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昇る沈没者  作者: 安来 光
第1章 カルソト村襲撃編
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1-5 神の呪い

 妻であり研究者としてパートナーでもあるリアにハイベルは声をかける。穴の底に佇む一つの石。感じるエネルギーからその石が異能石であることは間違いないと思われるが、問題はその性質が安全なのかどうか。それを知るためにもハイベルは信頼のできるリアの異能力の結果を待った。


 異能力【鑑定眼】を有するリアは、ハイベルに声をかけられる前から目の前に現れた異能石の情報を読み取るために鑑定眼を発動させていた。簡易なものであれば数秒で全て読み取れる実力の持ち主であるリアでさえ、目の前の異能石の情報を読み取るのに数分を要した。


「…ふぅ、大体は分かったわ。とりあえず触れさえしなければ問題ないはずよ。」


 数分後、研究員たちが見守るなか冷や汗を頬にうっすらと垂らしながらリアはそっと口を開いた。リアの言葉にドッと一安心する研究員たち。そんな中、リアの表情が優れていないことをいち早く察したハイベルがリアに続きを促すように視線を向ける。 


「効果は一般的な異能石と同じ≪異能力強化≫。通常のものであれば、触れた者の異能力を一定時間の間わずかに強化するものね。発見されている異能石の九割が≪異能力強化≫の異能石であるから、そこに驚きはないのだけれど、目の前にある異能石はそんな生半可な代物じゃないわ。」


 リアの言葉を聞きながらハイベルは≪異能力強化≫の異能石について思い返していた。リアも言ったように触れた者の異能力を一定時間わずかに強化してくれる異能石であり、魔物と戦うことの多い冒険者や騎士の間では非常に価値の高い異能石である。発見される異能石のほとんどがこの異能石であるが、発見される異能石の母数が少ないため安定した供給はできておらずそれなりに裕福な者にしか縁がないアイテムではある。


 ハイベルはチラリと横にいるリアの様子を伺う。


 恐ろしいものを見るような目で穴の底に佇む異能石を観察しており、体が少し震えているのが分かる。


 ただの≪異能力強化≫の異能石であれば、異能石研究者であるリアも何度も見たことがあるのだ。そのため、目の前の異能石を見て怯えるリアにハイベルは納得がいっていなかった。


(触れさえしなければ、だと…?≪異能力強化≫でありながら、それでは本末転倒だ。なんだ、目の前の異能石はなんだというのだ!?)


 ハイベルはそう考えると、おとなしくリアの言葉の続きを待った。


「私の【鑑定眼】が確かならば、その異能石は今までの≪異能力強化≫の異能石の()()と呼ばれるようなもの。触れた者の異能力を永続的に強化し、さらに、多分だけどその強化はおそらく…、無限。」


「なん…だと!?」


 リアの続く言葉に信じられないといった表情でリアを見つめ返す。そして、一番信頼のできるパートナーの瞳を見てハイベルは先ほどのリアの言葉が全て真実であるのだろうと悟った。


(なんという素晴らしい発見!試してみないと確証は得られないが、リアの異能力は確かなものだ。おそらくあの異能石は本物の原石。これは、異能力研究に大きな飛躍をもたらす大発見になるぞ。)


 心中で湧き上がる喜びが、ハイベルの体を前に動かした。


「待って!!…落ち着いて!!アナタっ!」


 その瞬間、リアの悲鳴のような声がハイベルの後ろから響き渡る。その声で我を忘れそうになっていたハイベルも穴に近づく足を止め、リアの方を振り向いた。


「なぜ止めるんだ、リア。あの異能石は――、」


「言ったでしょう!!あれは、無限に異能力を強化する!!絶対に触ってはダメ!!」


 ハイベルが喋っているにも関わらず、リアは周りに聞こえるように大きな声でその危険性を訴えた。

 その時になってようやくハイベルも自らの愚かさに気が付いた。それに遅れて、周囲の研究者たちもその異能石の本当の怖さに気が付いたように恐る恐る穴から離れるように後退した。


「…つまり、あの異能石に触れるのは≪神の呪い≫が発症するのと同等。…そういうことか。」


 ハイベルの独白にリアも無言で頷く。

 ≪神の呪い≫とは現代でも解明されていない異能力に関する謎の病であり、子供の自我が芽生えた頃に発生する不思議な現象である。それまで何の異変も見られなかった子供たちの異能力が急激に増加し、その負荷に体が耐えられず絶命してしまうといった恐ろしい病気である。兆候も何もないため防ぐことができず、発症してしまったら不幸としか言いようがないことから人々は≪神の呪い≫と呼び忌避していた。


 ハイベルの頬を一筋の汗が流れ落ちた。


(目の前の発見にリスクを忘れ飛びつこうとしていたなんて、研究者として恥ずかしい限りだ。)


 ハイベルは自分を責めるが、リアも周りの研究者たちもハイベルを責めることはなかった。それほどまでに目の前の異能石は魅力的な代物だったのだ。


「絶対に誰も触れるな!≪バリアシート≫を持ってきて正解だったな。危険な異能石ではあるが、これは大いなる発見だ!!すぐに持ち帰って調べるぞ。国王様への報告もできるだけ早くしたい、これから忙しくなるぞ!」


 威厳を取り戻したハイベルの指示に、固まっていた研究員たちも各々の作業に取り掛かる。絶対に異能石に触れないように厳重な防護服を見にまといながら、数人の研究員たちが≪バリアシート≫で異能石を包んでいった。

 包んだ存在の異能力を外に漏らさないようにする機能を持つ≪バリアシート≫。包んだ異能石が未知のため研究員たちは防護服を外さずにその場から後ずさる。【土使い(サンドマスター)】であるハイベルが≪バリアシート≫に包まれている異能石を触れることなく宙に浮かべ、そのまま研究所まで持ち帰る。


「これだから未知というのは面白い。()()時代も面白かったが、やはり私は研究者という道を選んで正解だったようだな。」


「私もよ、アナタ。今夜は久しぶりにゼンも交えて3人で飲みにでもいきませんか?」


「おお、いいな。今日のことを話しているだけで夜が明けてしまいそうだ。ハハハ。」


「彼らにも教えてあげたいけど、今頃どこにいるのか。きっと昔と同じようにまだ見ぬ秘境を求めて冒険しているのでしょうね。」


「そうだろうな。」



 ――それから数日後


 ハイベル主導のもと、この異能石への研究を進めながら、この発見は徐々に世間に広まっていった。≪カルソト村≫から遠く離れた別の地でも噂程度にだが、確かにその情報は出回っていた。


 ■


「聞いたかい、なんでも最強の異能石とやらが≪カルソト村≫ってところで発見されたらしいぞ。異能力を鍛えてなくても、触るだけで最高の状態まで持ってっちまうらしいな。」


「そりゃすげぇな。まあ、そんな高そうなもんとは俺たちゃ無縁だけどな。ガハハハ。」


 とある村人二人の会話。


 王都から離れているせいもあり、情報が一部錯誤して伝わっていた。

 しかし、近くの木にとまっていた一羽の鴉にその真偽が分かるはずもない。村人二人がその木の下を通り過ぎると同時にその鴉もバサッと羽を広げて飛び立った。

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