第七話-PK-
「よし、進むとしますか」
フィアレスの先導で、更に奥へと進む。しばらく歩くとまた少し広い空間に出て、そこでまた同じ地属性のエレメンタルが現れた。だが、さっきの戦いで風属性の技を覚えたため、それを使えばエレメンタルは大した相手ではなかった。さくっと倒し、経験値を頂いて先へ行く。
そこからしばらく歩くと、急に道が一本道へと変化した。ひたすら長い道を、ただ歩き続ける。
「お」
先頭に立つフィアレスが何かを発見したようだ。すると、フィアレスは振り返り、セシウスに先を行くよう言った。
「え……?」
「大丈夫、敵はもういないよ」
それを信じ、セシウスが前に出る。すると、うっすらとだが、何か丸いものがあるのが見えた。
「……もしかして」
それに、言いようのないワクワクした高揚を感じ、小走りで接近した。精霊石によって薄明るく照らされた空間に置かれていたのは、何かの卵のような形をしたものだった。
「これが……!」
卵状の物体へ手を伸ばす。触れ、持ち上げると、急に卵が輝きだした。
「ぁっ……」
パリンと殻が割れ、セシウスの手の中に、小さな動物が残された。見た目は、やや耳が長く、背に小さな翼のようなものが生えた子猫だ。金の毛に黒が混じった、虎毛だ。
「か……可愛い……!」
くりくりとした瞳で、セシウスを見つめる。
「……これで、エリアクリア、ってことか」
フィアレスが言うが、セシウスは子猫に夢中で聞いてはいない。頭をなでたり、首をさすったりと遊ぶのに暇がない。
「おーい」
「え、あ、はい!」
「相手するのは後にして、街に戻ろうよ」
「あ……ご、ごめんなさい」
思わず我を忘れてしまったことを謝り、子猫を抱いたまま、近くの魔法陣へと入った。
満足気に街へ戻ると、急に誰かがセシウスへと近寄ってくる。やや太り気味で、背中に大きなバッグを背負っていた。
「え、えっと……」
「大丈夫、NPCだ」
ノンプレイヤーキャラクター、とフィアレスが教える。これは、支援獣の世話を代わりにしてくれるNPCだ。手に入れた支援獣は、まず彼に預ける必要がある。
「自分でお世話、出来ないの……?」
説明を受け、悲しそうに周りへ助け舟を出す。なだめるようにさらに説明を始めたのは雲雀だ。
「支援獣は最初、牧場に預けられるの。で、そこでプレイヤーは餌をあげてその子を育てる。餌をあげた数とか、種類とかでこの子は成長していって、最終的には戦いのサポートをしてくれるようになる、ってわけ」
続くようにシンが言う。
「んで、生まれたての支援獣はまだ手元には置いておけない。でも、二、三個餌をやればまず第一段階になって、その状態だと街とか、戦わせられないけどエリアにも、一緒に連れていけるようになる」
「じゃあ、まずは餌を集めてこないといけないってことか……」
支援獣に関してはフィアレスもそう詳しくはない。セシウスと同じく、説明に聞き入っていた。
「そういう事。ほら、とにかく預けちゃわなきゃ。イベントが進まないから」
説明は理解できたが、それでもせっかくの愛猫を預けるのは嫌だった。だが、それではどうしようもないので、涙を飲んで子猫を手渡す。
「それでは、『ウィングキャット』をお預かりいたします」
NPCはそう言い、一礼して去っていった。彼が言った『ウィングキャット』、それがあの支援獣の名前だ。
「うーん……あとで、名前考えてあげなくちゃ」
ウィングキャットのままでは、名前としては味気ない。
「そうだな。……動物、好きなのか?」
フィアレスの問いに、セシウスはすぐさま頷いて返す。
「昔から犬とか猫とか、動物が大好きだったんです。でも、お母さんが動物にアレルギーがあって、家では飼えなかったんです」
「なるほどね。なら、今までの分、世話してやらないとな」
「はい!」
