第六話-中ボス-
薄暗い洞窟エリアは、広い草原エリアと違い、細い道が続くことが多い。中には迷路になっているところもあり、下手に進むと延々迷いかねない。暗がりでは敵も発見し辛いが、敵がいる場所は大概小部屋になっているので、不意打ちは少ない傾向にある。
そんな洞窟エリアでは、マッピングが必須となる。だが、素の状態ではオートマッピング機能がないため、手作業でマップを作らなければならない。これに関しては賛否両論だ。冒険しているというリアリティがいいと思うか、ただ面倒なだけか。
面倒に思う人のために自動でマッピングしてくれるスキルもあるが、入手が少し面倒なため、比較的高レベルの二人でさえ取得していない。
切り込み役兼盾役の剣士が先行し、どんどんダンジョンを進んでいく。
「ん……また行き止まりだな」
しばらく進んできたが、これで三度目だ。未だに敵に出会ってない。しかも、前二度はまだ宝箱が置いてあったが、今回はそれもない。完全なハズレだった。
「あたし、こういうの嫌いだな」
雲雀が言う。先程からマッピングを担当していたため、手元に書き込みながらだ。書いたマップはパーティ内で共有される。
「分かれ道のこと?」
「分かれ道もだけど、こういう別れた先に何もない道がさ。宝があるとか、せめて敵がいれば経験値になるからいいんだけどさ」
書き終え、呆れたようにため息をつく。
「これがいいんじゃないか。なにもないんじゃない。空白があるんだよ」
と、シン。それにフィアレスが同調する。
「嫌だって考えもわかるけど、これがあるからダンジョンって感じだよな」
「お。わかってるじゃねえか」
「だから、ゲーム好きなんだよ、俺も」
「あーはいはい。ほら、さっさと戻って先進むよ」
変なところで気の合う二人に雲雀の呆れがさらに増し、頭を掻いて振り返った。その気持ちは察せられるが、セシウスはそれよりも、シンとフィアレスが少しでも接近してくれたのが嬉しかった。
「剣士、前!」
「はいはい」
マップを埋めつつ更に進む。また何個かの分かれ道に翻弄されつつ、辿り着いたのは今までよりも広い空間だ。
「なんか、敵が出そうな雰囲気……」
マップをしまいつつ雲雀が言う。しまうと言っても、一瞬光って手元からなくなるだけだ。魔法の力で分子レベルにまで分解し収納、取り出すときに再構築という設定だ。
「今まで露骨に出てこなかったからな。中ボスクラスはいるんじゃないか?」
シンが武器を取り出す。弓闘士の回復技は心強いが、出てくる相手の攻撃力によっては、低レベルのキャラクターは一撃で死にかねない。そうなれば、回復技とて意味はない。
「レベル、心配だな……」
ぼそりとフィアレスがつぶやく。レベルが足りないのははじめからわかっていたが、それは雑魚戦でまかなえると思っていた。特にレベルの低いセシウスは、高レベルの相手と戦えばすぐにレベルが上がるはずだった。
「どうする? 予定変えようか」
本来ならレベルが上った状態で強い相手と戦う予定だった。しかし、それが出来なかったのなら、ここは高レベルの雲雀とシンがまともに戦闘に参加してもいいだろう。
そう考えて発言した雲雀だったが、シンはダメだ、と首を横に振った。
「強い相手を低レベルで攻略するのもゲームの醍醐味だ。フィアレス、やってみろ」
これは一つの試練だ。シンの口ぶりから、セシウスはきっとそうなのだとわかった。
シン――慎太郎はゲームが大好きだ。ひばりもそこそこ好きなのだが、それでも慎太郎と話が合うほどハマってはいない。会話が噛み合ったのはこの『The Earth』が初めてと言うほどだ。しかし、フィアレスはそれに並べるかも知れない相手だと、今までの会話できっとそう思ったに違いない。ここで怖気づくようでは、真のゲーム好きとは言えない。
どうか、とフィアレスの顔を覗く。だがそこにあったのは、まるで好物を前にした少年のような、ワクワクを感じさせる笑みだった。
「さっき拾った強化アイテムを使って……回復薬も充分……」
いらぬ心配だったようだ、とセシウスは安心する。ならば、自分も彼の力になるよう、最大限努力するだけだった。
「やりましょう、フィアレスさん!」
「ああ。ぶっ倒してやろう」
二人で小部屋へ足を踏み入れる。薄暗く、先はあまり見えないが、何かの影のようなものがいることは理解できた。
「先手、行くぞ!」
フィアレスが右手に持った剣が輝く。これが近接職の技――アーツ発動の証だ。昨日のレベル上げで修得したものだ。
光る剣を頭上に掲げ、一直線に振り下ろす。すると、その線をなぞるように、青い斬撃が飛んだ。剣士の技、『裂衝斬』だ。
