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昇る沈没者  作者: 安来 光
第1章 カルソト村襲撃編
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1-3 いつもの日常

 窓から朝日が射し込むと同時にカヤは目を覚ます。隣のベッドで寝ているアレスを横目にカヤは身支度を整えて部屋を出た。台所ではカヤよりも早く起きていたミレアが鼻歌を交えながら、朝食の準備をしているところだった。


「おはよう、ミレアちゃん。いつも朝早くからありがとね。」


「カヤさん、おはようございます。カヤさんのお食事を用意するのはミレアの役目ですからね。これくらい当然です。えへへ。」


 カヤを見て顔を綻ばせるミレア。

 カヤは毎朝トレーニングを欠かさない。そんなカヤのためにミレアも朝早くから朝食を作っているのだ。


「ミレアちゃん、今日はどうする?」


「もちろん、ご一緒します!!」


 朝食のサンドウィッチを用意しながらミレアは顔をカヤの方に向け答えた。カヤとミレアは親友というだけでなく、師弟という関係でもあった。カヤが師匠でミレアが弟子である。


 そのため、毎朝のカヤのトレーニングはミレアにとっても日課となっていた。


 「これでよし」と。朝食を完成させたミレアが弁当箱にサンドウィッチを詰め終えてカヤに合図を出す。


「OK。じゃ、とりあえずアレスを起こしてくるよ。」



 ――数分後、


 家の前ではカヤとミレアが準備運動のストレッチを終えて、アレスを待っていた。


「師匠、今日はどのようなメニューにするのですか?」


 ミレアが手を挙げてカヤに問いかける。


「んー、そうだね。毎日聞かれるけど、いつも通りまずはランニングだよ、弟子君。」


 顎に手を添えながらカヤはその質問に答える。いつものお約束をしているカヤとミレアの横で家の扉が開く。眠そうな目でアレスが顔を出した。


「おはようアレス。」


「アレス(にぃ)、もうちょっと早く起きてください。」


 ミレアが頬をぷくっと膨らませる。


「…で、今日はどこまで走ってくるんだ?」


「≪カルソト草原≫までかな。んー、一時間半ってところでどうかな、弟子君。」


 ランニングでも三時間以上はかかるコース。それでも、カヤは毎日鍛錬しているミレアなら、とギリギリの時間を設定したつもりだった。


「師匠、ミレアはもっともっと師匠に近づけるようになりたいと日々鍛錬を行っています。そのおかげか最近、身体強化の能力も向上しました。ミレアは師匠の本気にもっと近づきたいです!」


「なるほど。では、そうだね…、一時間を目標時間と設定しよう。頑張ってくれ、弟子君。」


「はい!!」


 アレスは芝居じみた二人の会話を聴きながら、一時間後に≪カルソト草原≫というワードを寝起きの頭に覚えさせた。


「一時間後に≪カルソト草原≫な。準備はいいか?」


シン・・・ッ


 カヤとミレアの間に走っていた先ほどまでのふざけたような空気が一瞬にして姿を消す。静と動の見事な変化に見惚れつつもアレスは開始の合図を放った。


「スタート。」


 アレスが言い終えた時には既に二人の姿はアレスの視界から消えていた。


「ふぁーぁ、んじゃ、俺はあと三十分くらい二度寝するとするかな。」


 トレーニングに励む二人とは対称的にアレスは大きな欠伸を一つすると、そのまま二度寝をするためにムニャムニャと家の中へと戻っていったのだった。 






 ≪カルソト草原≫へと続く村道。こんな朝早い時間からこんな道を通る人物はまずいない。ただ、例外として今朝も二つの人影が猛烈なスピードでその道を駆けていた。


 その人影の一つ、【治癒士】の異能力によって自身に身体強化を施しているミレアは十四歳の少女ではなく、屈強な成人男性を大きく上回るほどの肉体と同等のものへと自身を強化させていた。カヤが設定した目標時間をクリアしようとミレアは自身の限界へと身体強化を施している。

 それなのに、ミレアは目の前の人物についていくのが精一杯だった。体中から汗が噴き出し、筋肉は悲鳴を上げている。走り始めてまだ十分と経っていないのにひどい有様である。倒れないよう足を前に出すことに全神経を研ぎ澄まさせる。嗅覚、聴覚などの現在必要のない機能を異能力によってシャットアウトし、脳へと送られるエネルギーを減らすことで少しでも多くのエネルギーを体に回す。


 色を消したミレアの視界の端では、こちらを心配そうに振り返っているカヤの姿が映っていた。


(ただの身体強化だけでなく、走ることに必要ない情報を削除までしているのにっ…!?これでもまだ、…まだカヤさんには遠く及ばない!!何が「師匠の本気を見たい」だっ、自惚れていた。

 もっと、もっともっともっと、こんな不甲斐ないままのミレアじゃ、カヤさんの隣に立つ資格なんてないっ!!体が壊れようと治せばいい。私は【治癒士】なんだっ、限界を超えろっ!!)


