第四話-友達-
「……って事があったの。すごく楽しかった」
友人――この『The Earth』に誘ってくれた――に、嬉々として昨日の出来事を喋るのが、松山美咲。「セシウス」のプレイヤーだ。
美咲は高校へ通う二年生。友人二人は共に同じクラスで、いつも三人で行動していた。今日も、朝のホームルームまでの時間、こうして話をしている。
本来なら、昨日のうちにこの三人で『The Earth』をプレイするはずだったのだが、残念なことに、二人とも学校の成績が芳しくない。そのため、テスト対策の居残り授業に強制的に駆りだされ、プレイ出来なかったのだ。
しかし、その友人二人は、嬉しそうな美咲とは真逆に、呆れたような表情で話を聞いていた。
「怪しい」
「ああ、怪しいね」
「……何が?」
ぽかんとする美咲に、説明を始めたのが幼なじみの男子、新井慎太郎だ。幼稚園の頃からの関係で、少し頼りないが、美咲にとっては兄のような存在だ。
「いいか? ゲームで馴れ馴れしく話しかけてくるような男は、大体が下心を持ってやがるんだ。そういう奴にほいほいついていくんじゃない」
「でも、あの人はそういうのじゃなかったよ? ゲームの事、優しく教えてくれたし、ちゃんと動けるようになるまで付き合ってくれて……」
「そりゃあ、自分は泥棒ですっていう泥棒はいないからね」
そう言ったのはもう一人、女友達の若崎ひばりだ。いわゆる姐さん的な人で、背も高く力も強く、頼りがいがある。二人とも、美咲にとってなくてはならない親友だ。
「ま、百聞は一見にしかず、って奴だな。今日は居残りもないし、直接会って確かめてやる」
「だから、変な人じゃないんだって」
二人とも自分のことを心配してくれている。その事は美咲自身よくわかっていた。だが、毎度のことながら少々過保護な気がしてならないのだ。守ってくれることは感謝しているが、もう少しわがままを言わせてほしいというのが本音だった。
「もう、ひばりちゃんもしんちゃんも、頭が固いんだから」
「いやあのなあ美咲、前も言ったけど、もう『しんちゃん』はやめてくれないか? ほら、もう高校生なんだし」
「でも、昔からこう呼んでるし……」
話が脱線する。あーだこーだと言い続ける二人を脇に、ひばりがため息をつく。
「とにかく一度会ってみないことにはね」
「あ、うん。そうだね。会えば、きっとわかってくれるはずだから」
きっと、会えば二人の考えも改まるはずだ。
ゲームの楽しさを教えてくれたあの人。昨日のことを考えると、なんだか心の何処かが跳ねてしまうような気がした。
担任が教室に入ってくる。学校の一日が始まる。早く終わらないかな、と、美咲は珍しく思ってしまうのだった。
半日授業の放課後、三人は美咲の家に集まっていた。どうせ『The Earth』の中で集合するのだから、ひとつの場所に集まっている必要はないのだが、昔からの癖、習慣だ。
「なんか、集まってゲームするってのもバカバカしい気もするね」
「そうか? パーティゲームとかだってあるだろ」
「パーティゲームじゃないじゃん、これ」
二人がお茶請けのビスケットを貪っている間に、フィアレスへメールを送る。一時半に城で会いたい、という内容だ。午後から開いていると言っていたから問題はないはずだ。
「ほら二人とも、食べてばかりいないで。昨日の分も取り返すんでしょ?」
正直なところ、美咲ははじめ、『The Earth』を始めることに乗り気ではなかった。ゲームは慎太郎がやっているのを後ろから見る程度で触れたことはなく、TVRも初めての経験だった。だが、昨日の出来事だけで、美咲はすっかり、『The Earth』の虜になってしまっていた。
「ん、そうだな。よし、早速行きますか」
それぞれ持ってきていたFMDを装着し、『The Earth』へと移る。初ログインの際は街の外だったが、二度目以降のプレイヤーは必ず、城の門前に現れる。部屋の中から一気に、水と石造りの別世界だ。周囲を見回すと、同時に入ってきたと思われるキャラクターが美咲――否、セシウスの周りに立っていた。
「……えっと、二人、でいいんだよね?」
片方は肩出しへそ出しという露出の多い服装の長身、ブラウンのロングヘアーの女、もう片方は軽装の鎧と、カウボーイのような帽子を被った同じく長身の男だった。髪型はざっくりとした黒いワイルドカットだ。
二人はセシウスの方を見ると、顔を見合わせて眼をぱちくりさせた。
「……あんた、ひと目で分かるね、それ」
女のほうが言う。声を聞くと一発で分かった。これがひばりだ。となれば、男の方は慎太郎だろう。
「そ、そのままって事……?」
このゲームで最初にやることがキャラクターメイクだ。リアルを再現するもよし、まったく異なる自分を作るもよし。性別以外なら、何もかもいじくることができる。
メイクの初期設定は、ICチップからスキャンした肉体データを再現したものとなっているため、何もいじらなければリアルの自分そのままの見た目になってしまう。セシウス――美咲は、メイクのことなど何もわからなかったので、ほとんど手を入れずに終えてしまったのだ。
「まあいいんじゃない? わかりやすくて」
「そ、そうかな……」
それよかさ、と慎太郎と思われる方が言う。
「その帽子、昨日手に入れたのか? 初期服じゃないし」
