24話 邂逅
通常であれば、メルラーナは構えていた盾事、背中の瓦礫の山に押しつぶされていただろう、そう、通常であれば。
「………?」
そっと瞑っていた目を開けると、盾の周りに水の膜が張っていた。
「え?フォルちゃん?」
ガウ=フォルネスが盾を覆いトロルの攻撃を防いだのだ、其れ所かトロルの右腕から先、持っていた棍棒毎無く成っており、肘から大量の血が噴き出していた。
「ゴアアアッ!!」
別の形へと再生された頭部にも口は有る様で、トロルが右腕を左手で掴み、苦しんでいる?再生能力が高い為か、元々痛覚が大分鈍いのだ、更に霧の力が加わり、既に痛みは感じては居ないのだが、何かをしようとして居るのだろうか?
「…、フォルちゃんがやったの?」
失った腕が辺りに落ちて居ない所をみると斬り落とした訳では無さそうだ、消失…と言っていいのか、文字通り失ったのだ、こんな能力があったのか?それ以前に何時攻撃したのだろうか?そもそも攻撃なのだろうか?ガウ=フォルネスが起こした余りにも未知数の力に混乱するメルラーナ、何より体中に駆け巡っていた激痛が薄らいでいた。
「…何が、…起きてるの?」
理解が完全に置いて行かれた状態で、痛みがあった筈の腹部を触れ乍らトロルの動きを警戒する、別のモノと化した頭部から、既にソレをトロルと呼んでもいいのかどうか解らなく成っている。
「オオオッ!!」
右腕に意識を集中させている、消えた腕の痕から何かが蠢き始めた。
「うえ、気持ち悪い。」
蠢き始めたソレは、次第に膨張し、やがて傷跡から腕では無い何かが生えて来た、触手?と呼んでもいいのか?とにかく生えて来たソレに、まるで愉悦に浸る様な仕草をし、準備が出来たと言わんばかりにメルラーナに向かって再び突進して来た。
受け止めればもう一度消し去る事が出来るかも、と考えてはみたが、あの力の発動条件もどういった能力なのかも解らない現状、受けるより躱す事を選んだ、無意識だった、盾と小剣が目の前に落ちていたが、小剣では無く縦を拾ったのだ、盾を持ち上げて感覚が鈍っている身体に鞭を打つ様に無理矢理動かす、すると。
「いっ!?」
腹部に再び痛みが走る、但し食らった直後の様な痛みでは無く、大分和らいだ痛みだった為、何とか堪えて動き、突進を回避する事が出来た。
ドンッ!!
強い衝撃がぶつかり崩れ落ちていた瓦礫の山が飛び散る、残念乍ら其の衝撃でも通路の向こう側へ抜く事は出来なかった、それよりも痛みだ、どうやら治った訳では無い様だった。
(治す力じゃ無いんだ?痛みを和らげる能力?痛みで動けないと命に危険が及ぶから?…此れもフォルちゃんの力なの?…あれ?ちょっと待って?何で蹴られる前に防いでくれなかったのだろう?そもそもあの蹴りを防御していれば此の痛みも動けなく成る事も無かったのでは?其れ所か何で今まで出てこなかったんだ?よく解らないけどでも、助けてくれたし今は其れで良しとしよう。)
そんな事を考えていると、トロルの次の攻撃が飛んで来た、触手の様に成った腕がメルラーナに向かって伸びて来たのだ、もう動ける力は殆ど残っては居なかった、咄嗟に持っていた盾で防ぐと。
…
衝撃は無かった、騒音も無い、訳も解らず盾の向こうを覗き込むと、何も無かった、触手が盾の前で消滅したのだ。
「!?」
受けた時の衝撃はやはり感じられない、ガウ=フォルネスの何かの能力の様だが、考えて居る暇は無かった、触手は腕から次々と再生されて伸び続けて襲って来る、そして盾の前までたどり着くと消失するのだが、そんな事は気にもせずトロルは段々と近付いて来た。メルラーナも意を決して前に出ようとする、が、突然腕に衝撃を受ける。
「いっつ!」
限界が来ていた為か全身に痛みが走る、何とか其の痛みに耐えてその場に留まると、再び衝撃が消えた、どう云う事?止まって居れば何ともない、じゃあ近付こうとしたら衝撃が発生したって事?