飛ぶ斬撃は影に命中する。だが、ヒットしたダメージ音は、金属に弾かれたような、ほとんど効いていないことを表す軽いものだ。
「硬い……?」
ダメージに反応し、暗がりからモンスターが飛び出してくる。そのまま突進してくるモンスターを避け、その正体を見る。
本体は飛行する黄色の巨大な宝石だ。そこから、大小様々な石で出来た翼の骨格のような物が生えている。どうやって浮いているのか、まったく検討がつかない。
「エレメンタルか!」
フィアレスがその正体を口にする。それと同時、そのエレメンタルの前に黄色い魔法陣が現れた。あれは魔法を放つ兆しだ。
魔法陣から尖った岩が次々と射出される。フィアレスは横っ飛びに避けるが、その直後、流れ弾がセシウスに当たってしまう。
「わっ……!」
クリーンヒットしたわけではないので大きくHPは減らされなかったが、レベル差からか、それでも三分の一が吹っ飛ぶ。
「悪い、大丈夫か?――おっと」
声をかけつつ、次の突進攻撃を避ける。もう一撃技を放つが、同様に効かない。
「大丈夫です! 私も、やってみせます!」
フィアレス一人に戦わせているわけにはいかない。これはパーティによる戦いなのだ。どちらか一方でも疎かにすれば、たちまち崩壊する。
杖をエレメンタルへ向け、昨日のようにファイアーボールを放つ。追尾する火球は吸い込まれるように宝石へと直撃する。
「やった!」
攻撃を与えられたことを喜ぶセシウス。しかし、体勢こそ崩したものの、飛翔を続けるエレメンタルは、あまり大きなダメージが与えられているようには見えなかった。
「どうして……!」
「エレメンタルは魔法生物だ。弱点以外の魔法攻撃はほとんど効かない!」
魔法陣が現れる。その狙いはフィアレスだ。セシウスへと攻撃が流れぬよう、走って攻撃を引き付ける。地面に次々と岩が突き刺さり、今度はノーダメージだ。
「弱点以外の魔法って……風属性の魔法、まだ使えません!」
「ああ、わかってる。……さて、どうしたもんか」
突進の避けざま剣で斬りつけるが、またも弾かれたような軽い音だ。ダメージはほぼ通ってはいまい。どころか、攻撃を欲張ってか突進攻撃の余波を受け、フィアレスの方がダメージを負ってしまった。
モンスターが強い相手だとしても、攻撃が通るならば勝機はあっただろう。攻撃を繰り返せばいずれは倒れる。しかし、今回の相手はこのままではまともなダメージすら与えられない。このままではジリ貧だ。
「一度弱点属性さえ当てられれば、通常攻撃でもダメージが通るんだが……ん?」
様子を見るべく距離を取ったところで、フィアレスは足元で光る岩へと目をつけた。悩むような表情が一転、自信ありげに変わる。
「そうか……! セシウス、あいつに魔法、撃ってくれ!」
フィアレスが指示を出す。だが、唯一の魔法攻撃が通用しないのは判明済みだ。当てる意味があるとは、セシウスには思えなかった。
「でも、効果は薄いんじゃ……」
「大丈夫だ、動きが少し止まってくれるだけでいい!」
指示を終えると、セシウスが魔法を使う隙を作るべく、エレメンタルの前に飛び出した。突進攻撃を誘い、ギリギリで避ける。まともに喰らえば、下手をすれば即死だ。
フィアレスの指示の意図はわからない。だが、ゲームの事をほとんど知らない自分よりも、彼のことを信じたほうが勝機はあるに違いない。そう思い、セシウスはもう一度ファイアーボールを使った。
またも突進しようとしたエレメンタルに直撃、ダメージモーションで攻撃がキャンセルされる。その間にフィアレスは緑色の薄ぼんやり光る岩場へ近づき、攻撃アーツを発動させた。そして、切っ先をその緑の岩をこすらせるよう、剣を振り抜いた。
放たれたのは先程と同じ裂衝斬。だが、今回は斬撃に緑の色と、風が追従するようなエフェクトが付いている。
モーション中で動きの止まっていたエレメンタルへ、斬撃が当たる。すると、宝石全体にヒビが入り、地面へ墜落した。間違いなく大きなダメージが入っている。
「よし、今だ!」
フィアレスは、一時的に攻撃力が上がるアイテム・『腕力の札』を自身へと使う。そして、地面でもがいているエレメンタルへ追撃した。
さっきまでとは明らかに反応が違う。大ダメージを与えている、小気味のいいSEが響き渡る。だが、相手の体力も相当か、倒しきることが出来ず、また浮き上がろうとした。
「セシウス、頼む!」
「はい!」
そこへ、セシウスがファイアーボールを叩き込む。浮上しかけていたエレメンタルは、再び地面へ叩きつけられた。
「よくやった!」
