第八話-騎士団-
翌日、十一時過ぎの『The Earth』。日曜と言うだけあり、街はいつも以上の賑わいを見せている。歩く人々は皆どこか楽しそうで、この世界に暮らす人々として、満足げな表情だ。
そんな中、城の外壁でなんとも微妙そうな顔で立っている剣士と、その横で顔を俯かせている魔導士がいた。
「……本当に、ごめんなさい」
「いや、まあ。……大変だよな、宿題って」
今ここにいるのはフィアレスとセシウスの二人だけ。雲雀とシンの姿はなかった。
その理由を先ほどセシウスが話したのだが、それは、「一週間前に出された宿題を、今の今まで放置していたことを昨日思い出した」という事で、そんな理由でと呆れたのもあるが、向こう三人もフィアレス――亮と同じく学生、しかも同年の高校生だと判明してしまったのが、このなんとも言えない胸のもやもやの正体だ。
フィアレスは、オンラインゲームにおいては、相手のリアルの事情はできる限り聞きたくはないと思っていたのだが、セシウスがそういう事情に疎く、つい口を滑らせてしまったのだ。
とにかく、今日は二人で行くしかない、ということだ。
「いや、まあ。うん。このまま黙ってても仕方ないしな。どっか、エリアに出るか」
「……そうですね。でも、どこに行きましょうか」
「あれから三人で餌探しに行ったんだろ? 結果はどうだったんだ?」
「順調に手に入りましたね。さっき会いに行ったときにあげてきました」
支援獣にあげられる餌は一定時間ごとに一日三回。時間をかけなければ成長させられない仕様だ。
「あ、名前は『ハナちゃん』にしました。やっぱり、猫ってかわいいですよね……」
恍惚とした表情で笑うセシウスに、フィアレスも釣られて微笑んでしまう。
「さっそく可愛がってやってるんだな」
今まで飼えなかった反動なのだろうが、きっとセシウスはあの子猫にかなり入れ込むことになるだろう。だが、そういう楽しみ方だって十分いいものだ。
「餌探しには行く必要はないんだな。じゃあどうするかな……」
適当なエリアに出て、経験値稼ぎをするだけでも構わないが、どうせなら何か目的が欲しい。この『The Earth』は、時間を使おうと思えばいくらでも使えるほどのボリュームがある。
単純なプレイヤーレベルアップ以外にも、武器・防具の強化や、職業レベルの上昇による各種スキルの収集、アーツの使い込みで上級アーツを覚えることもできる。効率よくやろうと思ってはいないが、どうせ同じ時間を使うなら平行して進めたいとは思っていた。
どうしようか、と悩んでいたところ、そう言えばとセシウスが口を開いた。
「昨日、しんちゃんが騎士団の人たちがなんとか、って言ってましたよね。何か聞きに言ってみたらどうでしょう?」
「騎士団か。……そう言えば初心者支援とか言ってたな。ちょいと気になってたし行ってみるかな」
天馬の騎士団。昨日、用事を済ませた後に軽く調べてみたところ、その規模はフィアレスが考えていたものよりも遙かに大きいものだった。
そもそもこの『The Earth』で形成されるギルドとは、何かの目的――戦闘・商売その他、各々が望んでいる行動が一致している者が集い、運営する事が基本だ。
有名所は、ゲーム攻略をひたすら目指し、他のプレイヤー向けの通常攻略や、ボスの最速撃破・条件縛り撃破などのマニアックなプレイまでを網羅する『ラウンズ』や、『The Earth』内で行われる行商のすべてを管理しているとまで言われる商業ギルド『トラストミー』、そして、『天馬の騎士団』の三つだ。
その他、細かな目的を持つ物や、逆に友人連中が集まる小部屋、ギルドメンバー特典が欲しいだけの人物が作った無目的ギルドも数多存在している。条件さえ満たせば個人でもギルドを設立できるため、総数は把握できないが、そんな中一際目立つのが騎士団だった。
その理由は明白で、有名大手のギルドの中で騎士団だけが、運営から特別に、街から移動できる専用エリアを与えられているのだ。活動規模、メンバーの数、何よりプレイヤーへの存在感が桁違いなのが大きな特徴だ。騎士団に入ったプレイヤーはオリジナルの白い鎧を装着することが義務づけられ、非番の日以外は常に騎士としての行動を求められる。下手を打って騎士をやめさせられた人物もいるという噂だ。
良くも悪くも、『The Earth』内に蔓延る正義の集団、ということだ。
その専用エリアに行けるのは、街の北東、ギルドエリアと呼ばれる場所からだ。本来なら、そこに置かれた長屋のような一連の建物の中で、小さく区分けされているのがギルドの部屋になる。もっとも、部屋自体は別エリア扱いで管理されているため、数多くのギルドがあっても部屋が足りず設立できなくなる、ということはない。
その長屋を右手に、奥にそびえる一つの小型魔法装置。そこから飛んでいけるのが、騎士団の専用エリアだ。