「…?何で?これじゃ動けないじゃない?」
トロルは此方に向かって近付いて来ている、既に手の届く距離まで来ていた、更に近付いて来る、メルラーナは思わず目を瞑ってしまった、が、数秒、数十秒、何も起きる事は無かった、いや、実際には起きていた、静かに只々静かに、メルラーナが目を開けると、其処にはもうトロルの姿は無かった。
「え!?…しょ、消滅?したの?ま、まさか、あのまま近付いて来て?そのまま消えた?」
盾を見る、が、もう水の膜は消えていた、茫然と立ち尽くし乍ら。
「本当、意味が解らない、…フォルちゃん、君って本当に何者なの?」
尋ねてみてもガウ=フォルネスは答えてくれない、其の時、急に腹部の痛みが戻って来た。
「うっ!つ!!げほっ!ごほっ!」
痛みで意識が遠のいていく。
「ああ、私、ひょっとして死んじゃうのかな?…嫌だな、エアルと…約…束……した…のに、ま…だ、し…に…たく………な。」
ドサッ、崩れる様に地面に倒れ込み、余りの激痛と極度の疲労によってメルラーナは気を失った。
………
……
…
「ああ、どうやら彼女が戦った相手も欠片のモンスターだった様だ、数値が高い。」
銀髪の青年が右手に何かの測定をする為の装置、左手に無線機を持って誰かと話している。
ガガッ。
無線機から通信時に発生する雑音が流れ…。
『其れで?当のモンスターはどんな奴だったんだい?』
無線機から声が返って来た、返って来た返事の声はまるで少年の様な話し方で銀髪の青年に問い掛ける。
「見たのは一瞬だったから断定は出来ないけどな、体格からして多分オーガかトロルかだな。」
ガガッ。
『そうか、消滅したって言ってたよな?』
「そう見えたってだけだ、まるで盾の中に吸い込まれる様に消えて行ったぜ?ありゃあ此の娘の力なのか?其れとも、………神器の力なのか?」
青年の前には長い黒髪の少女が倒れていた、気絶している様だ。
ガガッ。
『僕は見て居ないから結論付ける事は出来ないよ。』
「又もったいぶりやがって。」
ガガッ。
『確証が無い事をべらべらと語る程、僕は無責任な事をする気は無いよ、結論って奴は仮設を立てて理論を組み上げ無数に生まれて来る可能性を論証し、其の中から確実性の高いものを立証して行く事で初めて実証されて結論に至るんだ。』
「あー、うん、言ってる事が全く解らん、って事が良く解った。」
小難しい言葉を並べられても何の事かさっぱりだ。
ガガッ。
『其れは良かった。』
(いいのかよ、それで。)
心の中で呟く青年。
ガガッ。
『確証の無い事を語るつもりは無いけど、実証された事の有る結論から言葉を借りて仮設を立てるとしたら、神器であれば欠片のモンスターを跡形も無く消し去る事位、出来ても何ら不思議ではないだろうね。』
「………そうか。」
此の男がそう言うだから間違いは無いのだろう、青年は少女を見つめ、膝を付いて座り込むと、少女の頬に優しくそっと手を触れる。
「こんな年端も行かない少女の中に、そんな事が出来る神器が宿ってるってのか?」
命に別状は無さそうだ、ほっと胸を撫で下ろし、周りの状況を把握する為に立ち上がろうとすると。
「手ぇ出したら犯罪だぞい、若いの。」
ラジアール語で髭面のドワーフの男が其の大きな顔面を近づけて威圧する様に話し掛けて来た、デューテが手配した案内人のドワーフだ。
「うお!?ち、近いよ、手なんか出さねぇって、英雄の娘何かに手出したりなんかしたら命が幾つ有っても足らないよ、てか犯罪じゃねぇし、俺まだ17だし。」
冗談だ、冗談、と言って笑い乍ら青年が立ちあがるのを待つ。
「此処も長くは持たないぞい、時期に崩れるかも知れんぞい。」
