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昇る沈没者  作者: 安来 光
第1章 カルソト村襲撃編
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1-1 プロローグ

 暖かな日差し、頬を撫でる心地の良いそよ風。冬も終わりに近づき、これから春を迎えようと咲き始めている草花。

 王都から遠く離れたのどかな村である≪カルソト村≫。その≪カルソト村≫から少し離れた位置にある≪カルソト草原≫に四人の子供たちの姿があった。


「ファイアショット!!」


 声高らかに叫ぶ、赤い髪の少女。腰まで伸ばした赤髪を飛躍させながら、少女は目の前に立っている少年に左手を突きつけた。瞬間、白い手袋に包まれた左手の先から突如として小さな火球が生成される。そして、小石サイズの火球はそのまま少年に向かって勢いよく飛来した。


 ズンッ!!、………ドゴォォン!!


 小さな火球とはいえ飛来する速度はすさまじく、その衝撃によって地面に大きな穴を穿つ。舞い上がる砂煙、それは火球の威力を証明するものであると同時に赤髪の少女の目に映っていた少年の姿を隠してしまうものでもあった。赤髪の少女はすぐさま次の手に移る。砂煙によって姿は見えないが、あの少年にあんなに()()攻撃が当たっているはずがないと確信していたのだ。


(アイツの速さは私が一番理解している…、攻撃の手を緩めるなっ!!)


火閃(かせん)。」


 赤髪の少女は左手を胸の高さに持ち上げると、そのまま水平に一閃する。何もない空を切る一閃だが、赤髪の少女が行えば、その一閃は火を纏う。

 火を纏った斬撃が立ち込める砂煙に飛来する。


 ――ヒュウッ、


 先ほどの火球よりも速いスピードで飛んでいく火閃は目の前の砂煙を両断した。真ん中から上下に切り開かれた砂煙。赤髪の少女はその先にいるであろう少年の姿に視線を向けた。

 

 この瞬間、赤髪の少女は目の前の情報を正確に得ようとしたばかりに無意識の内に周囲への注意力が減少してしまった。赤髪の少女本人ですら知覚しないほどのわずかばかりの減少、しかしそれは赤髪の少女と相対する少年にとっては十分すぎるほどの減少だった。


 二ィッ、と


 嬉しそうに頬を緩めた少年は赤髪の少女に向かって真っすぐに駆けた。火球の衝撃を横に避けていた少年と赤髪の少女との距離がウソであるかのように一瞬でなくなる。


 一方、赤髪の少女は砂煙の先に少年の姿が見えないことを認識し、そして自らの過ちに気付いた。「しまった」、思わず口から出る言葉を自嘲気味に聴きながら周囲への注意を強化する。しかしその瞬間、それよりも速く赤髪の少女の左半身を突風が突き抜けた。


「――ッ!!」


 脳が判断するよりも先に赤髪の少女は視線だけを左側に向ける。そこにあったのは拳。


(無理だっ、避けられないっ!)


 そう判断した赤髪の少女は、観念したかのように下を向く。しかし、赤髪の少女の顔は勝利を確信したかのように笑っていた。


 そして、その直後、拳は赤髪の少女を突き抜けた。少女の顔半分が燃え上がり、突き抜けた拳に火が纏う。






「うわわっ!!あっちー、熱っ、あっつ!!」


 そう叫んだ少年は赤髪の少女を貫いていた拳を即座に引っこ抜くと、火傷している右手を冷ますかのように宙でブンブンと振った。

 顔の一部分が燃え上がっている赤髪の少女はケロッとした様子で少年の様子を見守っていた。


「くっそー、やっぱり無理か。ズルいよな、その同化(どうか)っていう能力。」


 赤髪の少女と対峙していた少年、カヤは恨めしそうに目の前にいる赤髪の少女を見つめる。

 黒髪短髪、十五歳でありながら子供とは思えないほどに鍛え上げられた肉体。身長は同年代の子と比べると高い方ではなく、むしろ赤髪の少女よりも少し低いくらいだ。


「私からしたらカヤの身体能力の方がズルいと思っちゃうけどね。さっきの一撃は何なのよ。気づいたら真横にいるんだもの。」


「だって、さっきのはアンジュの注意が一点に集中していたからね。その意識の外側に入りこんだだけだよ。」


 カヤの言葉を聴いて、アンジュは先ほどのミスを思い出す。


(私もまだまだだな…。)


