疫病神と遠い日の夢
初めて書いた作品です。読んでいただけたら嬉しいです
夢を見ていた
もう何年もずっと見ている夢だ。僕は空を飛ぶとか妖怪が出るとか荒唐無稽な夢ではなく、今まで生きてきた中での思い出として夢を見ることが多い
最初はお父さんとキャッチボールをした小学生時代
夢は時系列をすっ飛ばして様々な場面にすぐに移る。
「零桜」と笑顔で僕を呼ぶお母さん
小学校のテストでいい成績を取って褒められたこと
5歳くらいの時に家族で流星群を見に行ったこと
小学校低学年の頃、お父さんにスキーを教えてもらったこと
お父さんとお母さんが冷たくなっていたこと
お父さんとお母さんが骨になったこと
親戚の人たちが僕を疫病神と言って誰が引き取るかで揉めていたこと
引き取ってくれたおじさんやおばさんが僕の悪口を言っていたのを夜中トイレに起きた時に聞いてしまったこと
高校からは一人暮らしをしますと言って中学校卒業から一人暮らしを始めたこと
学校の授業参観や親子レクで両親が来ないのを学校のみんなにからかわれたこと
小学校の卒業式で両親と写真を撮ってる同級生を見てると本気でしんどくて卒業式をサボった事
いろんな事がおきて楽しかっことや悲しかったことが沢山あったけど夢の中でなら両親に逢えた。それだけでよかった。起きてしまえばまた両親に逢えなくなる。夢の中の記憶とともに両親の顔も忘れてしまいそうだった
だから僕は夢から目が覚める瞬間が死ぬほど嫌いだった
目を開けると視界が鮮明になり様々な情報が入ってくる。カーテンの隙間から光が差し込んでいる。小鳥のさえずり、鼻くらいまで被っていた毛布の匂い。
「はぁ…」
一つため息を吐いて僕は体を起こした。毛布から体を出すと毛布の中と外の温度差に少し体が震えた。四月になったとはいえ日本の中で北の方に位置する所ではまだまだ寒い。
両腕で体をさすりながら僕は部屋にある電気ストーブの電源を入れる。二度寝をしないように洗面所に行って顔を洗った。顔を吹いたタオルは昨日毛布と一緒に天日干しをしたせいか、毛布と同じ匂いがした。
朝のココアを淹れるために電子レンジに牛乳を入れたコップを入れる。牛乳が温まる間に暇を潰すためにテレビをつけた
テレビでやっていたものは少し前に開幕を迎えた野球の勝ち負けの結果と右隅で控えめに映る今日一日の天気予報。どうやら今日は夕方から雨が降るらしい
一応折りたたみ傘持ってたよな、と考えていると電子レンジが温め終わったと知らせてくる。三つコップを出してのココア粉末をホットミルクに加える。
「はい。お父さん、お母さん」
自分のココアをテーブルに置くと残りの二つを棚にある家族3人で撮った家族写真の前に置いた。一人暮らしのアパートに住んでいる僕には仏壇なんて置く場所もすぐに買うほどの余裕もない。仏壇の代わりに写真の前で僕は手を合わせた
一人暮らしを始めてまだ2週間ほどではあるが、日課となりつつある起きてからの行動を一通り終えると僕はまた椅子に腰をかけてちびちびとココアを飲んだ
気がつけばそろそろ制服を着て家を出る準備をしなければならない時間になっていた。入学式に遅れるなんてシャレにならない。少しぬるくなったココアを一気に飲み干し、棚に置いた分のココアを冷蔵庫の中に入れ、歯磨きをしながらコップを洗った。
真新しい制服に身を包み、玄関のドアに鍵をかけると遅れてきたように外の冷たい空気が肌に突き刺さる。黒い手袋を付けて自転車の鍵を差し込みアンロックした。
田んぼと川の境界線になっている桜並木を自転車で走る。四月五日、ちらほらと桜は咲いていたが満開には程遠い。頬にあたる風の冷たさを紛らわせるように自転車のスピードを上げた
桜並木をしばらく進んだ後、左折し街の方へ行くと、人通り、車通りが多くなってきた。今日はこの辺の地域は入学式の学校が多い。自ずと学校の周りには人が集まっている
坂を少し登って自分の入学する学校の校門を潜ると、余裕を持って到着したつもりだったがもうかなりの数の新入生がいた。まだ開場はしておらず、もう少し遅めでもよかったかと少し損をした気分になった
新入生は同じ中学校出身の知り合いや両親などとなにやら楽しそうに会話をしていた。僕にはそんな相手なんていないので誰もいない隅の方で本を読んでいた
10分くらい本を読んで時間を潰していると昇降口が開いたようだ。昇降口の窓の所には組と名前が書かれた紙が貼り出されてあった。新入生はいろんな所で5人くらいが固まって自分が何組なのかを話していた
昇降口に向かう人の邪魔にならないような位置から自分の名前を探した。僕の名前は霧谷零桜。自分でも女の子みたいな名前だと思うが今はそんなこと関係ない。A組…B組…と名前を見ていくとC組で自分の名前を見つけた
出席番号は五十音順になっているらしく、「き」から始まる名前の僕は8番という男子で見ればどちらかと言えば早い番号だった
グループを作って固まって話をしている人たちの隙間を縫うようにして下駄箱に向かい靴を履き替えて案内のとおりに教室へ向かった