セシウスが今被っている帽子を指差す。キャラクターメイクで最初に与えられている衣装は、各職業ごとに三着ずつとそのカラーバリエーションで、魔導士の初期衣装に帽子が着いた物はない。
「うん。昨日、フィアレスさんと一緒に冒険に出て、そこで。レアアイテムなんでしょ?」
「うーん……まあ一応。ただ、簡単な初期ステージ周回してれば手に入るから、そこまで珍しくはないかなあ」
祭壇から手に入る他のアイテムと比べると相対的に、という事だ。昨日は嬉しかったが、そういう事を聞かされるとなんだか少し残念な気持ちになる。だが、これはフィアレスとの記念品だ。見た目も気に入っているため、外そうとは思わなかった。
「ところで……二人とも、なんて呼べばいいのかな?」
二人のことを呼ぶのに、さすがにリアルの名前のまま呼ぶわけにはいかないだろう。
「ああ、俺はシン。ま、縮めただけだけどさ」
「私はそのまま、雲雀」
「……なんだか、二人とも本名とさほど変わりないね」
ひばりに関しては言わずもがな。慎太郎も言うとおり縮めただけだ。少し捻った風の名前をつけた自分が、逆に少し恥ずかしくなった。
「まあ、気にしない」
「そうする。……それで、これからどうするの?」
戦闘エリアに出るのもいいだろうが、この二人とセシウスでは大きなレベル差がある。それを利用してのレベル上げも可能だが、そうするとレベルと装備が噛み合わなくなり、結局後々苦労することになる。
「うーん……まあ、その……例のヤツが来るっていうなら、エリアに出んのはそいつが来てからでいいんじゃねえかな」
「そだね。んじゃまあ、服屋にでも行く? 初期装備のままじゃ、ちょっと味気ないし」
「そ、そうかな……」
改めて自分の服装を見回す。魔導士の初期装備は多少の装飾はあるものの、いかにもと言った魔法使いの服だ。多少ファンタジーっぽくアレンジしたローブといった感じで、色は数色選べるものの、どれもパッとはしない。
「お金は出したげるからさ」
周りを見ると、皆個性的な服を着ている人ばかりだ。確かに、それと比べると今の服は少々さびしい。
「じゃあ、甘えさせてもらおうかな」
三人は服屋へと移動した。当然、ここも水上だ。舟で移動する。
この服屋は、元から売られている物――つまり、ゲームの運営が用意した物の他にも、プレイヤーがデザインし、作成したものが売られている一角がある。個人制作の一点・数点物がほとんどだが、服飾専門で活動しているグループ――ギルドが作っている大量生産品もある。
こちらは一定のクオリティが見込めるが、他のプレイヤーも同じものを着込んでいる事も多い。リアルと同じく、一定の流行り廃りがある。
普通な物から奇抜な物まで、様々に並ぶ服を物色する。現実の物と同じような、ファッション雑誌で見たことがあるような物もあれば、ファンタジックな世界観を反映してか、牧歌的な物や、逆に宝石などで覆われた少し派手すぎると思うような物もある。
どちらかと言えば、今欲しいと思うのはこのファンタジー要素の強い方だ。現実的な服を着たいのなら現実で着ればいい。ならば、こっちでは現実では着れないような物を選びたい。
「ねえ、こんなのはどう?」
雲雀が持ってきたのは自身が着ているもののような露出の多い服だ。正直、水着・下着の類と呼んで差し支えない。記憶の何処か、シンのやっていたゲームで似たような物を見たことがある。
「ちょっと……それは嫌かなあ」
普段着れないものとは言っても限度がある。いくらゲームとはいえ、少々……いや、かなり恥ずかしい。ゲームの中でいくらか開放的ではあるが、これは行き過ぎだ。
「じゃあ、こっちはどうだ」
シンが持ってきたのは紫とオレンジが入り混じったピエロが着ているような服だ。ご丁寧に赤い丸鼻まで用意している。
「派手、過ぎるかなあ」
道化を演じるのも、出来れば遠慮したい。真面目なのか冗談なのか、反応に困る服ばかりを選んでくる友人二人は当てにせず、物色を続ける。すると、一つの服が目に止まった。
「これは……」
見た目はチューブトップの白いワンピース、といったところだろうか。胸元に宝石飾りがあり、全体に二筋、水色のラインが入っている。昨日手に入れ、今もつけているこの帽子とよく似ていた。
「……うん、いいかも」
服を持って試着室へ入る。ぱぱっと着替えてしまい、姿見で確認する。悪くない。初期のままの白いハイロングブーツともマッチしている。だが、肩から腕が丸出しなのは、ちょっと恥ずかしい気がする。どうせゲームなのだから、これでいいのかもしれないが……。開放的になっていると思っていたが、案外そうでもなかったようだ。
一旦試着室から出てみる。二人は未だに何か何かと探しているようだが、その手に持っている変な服を確認し、見なかったことにして、自身で探すことにした。
肩を覆えるような物がほしいため、マントやクロークなどが並ぶコーナーへ赴く。こうしていると、気に入った服を見つけることよりも、探す事自体が楽しい。これでもないあれでもないと、並べて見ることが、どうしようもないほど楽しいのだ。
鼻歌交じりでいくつかの上着を手にとって見る。すると、そちらに集中していたため、横に立っていた人にぶつかってしまった。
「あっ、すいません……って、あれ?」
そこにいたのは、この『The Earth』でのセシウスの唯一の知り合いだった。