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otonasisu  作者: じばしば
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001/年齢制限31

「なんていうか、平和だよなぁ……」


 吹き抜けるような初夏の青空を見上げながら、田中大地は気の抜けたマヌケ面で口を開いた。

 空きっぱなしの口の中を、蚊取り線香の匂いが熱気を纏わせながら通り過ぎていく。


 日の陰になる室内にいても、開け放された窓からはじっとりと熱を含んだ外気が容赦なく滑り込んできて、大地の体を汗ばませる。


「いやいや、大地、とりあえず窓しめよ?」


 窓の外を見上げる大地の視線を透けるような金色の髪が遮った。

 夏風に揺れる色素の薄いブロンドヘアの内側から落ちてきたのはクラスの隣人、野口星空の声だ。


「いやいや星空さんよ、死ぬってば。この窓閉めたら、マジ死ぬ。マジ暑すぎでしょ?」


 窓を開け放たなければ蒸し焼きにされてしまうような室内で、風と一緒に侵入してくる害虫を排除するために窓辺に置かれた虫除け薬の線香の香りには大地は子供のころから慣れている。

 しかし都会から疎開して来た星空は、今となっても、どうにもそれが苦手らしい。


「匂いヤバイって。この匂い嗅いでる方が健康を害するっしょ? マジっしょ?」


 都会の学校にはクーラーなる冷房機器が設置されているらしく、星空は夏でもこの虫除け薬の香りとは無縁の生活を送っていたらしい。


 少し昔までなら、こんな田舎の学校でも、こんなに暑い日が続く時期には窓を閉め切りクーラーを効かせていたらしいが、大地たちにとっては昔話の中だけでの話だ。

 夏は冷房。冬は暖房。

 ほとんどの建物にその機能が常設されていたというのだから、今では考えられないくらい恵まれた環境だと思うが、かといってそんな時代はしらない大地にとって、別に今の環境もそこまで不便ではないと思える。

 夏の熱さも冬の寒さも、どちらも耐えられないものではない。


「つーか大地、顔やばいじゃん?」


 大地の意見は取り入れられることはなく、星空が無慈悲に窓を閉めながら話題を変える。

 一方的にこの話は終わり、窓は閉めて夏の暑さに耐えるべきなのだと決定されてしまった。


「え、うそ? 今、俺、そんなやばい顔してた?」

「してたしてた。アレじゃん、そう、溺れ死んだカッパが水面に浮上してきた瞬間の顔的な? こんな感じで、ぼへ~~~って」

「マジ? つーか星空、女子としてどうなのその顔芸? その顔の方がやばくない?」

「うそ? 鏡ないからわかんない。ヤバイ?」

「ヤバイよヤバイよ」


 溺れたカッパが死に際にそんな表情をするのかはおいといて、それ以前に現役女子高生としての尊厳の方がヤバイと大地は思う。

 サラサラとほつれることなく揺れる金糸も、クリクリと大きなガラス玉のように透き通った瞳も、見事に均整の取れた顔のパーツの一つ一つも、日焼けという概念すら知らないとでも言い出しそうな染み一つない白い肌も、無駄な脂肪を一切感じさせないスラリと長いその手足も、この年代の女の子ならきっとその全てに憧れて欲しがるだろう。

 それを全て投げ捨てるような変顔っぷりだった。

 ヤバイヤバイと言いながら、慌てる様子も見せずにそんな変顔を続ける星空。


「でも別に、ここ大地しかいないし。気にしないって事で」

「それな。一理あるわ」


 この教室に生徒は二人しかいないのだ。慌てる必要など最初からまるでない。

 そんな状況で一年も過ごせば、二人のその関係は最早、友達よりも家族に近い。

 顔の似ていない双子のように、誰に気を遣うわけでもなく、二人は互いに気を許しあう。


 星空が下着が見えるのも気にせずスカートを煽っても、大きく胸元をはだけても、そこに異性としての色気というものが生まれないし、羞恥もない。

 最低限の常識は残しつつも、互いにやりたい放題だ。


「つーか都会ってやっぱ居るの? カッパ」

「いや、大地アホっしょ。いるわけないじゃん」


 そんないつも通りの他愛のない無駄話を進める間に、教師が一人、教室のドアを潜ってきた。


「田中、野口、おはよう」


 二人の担任を務める教師、佐藤だ。


「おはようございます」

「さと先、おはっス」


 二人がいつものように起立して挨拶を返す。


「こら、野口。挨拶の時くらい普通に呼びなさい」

「あー、マジ、メンゴっす! おはざっす!」

「はぁ……まぁ、良い。座れ」


 そしていつものように佐藤も半ば呆れながら注意をする。

 星空の返答もすでにお馴染みとなったものだ。


「はい。じゃあ、今日の授業だが、放課後に……」


 教卓に書類を広げたその直後、佐藤の体が風船のように膨らんで、弾けた。


「マジか」

「マジじゃん」


 教卓を真っ赤に染めて、目の前で担任の教師が死んだ。

 一瞬の静寂の後、二人はそのことに、たった一言、そう漏らしただけだった。


「俺、とりあえず職員室に連絡いれるわ」

「じゃあウチ、清掃のオッチャン呼んでくるわ」

「オケー。ヨロっす」


 その表情には恐怖も焦燥も悲哀もない。

 ただ、その出来事の後にすべき処理を、やるべき行動を成すだけだ。


「いきなりでビビった」

「確かに。まぁそろそろって感じはしてたけど」

「それな。わかるわ」


 その間隔は不定期だが、いつかは必ず来る。

 特別大きな騒ぎにもならず、すぐに死体処理が進められて、アッという間に教室が綺麗になるのと同じように、また何事もなく時間が進む。


 その瞬間、人類の年齢制限がまた一つ、下がった。

 ただそれだけの事だ。


 そして人類は、ただそれを受け入れるしかないのだ。

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