 師匠に心配をかけさせている自分に怒りながら、ミレアは【治癒士】の異能力をフル回転させる。一歩踏み出す度に蓄積する疲労を瞬時に回復させる。これを意識的に行っていては遅い。その為ミレアは一瞬だけ、足を動かすことだけに向けられていた集中力を異能力の操作に傾けた。刹那とも呼べるその一瞬の間にミレアは自身の全細胞へと自身の意識を植え付けた。

 いまだかつて経験したことのない身体強化、否、身体改造。一つ一つの細胞に()()()()使()()()()といった意識を植え付け、脳は体を動かすことにだけ集中させる。異能力の使用を無意識化において意識的に行うといった芸当。そんなふざけた行為を奇跡的に成功させたミレアであったが、それでもまだ、目の前の人物と並び走ることはできなかった。






 ハァ、ハァ、ハァ、……


 ≪カルソト草原≫に着くなり、その場にミレアは倒れ込んだ。全身の細胞を用いて、疲労回復を行っていたにも関わらず疲労の蓄積の方が早かったのだ。【治癒士】でなければ体が壊れていてもおかしくないほどの疲労の蓄積の早さであった。

 倒れ込んだことにより動くことを考えないで良くなったミレアの脳内では今や()()に【治癒士】としての異能力をフル回転させていた。体のあちこちに蓄積している疲労を回復し、シャットアウトしていた機能を元に戻す。


(ついていくことすら、満足にできない…。さすがです、カヤさん。)


 そんな満身創痍なミレアの横でカヤは涼しい顔をしてアレスと話をしていた。ミレアが必死になって≪カルソト草原≫に着いた時にはすでにアレスは≪カルソト草原≫で待っていたのだ。


「一時間三分十七秒、まぁ誤差の範囲じゃねぇか。」


「そうだね。それにしてもミレアちゃんの成長には驚かされるね。設定時間を少しだけ厳しいものにしてみたつもりだったけど、しっかり最後までついてこれたんだから。」


 息も絶え絶えになりながら、横たわるミレアにカヤは称賛を送る。


「ああ、あの距離を1時間で走破するなんてのは【治癒士】にとっちゃキツいだろうよ。今の様子を見る限り、相当無茶したみたいだな。もしミレアの師匠がカヤじゃなかったら、俺は師匠をぶん殴っていただろうよ。」


「ははは、相変わらずだねアレス。」



 しばらくして、息が落ち着いたミレアにカヤはこの後のトレーニングを休むように伝えた。いつもならこの後ミレアはカヤと模擬戦を行うのだが、疲労が抜けきらない今日は素直に休むことにした。


「師匠はこれから、どうするのですか?」


 汗一つ掻いていないカヤの涼しそうな表情を見ながら、ミレアは質問する。


「んー、そうだね。弟子君の代わりに今日はアレスとゲームをしようかな。」


 その返事とともにカヤはアレスの方に顔を向けた。


「どうだい、アレス?久しぶりにちょっとだけ相手してもらえないかな。」


「やれやれ…、最近強く思うようになってきたがお前そろそろ人間の領域を超えているんじゃないか。【治癒士】でさえ、さっきのランニングでくたばるってのにな。」


 カヤの提案を受けてアレスは面白いものを見るように笑う。


「良いってことかな。それじゃ、俺は本気でアレスを殴りに行くからアレスは本気で避けてくれ。十分くらいでいいかな。俺のパンチが当たったら俺の勝ちね。」


「つまり鬼ごっこってわけか。本気ってことは異能力の使用もいいんだよな?」


「もちろん。ただ、効果範囲は≪カルソト草原≫にしてね。さすがに家まで帰られたりしたら、どうしようもないからね。」


「分かった。」


 アレスの異能力を知っていてなお、鬼ごっこのような形式のゲームにするカヤを見てアレスは笑った。


(自信あるって顔だな。ま、ミレアの前でかっこ悪い姿見せるわけにもいかないからな。本気で勝ちにいかせてもらうぜ、カヤ。)


 圧倒的に有利なゲームにあるにも関わらず、気を緩めないアレス。そんなアレスを見て、カヤはやる気をみなぎらせるのだった。

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