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002 そんなはずはない!

 俺は自分の目を両手で思いっきりこすっていた。クラスメイトがどう思うかなんて考える余裕もない。何度も目をパチクリさせてから、顔を上げて先生の横にいる少女を見直す。


 ゆで卵のようなスベスベの白い肌。長い睫毛に縁どられた切れ長の瞳。シュッと筋の通った鼻。しっとりと艶やかな黒髪、ロングヘア。モデルを思わせる完璧なプロポーション。俺の理想をかたどったかのような非の打ちどころのない完璧な美少女。凛とした佇まいは、人知を超えたアプリの女神様そのものだ。


 が、あり得ない。そんなはずがない!偶然の産物としか説明できない。ゲームの中のキャラが現れたなんて語ったら、間違いなくいかれた野郎に認定される。俺の思い違い、いや幻覚に違いない。


 彼女はスタスタと歩き、黒板に向かうと白いチョークを持って立つ。ファッションモデルのようなスラリとした後姿に、クラスの男子全員が息を飲む。白くて細い指がチョークをつまみ、淀むことのない軽快なリズムを奏でながら自分の名前を黒板に記していく。


神崎未来かんざき みらい


 向き直った彼女と視線が一瞬交差する。無表情だった彼女の顔に、柔らかな笑顔が宿る。


 ドクン!


 俺の心臓が爆発しそうな勢いで高鳴った。


 ガタン。


 俺は無意識に椅子からずり落ちていた。『神崎未来』俺が昨日、スマホゲームアプリの女神に名づけた名前。嘘だろ。一晩かけて何度となく呼び掛けた名前らだから間違いない。夢でも見ているのだろうか。目まいがして景色が歪む。


 教室中にドッと笑いが巻き起こる。椅子の座面に打ち付けた背中が痛い。床についたお尻から冷たさがじんわりと伝わってくる。このリアルな感覚は夢じゃない。


大樹だいき、何やってんのよ」


 俺の席の後ろから、幼なじみの矢島萌奈美やじま もなみの笑い声が聞こえてくる。俺は動揺する心を静めながら椅子を戻して席についた。


「神崎さん。自己紹介をお願いします」


 俺の行動を見とめて口元に手をあてて笑いを噛み殺しながら、担任の橋本美弥はしもと みや先生が促す。神崎未来は爽やかな笑顔のまま、何事も無かったかのように言った。


「神崎未来です。転校してきたばかりで、この街のことも学校のこともまだ良く知りません。早く皆様と仲良くなって色々と教えていただけたら嬉しいです。よろしくお願いします」


 女神様の挨拶に教室中が華やいだ雰囲気になる。男子だけでなく女子まで顔を赤らめている。そりゃあ、そうだろう。ある日突然、アイドル並み、いや、それ以上の美少女が転校してきたら、誰だって平静ではいられない。男子生徒の目が血走っている。


「はい、はい。交流を深めるのは休み時間にしてくださいね」


 橋本先生がざわついた教室を一べつしていさめる。


「直ぐに一限の授業を始めます。神崎さんは、そうね。常田大樹ときだ だいきくんの横にある空いた席に座ってください。挨拶の時に椅子からずり落ちた男子の横よ。さあ、行って」


 神崎未来はカバンを持ち上げて、机の間をモデルみたいな綺麗なフォームで歩き、俺の横の席に座った。


「神崎未来です。よろしくね。常田大樹くん」


 俺だけに聞こえるような、小さな声で挨拶してくる。くっ。この声も昨日さんざん聞いたアプリの少女のままだ。容姿といい名前といい、俺が創ったAIアプリの女神様。スマホの画面では一度も笑顔を見せなかった・・・。それが現実のものとなって、目の前でほほ笑んでいる。何がどうなっているのかさっぱり分からない。気が動転して返す言葉に詰まる。


「とっ、常田です。よろしくお願いします」


 声が裏返る。顔が熱い。心臓が痛い。もう、授業どころじゃない。彼女は直ぐに前を向き、カバンから教科書とノート、筆記具を取り出している。彼女のことを目で追っていたクラスメイトもしぶしぶ授業の準備に入る。


 ブルル、ブルル。


 マナーモードにしてポケットに忍ばせていたスマホが震える。


「うわっ!」


 小さく声を上げてしまった。幸いクラスのみんなには気付かれていない。俺は周りに悟られないようにそっとスマホを膝の上に出して、画面を覗き込んだ。

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