1-6 きっかけの始まり
≪カルソト草原≫では、今日も火柱が上がっていた。アンジュとカヤによる模擬戦。お互いに手加減をしなくていい相手ということもあり、アンジュは次々に攻撃を放つ。
だが、どれもカヤには当たらない。
「まだ…、まだまだ遅い。カヤに当てるにはもっともっと先を読まなくちゃ。」
ドン、ドン、ドォンと立て続けに上がる火柱。二人の戦いを少し離れた木の下で眺めているアレスにもその熱波が届く。いつもならここにミレアもいるのだが、最近は村の病院での手伝いのためにいないことが多い。病院長が異能石研究所にも顔を出しているという事もあり、もしもの時のために治癒能力者として病院にいるようにお願いされているのだ。
ミレアがいないことに不満を抱きながら、アレスは木に寄りかかるとそのまま居眠りを始めるのだった。
「もっと速くしてもいいぜ、アンジュ。」
「っ!…うるさいわね。ちょこまかちょこまかと、絶対に当ててやるんだから。」
お互いに負けず嫌い。そんな2人の攻防は、ちょっとした邪魔者によって止められることになる。
最初にその気配に気づいたのはカヤだった。≪カルソト草原≫の周りを囲む森。その森の中からこちらに近づいてくる何かがいる。
カヤに遅れてアンジュもそれに気付く。
そっと静かに森を見つめるカヤとアンジュ。
こういったことは珍しくない。カヤたちの戦闘に刺激された魔物が森から襲い掛かってくるということはちょくちょく起こる。ただ、カヤとアンジュ、そしてアレスとミレアにとって≪カルソト村≫周囲の魔物程度であれば難なく討伐できるため大事になることはなかった。
そして今、ズシンズシンと木を薙ぎ倒しながらカヤたちの目の前に現れたのは体長3メートルはある牛人、ミノタウロスだった。大きなこん棒を片手に軽々と持ち、目はギロリと赤く光っている。
「へぇ、ミノタウロスか。この大きさは珍しいね。」
「今日はミレアちゃんいないんだから、余裕ぶって怪我とかしないでよ。」
「はは、まさか。」
――ドンッ!
突如、ミノタウロスが振り上げたこん棒を悠長に話している二人に向かって振り下ろした。骨すら残さず肉塊へと化す一撃。
しかし、驚愕したのはミノタウロスの方だった。避けられたわけじゃない、全力をもって振り下ろしたこん棒がたかだか人間である男によって受け止められていたのだ。
「OK。開戦といこうじゃないか。」
こん棒の下からミノタウロスを見つめて不敵な笑みを見せるカヤ。ミノタウロスはカヤが何を言っているのか理解できなかったが、全身を駆けまわる寒気を誤魔化すように雄叫びをあげた。
「ヴォォオォーー!!」
後ろへ跳躍しカヤから距離をとると、再度こん棒を振り上げる。ミノタウロスの中でカヤがただの獲物から、本気で倒すべき相手へと認識が変わる。
次は油断しない。ミノタウロスはそう決意しながら、カヤを睨み付けた。
そんな攻防を横で眺めながら、ミノタウロスから眼中にないと言われたかのような態度を取られたアンジュは少しイライラしながら、
「あの、私もいるのだけど。」
ミノタウロスの振り上げた腕の先。四メートル近くもあろうかというその高さまで跳躍したアンジュが手刀を振るう。
「火閃。」
手刀から伸びる炎の斬撃。炎を纏った一閃はミノタウロスの腕を突き抜けた。
ドサッという音ともに、ミノタウロスの眼前に自らの右腕とその手に握られているこん棒が落ちる。火を纏った斬撃は強固な肉体を誇るミノタウロスの肉体をあっさりと切断した。
「ヴォ?」
軽く感じる右腕。あまりにも自然な切断に、ミノタウロスは目の前に落ちているソレが自らのものだと気づけなかった。
「さすがにスキありすぎだね。」
グサッ
その戸惑いの一瞬で、ミノタウロスの体をカヤの右手が貫いていた。その手の中にしっかりと握られている魔石。
「ヴゥォオオ、オオォ…。」
ミノタウロスがカヤの右手に気が付いた頃には、すでにミノタウロスの命は無くなっていた。消えゆく悲鳴をあげながら、ミノタウロスは後ろに倒れる。
「…まぁ、こんなものか。」
「そうね。」
魔石を取られた魔物は塵となって≪魔の森≫へと還っていく。
あっけなく終わった戦闘に消化不良の二人。カヤとアンジュは目の前のミノタウロスが塵になっていくのを眺めていた。
余談だが、ミノタウロスは中級の冒険者が数人がかりで討伐するレベルの魔物である。その皮膚は鋼鉄のように固く鍛え上げられ、その巨体からは信じられない俊敏性を見せる。初心者冒険者であれば、出会った瞬間に逃げる選択肢をとる魔物である。
それ故、ミノタウロスは本来冒険者でもない子供二人で討伐できるレベルの魔物ではなかった。
しかし、カヤとアンジュにとっては当たり前の結果。大して喜ぶ出来事ではなかった。
「もっと強い魔物と戦ってみたいよな。」
「村の周りだとミノタウロスが一番強そうかな。たぶんだけど。」
カヤにもアンジュにもミノタウロスが強い魔物である認識はなかった。模擬戦の最中に出会う魔物の中では少し強いかなという程度。
「んー、今日は帰るか。邪魔も入ったし、時間的にもいい時間だしな。」
日が沈もうとしているのを見てカヤがアレスを起こしに行く。
(はぁ~。結局今日もカヤには攻撃当たらなかったな。私は必死にやってるってのに、カヤはまだまだ余裕そうだし。悔しいなぁ。)
アレスを起こしに行くカヤの後ろ姿を見ながら、アンジュは今日の模擬戦の結果を思いおこしていた。
「じゃ、帰るぞ。」
「お願い。」
「うん。」
≪カルソト草原≫から三人の姿が一瞬にして消えた。
■
アレスの異能力によって≪カルソト草原≫から一瞬で村の近くへと移動した3人。
「…うそ、なによこれ?」
そんな三人の目には信じられない光景が広がっていた。
いつもの日常とは違う光景。平和とはかけ離れた惨状が≪カルソト村≫を襲っていた。
魔物の群れ。燃え盛る≪カルソト村≫。
鋭い牙を覗かせる犬のような黒い四足歩行の魔物が村の入口を囲んでいる。その魔物は口から火を吹き出し、村を囲むバリケードは火とともに崩れ落ちている。
村の入口では村に駐在する兵士二人がなんとか魔物の侵入を阻止しているが、それもいつまで持つか分からない。
瞬時に冷静さを取り戻したカヤが周囲に目をこらす。自分たちの村を攻め入る敵に対し、狙いを定める。
「あいつか…。」
カヤの視線の先、そこには魔物の群れの中心に佇む一人の女性がいた。
1年ぶりの投稿です。