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クレイヴァネアス ~始まりは玉響な微睡みの中で~  作者: 沙霧 啓
第二章 ラスティールの鼓動
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16話 あれって、熊?


街に侵入して来たゴブリンを一掃した翌日。


「え?護衛は要らないんですか?」

「はい、自分の身は自分で守れますし、御者の方もしっかり護衛させて貰いますよ。」

メルラーナ達は馬車で街や村等を行き来する運送業者の店に来ていた、カウンター越しで椅子に座って居る眼鏡を掛けた受付のおじさんは、右手に持っているペンをクルクル回しながら答えた、こういう運送業者は、必ずと言っていい程、護衛が一緒に行動する事に成っている、モンスターや魔獣等から客や御者を護る為だ。

御者もある程度は戦える位、鍛えられてはいるが、護る優先順位は馬車が一番に来るので充てには出来ない、ついでに言うと、馬車だけを借り受ける事も出来ない、馬車事盗まれる可能性があるからだ

「はぁ、しかしですねぇ。」

受付のおじさんは護衛を付けない事を渋っている、自分を落ち着かせようとしているのか、うーん、うーん、と唸りながら、お茶が入ったコップに手を伸ばそうとして、引っ込めたり、又伸ばしたりしている、顔見知りなら何の問題も無く貸し出せるのだが、メルラーナ達お初めて見る受付のおじさんは、万が一、御者が客に襲われる事も有る可能性を心配しているのだろう。


