9話
私は、顔のあざが段々と消えてきていた。
皆には見せなかったが、体中のあざも少しずつ薄くなっていった。
いつものように学校に行くと、弘子が例の彼の事を皆に話していた。
とうとう、名前を教えてもらったらしい。
名前は高橋 拓実。
18歳。
どうやら、向こうから名乗ってきたらしい。
そして、弘子も自分の名前を教えたとの事だった。
「これで1歩前に進んじまった。もう、毎朝たっくんに会うのが楽しみで仕方ね~んだよ~」
弘子がそう言うと、私達は顔を見合わせて吹いた。
「たっくん? もうそんな風に言う仲になったのかよ?」
私がそう聞くと、照れながら弘子がそれに答えたのである。
「まだだよ。でもあたしの中ではたっくんなんだよ~。は~」
その発言に皆して大笑いしたのだった。
「弘子、大丈夫か?」
笑いながら恵理奈が弘子に聞いた。
「何だよ。皆して笑いやがって。これが乙女心ってもんなんだよ。キャッ!」
弘子はそう言って両手で顔を隠したのである。
その姿が可愛くもあったが、私達は可笑しくてまた大笑いしたのだった。
そして、今日は放課後、学校の屋上で少女漫画を読む事にした。
毎日ファミレスに行く程、お小遣いを持っていないからだ。
放課後、皆して屋上に向かった。
屋上に上がると、皆、目を疑ったのである。
1人の女の子がフェンスの向こう側に立っていたからだ。
「あ、あの子、ヤバイんじゃねえか?」
弘子が真っ先にそう言った。
「飛び降りるつもりかよ?」
恵理奈のその言葉に、私はその女の子の後ろ姿を見て体が固まってしまい、言葉も出ない状態だった。
「楓、あの子、自殺するつもりだよ! 早く止めねえと!」
恭子が慌てて言うと、多可子と香奈枝も
「どうすんだよ?」
「ヤバイって!」
私は、皆が一生懸命になって言っているのを聞いて、やっと我に返ったのである。
そして、皆でその子の所に行き、私はフェンス越しから恐る恐る声をかけた。
「こんなところで何やってんのさ」
その子は、ぼ~っと、遠くを見ていた。
「あのさ、そんな所にいたら危ねぇよ」
弘子が静かな口調でその子に声をかけたのだった。
だが、その子は黙ったままで遠くを見続けている。
「何があったか知らねぇけどよ。あたし達が話を聞くよ」
私がそう言うと、その子はやっと口を開いたのだった。
「私、もういいの。楽になりたいの」
「楽になるってどういう事だよ! 死んじまったらおしまいじゃねぇか!」
弘子が思わず大きな声で言ったのだった。
私達は慌てて弘子の口を塞いだ。
「この馬鹿。大声出してどうすんだよ。ここは慎重にしねぇと」
そして、その子にまた話しかけた。
「あんた、何年? あたし達は1年。まだまだ若い。生きてればいい事もあるよ」
すると、その子が口を開いたのである。
「いい事って、どんな事? 私は汚されてしまった……私の体は汚い。だから……この体を……ここから地面に叩きつけてやるの……」
その言葉を聞いて、レイプされたんだという事が分かったのだった。
「今は辛くても、いつか心から笑える日がくるって……」
多可子がそう言った時だった。
今まで静かに遠くを見ていた彼女だったが、急に混乱した様子だった。
「あなた達に何がわかるって言うの? 私は、私は……汚い! この汚い体は消えたほうがいいのよ!」
彼女の言った事をきいて、恵理奈が話しかけた。
「わかるよ」
私達は恵理奈のほうを見て、恵理奈の名前をそれぞれ口に出していた。
「恵理奈……」
「あたしさ! 中2の時に叔父にレイプされたんだ」
それを聞いた彼女は
「え?……」
恵理奈の発言に耳を貸した瞬間だった。
恵理奈はそのまま話を続けたのである。
「そりゃあ、死にたくもなるよな。あたしもどうしていいかわからなかったんだ。親にも言えねぇし。そん時のダチにも言えなかった。毎日部屋に籠って泣いてばかりいたんだ」
彼女は静かに恵理奈の話を聞いていた。
