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15


クレアメンスから流れ出ていた赤い血が頭にこびりついて離れない。倒れた肉体から湧き出るように溢れる血が。


人が目の前で死んだのだ。衝撃的で忘れられないのかもしれない。だが、私はこの光景をどこかで見たようなそんな既視感に襲われていた。


そう、昔。どこかで。


『忘れて。今の貴女には耐えられないから。』


優しい女の人の声が頭に響く。ああ、母様の声だ。彼女は私の頭に触れ手をかざす。その手は血で濡れていた。


……血。


ふと周りを見渡す。私が寝入った学園の医務室ではない。ここは私が生まれ育った塔の中。私の部屋だ。自分の手を見ると幼い子供の手で。


……ああ。昔の夢を見てるんだ。


瞬時にそう悟った。


私は自分の額にかざされている母親の手を両手でつかんだ。


「母様。私、全部思い出したいの。お願い。記憶を消さないで。」


夢の中の母親が驚いたような顔をして動きを止める。その顔はフィオナそっくりで。本当に母とフィオナはそっくりだ。天使や女神、精霊のような人間離れした美貌。その顔が戸惑っている。


『……そう。分かったわ。』


オフィーリアは暫く困惑した顔を浮かべていたが、やがて悟ったような笑みを浮かべた。どこか眩しげにこちらを見て。……すうっとオフィーリアの姿が消えていく。


ぐにゃりと景色が歪んで、先程とは雰囲気が変わった。まるで現実かのように音声が流れ込んでくる。


『大変だ、こちらにも火の手が!』


『フィオナお嬢様をお守りして!』


何やら慌ただしい。

私は塔の窓から本邸を覗き見た。すると、屋敷が燃えているのが伺えた。何事!

フィオナは無事なのだろうか。父様は、母様は?


屋敷に駆けつけたい気持ちが逸るが、私が行ったとしても何もできることはない。塔からも自由に出ることはかなわない。一体どうすれば。


「シェリア!」


誰かが私の名を呼んだ。

母様のが来てくれたのかと思い振り返る。


「……ゼノ。」


だが、予想に反して現れたのはゼノだった。普段、少年の姿を取っている彼だが黒猫の姿だ。おそらく使い魔に意識をおくって動かしているのだと思う。本人が来れない状況なのだろうか。


「さあ、早く逃げるんだ、このままでは君が殺される。」


いつも飄々としているゼノが珍しく慌てた様子だ。そんなに緊迫した状況なのだろうか。


「でも、一人で出たらいけないのよ。」


この前フィオナと入れ替わりで脱走したのがバレてこっぴどく怒られたばかりだ。


「そんなこと言っている場合じゃないよ。早く逃げないと魔術師殺しが……!」


魔術師殺し?


「……こんにちは。闇の力を持つお嬢さん。」


突如、塔につながる一つきりのドアが開く。黒いローブを頭までかぶった怪しい人。ローブでくぐもって声が聞きにくいがその低さから男の人だろうと思う。


「遅かったか……」


ゼノが忌々しげに舌打ちをする。

この人が魔術師殺しなのだろうか。彼から濃く血の匂いがした。


私は恐怖で数歩後ろへ下がる。


「巫女の娘がここに居ると聞いてねぇ。屋敷中探し回ったんだが見当たらない。本人と当主の血の匂いから子供は判別できたんだが。あと一人、なかなか見つからなくて困ってたんだが。やっと見つけた。」


ローブの隙間からぼてっと音を立てて何かが床に転がされた。所々、血で汚れているが、


「フィオナ!?」


私の最愛の妹だ。


「大丈夫、まだ死んじゃあいないさ。まあ、このまま放っておいたら時期に死ぬだろうがね。」


フィオナが死ぬ……!?

フィオナが。私の妹が。それはありえてはいけない事だ。私の周りで魔力が膨らんでいくのが感じられる。術者の怒りに反応して増長しているのだと思う。


「ふむ……。確かに逸材のようだ。魔力が高まっていくのが感じられる。流石、奴の娘だな。上が危険因子と判断するのも分からなくもない。」


ローブの男が杖先をこちらに向ける。


「少々、勿体無い気もするがね。まっ、命令は命令だ。処分させてもらうぜ。悪く思うなよ、お嬢ちゃん。」


彼の杖先に魔力が込められる。それは幼い私の体なんて粉砕するくるいの魔力だと肌で感じる。


私ここで死ぬの?

