19
キリトが慌てて距離をとった隙に私は体勢を立て直した。
「やれやれ、魔法を使うなんてひどいんじゃないの?」
「生徒が、嫌がる事をしようとする貴方の方がひどいでしょ!」
「そうかな〜?」
キリトはふふっと笑う。
ふふっじゃない、怒りたくなるが例え怒ったとしても欠片も効かないだろう。
「でも、俺とキスする時の君の顔はトロけたように頬を染めていて。嫌がってるというよりも、悦んでいる様に見えたけどね?」
「なっ……!」
ほおが赤く染まったのがわかった。
私が悦んでいる? そんな訳はない。私はこいつの事なんて大嫌いだ。その筈だ。大体、監禁までされた相手を好きになるわけがないのである。
「その様子なら、脈はありそうだよね。」
私が赤くなったのを好意的解釈だと思ったのだろうか。どこか嬉しそうな顔で言うキリト。
「そんな訳ないでしょう! この監禁変態ヤンデレ男!」
とりあえずこいつは危険だ。何をするか全く読めない、分からない。
私が罵詈雑言を浴びせたのにも関わらず、嬉しそうな笑みを崩さないキリト。こいつはドエムも入っているのではないか?
変態だ。
「ともかく、私の邪魔をしないで。後、変なちょっかいをかけるのも止めて!」
はっきり、きっぱりと告げる。
こういう輩はうやむやにしていると付け込まれて、気がついたら絆されているというパターンが多い。距離を置こう。物理的にも精神的にも。
「嫌だよ。君が何をしようと邪魔をするし、……変なちょっかいもかけるよ。」
「馬鹿じゃないの!?」
まともに取り合う気は無さそうだ。
これ以上押し問答しても無駄だろう。
「はぁ……。もう、いいわ。」
私はため息をつく。なんだかとても疲れた。
「それはちょっかいをかけてもいいという肯定の言葉?」
「そんな訳あるか! どんだけ自分に都合の良い解釈してんのよ。」
ここにこれ以上いたら、危険だ。身の危険を感じる。私は背筋を震わせた。
「私帰るわ。さようなら。キリト、せ、ん、せ、い!」
わざと先生の部分を強調して言う。
「ふふ、さようなら。ミス・シェリア。」
キリトもわざとらしく、他の先生が付けるような敬称を付けた。
本当に教師としての自覚はあるのだろうか?
「道中気をつけてね。俺みたいなのに襲われないように。」
「ええ。よく身に叩き込んでおくわ。」
私は鞄を引ったくるように取って、足早に教室を出た。散々な目にあった。
ーーー
寮へと戻る途中に校庭を横切った時、空に違和感を覚えた。なんだか空が陽炎のように揺らいでいるように見えたのだ。
「気のせいかしら……?」
そういえば、学園を覆う結界が弱くなるとキリトが言っていた。学園長がいなくなった今、これだけの大掛かりの結界を維持し続けるのは難しい。新しい物を張らなくてはならない。でも、学園長に次ぐ人材が見つからないようで難航しているようだ。
「ゼノ、どうしているのかしら。」
ふと彼が気になった。
学園長の事件以来、彼を見かけない。彼は学園長を手に掛けて満たされたのだろうか?