「エアルー、エアルー!」

エアルが受付のおじさんと話していると、メルラーナに呼ばれた。

「ん?何?」

「私!アレ乗りたいっ!!」

メルラーナが指差す方向には、鉄の箱が置いてあった、舗装された道路を走っていた鉄の馬車である、まぁ車なのだが。

「…あぁ、…うん、駄目。」

「えぇっ!?何で!?」

「あのね、アレはちゃんと舗装された街道しか走る事が出来ない乗り物なの、此れから行く町は街道が舗装されて無いの、だから無理なの、解った?」

「あ、う、…はい、解りました。」


そんな二人のやり取りを見ていた受付のおじさんが。

「ふぅ、アンタ等、良い人そうだから貸してあげたいのは山々なんだけどね。」

信用を得ているかどうかは、又別の話になってくる、その時、別の客が入って来た。

「すいません、馬車を一台貸して下さい。」

其処には一人の若い青年と、其の後ろにゾロゾロと冒険者風の男達が5人、店に入って来る。

「おお、お前さんか、行先は?」

「隣町です。」

「護衛はこんな奴等でいいのか?」

おじさんは左手の親指で冒険者風の男達を指差す。

「いやいや、おやっさん、それ酷い!」

男の一人がおじさんに抗議し出した、冗談を交えた会話の内容から、知り合い同士の様だ、きっと此の冒険者達は、此処の護衛の仕事を良く引き受けているのだろう。

「ん?」

抗議していた男が、ふと先客のエアルを見る。

「………え?うそ?エ………エアリアルさん!?」

「え?い、いえ、人違いではないですか?」


男達はざわついている。

「嘘だ、あの時確か…。」

「馬鹿、別人だったらどうする………。」

「お前等だって………。」


「なんだぁ?ストーカーでもしてんのか?お前?」

「してるわけねぇし!俺等が一方的に知ってるだけだし!何言ってんのかな?此のおっさんは?止めてくんない?印象悪くするから止めてくんない?」

「分かった分かった、一寸落ち着け。」

「ほら、昨日のゴブリンの一件あったろう?あれを解決した立役者がこの人だよ。」

「…え!?マジでか!?」

「マジだ、昨日ギルドから特別報酬が出ててな、その時に遠目から見てた。

なので決してストーカーなんてしてませんから!!」

おじさんとの会話から切り返し、エアルに弁解する様に話しかける。


「あ、はい、大丈夫ですよ?誤解とかしてませんから、でも人違いですからね?」

男に優しく微笑むエアル、そしてやんわりエアリアルではないと誤魔化すが、其の場に居た男達(おじさんと青年を含め)はその笑顔と美しさに見惚れていた。


うん、此れは聞いてないな。


「そうか、そんな人だったら、まぁ、大丈夫か。」

「…?…何が?」

「いやな、この人が護衛無しで馬車を貸してくれって言って来たからな。」

「ふむ、そりゃあ、エアリアルさんなら護衛なんざ必要ねぇだろうな。」


やっぱり、完全に見惚れてたしね。


「でもほら、此の業界はさ、信用が大事だろ?」

「信用あるじゃん、だってエアリアルさんだぜ?」

「いや知らねぇし、さっき知ったばっかだし。」


当人であるエアルをほったらかしにして男達は騒がしく話込んでいる。

メルラーナなんかは完全に蚊帳の外になっていた。


「は?嘘だろ?アルテミスのエアルっていや、此の業界じゃ有名だぜ?」

「知らんな、俺は運送業者だ、冒険者達の常識の知識なんざ知らん。」


「アルテミスのエアル!?何それ!?アルテミスのエアル!?超かっくいい!!」

まるで無反応だったおじさんに対して、その通り名に食いついたのは大きな目を更に見開いて輝かせているメルラーナが居る。


「今は其の話は関係無いから黙っとこうね?メル。」


何か、とてつもない圧力を掛けられた様な。


その後、話はスムーズに進み、馬車を借りれる事になった。



街を出発してから数時間、御者の操る馬車に揺られ乍ら、メルラーナは流れて行く風景を眺めていた。

森の中を走っているのだが、荷馬車を走らせる為の街道が有り、其の両脇には50メートルは優に超えている位の大きな木々が、前方の遥か彼方まで続いている、其の木々の周りには大小様々な草木が生い茂っていた。

レンガ等で建てられた密集した建物や色々な形の違う乗り物等が走っていたり、空には飛行船が飛び交っている首都や、数時間前に出発した、先程の街の様な所で数日間過したせいか、懐かしい緑の香りと、少し冷たくて心地良い風を肌で感じ乍ら、其の風に揺られる草木の騒めく音に、馬の蹄と荷馬車の車輪が走る音が絶妙な合唱を起こし、不思議な三重奏を奏でる曲に成る、其の曲を聞きながら故郷の町の周辺に有る森を思い出し、少しだけ干渉に浸っていた。


そんな森の中で、メルラーナの耳に雑音が紛れ込む、耳を澄まして聞いてみると、どうやら戦闘音の様だ、そして其の音は段々近づいて来る。


「エアル!?」


荷車の中で目を瞑って休んでいるエアルを呼び掛けるが。

「ん~?大丈夫だよ、手練れの冒険者が5人に対して、相手は大型だけど魔獣が一匹…かな?昨日冒険者ギルドで街道に現れる魔獣討伐の依頼書が張ってあったから、多分それじゃないかな?」

「え?そんなのあったの?てゆうかエアル見えるの?私見えないんだけど?」

「見えないよ、聞いてるだけ。」


「…は?」

音で聞き分けてんの!?どんな耳してるのよ!?


