27話 貿易都市エバダフ
クロムウェルハイド工房を出発してから1月、メルラーナは貿易都市エバダフの街中で、一人で孤独に彷徨っていた。
「何よ此の街!広すぎる!」
出発前にデューテ御爺ちゃんに言われてリースロート語が通じるからと、麓の村から一週間で辿り着いた町で本を購入し、一月の間に大分流暢に話せるように成った、ボロテア国はリースロート語が話せる人が多い御蔭で此処まで何事も無く来れたんだけど、此の街が…いや、都市かな?広すぎて何処へ行けば良いのか解らなくなってしまった、母国の首都よりも広いんじゃなかろうか。
広大な土地を所有するボロテアは王国では無い、其の為、通常ならば広い土地でも領地分けをし、各其々の領地に代表である領主を立てて統治して貰う事で成り立っているのだが、領主に成れる人物は大抵貴族だったりする、王国では無いボロテアには貴族制度等が有る筈も無く、領地を州とし、自治州として其々の州で、民主制度を設け民衆からの支持を得て領主の代わりとなる州知事を立てて土地の運用を任せている所謂、合衆国家と云う制度を設けた国である。
此処、貿易都市エバダフはシルスファーナ大陸の中で3本の指に入る程の大きな都市で大陸中のあらゆる物が此処に集まり、此処から運ばれる、エバダフで商売をする事を夢に見ている商人は多い、都市に入ると幹線道路には商業施設が並び、何処の道を通っても必ずといっていい程何かしらの店が立ち並んでいる。
各其々の店にはよく目にする様な物も有るが見た事も無い物が大半を占めており、特に目を引いたのが見た事も聞いた事も無い珍しい物が置かれた店だ、そんな目移りばかりする品々に目的地を忘れ、よそ見ばかりしていたら道に迷ってしまったのだ、自業自得である。
どうしよう、誰かに道を尋ねてみるか、お金とか要求されたりしないだろうか、等と考えてしまう、此の街に辿り着くまでに、変わった輩の様な人達に何度も出会って来た、彼等は何かしらの疚しい事を考えて近付いて来るのだ、幸いメルラーナは一人で生活している事が多かった為か、周りの大人達から怪しい奴には気を付けろとか、近付いて来る奴には警戒しろ等と教え込まれてきたので警戒心は人一倍強く、多少のイザコザはあったが無事に此処まで来られた、此の都市の治安がいいのか悪いのかは正直解らない、一応警戒は怠らず道を尋ねる事にした。
「え?馬車?リースロート領へ行きたい?…うーん、今は無理じゃねぇかなぁ?…何でってそりゃ、急遽3日後に他国のお偉いさん達が来る事に成って道が封鎖されたからなぁ、商人以外の出入りが禁止されてるのさ、へ?今朝此処に着いた時には普通に通れた?そりゃそうだろうよ、さっきも言ったが急遽決まったらしいんだ、封鎖されたのはついさっきって訳だ、にしても、一般の人達が出入り出来ないとなると俺達にも多少の影響が出るからなぁ、簡便して欲しいよ。」
無駄遣いとは解ってはいたが、道を尋ねたかったので露店で売っていた小麦粉で作られたっぽい棒状の御菓子を購入し、お金を払う際に店員に訪ねた所、そんな話を聞いてしまったのだ。
何だ其れは?此れだから偉い人は困る、此方の都合等お構い無しで平気で行動する、とばっちりを食らうのは此方の方なのだ、本当、止めて欲しい。
「ん?どれ位の期間封鎖されるのか?さあな、一応の予定では1週間と云う話だが、多分伸びるだろうなぁ、2週間は見といた方がいいんじゃないか?」
はい、足止め確定、何?急遽偉い人が来るからって封鎖されるのか?滅茶苦茶にも程がある、想像しただけで腹が立ってくるが、今は抑えよう、長ければ2週間も見知らぬ土地で足止めを食らうのだ、其の間、どうする冪か考えなければならない、今はお昼時か、何処かの店で食事を取り乍ら今後の事を考えよう。
え?さっき御菓子買ってたじゃないかって?
………それは、まぁ、別腹?って事で。
メルラーナは適当な食事の出来る店に入る、店員にカウンターへ案内され、丸椅子に腰を掛ける、メニューから軽めのものを選ぶと、ほんの数分で出て来た、早いなー、等と感心するも、カウンターに並べられた軽い食事を取り乍らどう動くか考える。
(ルートの確認を最優先だよね?出来るだけ安くで運んで貰える所を探そう、エアルから渡されたお父さんが貯めていたと云う私のお金らしい、其のお金にはまだ手を付けていないけど、自分の持ってきたお金はそろそろ底を尽き掛けてる、…そう云えば中見て無かったな、今見てみるか。)
お金の入った財布袋の口を開け、中を覗き込む、覗いた次の瞬間、財布袋の口を閉じてしまった。
(…今、何か見えたぞ?金色の大きなヤツが何枚も…。)
恐る恐るもう一度口を開き中を見る、其処には黄金に輝く直系2センチ程の大きさのコインが視認だけでは数え切れない程入っていた。
(いやいやいやいや、此れは無い、此れは無いぞー、エアル、いやお父さんか?いやいや、そんな事どうでもいいです、これ何?)