1年C組の教室へ入るともう既に何人かの生徒が座っていた。黒板に書いてある通りの席に向かうと僕は前から2番目の席だった。一番前よりはマシか…と思い、荷物を置いて霧谷零桜と名前の書かれたシールが貼ってある席に座る。
「ふぁ〜あ」
黙っているとまた欠伸が出てしまいそうなのでまた本を読むことにした。
ここでもまた本を読んで時間を潰しているともう大体のクラスメイトとなる人は自分の席に座っていた。
中学校までは男子は原則左隣に女子の机が置かれ、「はい、では隣の人と交換して丸つけしてください」とかいう意味わかんない制度があって隣の佐藤さんには変に気を使わせてしまったが、高校では自分の机の左側にも右側にも通路があって隣の人たちとも席はある程度離れている。
それだけの事だが少し気持ちは楽になった。
クラスメイトは仲良くなろうと自分の前の人や後ろの人、左右の人となにやら話をしていた。聞こえてくる内容は「どこ中出身?」とか「ちょっとあの人カッコよくない?」とか「あの子可愛くね?」とかそんなもの
そんな内容を音楽代わりに聞きながら僕は本を開いていた。本というのはとても便利なものだ。暇つぶしに読むことも出来るし、こうやって開いているだけでも話しかけてくる人はほとんど居ない。
それでも話しかけてくる人は一定数いる訳だが、人間なにかに集中している人には話しかけづらいもので、本を開いている時とただ黙って座っている時とでは話しかけられる頻度の差は明らかだ。
「あの人本読んでてなんか話しかけづらくない?」
もう既に男女の入り交じったグループが出来ていたようでその中の一人の女子がそんなことを言っている。それが僕に向けられた言葉なのか、僕以外の人に向けられた言葉かはわからないが、少なくとも僕は話しかけられたくないから本を開いている。ほっとけと心の中で言うとまた教室の雑音に耳を傾けた
本を開いて話しかけんなオーラを出してしばらくすると教室のドアが開いた。顔を動かさずに目だけで音がした方を見ると大人の女性が入ってきた。おそらく担任になる先生か、入学式の指導をしに来た先生か
女教師は教壇に立ち、おはようございます、と挨拶をする。条件反射のようにクラスメイト共々おはようございますと挨拶を返す。
「それでは今日の入学式の説明を…」
と女教師はまた話し始めた。入学式の説明は入退場の仕方、新入生起立と言ったら立つ、名前を呼ばれたら返事をしてステージの上にいる校長へ一礼。などなど三年前の中学校入学式でやったこととほぼ変わらない
適当に「いいですか?」や、「わかりましたか?」という言葉に
「はい」と返しているうちに入学式の説明は終わった。
入学式は1時間半ほどで終わった。1時間半の中のほとんどは新入生の名前が呼ばれて返事をして校長に一礼、そして座るという面白みのないもの。
新入生あいさつや、校長あいさつも毎年同じこと言ってるんじゃないかと思うような内容。「寒さの中にも春の兆しが〜」とか一体何年使い回してるんだか
入学式が終わると担任の先生がこれからの一週間についての説明をする。入学式の説明をしに来た先生はそのまま担任の先生だったようだ
四月の予定はオリエンテーション、応援練習、仮入部期間などと様々なことがある。原則部活は入らなければならない訳ではないので仮入部期間なんて必要ないと思うんだが。まぁとにかく部活に入らなくてもいいというのはこの学校の魅力の一つである
それでも教室では「何の部活入る?」とか「運動部はちょっとな〜」とか会話が聞こえてくる。この高校に入ったんだからみんな部活なんてやらないのかと思っていたがそうでもないらしい
今日は金曜日だ。来週からもう授業は始まるということですべての教科書が配られた。正直なところ辞書を持ち帰るのは御免被りたいところだ。辞書は学校において言っても問題はなさそうなので僕は配られた教科書だけを無理やりリュックサックの中に入れた
先生がこれからのことの説明を終えるとあとは自由解散となった。割と早く昇降口に出てきたつもりだったが、昇降口を出ると朝と同じようにところどころで数人が固まって話をしていたり、家族と帰っていたりしていた。それを視界の隅で捉えながら僕はすっかり重くなったリュックサックを自転車のかごにのせた
あまり重いものを自転車のかごにのせるのは良くないと聞きはするが、如何せん僕は割と汗かきである。家から学校まで、または学校から家まで自転車で帰ると割と汗をかいてしまうほどに。
そんな時に背中にリュックサックを背負っていると背中の熱が逃げずにとても気分が悪い。汗かきって本当に不便なんだよね。着替えやタオルは持ってこなきゃいけないし。
自分の体質に少し愚痴を垂れながら駐輪場から自転車を出して跨った。朝よりは流石に寒くはなかった。これなら手袋は必要なさそうだ
朝に通ったルートを逆に走って家に向かう。そろそろお昼時ということもあって、街の中は今朝ほどの人通りはなかった。桜並木は言わずもがな
川の音がする中自転車をただ前に漕いでいた。ふと川を見ると昨日雨が降ったからか水は茶色く濁っていた。僕は別にそれを見て何も思うことはなく、小さな水溜まりを避けながら家に帰った