同じように地面でもがき続けるエレメンタルへ、フィアレスが攻撃を続ける。しかし、またも撃破までは辿りつけず、そして今度はセシウスの追撃もなかったため、空中へ逃げられてしまった。
とは言え、一度弱点属性攻撃を当てたことで、他の攻撃に対する耐性は無効化されている。今はどんな攻撃でも通用するのだ。
トドメを刺そうとフィアレスが裂衝斬を撃つ。しかし、空中で泳ぐエレメンタルはひらりとそれをかわしてしまった。
「何ぃ?」
続いて二発、三発。だがそれも同様だ。APが枯渇する。回復までしばらく待たなければならない。
よく見ると、エレメンタルの鉱石の体内の奥で、今までにはなかった輝きが見て取れた。推測するに、あれがHPが減ったことによる形態変化だろう。攻略サイトで見たことのある状態だ。記憶の中の、飛び道具に対して、特殊な反応を見せるという一文を呼び起こす。となれば、裂衝斬もファイアーボールも当たらないだろう。
「えぇい!」
セシウスが火球を放つ。しかし、予想通り、エレメンタルはそれすらも回避してしまった。相手を追尾するファイアーボールも、直前に避けられては追尾しきれない。
「どうしましょう……当たらないです」
心配そうにセシウスが言う。だが、フィアレスの頭の中には、エレメンタルの攻略法が思い浮かんでいた。
「大丈夫、俺に任せろ」
放たれた岩槍を避ける。その後の突進も回避し、それを数度、エレメンタルの動きをよく確認する。そして、何度目かの突進を回避した時、浮き上がったエレメンタルへ向けて、おもむろに剣を放り投げた。
「えっ……」
後ろで見ていたセシウスの驚きの声が聞こえた。確かに、唯一の得物を投げ放ってしまっては、この後どうするのかわからないだろう。だが、フィアレスは考えなしに剣を投げたわけではない。
剣は素早く横回転し、刃の円盤となってエレメンタルへと迫る。しかし、物理的な攻撃とはいえ飛び道具は飛び道具。エレメンタルはひらりとかわす。そして、魔法を放つべく魔法陣を出現させた。
「危ない!」
フィアレスは避ける動作を見せなかった。避ける必要がないと、わかっていた。
エレメンタルの背後、避けられた剣が突如軌道を変え、背後からエレメンタルへと迫る。魔法生物とはいえ、生物は生物。背後から迫るものを視認できず、飛翔する剣はその鉱石体へ突き刺さった。
「っしゃあ!」
予期せぬ不意打ちに、エレメンタルは魔法を中断し、地上へと落下する。
そこに急いで近づき、剣を引き抜いて追撃した。すると、今までのダメージ音とは異なる、一際大きな音がしたかと思うと、エレメンタルは色を失い、その体を砂へと変貌させ消滅した。相手のHPを削り切り、撃破したのだ。
「……よし!」
フィアレスが小さくガッツポーズをした。戦闘は終了。経験値が入り、レベルが上昇する。
セシウスの見る景色に、新たな技、『エアカッター』を修得したとアナウンスが入った。風属性の魔法だ。
「やりましたね、フィアレスさん!」
「ああ。……どうだったよ、お二人さん」
小部屋の外で待機していた雲雀とシンへ、フィアレスは声をかける。二人はこちらへ近づきつつ、口を開いた。
「まあまあだな。地面の精霊石にもうちょっと早く気づいてればよかったかな」
腕を組み、師匠か先生かというように偉そうにシンが語る。
フィアレスが攻撃に利用した緑に光る岩。あれは、エリア移動に使う精霊石の、原石が含まれているという設定だ。そのため、一部の技を発動する際、そこに当てると様々な効果が発動する。
「そんなものが……。じゃあ、あの戻ってくる剣は?」
「あれも剣士の特技だ。投げた剣が戻ってくる、『飛来剣』。まあ、ブーメランみたいなもんだ」
説明を受け、セシウスは感心した。このゲームはそういうところまで考えなければいけないということと、それを見事に使いこなしたフィアレスの両方に、だ。
「ほら、回復してやるよ」
シンの手にしたボウガンから放たれた矢が体に突き刺さる。メニュー画面を開くと、自身のHPが回復していた。
「ありがとう。……でも、あんまりいい見た目じゃないね」
効果は回復だが、見た目は矢が刺さっているのだ。どう見ても怪我をしているとしか思えない。
「……まあ、鍼治療みたいなもんでしょ」
雲雀の言葉に、セシウスは思わず笑ってしまう。釣られたか、他のみんなも笑い出した。同時に、セシウスは心の何処かで緊張が溶けたような気がした。これで、みんなはきっとフィアレスのことを認めてくれた。
きっと、もっと仲良くなれる――そんな想いが、心の中を駆け巡って、セシウスは穏やかな気分になった。