もう一度口を閉じる、全身から冷や汗が流れ出すのを感じた。
(ああ、そうだ、小さいヤツと見間違えたんだ、そっかー、成程―、小さくても大金なのには変わらないけどねー、あはははは!)
深呼吸をして心を落ち着かせ、意を決して再び財布袋の口を開く。
(………小さいヤツじゃ無かった。)
落ち込むメルラーナ、そう、中に入っていたお金は大金貨だったのだ、其れが数十枚、財布袋の中に入っていた。
(おおおおおっ!?私はこんな大金を持ち歩いていたのか!?あの親父―!?娘に何て物を持たせるんだ!?)
カウンターの上に肘を付けて悶絶する。
(………よし、此れは見なかった事にしよう。)
現実逃避してしまった。
と、兎に角今はルートの確認をしよう、後は宿を探さないと、出来るだけ安い所にしないとお金が心配だ、流石にお金が無くなるのは此れから先困ってしまう、足止めを食らっている間に仕事を探して路銀を稼がなきゃ、早速行動を開始しよう。
ルート兼移動手段は思ってた以上に早く見つかった、昼食を取った所で店員さんに話を聞いた所、どうやら列車があるそうだ、リースロートまでの距離は遠くなるものの、安全で到着できるとか、飛行船も出ている様だが此処からでも費用は高いとの事、但し何方も今は一般人は通行出来ないらしい、朗報ではあったがやはり1~2週間は此処に滞在するしか無さそうだ、今日は此のまま宿を探して休もう、明日はエバダフの労働者ギルドへ行って登録をしないと。
翌日。
早朝から労働者ギルドを探し始める、朝早いと云うのに街の喧騒は昨日と左程変わらなかった、変わったと云えば、軍人さんっぽい人の姿がちらほらと見られる位か。
労働者ギルド自体は直ぐに見つかった、だが見つかったギルドは支部らしく、登録は此処では行っていないとの事だった、仕方なく本部の場所を聞き、向かおうとしたのだが、かなり遠い上に道に迷いに迷ってしまった、其の為、本部に辿り着いた頃には既に日が暮れていた、流石に今日は此の辺りで宿を探して明日改めて訪れよう。
翌朝、街の様子は一変していた、相変わらずの喧騒ではあったが、多くの軍人が街中を警邏していた。
「何か凄い物々しいなぁ。」
軍人達を横目に目的の労働者ギルドの本部へと向かい、中に入る、カノアの町より遥かに大きな建物ではあったが、中の雰囲気は変わらなかったが。
「人が少ない?」
周りを見渡すと数え切れる程の人しか居なかった、受付を見つけ、女性に尋ねる。
「あの、おはようございます、登録をしに来たんですけど、此処は何時もこんなに人が少ないんですか?」
「はい、おはよう御座います、リースロート語と云う事は、貴女は此の国の人では無いのね?何時もはもっと賑わっているわ、急遽来る事に成ったとか云うお偉いさんの所為でね、仕事の依頼が一気に減ってしまったのよ、ホント迷惑な話だわ、自分の都合ばかりで他人の事を一切考えずに行動してくれるから、此方は大変よ、全く。」
受付の女性は言いたい文句を言うだけ言って最後に大きく溜息を付く。
ああ、此処でもとばっちりを受けているのか。
「あ、御免なさいね、こんな事、貴女に言っても仕方が無いのに。」
「いいえ、私も旅の途中で此処に立ち寄ったんですけど、足止め食らっちゃって、此処に滞在している間だけでもお金を稼ごうかと思って、路銀も底を尽き掛けてたから仕事を探しに来たんですけど。」
「そう、貴女も被害者なのね、御免なさい、今日はもう仕事が無くなってしまったの、登録だけでもしておく?」
やはり仕事が無いのか、建物に入ってきた時に感じた人の少なさが既に物語っていたのに薄々感ずいては居たのだが。メルラーナは少し考え込み、登録だけはしておこうと決めた。
「はい、此れで登録完了です、何時もなら今から仕事を選べるのだけど。」
受付の女性はメルラーナの全身を上から下まで舐め回す様に見つめる。
「?」
「貴女、強そうね、冒険者ギルドなら仕事は有るかもしれないけど。」
「あ、私、冒険者に成るつもりは無いんです。」
何が言いたいのか納得した上で断っておいた。
いやあ、本格的に厳しい事になって来た、仕事まで無いとは、何もしないのは性に合わない、無駄なのは解っていたけど、念の為に駅と門の確認をしに行くかな?少しは何かの情報を得られるかもしれないし。
結果、無駄足に終わってしまった、門は厳重な警備の元に完全に一部の人間しか出入り出来ない状態だった。
淡い希望を抱き乍ら駅へと向かってみる、都市内移動用列車は稼働している様だ、此は此で移動が楽に為るかも、とはいえ流石に移動の度に使うとなるとお金の問題が出て来る訳で。
都市間移動用の方は貨物列車しか動いていないらしく、都市内で商いを行っている商人しか乗る事が出来ないと言われた。
一応空港にも出向いてみたが結果は同じだった。
気が付けばエバダフに到着してから丸3日を無駄に過してしまった。