5話 召喚前と召喚後の出会い
「退屈だな~。」
誰かに向けた訳でも無いが、思わず周りには聞こえない声量で、声を出してしまう。毎日同じ事の繰り返し。代わり映えのしない日常。周囲の人達は時より楽しそうに笑いあってる様子を横目で眺めながら読んでいた本を一度閉じて机の上に置いてから外に視線を向けながら溜息を吐く。
そんな独り言を言って窓ガラスに映った自分の姿、眼鏡を掛けた、黒髪で少し長くなってきた髪を後ろで一本に縛っている美人とは程遠いザ・平凡の私、桜城百合奈は現在高校2年生の17歳。運動は苦手だったが入学した高校での勉学に関しては常に上位の方にいた。(といっても苦手な教科はとことん苦手で点数が悪かったりするのだけれど。)それを人に自慢していた訳でも無く一人、平凡な生活を送っていた。趣味として読書やゲームだったりと色々なのだが特に異世界系の話だったりゲームだったり、兎に角非科学的な現象が起きる事は好きで没頭していた。少々妄想が膨らみ過ぎて「もし、使えたら~。」とか考えて家で一人ニヤニヤしていた事も有った。
ただ、充実している様に見えて、実の所人間関係については良好と言えるものでは無かった。いつも一人でいるという点で察せるとは思う。
けれど、そんな環境も一変した。
「初めまして、勇者様方。私は魔術師ファーリア・エルシアと申します。此のエルシリラという魔術と剣に優れた街の魔術師教会の長でございます。私どもが勇者様方をお呼びいたしました。無事に成功して良かったです。其れでこれからが本題なのですが、……」
最初は何が何だか理解できなかった。彼女は何を言っているんだろう。何かの撮影? 大がかりな悪戯?
そして、此処は何処なのだろう。自らをファーリアと名乗った女性の重要な話を右から左へと聞き逃してしまいながら私は周りをきょろきょろと見渡し自分が今迄教室にいた事を思い出す。今は足元に大きな魔方陣、天井は高く、真っ白い空間で荘厳な雰囲気があるゲームで出てくる様な神殿の様な場所に思わず息を飲む。
そして周囲を眺めていると、私以外にも人がいることに気付き、その人達をよく見てみると私のクラスメイトの人たちで30人程。同じクラスの殆どが此処にはいる様だ。
さっきまで教室で昼休みを優雅に過ごしていた、はずだった。後10分程で午後の授業が始まるかといった所で急に足元に教室いっぱいの魔方陣が広がった。考え事をしながら外を眺めていた私は咄嗟に判断できずその魔方陣に巻き込まれてしまったが他の人も同様に反応できず巻き込まれた様だ。
私は、クラスメイトの困惑の声から、一部嬉々とした声に変わった事で回想と周囲の状況判断を中断し我に返った。その喜んでいるクラスメイト達の話している内容について聞き耳を立てて聞くとどうやら私たちは“勇者召喚”とやらで、こちらに呼ばれたらしい。そして、私たちは、この世界の人よりも高い力と強くなれる素質が有るのだという。喜んでいる人達は、やっぱり男子達でゲームみたいだとか何とか言っている。かく言う私も若干その内容が嬉しかったのだが、至って平静な顔をして、彼女の話の続きを聞く事にした。
「....皆様はこの世界の基準以上の、相当強い実力をお持ちでしたり、その素質がおありです。私にその実力を見させて下さい。」
笑顔でそう言って彼女の後ろから数人の女性が入ってきて大きな水晶の様なものを運んできた。この水晶に手を翳すだけでこの水晶の上に自分の力=“ステータス”が表示される仕組みになっている様だった。テンションの高い男子達が我先にと自分のステータスを出しては喜んでいる様子を見て周囲の女子達も興味が沸いてきたようで段々と水晶の方に近づき喜び合っている様子が伺える。私は後ろの方にいたので最後の方になるのだが、直感的に危険を察知していた。多分これは自分の情報を見せることになる。それは自分の手の内を晒すような物。そんな事をして良いのかと悩み、どうにか回避する方法を考えていると複数の女子達が私に近づいてきて話し掛けて来た。
「ねえ、アンタはまだ見せてないよね?」
「因みに私たちは魔術師でステータスだっけか? 結構高いって言われたんけど~。」
考えを巡らす事に集中し過ぎてクラスメイトが近づいてくるのが分からずニヤニヤしている様子の女子達に強く引っ張られ呆然としていた私は抵抗できず水晶に手が触れてしまった。ステータスが表記されたその瞬間私は呼吸を止めてしまった。
