22話 ラスティールの鼓動
ミスリル鉱山の空洞に辿り着いたメルラーナ達は、入り口の物陰から気配を殺して中を覗いていた、空洞に中は中央に巨大な半透明の岩がまるで天井を支えるかの様に地面から伸び、繋がっていた。
其れと同じ岩が空洞内の辺り一面を覆っている。
半透明の岩の中に、一か所だけ黒い塊があった、其処には一時間程前に襲って来た大蜘蛛だ、先程の戦いの中で受けた筈の炎は既に消えており、冒険者達から受けた傷を糸で塞ぐ処置を行っている最中だった。
「炎が消えてる、どうやって消化したんだ?」
オールが大蜘蛛の状態を観察し乍ら呟く、其の直ぐ隣で。
「居たなぁ、蜘蛛ぉ。」
先程の恨みを思い出し、目を怪しく光らせて呟くメルラーナ。
「メ、メルラーナちゃん、一寸怖いよ?」
「ハッ!?」
背後からノアウィフに言われて正気を取り戻す。
「で、でもさっきみたいに逃げられたら。」
と、メルラーナは再び空洞内を覗くと。
「…、ほえー、綺麗な洞窟だねー。」
大蜘蛛では無く、空洞内の景色に目が映ってしまった。
蜘蛛しか見えてなかったのか、此の娘は。
中々、喜怒哀楽が激しい娘だな、其の場に居た全員がそう思ったと云う。
「まあ、少し落ち着いてくれ、メルラーナ、あと一寸前に出過ぎだから下がって欲しいんだけど。」
オールに言われ、渋々言われた所まで下がると。
「おかしいな、蜘蛛とは別の気配もした筈なんだけど。」
独り言の様に呟いていたが、その呟き声が聞こえていたのか、バルゴがオールの疑問に。
「此の鉱山なー、オークも住み着いてるからなー、そいつ等かもなー。」
と、声を潜めて話し掛けていた。
「それよりも早くあの蜘蛛仕留めよう?ね?ね?」
ショートソードを抜いてまるで餌を強請る子猫の様に訴えかけている。
可愛らしい表情をしているが、武器を持っている分、只の危険生物にしか見えなかった。
「う、いや、しかし。」
オールは自身が感じた気配を警戒しているのか、直ぐに決断出来ないで居ると。
「まあまあ、気配には注意するとしてさ、オークだったら楽勝だろうし、いいんじゃないかな?」
クルタスがオールの肩に手を置き説得した。
「オールが警戒するんだ、何が起こっても云い様に私等も警戒は解かない様にしとくよ。」
「ま、俺達四人揃えば出来ねぇ事なんざねぇさ、ガッハッハ。」
四人の冒険者達を見てメルラーナは思う。
信頼し合って居るんだな、と。
後々聞いた話だが、彼等は全員、第七次席のクラスだそうだ、クラスの事はよく知らないが、ジェフさんと同じランクの職らしく、ジェフさんの事は良く知って居るとの事で、恐らくジェフさんも自分達の事は知って居る筈だと言っていた。
ジェフさんって、有名人だったんだ。
一行は蜘蛛を討伐すべく、行動に移す、通路や穴がある場所を見える範囲で即座に確認し、其の付近に一人ずつ配置、其処から徐々に蜘蛛との距離を狭めて行く。
足を二本失い、身体に矢が刺さったままの状態だった蜘蛛を仕留めるのに、そう時間は掛らなかった、
クルタスとノアウィフが一本ずつ足を落とし、オールが六つあった目の内、四つを矢で射潰し、ゴルテスクが大剣で止めを刺した。
当然、メルラーナも参加しようとしていたのだが。
戦闘開始直後。
「よ~っし、行っくぞ~!?」
気合を入れるメルラーナ、ショートソードを構え、蜘蛛に切り掛ろうとしたその時。
キィィィン
「え?」
突然、メルラーナの耳に耳鳴りの様な何かの音が聞こえてきた。
「この音?」
前に出そうとした足を止め、咄嗟に音のした方を振り返って見てみるが、其処にはミスリルの原石でできた巨大な岩しか見えない。
「デューテ御爺ちゃんの所の部屋で聞いた音と同じ?」
あの時は音が一瞬だけ聞こえただけだったが、今は其の時に聞こえたのと同じ様な音が聞こえ続けていた。
「バルゴさん、此の音って。」
尋ね様としてバルゴの方を見るが、当の本人は蜘蛛と冒険者達の戦いに釘付けに成っていた様で。
「えー?メルラーナちゃんー、何か言ったかー?」
戦闘に夢中で気に成らないのか、それとも、そもそも聞こえてすらいないのか。
「…あ、ううん、何でも、無いです。」
蜘蛛への恨みなどすっかり忘れて、音の発生源が気に成り、ミスリルの岩の周りを見て回る。
「!?」
岩の中に何かを見つけた。