「此ればっかりは経験を重ねるしかないからね、そんな事言ってる間にもう見えて来るんじゃない?…ほら、前。」

言われて、御者の背中越しに前方を確認すると、まず目に入って来たのは3メートルを優に超える巨体の魔獣だった。

「でかっ!?………あれって、熊?」

熊は魔獣ではなく害獣なので、熊では無いのだが、其の熊っぽい魔獣の周りには、立ち向かう冒険者風の男女が5人、街道の真ん中で戦っていた。

「うわ、ホントに5人居るよ。」


冒険者の一人が馬車の接近に気付くと、魔獣を誘導し、馬車の通れる程の幅を確保してくれた。

「凄い、戦闘中なのにあんな事出来るんだ。」

「戦場を掌握しているんだよ、かなりの熟練者だね、彼等は。」

「そうなの?」

簡単な説明をされるが、良く解らなかった、要約すると途方もない努力を積み重ねて出来る様になる、途轍もなく凄い技術という事らしい。

そんなやり取りをしていると、馬車は魔獣と冒険者達の戦場の横をすり抜けて行く。


「…え?」

一瞬の出来事だったので、思考が追い付かなかった。


「え!?通り過ぎた!?助けないの?」

「…助ける?アレの何を見てそんな事を言ってるの?」

「え?」

エアルは親指を立ててメルラーナに後方を見る様に促す。

馬車の後ろから覗き込むと、今正に魔獣が倒れようとしている瞬間だった。

倒れた後、冒険者達は此方に向かって手を振っている、思わず馬車の中から手を振り返したのだった。


成程、納得。

「あのね、メル、助けるってのは、とても烏滸がましい事なんだよ、弱者を助けるっていうのは間違いじゃないけど、彼らは強者なの、私達の出る幕なんて、あの戦場には無かったんだよ、初めからね。」

「…う、うん。」

「それに、助けるって言っても、誰が助けるの?私は此の馬車と御者さんを護る責任があるから動けない、じゃあメルが行くの?残念だけど、今のメルじゃ、只の足手まといにしかならないよ。」

「…足手、まとい?」

あの魔獣はそんなに強いのだろうか?

そんな疑問を考えていると。


「少なくとも、今の貴女一人では勝てる相手じゃ無いわね、かと言って、彼等の中に紛れても、今度は彼等の邪魔に成るわ、彼等はあれで完成されたチームだと思うよ、完成された物の中に不協和音が入って来ると、それはもう不完全な物に代わってしまう、下手をすれば崩壊する可能性もある。

稀にその雑音が上手い事填まって予想以上の力を発揮したり、其のままでもゴリ押しで押し通したり出来る事もあるけどね。

でもそんなのは本当に危険な時に偶々起こる只の現象であって、あの状況で試していい様な事じゃない、彼等の中に入れるとしたら、彼等の連携の邪魔に成らない様に動ける人か、彼等の連携に合わせられる人の何方かだけ。

今の貴女は何方も出来ないでしょ?だから貴女じゃ、役に立てないと思うよ?」

「う、な、成程。」

敢てメルラーナを名前で呼ばず、二人称を使われた事で説得力が増し、素直に納得するしかなかった、が。

「まぁ、グダグダと小難しい話をしちゃったけど、そんな事は置いといて、とても単純な話をするとね、あの魔獣は彼等の獲物で、助けるとか手伝うとかの理由で私達が横から霞め取ってしまう様な事に成ると、後で揉めるんだよ。」

「!?成程!?」


最後の説明が一番解りやすかった。


(私の任務はメルの護衛だしね、あんまり危険な事はさせたく無いのが本音だけど、それに見知らぬ人にガウ=フォルネスを見られるのは欠点(デメリット)しか無いしね。)

そんなやり取りをしていると。

「お嬢さん方、前を見てみな。」

御者が話し掛けて来た。

町に着いたのかな?と思い、言われるままに、前を見てみると、森を抜け、視界が一気に広がり、見渡す限りの草原が現れる。


「うわぁ!広いっ!」

後ろには先程まで走っていた森が段々小さく成って行き、周りには何も無い壮大な草原が広がっている、まるで、この世界に置いて、自分がどれだけちっぽけな存在なのかを思い知らされる様な、そんな風景だ。