「...へえ、私たちと同じ魔術師かあ。でもステータス低くね? めっちゃ弱いじゃん。アハハ~。」
「ホントに雑魚じゃん。才能無しじゃね? アハハ。」
「ちょっと幾ら雑魚だからって笑うのは…ププッ…失礼じゃん?」
「そんなこと言いつつアンタだって笑ってるじゃない。アハハ。」
私のステータスを全員に公開した挙句、そのステータスの弱さから笑うだけ笑って後は興味を失くした様に自分たちの情報を見て話を再開していた。
「異世界に来た。」その事実が何より嬉しく思っていた自分がいた。もしかしたら、地獄の環境が変わると思っていたし、信じて疑わなかった。そうで有ってほしいと願っていた。でも神様は私を見捨てたみたいだ。結局どこの世界でも私は虐げられて暮らす事になるのだと思って最初に感じたワクワクや嬉しさは最早消失してしまった。周囲のひそひそ声にも意識が向かなかった。
そうして、私が最後だったのか、“ステータス”を確認し終えた頃、それぞれに部屋が割り当てられ今日はゆっくり休む様言われた。私は余りにもお粗末な結果にショックを受けていてその後流されるまま一日を終えたが果たしてクラスメイト以外の“此方の世界”の住人はどう思ったのだろうか。そこまで頭が回らず記憶が無かった。
それから2週間程城の中で過ごして、この世界の知識やそれぞれの職業に適した学びや実践を行ったが、私だけが皆に付いていくことが出来ず実力の差が更に広まり前の世界では陰湿だった苛めが目に見えて悪化していった。前の世界では言葉の暴力、ロッカーや下駄箱に悪戯だったりだけだったのに今となっては覚えた魔術をぶつけたりしている始末。良い的だとか言って笑っているのを聞きながら私はただ黙ってやられ続けていた。だけど、彼女たちは周りにバレない様に、表面上にはあまり傷が付かない様手加減を加えて苛めをしていたから誰も私の事を気づいてくれる人がいなかった上、前の世界から有った苛めを気付いたところで助けてくれるクラスメイトがいる訳が無かった。「巻き込まれたくない。」そう思っているの表情が見え透いていた。
眠れず何度も夜は静かに泣きながらも生活を続けていたが、召喚されてから15日目の早朝に私たちを召喚した張本人のファーリアという女性から手紙と地図を渡されて追い出される様にしてお城から出た。その急な行動に悲しみと憎悪を感じつつも地獄から解放された事に関して何とも言えない気持ちを抱えながら流れされるまま渡されたローブを羽織って街に出た。
早朝だったものの街の一部は活気に溢れていた。私の今の気持ちと真逆なその雰囲気に歯噛みしつつもそれを抑えながら渡された地図を基に目的地としている場所に歩いて行く。城の外には出た事が無く土地勘が無かったので、朝から声を張り上げて商売をしている様な陽気な人達に場所を聞くと親切に教えてくれた。その対応に嬉しさを感じ燻っていた様々な感情が少し薄まってきた。
話を聞いていくと、聞いた人全てから、凄く辺鄙な場所だし住んでいる人も変わり者だが、必要な時に依頼すると良い薬を作ってくれて別の仕事で行ってくれる人に取りに行ってもらったり報酬を届けて貰ったりとしているそうだ。行くにくい場所でもある為、誰も好き好んで行く人はいないそうだ。話を聞いた内、一人の男性に行く用事があるなら謝礼品を持って行ってほしいと言われ目的地に向かって歩いて行った。未知との遭遇的な事を考え少々不安を抱えながら。
街では整備されて歩きやすかったが、目的地までの道は砂利道や土の道がそのまま、自然の道で舗装されている訳では無かったが一応道と呼べる様な処が有ったのでずっと上り道を歩いて行った。結構木々に覆われていて、「これが明るくなかったら歩けないなあ」と思いながら度々休憩を入れながら兎に角目的地を目指した。すると、漸く一軒の家が見えてきた。家が見えた時、かなり疲労していて早朝に城から出されたのに関わらず昼頃になっていた。謝礼品を持って行くように頼まれた人に持って行く手間賃として食べ物を貰っていたが、挨拶を先にした方が良いかなと思ってお腹の虫がなり始めたものを無視する。一つ言える事と言えば、此処まで遠いとは思ってもみなかった。本当に辺鄙な所だなあと同時に人が住んでいるのかという不安も込み上げてきた。
