003/体育倉庫
教師が目の前で爆散しようと、この教室の日常は変わらない。
閉め切られた窓を恨めしそうに眺めながら、大地が覇気のない声を上げていた。
「あ~、星空さんよぉ、俺、溶けそうなんだけどー?」
「いや、大地アホっしょ。人間、そんな簡単に溶けないから。つーかそもそも溶けないし? 高温になると先に燃える系? 的な? メルトする前にバーニング? 習ったっしょ」
「え~、まさかのマジレスかい。いやいや、そういう意味じゃないからね。これ、アレじゃん。例えじゃん。比喩? みたいな。胸がドキドキして心臓が爆発する感じじゃん?」
「心破裂は状況によっては起こりえます~」
「え? マジ? こわっ」
そんないつも通りの他愛のない無駄話を二人が進める間に、教師が一人、教室のドアを潜ってきた。
「田中、野口、おはよう」
二人の担任を務める教師、佐藤だ。
「おはようございます」
「さと先、おはっス」
二人がいつものように起立して挨拶を返す。
「こら、野口。挨拶の時くらい普通に呼びなさい」
「あー、マジ、メンゴっす! おはざっす!」
「はぁ……まぁ、良い。座れ」
星空のお馴染みの返答に、同じく教師もいつもの呆れ顔と形だけとなっている注意の言葉。
「はい。じゃあ、今日の授業だが、昨日の予定が制限で延期になってしまったから、その分、今日は放課後に模擬戦闘試験を行う。そのつもりで準備を進めておくように。それに伴って今日は各自、調整のために自習とする。何か質問があればその都度、コールするように」
佐藤は簡潔にそれだけ言って、潜ったばかりのドアから出ていった。
「マジか」
「マジじゃん」
「いや、知ってたけど」
「さすがに一大行事だし。でもさ、ゆーて今年はウチら二人だけだし、お気楽だわ。とりま武器えらぼ。体育倉庫いかね?」
「行く行くー」
残された二人の生徒も、それに続くように教室を後にした。
鉄筋コンクリート製の平屋が二人にとっての活動拠点だ。
教室を出ると校舎の出口がすぐ目の前にある。
その先には、四つの部屋しかない小さな校舎には不釣り合いなほどの広大な学園の敷地が広がっている。
人類の総数が半分以下になったおかげで、まるで地球そのものが広がったかのように土地だけは余っている。
一部の高価値な土地以外ではその所有権など争う必要性もなく、特にこの校舎の周囲に広がる枯れた土地のような場所には、わざわざ寄ってくる人間も皆無だ。
校舎の玄関口から先には大きなグラウンドが整備されている。
その脇に、校舎と同じくらいの蔵が添えてあった。
体育倉庫とはつまり、武器庫だ。
グラウンドの側にある蔵は、昔はそう呼ばれていたらしいと誰かに聞いて、星空が冗談交じりに呼び始めたのがいつの間にか定着していた。
「つーかサト先、変わんなすぎじゃね?」
「そ? 一年じゃそう変わんないっしょ」
「確かに。もっと若い時とか気になるんだけど。高校時代とか、絶対にイケメンよな」
「わかる。けど俺ら、サト先がそこまで若返る頃には死んでるんだよなぁ」
「ワラ」
体育倉庫の鉄扉を開くと、中からは火薬の臭いがこぼれてきた。
辺り一面に、無造作に銃火器類が散らかっていて、ひと昔前までなら考えられない杜撰な管理だ。
「うわー、久しぶりだわ。この匂い。ちょっと興奮すんね」
「なにそれヘンタイじゃん。そういえば武器持つのって入試ん時ぶりか」
星空の体が小さく震えて汗ばむのを笑い飛ばしながら、大地も同じ感覚を覚えていた。
二人はそういうふうに出来ている。
「あ、そうだ。大地、どうせ模擬なんだし、面白そうなの使お! せっかくのイベだし、楽しまなきゃ損っしょ」
「えー、でも負けたらハズくね? 相手はガチで来るじゃん、どうせ」
「負けなきゃ良いじゃん? 向こうも想定外の武器で来られたら焦るだろうし。ほら、見てこれ。ヤバイよ。初見じゃどんなアタックかけてくるか予想不可能っしょ?」
ケラケラと笑いながら星空が振り回すのは、一見すると銃だった。
ただ、その銃身が異様に長く、さらに螺旋を描くように捻じれている。
グリップの下部にはアイスピックのような大きな針が何本も伸びていて、確かに適切な使用法が思い浮かばない色物だった。
「それ、銃か? そもそもその形で弾でんの?」
「あー、わかんね。とりま試し打ちしてみるわ」
「おけ。でも暴発しそうで怖いから離れた所でよろしk」
「えー、そしたらウチだけ死ぬじゃん! 寂しいじゃん! 死ぬときは一緒に、ね?」
「ヤだよ。つーか、俺まだ武器、選んでないし」
「じゃあ選んでよ。撃ち合いしようよ」
「いや、俺が白兵タイプなの知ってるだろ。星空の方が絶対有利になるじゃん」
「じゃあさ、じゃあさ! ショートレンジからの開戦で良いから!」
「んー、それなら……これでも試してみるか」
大きな瞳を爛々とさせる星空の要望に押し切られる形で、大地も仕方がないと触ったことのない武器を手に取った。
「そうこなくっちゃね! じゃーエリアはグラウンドの外線で。確か模擬と同じ広さっしょ?」
「そうだったと思うけど。つーか模擬って俺らの学校でやるんだっけ?」
「さぁ? わかんないけど、ウチらの学校って模擬戦やるには都合いいみたいだし」
二人がグラウンドの中心に向かって歩いていると、校舎から担当教師が走ってくるのが見えた。
「おーい、田中、野口!」
「あ、サト先だ。走ってるのとか珍しいね」
「うわ、俺、なんかスゲー嫌な予感するんだけど」
「うん。ウチも」
そんな二人の予感は見事に的中していた。
佐藤は息も切らさずに二人まで駆け寄ると、開口一番に行った。
「模擬、今からになったぞ」
「え?」
その理由を聞き返す暇もなく、佐藤はスーツの胸ポケットから取り出した小さなスイッチを押す。
「悪いな。委員会の指示で急に会場が変わったらしい。そういう事で、武器は持ってるな? 良し、行ってこい」
「ちょ――」
二人にはそれを止める術などもとより存在せず、ただ目の前の景色が一変したのを知った後に、小さく舌打ちする事くらいしか出来なかった。