「向こうを見てみなさい。」

御者が右斜め前を指差す。

「………?山?」

其の方角の遥か彼方を見ると、うっすらとではあるが、山の影の様なシルエットが見える。

「あの山が、どうかしたんですか?」

山なんて何処にでもあるだろう、例えばカノアの町からでも山は見える、態々指差して見せる様なモノとは思えなかった。

「あの山は、霊峰ラスタール、シルスファーナ大陸で最高峰、【神々の住まう山】とも言われているとてもありがたい山なんだよ。」

「最高峰?神々??凄いちっさく見えるんですけど?」

「ぶっ!はっはっはっ!そりゃあそうさ、あそこまではまだまだ距離があるからね!」

「距離?遠いんですか?」

「此処から直線でならまだ500キロ以上あるな。」


「ごっ!?500キロ!?」

…えっと?500キロ先の山なんか、見えるものなのだろうか?どれだけでかいんだ?


距離に驚いているメルラーナにエアルが一声掛ける。

「言っとくけどメル、私達あの山目指してるからね?」

「はっ!?え?あそこ行くの!?此の馬車で!?」

直ぐ様其の声に反応し、疑問を口にすると。

「いやいや、あんな所まで馬を走らせたら過労死するから、此の馬車は次の町までしか行かないよ、日が暮れる前には着くと思うけど。」

何を馬鹿な事を言っているの?と言わんばかりに呆れられた。

「そ、そりゃそうか、…どうしてあの山に行くの?」

「ん?うん、ラスタールの中腹付近にね、ギアナスっていう村があるのよ。」

エアルは今から行こうとしている目的地の名前を答える。

「ギアナス?何処かで聞いたような?…ああ。」

ポンッ、と右手を軽く握りしめ、左の手の平を叩く動作を態と大袈裟にしてみる。

そういえば、お父さんが困った事態が起きたらギアナスっていう村に行けとか言ってたっけ?えっと、…確か。

「デューテさんとかいう。」

エアルは少し目を見開いて、驚いた表情をしたが。

(団長に聞いたのかな?)と思い、深く考えない様にした。

「そ、そのデューテさんに会いに行くのが目的の一つ。」

「え?でも、お父さんは困った時に会いに行けって。」

(ああ、やっぱり団長に聞いていたんだ。)

エアルは其の言葉で納得した後、メルラーナに聞いてみる

「…メルは今、困って居ない?」

「………えっと。」


ソルアーノの首都から飛行船に乗るつもりだったのに搭乗費が高すぎて乗れなかったな、飛行船に乗れなかったから何時帰れるか解らなくなって、あれ?そういえば直ぐ帰って来ると思って部屋の中ほったらかしだった!?

「あれ?………私、困ってる?」

「それは、私が決める事じゃないし、今メルが考えている様な事とは多分無関係だから。」

「関係無いのか!?てゆうか何で考えてる事が解ったの!?」

「…だから多分って付けたんだよ?」


ど、洞察力が尋常じゃない。

「ふ、二つ目は?」

「うん、二つ目は単純、あの山を越えるとね、隣の国『ボロテア』に入るのよ。」

「おお!?もう次の国?意外と早いね!?」

「フフ、ソルアーノは面積が狭い国だからね。」

その後、他愛もない話で盛り上がり、馬車は広い大地を走り続けた。



空は紅く染まり、南西に太陽が沈みかける黄昏時、メルラーナ達は町に辿り着いていた。


「…う、ぐ、こ、腰が、お尻が痛い。」

馬車から降りたメルラーナは自身の腰を擦り乍ら項垂れていた。

「くすくす、慣れない馬車に半日も揺られてたんだしね、仕方無いよ。」

「一寸休みたい。」

身体をプルプルさせながらエアルに訴えると。

「そうね、今日の宿を探しましょうか。」

「わーい、やたー!…いっ!?いたた。」

「クスクス。」

「笑わないで~、恥ずかしい。」


宿を見つけた頃には日はすっかり落ちて、辺りは真っ暗になっていた。

旅の疲れが出たのか、メルラーナは部屋ベッドで可愛らしい寝顔と寝息を立てて眠っている。

その姿はまるで等身大の可愛らしい御人形の様だった。

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