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昇る沈没者  作者: 安来 光
第1章 カルソト村襲撃編
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1-7 兵士たち

 ――≪カルソト村≫が襲われる少し前。





 村の門の近くに建てられた簡素な小屋。

 ≪カルソト村≫の兵士であるサバサはいつものように同じく兵士の一人であるズロバフと向かい合ってチェスに興じていた。


「今日もカヤたちは鍛錬だとよ。」


 ズロバフに話しかけながら盤上の駒を動かす。


「あいつらも毎日毎日よくやるよなぁ。今となっちゃ俺たちとどっちの方が強いのか。」


 ズロバフもそれに応えるように次の一手を指す。


「ハハハ、こんなだらけきっている私たちじゃ手も足も出ないだろうなぁ。」


「ちげぇねぇ。ま、それだけこの村が平和ってこった。悪い事じゃねぇ。」


 サバサが≪カルソト村≫を出てから、兵士になって戻ってきて数十年。


 たまに近くに魔物が出没するようなこともあるが、≪カルソト村≫は平和そのものであった。サバサたち兵士が毎日のように昼間からダラダラできているのがその証拠だ。


 仕事といったら見張り台の上に交代で立つくらいなものだ。


 それ以外の兵士はサバサとズロバフのようにチェスをしたり、ましてや寝ている者もいるほどだ。


「チェックメイトだ。」


「ちっ。また負けたか。」


 サバサがズロバフのキングにとどめを刺す。

 逃げ道のなくなったキングを見て、ズロバフがしかめっ面で負けを認めた。


 そんな時、

カン!カン!カン!カン!……


「ん…?警報か?」


 チェスに勝って気分を良くしていたサバサだが、その余韻は久しぶりに聞いた警報によって消え去った。


 見張り台に立つ兵士が危険を告げる鐘を打ち続ける。


「やけに長いな。」


「そのようだな、今回はなんだか様子がおかしい。」


 サバサは近くで寝ている一人の兵士を叩き起こして急いで見張り台に上がった。


 鐘を打つ長さは危険度によって変化する。長く鳴り響けば鳴り響くほど危険度は上がり、そして、未だに鐘を打つ音は消えていない。


「おいおい、本当になんだこれ…!?」


 サバサより一足早く見張り台に上がるズロバフ。少し遅れてサバサもその異様ともいえる光景を目の当たりにした。


 黒い塊――否、数えきれない程の魔物の群れが≪カルソト村≫に向かって進軍している。


 地面を黒く染め上げる程の数。サバサたちにとって今までに見たことのない魔物の数であった。


「…ブラックハウンド。」


「っな!?あれだけの群れのブラックハウンドだと!!なぜだ、なぜこんなに突然…!?この辺りじゃ今まで一度も出没したことなんてなかったじゃねぇか。」


 サバサが伝える驚愕の名前に兵士たちに緊張が走る。



 異能力育成施設、通称≪学校(スクール)≫という場所がある。

 冒険者だけでなく騎士や兵士を目指す者たちが必ず通う学校(スクール)の授業の一環で、サバサはその魔物と対峙したことがあった。第一に注意するのはその鋭い牙と爪。素早い動きから繰り出されるその攻撃を当時のサバサは必死にかわしながら、最終的には運よく攻撃が当たりブラックハウンドに勝つことができたのだ。ただし、その時対峙したブラックハウンドはたったの一匹だった。


 学校(スクール)時代の死闘を思い出し、サバサも心中では穏やかでいられなかった。


 全身に寒気が走る。久しく忘れていた恐怖という感情。

 兵士になる時に覚悟はしていた。


 そして今、サバサはその覚悟を思い出した。


 ――()


 ≪カルソト村≫の目の前に迫る驚異はそれほどのものであった。


「ズロバフ、急いで村のみんなを遠くに避難させろ。カーグは近くの村に応援要請を出した後、ズロバフに加わって村の警護に。私とトルグでできるだけ時間を稼ぐ。」


 ≪カルソト村≫の兵士長であるサバサは咄嗟に判断すると、部下である三人に指示を出した。


「あ、あぁ…。」


「…すみません、分かりました。」


「くそっ。どこまで戦えるか分からないが、やるだけやってやるよ。」


 ズロバフ、カーグ、トルグの順でサバサの指示に返事をする。


 ズロバフは見張り台から飛び降りると、駆け足で村の方へ。鐘を鳴らしていたカーグもその手を止めて、降りていった。


 さっきまで寝ていたトルグ、そしてサバサがそれに続いて見張り台を下りた。


 すでに、地上からでも見える程にその脅威は≪カルソト村≫に近づいていた。




 村の入口である門の前に立つサバサとトルグ。


「すまないな。私はお前に死ねと言っているようなものだ。あの数のブラックハウンドを相手にするには()()では足りない。」


「へっ、気にするなよ。全員死ぬよりかは、俺たちだけの方がマシってことだろ。ま、それも俺たちが本当に時間を稼げたらの話だがな。」


 サバサは村を振り返る。

 それぞれの家から荷物を持った人々が慌てるように駆けている。ズロバフとカーグが村のみんなを先導して避難の準備を始めている。


「カーグはまだ若いし、ズロバフには子供がいる。ここで死んでいい奴らじゃない。」


「へっ。サバサにだって両親がいるじゃねぇか。独りの俺と違ってサバサもここで死ぬべきではねぇがな。」


「…なに、さっきはああ言ったが本当に死ぬつもりはないさ。救援が来るまで耐えてみせようじゃないか。私より先にくたばるようであれば後で仕置きだぞ、トルグ。」


「誰に言っているんだ、サバサ。」


 二人ともネガティブな気分を払拭するように、明るく話そうと努めていた。





「任せてください。二人とも死なせません。」


 

 瞬間、声の聞こえてきた背後へと振り返る二人。

 言い合う二人の背後にいつの間にか立っていた白髪白衣の男が口を開いた。肌も瞳も舌さえも白い男を≪カルソト村≫はおろかこの国で知らない者はいない。


「病院長!?」


「ゼン殿、いつの間に。」


 サバサとトルグは驚愕する。ここまで接近されても声を聞くまでそこにいると気付けなかったのだ。

 いつも村で接する病院長とは明らかに纏う雰囲気が違う。


「なぜこちらに。避難は?」


 驚愕を押し殺してサバサは問う。


「前方だけではありません。村の周囲が完全に魔物に囲われています。ですので、村の皆さんにはとりあえず病院の地下室に避難してもらいました。カーグさんとズロバフさんにはそこで皆さんを守ってもらっていますので、心配は要りません。」


 見張り台に上がっていた兵士たちでさえ前方から来る脅威にしか気づけなかった。しかし、ゼンは村の内部にいながらにして周囲に迫る脅威に気づいていたのだ。


「そうですか…。それならなおの事死ぬわけにはいきませんな。」


 逃げ道は絶たれていた。兵士たちの死はそのまま村人全員の死に繋がる。


「いえ、その心配も不要かと。あなた方二人は私が決して死なせません。思う存分、好きなように戦ってください。」


 『不死の医師』ゼン=ノークス

 死者でなければ、どんな怪我もどんな病気も治すことができると言われている治癒士。その異能力のレベルの高さ、それは決して生半可な努力で身に付けられるものでもなく…。



 サバサとトルグにとって死を覚悟するほどの脅威。


 だが、そんな稀代の天才の目には、この現状はどう映っているのだろうか。村を襲う驚異をなんとも感じていない様子でゼンは微笑んでいた。

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