願ったり叶ったりといった具合に、セシウスは元気いっぱいに返事をする。それを見て、雲雀とシンも満足げに微笑んでいた。このゲームを始めてよかった。心からそう思った。
「さてと、じゃあ餌買いに行きますか」
雲雀の提案に、みんなが頷く。支援獣を育てるには専用の餌が必要だ。衣装と同じくエリアドロップもあるが、街で出品されているものを買う方が手っ取り早い。
「とりあえず中央にまで出向こう」
街の中央地区にも、また様々な出店が揃っている。北西マーケット地区は食材や料理の屋台が多いが、中央は雑貨、アイテムが主流だ。個人が出店しているため値段は日によってまちまちだが、通常よりは断然安く買えるため重宝する。
そう思って移動したが、円形の中央広場に出揃っているはずの店がなく、代わりに、白い鎧を着た集団が広場を占拠していた。
「……なんだ、これ」
動揺するフィアレスに、シンが説明する。
「騎士団の集会だよ。そういや、そんな時間だ」
メニューを開くと、二時を過ぎたところだ。毎週土曜のこの時間、騎士団は集会を開始するという。
「えっと……なんだっけ、騎士団って」
フィアレスが訊く。ゲーム内容に関しては調べたが、ゲーム内部の細かな部分についてはまったく知らない。大手とはいえ個人の作ったギルドというのなら、攻略サイトには載ってない。
「『天馬の騎士団』って言ってな。 PKとかRMTとか、そういう迷惑行為や不正行為をどうにかしよう、っていう大手ギルド」
「ああ……なんかどっかの掲示板で見たな、そんなの」
説明を聞いて納得するフィアレスとは対照的に、セシウスはまったく理解できていなかった。
「……なんか、専門用語が出てきてよくわかんないな」
他の三人が知っているゲーム用語は、セシウスにとっては未知の言葉だ。同じ日本語を話しているのかどうかすら危うい。
それを見かねて雲雀が説明する。
「PKってのはプレイヤーキル……まあ、要は人殺しって事だね」
「人殺しって……そんなのがあるの?」
字面では物騒だが、オンラインゲームにおける命はかなり軽いものだ。回復薬一つで蘇る命、それを奪うこと、その行為自体は大したことではない。
「まあ、人殺しとは言うけど、実際に死ぬ訳じゃないし、ゲーム的にはルール違反ってんじゃない。でも、アイテム奪われちゃったり、攻略してたエリアから強制的に出されちゃったりで、迷惑ではあるんだよね」
人殺しそのものは罪ではない。しかし、それによる確実な被害があるのもまた事実である。
「騎士団の活動もやりすぎなんじゃないかって意見もあるしな」
ゲームを提供する側が禁止していない行為を、集団とはいえプレイヤー側が押し止めようとする事は、プレイヤーとしての範疇を越えてしまっているのではないか、という事だ。しかし、運営から差し止められているわけではないため、騎士団は活動を続けている。
「フィアレスさんはどう思ってるんですか?」
PKという行為について、だ。フィアレスは顎に手を当て、悩む素振りを見せた。
「難しいよな。PKされたら嫌だけど、規約違反ってわけじゃないし。PKすることを楽しんでる人だっている」
「人殺しを、楽しむ……」
「人殺しって言っても、実際に死ぬわけじゃない。この『The Earth』においてはそれも楽しみ方の一つなんだ」
エリアに出て冒険する。街で商人として商売する。料理を作って振る舞う。それらとPKの間に、大した違いはない。そのどれもが、この『The Earth』の一部分なのだ。
「個人的にはPKは嫌いだ。それは本当。でも、俺にはPKを否定出来ない。否定しちゃいけない……と、思う」
この意見に自信があるわけじゃない。だが、それを否定することは、ひいては『The Earth』そのものを否定することになってしまう。好みの差が出るのは仕方がないが、それをなかったことにはしてはいけない。……それが、フィアレスの持論だ。