奇しくも私はゼノと同じ道を進もうとしていることに気づいた。光と闇は対決を避けられない定めでもあるのだろうか。考えても仕方がないことだ。私はこれ以上思考するのをやめた。
もうすぐ日も落ちそうだ。暗くなる前に早く戻ろう。そう思い、視線を空から寮の方向へと移す。するとそこに見たくなかった二人の影を見た。
フィオナとスウォンだ。
「お前の魔法もだいぶ安定してきたな。」
「ありがとうございます。先輩の教え方が上手だからですね。」
「いや、お前が頑張っているからだよ。」
仲睦まじそうに歩いている。二人の仲は進展している。誰の目にも明らかだ。
そんなことを考えると昏い黒い醜い感情が私の体を支配していく。フィオナには誰のものにもなって欲しくない。やっぱり私はフィオナが欲しい。
声をかけて邪魔をしようかとも思ったが、それよりも二人を見ていたくないという感情の方が占めた。寮に早く戻ろうと思っていたが、踵を返し離れる。
とは言っても行く当てもなく、ふらふらと歩く。適当に歩いていたら交流会の時にも来た森に着いた。基本、安全な森だがモンスターがいない訳ではない。ましてや、夕刻だ。彼らが活発に動き出す時間。とは言っても私の魔法があれば身に危険はないだろう。
「すぅーーー……。」
森の空気を吸うと少し心が落ち着く気がした。
正直、迷っていた。
フィオナには幸せになって欲しい。だけど、同時に誰のものにもなって欲しくはない。昔みたいに、私だけに笑顔を向けて隣で笑って、泣いて、微笑んでいてほしい。
そうね、私はあの子を手に掛けたいわけじゃないんだわ。そんな事をしても満たされない。きっと。フィオナがスウォンの側にいるのが幸せで、笑っていてくれるのなら。私の側にいて欲しいと思うのは私のわがままだ。
「ふぅ……。結論は出たわね。」
このゲームのエンドはシェリアというラスボスが倒されることで終了する。私が倒されなかったらフィオナとスウォンは恋人になることはないだろう。
今二人の現状は乙女ゲームにありがちな身分差や、家の事情等でスウォンはフィオナに告白するのを躊躇っている場面だ。最終話で私が死ぬ事でフィオナが塞ぎこんでしまい、スウォンは家の事情も何もかも差し置いて彼女を支える事を誓うのだ。つまりはハッピーエンドには私の死が不可欠だ。
スウォンとの魔法の練習でフィオナの魔力も上がってきている。今のフィオナになら私の魔法も止められるかもしれない。
「確か、もうすぐ期末試験……。」
ふとそんな事を思うと、頭に情報が流れ込むゲームの記憶。
期末試験の魔法実施訓練はこの森が舞台。学園内に存在するこの森は実は相当広いらしい。奥の方には滝、崖などが存在する。そして奥に行けば行くほどそこそこ強いモンスターも。
ゲームでもこの試験が最終話。私たちが対決する舞台になる。私がフィオナへの黒い感情からか魔法が暴発し、彼女が決死の思いで止める。
まるで図ったかのようなタイミングに私は鼻で笑った。結局はゲームの運命には抗えない。
しばらくぼんやりとしていると周りの気配が変わったのを感じた。今まで虫のさざめきや森の動物の気配を感じていたのにぱったりとなくなったのだ。ああ、彼が来たんだなと思った。
「久しぶりね、ゼノ。」
「……よく分かったね。シェリア。僕が来たこと。」
辺りの日も沈み暗闇に包まれた森からすうっと現れるゼノ。子供の姿だ。クレアメンスがいなくなったから、わざわざ子供の姿にならなくても問題ないのに。
だが、どこか寂しげに微笑むゼノは、私より随分年上なハズなのに今の幼げな子供の見た目に合っていた。寂しげで迷っている子供。
「あたりが静かになったから。多分貴方だと思ったの。」
「はは。なるほどね。」
ゼノは私の言葉を聞いて笑った。
「ねぇ、ゼノ。貴方満たされたの?」
「……。」
ゼノは答えない。質問の意図はきっとわかっているハズだ。
彼は質問に答えず、逆に私に問い返した。
「シェリアはどうするの。僕たちみたいにならないで欲しいと思っていたけど、君は似たような結末を選ぼうとしているよね?」
「私? そうね、私は……、私はあの子の幸せを願うわ。私は貴方みたいに奪うことは出来ないもの。」
「そう。君は彼女を自分のものにするんじゃなく、自分の死を望むんだね。変わってるよ。」
まるでゼノは私がする事をわかっているような口ぶりで話す。私とゼノはどこか似ているからわかってしまうのかもしれない。考え方、生きた境遇。光に乞い焦がれるところ。
「僕は疎まれ、蔑まれて生きてきた。君も似たような境遇だろう? その分、光を与えてくれた彼らを狂ったように求めるんだろうね。」
クレアメンスとゼノの過去は知らない。
でも、昔は仲が良かったと聞く。私とフィオナのような関係だったのだろうか。なぜ二人が袂を分かったのかは知らないが、ゼノにとって世界全てを失ったように感じたのだろう。私がフィオナを失ったように感じているのと同じで。
「そうなのかもね。独りよがりな独善的な感情だけど、制御がきかない。私は最低ね。」
本当に最低だ。漫画やゲームの主人公みたいにまっすぐ前を向いて進めない。運命に逆らう力なんてない。
「……ねぇ、シェリア。僕は君までいなくなってしまったら寂しいよ。」
「意外ね。貴方がそんな弱気なことを言うなんて。」
ゼノが寂しげに言う。
今日はゼノが可愛らしく思える。
「今日ここに来たのはクレアメンスがいた痕跡を全て消そうと思ったんだ。この結界を壊して。でも、君を見つけた。君は僕を満たせるかもしれない存在。なのに君はこの世界からいなくなろうとしてる。」