「大切な乙女の純情を汚されて、あたしも死んじまおうかとも思ったさ……でも、毎日泣き続けていくうちに、なんであたしだけ、こんなに辛い思いをしないといけねぇのか? って……そんなヤツのために死んじまったら、悔しいって思うようになってさ。ほんと、あたしの純情を返せって……感じだよな」
恵理奈の話を私達も静かに聞いていた。
叔父にレイプされた事は聞いていたが、その時の心情を聞くのは初めてだったのである。
「心の傷は一生消えねぇけどさ、でも、あたしは今が1番楽しくて幸せなんだ。それはこいつら、仲間がいるからなんだ」
恵理奈が私達を見ながら言った。
「だからさ。あんたもいつか笑える時が必ずくるよ。あんたも悔しい気持ちが少しでもあるなら、こっちに来なよ」
彼女は、私達のほうを向いたのだった。
「悔しいよ! でも、もう家に帰れない」
そう言って泣き崩れたのだった。
恵理奈は諦めずに話を続けた。
「実はさ。あたし達、レイプされた人達の思いを聞いて、その人達の代わりに敵を取ってんだよ。相手の男をリンチしてんだ」
「敵……? そんな事が出来るの?」
彼女は恵理奈の話を聞いて、そう言ったのだった。
そして、私は恵理奈の肩に手をポン!と置いた。
「恵理奈、よく話してくれたな。忘れたい過去だったのに……。ねえ、あんた、あんたが仕返しを望めば、あたし達がその2人の男をリンチするよ。だから、こっち側に来なよ」
私がそう言うと、彼女は大きく頷いてフェンスを乗り越えて来たのである。
そして、恵理奈が彼女を抱きしめた。
「辛かったな。大丈夫だから……あたし達がついてる。もう1人で悩まなくていいよ。それに、これも何かの縁だ。あたし達はもうダチだよ」
彼女は恵理奈の言葉を聞いて、大泣きしたのだった。
しばらくすると、彼女は段々と落ち着きを取り戻していった。
そして、クラスは別だが、私達と同じ1年だった。
名前は井上 美鈴。
彼女には1つ上の兄がいるとの事だった。
親は共働きで、いつも帰りが遅い。
お兄さんは2人の男友達がいて、よく遊びに来ていたらしい。
その2人はお兄さんがいなくても、帰ってくるまでお兄さんの部屋で、漫画本を読んだりして待っていたそうだ。
だが、その男達はお兄さんがいない事をいい事に、彼女をレイプしたのだった。
それが、きのうの事だったと彼女は話してくれた。
彼女はレイプされた事をお兄さんにも親にも言えずに、辛い思いをしていたのだ。
「兄ちゃんにだけは、話したほうがいいんじゃねぇの? そんなのマブダチじゃねぇよ!」
恭子がそう言うと
続いて多可子も彼女に話しかけたのだった。
「そうだよ! 大体、マブダチの妹に手を出すなんてさ! 信じらんねぇよ!」
「私も、そんな男達と友達だなんて……嫌! でも、レイプされた事を話すのは……。話そうと思ったけど、どうしても話せなくって……」
彼女はそう言った。
「だけど、兄ちゃんには話したほうがいい。美鈴が話にくいなら、あたし達が話してやってもいい。その男達、兄ちゃんを馬鹿にしてるのと一緒だよ!」
私は彼女に向かって、少し強い口調で言ったのだった。
そして……
「その2人のゲス野郎の事、仕返ししたいんだろ?」
私がそう聞くと
「私は汚させてしまった。死にたいとまで思った私のこの思いを、どうか、あの男達に……。私の傷は癒えないけど、でも、あの男達に痛い思いを……悔しくて悔しくてたまらない! お願い!」
彼女は目にいっぱいの涙を溜めながらそう言ったのだった。
「わかった! あんたのその心の傷、あたし達が確かに受け取ったよ。その男2人、リンチするよ!! 皆!! やるよ!!」
皆で顔を見合わせて頷いたのだった。
私は思った。
彼女のようにレイプされ、誰にも言えずに苦しんで、挙句の果てには自殺してしまう女性がいるかもしれない。
そういう女性達を助ける事が出来れば……。
私達は私達の出来る限りの事をしようと……。
そう思わずにはいられなかったのである。
そして、彼女の敵を取る決心をしたのだった。