 十五歳にして村随一の異能力の使い手と噂されているアンジュだが、カヤとの模擬戦においてはどうしても同化に頼らなくてはいけない状況になってしまっていた。

 自らの肉体を火へと化す能力、同化。肉弾戦において無敵の能力だが、それ故にこの能力を使わずしてカヤに勝ちたいと日頃からアンジュは鍛錬に励んでいたのだ。


 そんな二人の傍に二つの影が近寄ってきた。カヤとアンジュはその2人に気付くと、手を挙げて名前を呼ぶ。


「アレス、ミレアちゃん。」


 名前を呼ばれた二人も手を挙げて返事をする。カヤとアンジュの模擬戦を最初から見ていた二人は、終わったと判断して近づいてきたのだ。その二人の内の一人、ミレアと呼ばれた少女はカヤの右手が火傷していることに気付くとハッとして駆け寄った。


「カヤさん!!その右手、大丈夫ですか!?今すぐ、治しますね。」


「うん、お願い。」


 カヤは火傷している右手をミレアに差し出した。


治癒の光(ヒール)。」


 ミレアは差し出されたカヤの右手を両手で優しく包むと、そう唱えた。その途端、ミレアの両手から球体の白い光が溢れ出す。ポワポワとした、その優しい光は火傷したカヤの右手に吸い込まれていく。光がカヤの右手に吸い込まれていく度に、カヤの右手は火傷していたのがウソであったかのように治っていった。


 カヤの火傷が完全に治ったことが分かると、ミレアは能力を解いた。


「ミレアちゃん、いつもいつも本当にありがとう。また今度何かお礼をさせてくれ。」


 ミレアの頭を撫でながらカヤはお礼を言う。

 綺麗の緑色で、三つ編みによって二手に分かれている髪。小さな顔に不釣り合いな程に大きい丸眼鏡をかけており、ミレアは少しずれた眼鏡を両手でクイッと持ち上げて位置を直す。ミレアの異能力は先ほどカヤに使用したように【治癒士】と呼ばれる治癒の力。小さな≪カルソト村≫においてその異能力は頼もしく、村の病院長に次ぐ実力の持ち主であった。


 そんなミレアは、現在カヤに頭を撫でられとても喜んでいた。

 喜んでいるところをカヤに悟られないようにと、ミレアは恥ずかしい振りをして下を向く。ミレアは心の中で「もっと!!もっと撫でて!もっと、もっと!!もっともっともっとぉぉ!!」と叫んでいた。だが、ミレアの心中とは裏腹にカヤは軽くミレアの頭を撫でただけで手を離す。


(そんなぁ、もっと撫でてよ…。)


 異常なほどのカヤへの執着心。そんな気持ちを表には出さず、ミレアはいつもの笑顔で顔を上げる。


「どういたしまして。これからもカヤさんの傷はミレアが全部治してあげるね。」


 そんな言葉とともにカヤに向かってニコッとウインクしたのだった。


 カヤとミレアを近くで見守る二人。


「いつ見てもすごいわね、ミレアちゃんの治癒能力。」


「ミレアがすごくて可愛いのは当たり前だ。それにしてもカヤときたらあんなにデレデレしやがって…、カヤじゃなかったらぶっ飛ばしているところだ。」


「……、私にはカヤじゃなくて、ミレアちゃんの方がデレデレしているように見えるけど。」


 アンジュの最後の一言は聴こえなかったのか、アレスはぶつくさと文句を言い続ける。

 アレスはカヤとアンジュと同い年であり、ミレアと同じ緑色の髪で、カヤと同じ短髪であるがカヤとは違い身長はかなり高い。


 そんな時、アンジュは今朝母親から頼まれていた買い出しのことを思い出した。


「あーっ、いっけない、忘れてた!お母さんからおつかい頼まれていたんだ。アレス、村まで送ってもらってもいい?」


 用事を思い出すなりアレスに向かって手を合わせるアンジュ。


「う~んと、それならミレアもそろそろ帰って夕ご飯の支度をしようかな。カヤさんの為に今日も美味しいごはんを作らなくちゃ!」 


 アンジュに続いてミレアも帰る提案をした。


 余談だが、≪カルソト草原≫は≪カルソト村≫のはずれに存在する。火を用いるアンジュの異能力を十分に発揮できるようにと村から離れた≪カルソト草原≫が、カヤたちがいつも模擬戦で使用する場所になっていた。走って移動するとしても片道で三時間近くかかる距離だ。故に、本来であればそんな簡単に移動できる場所ではない。

 だが、それを可能にする異能力は存在する。


 アンジュとミレアの言葉を聴いたカヤは「それなら、今日はこれで終わりにしようか。」そう言ってアレスに目配りをした。


「あいよ。」


 アレスはそれに答えるように返事をすると、自らの異能力を発動した。


 その瞬間、≪カルソト草原≫から四人の姿はなくなっていた。



 カヤの目の前に広がる光景が草原から一瞬にして村の門へと変化した。


「じゃあね、また明日。」


 急いでお店の方へと走っていくアンジュを見送りながら、カヤたち三人も自宅に向かって歩いていったのだった。


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