ゆっくり深呼吸して、息を整えてから戸を叩いて声を掛ける。
反応が返ってこない。謝礼品を届けるよう頼んだ人から玄関の戸を叩いて置いて来れば良いとは言われたものの「目的地なので。」と伝えると「住人が出てくるかは正直分からんなあ。でもあんまり煩くすると有無を言わさず帰されるだろうからそこそこな感じで声を掛けなよ」と結局どうすればいいか分からないアドバイスをもらった。とは言っても私としては引き返した所で、当てが無いので引く訳にはいかない。そう思ってもう一回戸を叩いてみようかなと考えながら、もう一度手を戸に近づけようとしたら足音が玄関に向かっているのが聞こえてきた。そして、戸を少しだけ開けて住人が出てきた。
住人は男の人で特徴的な長い黒髪。そして疑うように此方を見ているやる気の無さそうな左目。右目は髪で隠れている。私が少し顔を見上げるほどに高い身長。服装も凄くだらしない。此処まで歩いてきた時の私の勝手なイメージで、「危ない実験をしたりしているのか!?」と妄想力全開で勝手に思っていたのだが、なんかイメージが違かった。そんな馬鹿な事を考えていたせいか、言葉が出ず、増々住人が面倒くさそうな目を強め雰囲気も明らかにダルそうな感じが伝わってきて、挙句の果てに戸を閉めようとしてきたので此処に来た用件を伝えると彼はよく分からないという表情をして首を捻っていた。「何故分からないんだろう。」と少し苛々してしまったが、彼にぶつけても意味のない事なので黙ってはいたが結構鬱憤がたまっていたので表情には出ていたかもしれない。
何やかんやあってけれども、取り敢えず中に入れてもらい、少し話したが本当に事情を詳しく知らない様だった。その少ない情報からも、何故私が此処に来たのかの、何となくの事情を察してくれていた。「私何も言っていないんだけどなあ。」と思いながら「心を読まれているのか。」とかまた色々と考えながら彼、ノトさんの事を見ていたが心底面倒臭いといった事に関して怒りを通り越して呆れてしまった。ただ、面倒と言いつつもノトさんの目は若干楽しそうにもしていた。口元とか隠しきれなくて若干ニヤニヤしてしたのを見てその時は内心引いていた位。渡した手紙の強制力が高いとか言いながら最初に見せた面倒臭さが大分少なくなった様に見えた。
まだたった2日目にしてカラカラと少年の様な笑みを見せて楽しそうにしている様子に此方も笑いがつられそうになった。”魔法使い”としての覚醒前に正装(?)に着替えたノトさんを見て「格好良い。」と見とれてしまったのは心に止めてはいたが普段もしっかりしてれば美形だと思っている………「べ、別に惚れたとかじゃ無い!」 と誰に向かって言ってるかは分からない独り言を部屋で言う回数が増えていったのはまだ先の事。
今私はノト師匠が使ったスキル『果てに紡ぐ力』で弟子という事になっているが最初から信用出来ていたわけでは無かった。だけど、師匠は他の人と違って言動も雰囲気も本音で言っているようで裏表が無さ過ぎた。大抵の人は本音と建前で分けているのにこの人は最初から本音全開で私に話してくれた。果たして本音をぶつけすぎるのもどうかとは思ったのは取り敢えず置いとくとして。師匠に笑われても私は嫌な気分になる事も無く、本当に楽しんでいるというのが分かって私は安心できた。
此れから大変な事もあると言っていたけれど兎に角この空間お城にいた時よりもいや、故郷にいた時よりも。”居心地が良い”。願う事なら私はこの居心地が良い空間に長くいられるよう出来る限りの努力をしていきたいと思う。
一度は力が無かった事に神様を恨んだけど今は感謝いたします。そしてこの世界で生きていく為に強くなって私の為、私を強く支えてくれた人たちの為に力を行使したいと思います。
決意新たに少女は森で魔法使いとしての一歩を踏み出したのだった。
近い将来少女は”居心地が良い”の深い意味を指摘され悩むのだが割と図太かった少女は「異世界系こういうの有りじゃね?」とか考えだし少々暴走する。
更にその先の未来では、この出会い以前からを改めて振り返って満面の笑みを見せて談笑する少女とその少女を見て苦笑いを浮かべながら話を聞く男性、二人の寄り添う姿が有ったがそれはまだ、まだ、先の事。
序章終了。