半透明な為か、岩は向こう側まで見える事が出来ず、寧ろ真っ白にみえた、其の真っ白な岩の中に、薄っすらと何かの影があった。
其れは、長細い様な影だ。
間違いなく、此処から音が聞こえて来る。
表面のミスリルの原石に触れてみるが、何も感じる事は無かった、只々其の奥に有る細長い影が、メルラーナの耳にだけ聞こえる音を発して居た。
「どうしたー?メルラーナちゃんー。」
バルゴが岩に手を触れているメルラーナに声を掛けて来る。
メルラーナはバルゴの方を見て。
「バルゴさん?此れ、何?」
「んー?」
聞かれたバルゴはメルラーナの触れている岩に近付き、手の触れていた箇所を見てみるが、只のミスリルの原石だった。
「んんー?何も無いぞー?」
「あ、其処じゃなくて、岩の中に有る細長い影。」
見ている所が違うと促し、奥の影を指差す。
「細長いー?あー?ひょっとしてー、ラスティールの事かー?」
バルゴはメルラーナが何を言おうとしているのかに気付いて、何かの名称を口にする。
「ラ、スティ?」
「ラスティールだぞー、親方がアダマンタイトから作り出したオリハルコンで打ったー、恐らくはー、此れまでの人類が生み出した道具の中でー、究極の兵器だぞー。」
「へ、兵、器!?」
咄嗟に岩から手を放すメルラーナ。
「ななな、何でそんな危ない物がこんな所に!?」
「んー?詳しくは聞いてないなー、でもー、此れはオイラの鍛冶師としての意見だけどなー、多分ミスリルの魔力を吸収させる為じゃないかなー?」
「ミ、ミスリルの魔力?」
ミスリルは只の金属ではない、其れ其の物が魔力を発して居る鉱物である、鍛冶師の中には魔力の伝達率は高いが、外部からしか魔力を吸収させるしかないオリハルコンや魔力其の物を受け付けないアダマンタイトよりも、ミスリルこそが最高の金属だと言う者も居る程である。
因みに今、メルラーナ達の目の前に山ほど有るミスリルだが、実はかなりの希少金属である、冒険者達も、手に入らない可能性の方が高いアダマンタイトよりもミスリルで作る装備品を最終目標にする者達の方が多い程だ。
「ガッハッハ!倒したぞい!」
後ろからゴルテスクの叫ぶ声が聞こえた。
「え!?」
その声に振り返ると丁度、蜘蛛が倒された直後の光景だった。
「ああ、出る幕が無かった。」
音に気を取られ蜘蛛の存在を完全に忘れていたメルラーナは残念そうに項垂れてしまった。
「うわー、痙攣してるよ、気持ち悪い、焼いちゃう?」
ノアウィフは杖の先端で蜘蛛を突き乍ら、皆に同意を求めるが。
「さっきバルゴさんに怒られたばかりだろうが。」
オールに注意された。
「そんな事よりミスリルだろ?ミスリル、早く採ろう。」
クルタスの其の一言が、3人の意識をミスリルに向けた。
「おー!?そうだった!!遂にミスリルの装備を手に入れる時が来たんだなっ!ガッハッハ!!」
「ねぇ?一寸だけ多めに貰っていかない?」
「お、俺、アダマンタイトが欲しい。」
「コラコラー、駄目だぞー、ちゃんと見てるからなー。」
バルゴに怒られてシュンとするオールが居た。
その後、一行は必要なミスリルの原石の採取をはじめる。
「此れがミスリル!此れさえ手に入ったら、次は八次席だ。」
クルタスが手の中に有る拳大のミスリルの原石を見つめながら、瞳をギラつかせて呟く。
「実績は積んだ、実力も十分有る筈だ、此れでミスリルの装備を手に入れればそれだけで相当なアドバンテージに成るだろう。」
其の言葉に他の冒険者達がクルタスに注目し、彼の言葉に耳を傾ける。
「現在ソルアーノ国内に居る八次席は13人、僕達が成れれば17人目だ、更にパーティ全員が八次席ってのはまだ存在して居ない、全員で試練を受けて合格すれば、僕達がソルアーノで最初の八次席のみの構成パーティに成る!ソルアーノの歴史に名を刻もう!」
手に持ったミスリルを力一杯握りしめて意思表明をするクルタスに続き。
「おー!やったるどー!!」
「「おおー!!」」
四人の冒険者は次の目指す履き路筋を定め、気合を入れていた。
…何か、盛り上がってますなー。
メルラーナの耳にはまだあの音が聞こえている、冒険者達はテンション上げ上げで盛り上がって居る中、バルゴに目的の物を探す様、促されて全長15センチ程の小型のツルハシを手渡され、音を気にし乍らもアダマンタイトの原石を探す。