先程の地震の影響で何時崩壊してもおかしくない状況になっている。
「そうか。」
青年も何となく気付いているのか、妙に納得した様子で無線機に手を掛けた。
「テッド、今はラスティールを諦めよう、掘り返してる時間が無い。何より、此の娘の救出が最優先する冪だろ。」
『…へぇ?』
「…何だよ?」
ミスリルの大原石の中に埋もれているラスティールを手に入れるのが目的で此処まで来たのだが、地震と来る途中に出会った冒険者達の頼みで優先順位が変わってしまったのだ、とはいえ青年は冒険者では無い、分類で云えば傭兵、民の安全を最優先に動く冒険者、国を護る為に命を懸けて戦う騎士とは違い、傭兵は基本、金で雇われて戦争をする人種だ、悪い言い方をすれば戦争屋である、何方かと云えば盗賊ギルド寄りの存在だ。
騎士は戦争と云う舞台であれば無類の力を発揮するだろう、いわば対人のプロフェッショナルと云う冪か、勿論、退魔との戦闘にも長けてはいるが、其方はやはり冒険者には及ばない、冒険者の場合、国通しの戦争には一切関与せず、其の殆どが民に被害を齎す可能性の有るモンスターの討伐だからである、勿論、山賊や海賊等を相手にする事も有るがそう云う依頼は少ない為、人と戦う経験が少ない、恐らく対人では騎士には及ばないだろう、一部の覗いてだが、いわば退魔のプロフェッショナルだ、なら傭兵とは何なのだろう、金を貰えば戦争もする、が人助けもするのだ、当然モンスターも狩る、対人、退魔、両方に長けた存在が傭兵なのだ、しかし基本は金で動く存在でも有る。
ガガッ。
『アルフ、お前、………惚れたか?』
「ぶっ!?あ、阿保な事言ってんじゃねぇっ!!」
無線機の先に居る男の話は只の冗談であったし、今現時点で青年にそんな感情は無かった、寧ろ有るとすれば。
…
「…う、…ん。」
「ん?目を覚ましたか?」
…だ、誰?まだ目の前がぼんやりとぼやけている、はっきりと見え始め、見知らぬ男性の顔が飛び込んで来た、銀髪で緑の瞳をした若い青年だ。
「あ、貴方は?」
身体を起こそうとするがまだ動かせない、其れ所か青年の顔が近い、と云うか。
「すまないな、ソルアーノ語は余り喋れないんだ。」
「…?」
私と同じ、違う国から来た人なのかな?
(ああ、私、まだ大丈夫?みたい…だね、……良かった。)
身体の状態を自身の感覚で確かめる、まだ痛みが残っており身体が動かせないが、はて?移動しているのが解る、…何故?トロッコにでも乗っているのだろうか?にしてはそんなに揺れて居ない、いや上下に多少は揺れているのだが。
「………?な、何か、私浮いてる?」
結論から言うと、青年に抱っこされていた、しかもお姫様抱っこと云うヤツだ。
「…う!?うあああああああ!?!?!?」
「ちょ、おい、暴れるな!落ちる!」
抱っこされている事に気付いたメルラーナは恥ずかしくなって暴れる様とするが、余り動けない、其れ所か注意っぽい事を言われ、渋々大人しく成る。
(…うぅ、恥ずかしいよ~。)
チラッと上目遣いで青年を見ると。
「…!?」
トクン
何故か胸が高鳴る、まるで心臓が騒いでいる様な、訳も解らずメルラーナは頬を真っ赤に染めて俯く。
(え!?何!?此の感じ!?…初めての感覚だけど、何だろう、胸がドキドキして、熱い、ううん?温かい…のかな?温かくて、ちっとも嫌じゃ…な……い。)
しかし疲労と痛みがまだ残っている所為かメルラーナは再び眠ってしまった。
………
……
…
次に目を覚ました時は、心配そうな表情をしたデューテの顔が映る、後ろには冒険者達も居たが、あの青年の姿は無かった。