エリア移動した二人を待ち受けていたのは、どこかの国の城かと思わせるような巨大な建造物だった。石造りだが、城というよりは砦といったところか。いくら巨大とは言えあくまで個人が設立したギルドに、ここまでの物を与えていい物なのか。もはや驚きを通り越して呆れてくる。
「なんか、すごいですね」
セシウスもそれを見上げてぽかんとしている。
「まあ、とにかく中入ろうか」
いつまでも外見を眺めているわけにもいかない。中に入ると、案内役の騎士が立っていた。声をかけると、初心者支援の部屋に案内される。広いスペースを有効利用して、支援専用の部屋だけでも数部屋あるようだった。
「病院みたいですね」
「あー……なんかどっかで見たことあると思ったら」
騎士の案内で奥の部屋まで通され、用意されていた席に座る。しばらく待っていると、共通の鎧の他、赤いマントをつけた騎士が一人やってきた。
「こんにちは。第三騎士団副団長、トールソンです」
深く頭を下げ、失礼しますと向かいの席へ座る。その背には赤いマントがはためいている。さっき案内した騎士は装備していなかった。恐らくは、幹部級の騎士のみに許されたものなのだろう。
初心者支援は末端の役割などと勝手に思っていたが、副団長が出向いてくるとは意外だった。こういった人員の配置が、人を惹き付ける理由なのかもしれない。
「どのようなご用件でしょうか」
「つい最近始めたばかりで、いくらかレベルはあげたんですけど、この後どうしたらいいかよくわからなくて」
セシウスの言葉に、トールソンはそうですか、と相づちを打つ。
実際のところ、ただひたすらエリアに出るだけでもゲームは進む。それだけの質問だということはわかっていたが、フィアレスはあえて何も言わなかった。
「では、今装備している物はどの程度ですか?」
「店売りの奴だよ。初期装備ではないけど、スキルはついてない」
武器は強化することで様々なスキルを付着させることができる。各種ステータスが上昇したり、攻撃に状態異常を付加させることができるようになるなど、効果は様々だ。
「それなら……ビッグゴブリン狩りなんかがいいかもしれないですね」
「びっぐ……えっと、ごめんなさい。よくわからないです」
「ビッグゴブリンはエリアに出てくるボスモンスターです。普通のモンスターよりは手強いですが、倒すと店売りの武器より一ランク高い武器を高確率で落とします。スキルもついていることが多いので、店で揃えるよりよほどお得ですね」
「なるほど……」
セシウスが大きくうなずく。実際、答えはかなりまともな部類だ。適当に答えているのではなく、こちらが初心者だと言うことを理解し、必要な説明をしている。
「ビッグゴブリンの攻略法ですが……」
「待った」
さらに説明を始めようとしたトールソンの言葉を、フィアレスが遮る。
「初めて戦う相手は自分で攻略したい。悪いけど、これで十分だ」
相手がどれくらい強かろうが、まともに戦って勝ち目がないような戦いだとしても、とにかく初回は何の知識もない状態で戦ってみたい。攻略法を知っていれば倒すのは簡単だろうが、面白味がなくなってしまう。実際のところ、攻略サイトでちらりと見た覚えのある名前なので、完全に無知識というのではないのだが。
親切で教えてくれようとしたこの騎士には申し訳ないが、ここから先は聞きたくなかった。
「ああ、なるほど。……では、わかりました。ビッグゴブリンですが、無の精霊石『小鬼の』『踊り場』で確定で出現します。もし苦戦して倒せないようなら、またいらしてください」
エリアワードまで教えてくれる。考えていたよりも余程丁寧だった。
「それと、もしPKに襲われた際は、その名前と人相を伝えてくだされば、捜索も受け付けています。最近、どうもPKの動きが活発化しているようなので、お気をつけください」
「PKか……。確かに、気を付けないとな」
「そうですね。それじゃあ、ありがとうございました」
詳しく教えてくれた騎士に礼を言い、二人は街の城まで戻ってきた。
「いい人でしたね」
「ああ。なんか、もっと高飛車な奴らかと思ってたよ」
騎士団などと偉そうな看板を掲げていると、どうしてもそういう風に思ってしまう。もっと信頼して大丈夫なのかもしれない。人気ギルドとの評は伊達ではない。
「まあ、あんな感じならもっと頼りにしてもいいかもな」
ボスモンスター相手ということで、しっかりとアイテムを買い込み、教えられたエリアへと二人で飛んだ。目標レベルは8。フィアレスが7、セシウスが6なのでちょうどいいぐらいだろう。
内容は以前来たような草原エリアだ。しかし、近くを歩いているのはウルフではなく、背が低く角を持った生物――つまり、あれがゴブリンだ。右手には剣、左手には盾を持っている。
「ボスモンスターはエリアのどこかにある魔法陣からワープした先で戦える。適当に雑魚倒しながら探そう」
「はい!」
今日も、楽しい冒険が始まる。