バルゴが言うには、アダマンタイトは此処でも少量しか採掘出来ない超希少金属らしい、色は緑で光を当てると輝くので直ぐ解るそうだ。
其の時、ふと緑色の光が反射した様な気がした。
「!?今の!」
光の元を必死に探すと。
「……………………え!?…小っさ!?」
其処には緑色に光る、見える範囲で小指の爪程の大きさの石が、黒い岩に覆われた状態で見つかった。
「滅茶苦茶小っさいんですけど!?大丈夫なの?此れ??」
そう言い乍らもバルゴに借りた小型のツルハシでコンコンと周りの黒い岩をそぎ落とし乍ら緑の石を取り出す。
表面しか見えて居なかったせいか、採取した石は実際もう少し大きかった、其れでも直径5センチ程の大きさだったが。
「え?何これ、凄く重い!?」
手の中に収めた緑色の小さな石は、其の大きさに似合わず、とても重かった。
「此れ、デューテ御爺ちゃんに借りて来た剣より重いかも!?………バルゴさん!」
念の為にバルゴを呼んでみる。
「おー?見つけたかー?」
バルゴは探していた場所からメルラーナの元へ走って来た。
「此れ。」
メルラーナは手に持っていた採取した石をバルゴに見せる。
「おー、間違い無いぞー、其れがアダマンタイトだー、まあまあ大きいなー。」
お、大きいのか!?此れ!?
「何か、凄く重いんですけど?」
「そうだぞー、其れだけ質量が大きいって事だー、って言っても解らないかー?」
はい、全く持って解りません。
「其れだけ有れば剣の一本分位には成るぞー、良しー、向こうも必要な分だけのミスリルを採取したみたいだしなー、戻って鍛えてやるかー。」
全員が帰りの支度を始めた其の時。
カタカタカタ。
「ん?」
先程まで聞こえていた音とは違う音が聞こえ、メルラーナは自身の足元を見る。
ガタガタガタ。
音は徐々に大きく成る、其れ所か。
「な!?じ、地面が揺れてる!?」
「何だー!?地震かー!?」
ズドンッ!!
………
……
…
地震が発生する少し前。
「ほっほー!出来たぞい!」
メルラーナのソードガントレットを完成させたデューテ爺が両篭手を手に持ち、天に掲げて叫んでいた。
「アダマンタイトも上手く加工出来たしのう、中々オリハルコンに結構近い仕上がりに成ったんじゃない?コレ?」
篭手から出ている刃を真剣な表情で見つめている。
「ほっほ、親指の先と薬指の先を2度連続で合わせて叩くと刃の部位が出る仕組みじゃ、それと前は出した刃は手で押して(ただ単に押すだけ駄目じゃぞ?)納めないと駄目だったんじゃが、前の刃を出す時のギミックを納める様に改造しちゃったんじゃ!ほっほっほっ、儂って天才?褒めてくれていいんじゃよ?誰も居ないけど…。」
言葉通り、デューテ以外は誰も居ない作業場は静まり返っており、巨大炉の作動音や別の作業場から聞こえる鉄を打つ音が鳴り響いていた。
「………さて、冗談は置いといて、ちゃんと作動するか試したいけど、儂の腕じゃ入らんからのう、誰か居らんかの~?」
大空洞を覗き込むが、当然の如く、其処には自分の弟子であるドワーフ達と彼等が接客している客がぽつぽつと居る位だ。
「ほっ?今日は客が少ないのう?メルちゃんの物を他の客に試着して貰う訳にもいかんしのう、どうしよ?」
その時、作業場に入って来る為の扉が開いて、一人の青年が入って来た。
「アンタがデューテ=クロムウェルハイドか?」
入って来て早々、片言のソルアーノ語で話し掛けて来ると。
「何じゃ?お主?不躾じゃのう?」
巨大炉の炎の所為で大空洞内は朱に染まっており解りにくいが、恐らく銀色の短い髪に、鋭い目付きの奥には緑の瞳が炎の光と交じり合い、怪しく輝いている、身長は170半ば位で、着痩せするタイプなのだろうか、細い身体をしている様に見えるが、首や手を見ると鍛え抜かれた身体をしている事が解る、黒い革製のインナーに胸当てと云う種類の防具を付け、両腕には形の違う篭手、腰にはベルトを数本巻き付けている、ベルトの左側の一本には、5~60センチ程の刀状の小剣が差さっていて、右側の別のベルトには7~80センチ程の長方形の太い鞘が差さっており、長物を折り曲げた様な物が収まっていた。しかも其の二つの物から、微量だが、何かの音の様なものが発せられている。
