔を合わせて少し考え込むと、其の内の一人が。
「解った、掛け合ってみるから部屋の中で待っててくれるかい?」
と言われ、頷いて扉を閉めた。
光る水、これはかなりの情報かも、其れと其の光に照らされた壁、光の強さがどれ位なのかは解らないけど、きっと壁の天辺まで照らす事が出来ないんだ、だから何処まで高いのか確認出来ないのだとしたら、思った以上に高く無いのかも知れない、其れに真っ暗な空、抑々リゼは空って云う単語を一度も使っていなかった、つまり空じゃないって事じゃ?
其の時、扉を叩く音が聞こえた。
扉が開き、ギルドマスターと4人の男女が入って来た、見た事が無い人達だったが、ギルドマスターが連れて来た人達だ、多分心配は無いと思うが、リゼが怖がってメルラーナの後ろに隠れてしまった。
「あ、す、すまない、怖がらせるつもりは無かったんだが、我々は部屋の隅に居るとしよう、此の部屋は結界が張られているから外に音が漏れる事は無い。
え?それじゃあ何かあった時、外の冒険者達は気付かないのでは?と思ったが、どうやら部屋の中で異常が起きた時は結界が反応して外の人達に解る様になっているらしい、結界が壊されれば猶更解るとの事だった。更に外の音は中に普通に聞こえるとの事だ。
「さて、メルラーナ君、新たな情報を得る事が出来たと報告を受けたので部屋まで来させて貰ったのだが、聞かせて貰えるかな?」
部屋の隅から本題を語り始めるギルドマスター、其の言葉に頷くと、リゼから得た情報と自身の考えを合わせて伝えてみる。
「は、はい、もしかしたらなんですけど、地下にそう云う場所は無いですか?地下なら天井が暗ければ壁も巨大に見えると思うんです、広い地下って云うのは少し突拍子が無いとは思うんですけど。」
メルラーナの言葉に其の場に居た全員が驚いた表情をしていた。
「地下!?成程、地下か、其れは見落としていたな。」
ギルドマスターが呟くと其の言葉に反応したスルトが。
「一つ、該当する場所が有るわね。」
「常闇の森か!?」
ガノフォーレが思わず叫ぶ、当然乍らリゼは吃驚してメルラーナにしがみ付き、離れる事が無く成ってしまった。
「しかしあそこは完全にギルドの管轄外だ、下手に侵入する事など出来ないぞ?」
アンバーの言葉に沈黙する4人。
管轄とか有るのか、冒険者は自由人みたいな事を良く耳にするけど、色々と柵があるんだなぁ。
と思い、冒険者の特徴的なモノを利用した提案を出してみる。
「其れならこう云うのはどうですか?私がリゼを連れて其の森に向かいます、リゼを家に帰す約束をしましたし、だから其の護衛として私が皆さんを雇えば問題無く入れるのでは?」