004 矢島萌奈美の攻撃
授業の終わりを告げるチャイムと共に、クラス中の男子と女子が一斉に動いた。あっと言う間に神崎未来の周りに何重にも人垣ができる。声を掛けるどころか近寄ることもできない。
「うふっ。残念だったな。大樹」
幼なじみの腐れ縁、矢島萌奈美が机ごと押し退けられた俺の横に立っている。美少女らしからぬ悪戯そうな笑顔に腹が立つ。
くっ。俺は立ち上がって彼女を睨み返す。
「そんなんじゃないから」
「どうかなー。私の見立てでは大樹の趣味にドンピシャの美少女って感じだけど。授業中、ずっと鼻の下が伸びっ放しじゃん」
「嘘つけ。後ろの席から見えるわけないだろ」
「そうかなー。チラチラ、いやらしい顔して未来ちゃんの横顔を覗き見してたくせして。大樹の横顔をしっかりとチェックしたもんね。もう、面食いの変態、大樹が」
馴れなれしく頭を小突いてくる。ぬっ。うかつだった。チラ見していたところを観察されていたか。
「うるさい。黙れ。萌奈美には関係ない」
俺の幼なじみ、矢島萌奈美は頭が良い。その上、勘も鋭い美少女。自由奔放、天真爛漫、ズボラでルーズって最悪の性格を知らなければ、ハイスペックな優良物件だ。彼女が側につきまとうと、俺は男子どもの嫉妬の視線にさらされるはめになる。
が、今回だけは大丈夫だ。萌奈美を上回る神様レベルの美少女にクラス中が夢中になっている。ざまあみろ、萌奈美。世の中は広い。上にはうえがいる。
「大樹ってさ。ほんと分かりやすいよね。顔が真っ赤だよ」
まだ、突っ込んでくるか。誰も俺らのこと注目しとらんし。今なら戦える。
「性格ブスの萌奈美の時代は終わりだな。子供が美少女を気取っても、大人の雰囲気をまとった美人には敵わないだろ」
「大樹のクセに生意気だ。モジモジしながら結婚しようって言ったのは大樹だろ。証拠のラブレターだって取ってあるんだから」
してやったりの萌奈美の攻撃。俺の黒歴史が蘇る。誰だって、異性の幼なじみに抱く幼い感情だ。今更、持ち出される筋合いのものじゃない。
「うるさい。あっ、あれは小学校の時の気の迷いだ。ハッキリ言う。俺は萌奈美の事なんて何とも思っちゃいない」
そう。何とも思っちゃいない。高二の割には胸が無くて、チビで、子供みたいな萌奈美。口が悪くて態度がデカい萌奈美。勉強ができてスポーツ万能、その上、顔も整っている元気印の美少女、矢島萌奈美。こいつのスペックは昔から俺とは全然釣り合っていない。まるで追いつかない。
「大樹のバカ」
萌奈美は俺の制服の裾をつかんでうつむいた。少し茶色がかったショートの髪が俺の目の下で揺れている。あれっ。言い過ぎたか。何時もの萌奈美なら百倍返しの勢いで言い返してくるのに・・・。
「あのー。大樹くん」
「何だ。今、取り込み中だ」
勢いをつけて思いっきり振り向いた俺の目の前に神崎未来の顔があった。あったと言うよりものすごく近い。十センチ、いやっ、五センチも無い。息遣いまで感じる距離だ。俺は思わず後ろにのけ反ってバランスを失い、萌奈美に倒れ込んでしまった。
ドスン。
大きな音と共に机がズレて、萌奈美の上に覆いかぶさる形で床に倒れた。ぐっ。こっちの顔も近い。しかも、床に手をついた俺の腕の中に納まっている。目が合う二人。一瞬の沈黙。顔が耳まで真っ赤に染まっていく萌奈美。俺の顔も蒸気を吹き出しそうなくらい熱い。
「ごめん。萌奈美」
俺はすかさず体を起こして萌奈美に手を差し伸べた。起き上がる俺達を神崎未来の元に集まったクラスメイトが無言で見つめる。四月が始まったばかりだと言うのに・・・。まだ、顔も覚えきれていないクラスメイトに囲まれて、俺の多難な学園ライフが始まろうとしていた。
「ごっ、ごめんなさい。大樹くん」
神崎未来が大きな瞳をパチクリさせながら俺を見つめて謝ってきた。萌奈美が神崎未来に敵意の表情を向ける。
「気をつけてよね。もう」
美少女二人が目線を交えながら対峙している姿は迫力満点。てか、見とれている場合じゃない。
「萌奈美。失礼だぞ。ワザとじゃない。えっと、神崎さんだっけ。転校早々、気分を悪くさせてしまったな。ごめん」
俺は萌奈美の分まで謝った。
「いいえ。私こそごめんなさい。急に声を掛けたりしたから。えっと、私、神崎未来です。萌奈美さん、よろしくお願いします」
彼女が差し出した手を萌奈美は素直に握って握手した。
「神崎さん・・・。ほんと美人さんだね。未来ちゃんて呼んでいい」
萌奈美の気分はコロコロと変わる。何時ものことだ。そして俺は知っている。萌奈美は美少女に弱い。変な趣味があるわけではないが、きれいなものが単純に好きなのだ。
それにしても、神崎未来。アプリの中のツンとすましたした態度とはまるで違う。人間味があると言うか。目の前の彼女は人間そのものなんだけど・・・。
「大樹くんに放課後、学校内を案内してもらえって橋本先生が言うものだから・・・」
クラスメイトに混じって、橋本美弥先生が立っていた。担任の橋本先生は童顔で生徒の中に混じると見分けがつかない。それにしても、なんで男子の俺なんだ。女子が相手なら女子が案内するのが妥当だと思うのだが・・・。
席が隣りと言うのも変だ。何故、新年度の席決めの時からポツリとそこだけ空いている。教室の端でもないのに・・・。さては学校ぐるみの陰謀か?疑い出したら何もかも疑いたくなる。
「そう言う事だ。常田大樹くん。帰宅部はお前位なもんでな。頼んだぞ」
橋本先生は、呆気にとられる俺に、有無を言わせるチャンスも与えずにスタスタとその場を去っていった。にっこり笑う神崎未来。やっぱり何かある。俺の心は更なる疑問に満ちていく。