「いい子ちゃんぶった意見だな」
フィアレスの言葉を茶化すようにシンは鼻で笑う。さすがにむっとしたか、フィアレスは眉間にしわを寄せた。
「なんだよ、それ」
「どっちつかずって事さ。俺はPKは嫌いだ。なくなっちまえばいい。一体何個のレア武器持ってかれたことか……!」
シンの意見はハッキリしている。自身が何度か被害に遭っているからこそだろう。続いて雲雀が口を開く。
「私もシンの意見に賛成だな。PKはなくしてもいいって思ってるし、そうじゃなくてもせめて、アイテム取られんのはやめてほしい」
「俺はただ、誰でも楽しくゲームができればいいって思って……」
「だからって人に迷惑かけていいわけじゃないじゃんか。楽しみたいなら別の楽しみ方を探してほしいね」
皆がそれぞれ意見を持っている。それだけPK問題は深刻で、デリケートな事なのだ。そうセシウスは思った。
「なんか、難しいね、いろいろと」
「そうだな。まあとにかく、俺らみたいな弱者の味方をしてくれるのが騎士団だから、なんかあれば声かければいいさ。初心者支援とかもしてるみたいだし」
話し合ったところで解決する問題ではないと話を切り上げる。
とにかく、騎士団の集会がある以上、ここで餌は売られていない。他のところで売っているかもしれないと街を一通り歩いたが、あまり有用な物は売られておらず、結局、城まで戻ってくることになってしまった。
「日が悪かったな。こんなんなら、はじめからエリア出りゃよかった」
シンが悔しげに言う。確かにそれならばついでに経験値稼ぎもできていただろう。そう思うと、少々時間を無駄にしたような気がしてきてしまう。
「んじゃまあ、そういう方向で。雲雀、いいエリアあるか?」
「ちょい待って。餌用のエリアは……」
装置に近づき、雲雀が操作を始める。支援獣の餌はランダムドロップの中の一つだ。適当なエリアに行けば手に入る可能性は普通程度にある。
「ん……悪い、メールだ」
話の最中、フィアレスが言う。画面を追うような視線の動きを見せた後、申し訳なさそうな表情へと変わる。何か用事ができてしまったことは察せられた。
「ごめん、今日は落ちるわ。本当はもうちょっと着いていきたかったんだけど」
両手を合わせて謝るフィアレスに、セシウスはいいえ、と笑顔で返した。
「仕方ないですよ。こっちは三人でなんとかします」
昨日とは真逆の展開がちょっとだけ面白い。もうちょっと落ち着いて旅ができたらいいのだが、これがゲームで、現実の事情がある以上仕方ないだろう。これも、一種の醍醐味だ。
「本当ごめん。……そうだ、明日は空いてるか?」
「明日は日曜ですし、午前中からでも大丈夫ですよ」
「よし、じゃあ明日! 明日またメールするよ。それじゃ!」
慌ただしく別れを済ませると、フィアレスの姿が消えていく。 『The Earth』から去る――ログアウトしていったのだ。
「また明日、ねえ……」
横で雲雀がにやにやと笑う。何か含みがある言い方だ。
「何、その笑い方」
「いやあ? 別に、何も?」
何もと言いながら雲雀は絶対に何か別の事を考えている。それはわかるが、何を考えているのかまではわからない。
「今までゲームやったことのない奴が、毎日、しかも日曜の午前中からゲームやろうなんて言い出したら、そりゃあこんな風にもなるだろうよ」
「……それは、確かに……そうかなあ」
シンの言葉は確かに正しい。勢いもあったとはいえ、日曜の午前中からとは、一日にゲームをする時間が一気に増えている。 ちょっと気をつけた方がいいかもしれない。
「まあいいや。さ、二人とも。餌探しに行こうか」
雲雀が再度装置に入って操作をする。
今度はどんなエリアに連れて行かれるのか。とてもワクワクする。そして明日、またフィアレスに会うことが。
とても、楽しみだ。