5話
近頃は弘子の恋話で私達は盛り上がっていた。
あれから電車の中で会うと挨拶を交わすようになり、少しずつ会話をするようになっていた。
彼はやはり大学生だった。
大学1年で、将来は建設士になりたいという夢を持っているらしい。
弘子は彼の夢が叶う事を心から願っていたのである。
――そんなある日、学校中である噂が広まった。
同じ高校の3年生がレイプされ、妊娠してしまい、挙句の果てには妊娠した子供を下したとの事だった。
私達はこれがただの噂である事を願った。
だが、私達のクラスでも噂をするようになっていた。
そして、3年の何組かという事と、名前まで広がるようになっていたのだった。
これが本当だとすると大事だ。
私達は話し合った結果、その3年生に会って話しを聞く事にした。
まずは情報を集めた。
3年2組で名前は鳥山 加奈子。
家は両親とも健在で共働きをしているらしい。
部活はテニスをしていて、部活をしているせいか、いつも帰りが遅くなっているとの事。
だが、ここしばらくは部活を休んでいるらしい。
そして、加奈子さんはお嬢様風な人だという事だった。
私達は6人で3年のクラスに行く事は目立つだろうと思い、代表として私が行く事になった。
下級生が上級生のクラスに行く事は暗黙の了解のようなものがあった。
姉妹や親せき以外、足を踏み入れてはならない。
という、しきたりのようなものがあったのである。
だが、噂されている事が本当だったらと思うと心が痛んだ。
私は親戚としてその人に会う事にしようと思い、3年のクラスに向かい2組に行ったのだった。
そのクラスに行った私は、クラスの近くにいた人に声をかけた。
「あの~。すいません。鳥山 加奈子の親戚ですけど、いますか?」
そう言うと加奈子さんを呼んでくれた。
加奈子さんは私を見てビックリしている様子だった。
勿論、初対面だったからだ。
でも私の所に来てくれたのである。
「先輩。私は1年の藤代 楓といいます。ここは親戚という事にしてください」
私は小声で話しかけた。
「私に何か用?」
加奈子先輩は元気がない様子だった。
顔はやつれていたが、見た目は清楚で、綺麗な人だった。
そう答えた加奈子先輩に、私はまた小声で話しかけた。
「先輩、学校中に先輩の噂が流れてる事、知ってますか?」
と……
先輩は驚いた様子で少し震えだした。
そして、黙りこくってしまったのである。
「先輩、安心して下さい。噂が本当なら、放課後、学校の屋上に来てもらえませんか? あたしは6人でつるんでて、レイプされた人達の敵を取ってるんです」
私はそう言い残し、3年のクラスを離れたのだった。
自分のクラスに戻ると皆に加奈子先輩に会って、私達の事を話した事を伝えた。
――そして放課後、私達は学校の屋上で先輩を待っていた。
「来んのかな~?」
恵理奈がそう言った時、加奈子先輩が現れたのであった。
「先輩!」
私は真っ先に先輩に駆け寄った。
「今日は突然失礼しました。良かったら話を聞かせて貰えませんか?」
そう言うと、先輩は急に泣き出したのである。
「噂は本当よ……。でも、私なんかのために敵を取ってくれる人がいるなんて……それに、声をかけてくれるなんて……皆、私を避けているの」
その姿を見た私達は噂が本当だったと確信した瞬間だった。
そして、加奈子先輩は泣きながら話をしてくれた。
「部活の帰りに……私はテニスの大会で……知り合って、山下高校の私と同じ3年生で……金山 武史……その人と出会って…大好きなテニスの話をするようになって……時々会ってたの…でも、部活が終わって……」
加奈子先輩は話をする事さえも辛そうだった。
だが、一生懸命話してくれたのである。
「先輩。ゆっくりでいいから、あたし達がついてる」
私は先輩を励ましたながら声をかけたのだった。
「そうだよ! 先輩。皆が影で何言おうが、あたし達は先輩の味方だよ」
弘子がそう言った。
「ありがとう……私はあの日も……その人と、近くの公園で会う約束をしてて……それで、見せたい所があるって……私はてっきり景色のいい所なのかな? って……でも、段々人気のない所に……。それで、無理やりレイプされて……。その日からその人とは会っていない……しばらくして生理が来なくって……自分で薬局に行って……妊娠している事がわかって……」
「先輩、辛かったな。1人で抱えてさ。先輩はマブダチとかは?」
恭子が泣いている先輩の背中を優しくさすりながら聞いた。
先輩は少しずつだが、冷静さを取り戻していった。
「マブダチって……何の事?……」
そう言った先輩に対して、弘子がマブダチとは親友の事だと教えたのである。
「私の事が噂になって……クラスの皆からは無視されるようになったの。親友の真奈美には相談してたんだけど……。真奈美も無視するようになって……。親友だと思ってたけど……。でも、クラスの皆が私の事を無視してたから、私に関わると真奈美自身も無視されると思ったんじゃないかな?」
「何なのさ!? その真奈美ってやつ! しかも皆と一緒になってシカトかよ!!」
多可子が腹を立てて言った。
私は、この人は何て優しい人なんだろう……。
親友に裏切れたのに、相手の気持ちを考えている。
加奈子先輩は心の底から純粋な人なんだと思った。
「私が悪いの。簡単に男の人を信じてたしまったから……」
「先輩は何も悪くない! 武史ってヤツと真奈美が悪いんだよ!」
香奈枝も頭にきた様子で言ったのであった。
「ありがとう。でも、やっぱり私が悪い。ただ、話が合うからって、信じてしまって……」
そして、加奈子先輩はレイプされた事、妊娠してしまった事を親に言えず、自分で貯めていたお年玉やお小遣いで子供を1人で下しに行った事を話てくれた。
1人で病院へ行き、子供を下した先輩の気持ちを考えると、私は胸が痛くなる程悲しかった。
たった1人で抱え込んで、皆からは無視され、しかも親友だと思ってた人からも無視されて……
本当は学校に来たくなかった事。
でも、学校を休めば親が心配する。
それに受験生だから、授業はちゃんと受けたかった事なども話してくれた。
「先輩、もう1人で抱え込まなくていいよ! あたし達がいる。先輩の後輩だよ! もう1人なんかじゃないよ」
私はそう言って、先輩を励ましたのだった。
「先輩、どうしたい? その武史ってヤツの事。仕返ししたい気持ちがあれば、あたし達が先輩の代わりに敵を取るよ」
私は先輩の気持ちを確かめた。
「正直、悔しいの。レイプされたうえに、相手は私が妊娠して下した事も知らない。確かに私も悪い。けど! どう考えても最初からレイプ目的だったんじゃないか? って……私は死にたいとまで思った。だけど、死んでしまったら尚更悔しい! だから……だから私のこの悔しい思い、辛い思い、悲しい思いを、あの男に!」
私達は皆でうなづいた。
「先輩。先輩のその思い、確かに受け取った! 先輩の敵をあたし達がとる。そいつを、武史ってヤツをリンチする! 皆! やるよ!!」
私は皆にそう言った。
そして、先輩の乙女の純情を汚したヤツを、絶対に許さない!! という気持ちでいっぱいだった。
それは皆も同じ気持ちだったのである。