「お主、其の腰に下げている物は、まさか?其れに其の音?…何かと共鳴でもしておるのか?」
「?」
青年は訝し気な表情をしている、片言でソルアーノ語を喋っていた事を考えると、デューテの言った言葉を理解していないのであろう。
「ほっほっ?そうか、言葉が解らんのだな?先程のも不躾、と云う訳では無かったのかもしれんのう?」
突然、笑みを浮かべるデューテに青年は。
「??」
『いや、すまんすまん、お主、シュレイツから来たのかの?』
「!?」
突然、青年の耳に、青年のよく知った言葉が聞こえて来た。
『アンタ、ラジアール語が解るのか?』
デューテの言葉に、同じ言葉で返すと。
『ほっほっ、当然じゃ、儂此れでも300年以上生きとるんよ?凄いでしょ?』
『え?いや、まあ、うん、…コホン。』
デューテの押しに戸惑いながら青年は軽く咳をして。
『言葉が解るなら有りがたい、俺の名はアルフレイド=ヴィルズハーン。シュレイツ公国で傭兵をしている、アンタの事は親父からよく聞かされていたよ、親父の名は…。』
『ウェルクじゃろう?ほっほっほっ。』
アルフレイドと名乗った青年の言葉を遮り、デューテが先にアルフレイドの父親の名を語る。
『!?…何故?そう云えば、どうして俺にラジアール語が通じると思ったんだ?』
アルフレイドは驚いた表情をしてデューテに尋ねると。
『ほっほっ、お主の腰に差さっておる剣じゃよ。ウェルクに預けておいた物じゃからのう。』
『…成程ね、そう云う事か、色々と聞きたい事があるが、今は其れ所じゃ無い。』
アルフレイドは両腰の剣と長物の様な物を鞘毎抜き出し、デューテの目の前に突き付ける。
『此処に来る途中からこんな状態に成った、此れはどう云う事だ?』
『ふむ、何じゃろうなあ、コレ?』
デューテは突き出された物をジッと見つめる、先程から気付いてはいたが、やはり其れ等の物から、何かの音が発生していた、其の音はとても微音で、特に気にしなければ解らない程の音だった、デューテは其れ等を見つめ乍ら考え込んでいる。
(ふーむ、やはり何かと共鳴しておる様に見えるのう?しかし何とじゃ?)
渋い顔をし乍ら首を傾げているデューテを見て。
『?…まさか、…解らないのか?アンタが作った物だろう?』
『確かに儂が作った物じゃが、儂の手から離れて相当な時が経っておるしのう。』
デューテは首を振り、「さっぱり解らん。」と答えた。
『此処にある物とその、何て言ったっけ?…きょ、きょめ?』
『共鳴かの?』
『そう!それ!を、し合ってるって事は無いのか?』
納得が行かないアルフレイドは自身の考えをデューテにぶつけてみるが。
『それは無いじゃろ。』
即答で返し、此の青年にはちゃんと説明しといた方が後々問い詰められて面倒臭く無くなるだろうと判断したデューテは、更に言葉を続ける。
『確かに、此処に保管してあるアレは其れ等の土台と成る冪存在じゃがのう、過去に何度か集めた事はあったんじゃよ、しかしこんな状態になった事等、只の一度も無かったんよ。』
デューテの言った言葉の意味をアルフレイドは一つ一つ考える。
『………悪い、俺は馬鹿だからよ、アンタの言ってる事がどう云う事かさっぱり解らねえ、けど違うって事は解った、じゃあ、でも、何で鳴ってるんだ?此奴等は?』
デューテは目を見開いてアルフレイドをじっと見つめる。
(ほっほっ、自ら馬鹿と認めるとは、中々良い奴じゃないの?言葉は悪いけど。)
にしても本当に解らない、一体何が原因でこう云う状態に成っているのか、変わった事等何も無い、無い筈なのだが。
『ああ、そう云えば、メルちゃんが来たのう。』
メルラーナが客として来ていた事を思い出す。
『?メルチャン?何だ?それは?装置か何かか?』
『いや、装置って、メルちゃんは女の子で…。』
メルラーナの事を説明しようかと思った時、ふとデューテの頭の中で不思議に思った事があった。
(はて?でも何でメルちゃんが出て来たんじゃろ?)
エアルから事前にメルラーナの身の上の事情を聞いていたデューテは、何か引っかかるものを感じ取っていた、
(………、何じゃろ?何に疑問を感じとるんじゃ?儂は?)
カタカタカタ。
『!?』
突然、足元が揺始める。
『地震!?』
ガタガタガタ。
揺れは段々激しく成っていく。