大切な妹も守れないで。

そんなの嫌だ。


「待ちなさい、ユージーン!」


恐怖で身をすくませていると慣れ親しんだ声が聞こえた。母親だ。お母様だ。

彼女が来てくれたらきっと大丈夫。だが、私のその希望的観測は破られた。


「母様……!? 血が!?」


オフィーリアは全身血まみれであった。彫刻のように美しい顔は血や煤で汚れ、質素であるが彼女の美しさを引き立てる洋服は所々破れ血が滴っていた。おそらく彼女の血だ。苦しげに肩で息をしている。早く手当てしないと。


「これはこれは。巫女様。その怪我でここまで来れるとは思いませんでした。母親のなせる技ですかな?」


巫女?


「皮肉はいいわ。ユージーン。貴方、私を殺しに来たのでしょう。子供は関係ないはずよ。」


「いや、俺もね。そう思って上には進言いたしましたよ。子供まで手にかけるのはいくら俺でも道徳心が苛まれるでショ?」


くっくっと喉で笑う。ちっとも道徳心とかありそうになさそうな感じだが。

この男は先ほどから母を知っている口ぶりだが、一体どういう関係なのか。


「でもねぇ。上はそう判断しなかった。子供も危険因子だから処分だって。まあ仕方ないよね。オフィーリア。昔馴染みのよしみだ。先に楽にしてやるよ。子供が死ぬとこ見たくないだろ?」


ローブの男が私に向けていた杖先をオフィーリアに向ける。彼女は逃げるそぶりを見せない。否、ここまで来るのに体力を使い切っているのだろう。動きたくとも動けないのだ。


やめて。母様を傷つけないで。

私、何もできないの?

やだよ、妹も母様も守れないなんて!


「!?」


「シェリア! ダメよ。力を使っては!」


母様の制止の声が聞こえた。でも止まれない。止まらない。



……私は魔法を暴発させた。



「すごい、すごいよ。シェリア。君の力こんなに大きいとは予想以上だ!」


ゼノの歓喜に満ちた声が聞こえた気がしたが、私の意識は遠くなっていった。


ーーーーー


気がつくと部屋の天井が見えた。どうやら気を失って倒れたらしい。そのままの体勢で周りを見渡す。少し遠くに血みどろで倒れるローブの男が見えた。ピクリとも動かない。息をしていないのは目に見えてわかった。


フィオナとお母様は……?


私はゆっくり起き上がる。倦怠感に襲われ立ちくらみがした。ローブの男を超えた先にオフィーリアが倒れているのが見えた。私はゆっくりと近づく。そして、私は気づいた。


母親が先程よりも傷だらけになっている事に。


恐らくフィオナを庇ったのだろう。母親の下にはフィオナが守られるように伏せっていた。

周りの景色をもう一度見直す。

整えられていた家具は見るも無残にことごとく破壊されていた。窓は割れ、残っているガラスはない。物は散乱し、部屋の中に暴風が吹き荒れたかのようにバラバラになっていた。

オフィーリアはフィオナをかばってそれらの物で傷だらけになったのだ。私のせいで。


「私のせい……。」


言葉にすると身によく染みた。


私はなんて事をしてしまったのだろう。

あれだけオフィーリアに魔力を行使するのはやめなさいと止められていたのに。大きくなって制御ができるまではと。言いつけを破って暴走させて……。


私は母様を殺してしまったのか。

嘘。私が。母様を。

嫌、嫌……。


全身から血の気が引いていくのがわかる。私が母様を。フィオナまで傷つけそうになって。ああ、ああ。狂ってしまいそうだった。


その時、オフィーリアの手がピクッと動く。


「母様?」


「シェリア……。大丈夫。大丈夫よ。」


オフィーリアの目は虚ろでもう助からないことだけは悟った。


「……今の貴女には耐えられないから。」


オフィーリアが私の頭に手をかざす。


「忘れて。全部、忘れて。この力も……貴女が使いこなせるようになるまで……。」


彼女の手から暖かい光が現れる。スーッと頭から何かが消えていく感覚がした。同時に鍵がかかるようにカチャリと胸の奥で音がなった。


「ほら、シェリア。貴女はお姉ちゃんなのだからフィオナを守ってあげて。」


「分かった。お母様……。」


私は気を失っているフィオナを背負い塔を下りていく。全部を忘れて。




この事件は、はぐれ魔術師が田舎貴族に押し入り魔法を暴発させ生存者ゼロの悲惨な事件として処理された。


フィオナは内々に身分を隠され、クレアメンスの知り合いの家へ引き取られる。


私は存在を公にされていなかったため、当主の婚外子と判断された。そのためフィオナと引き離され後々に当主の遠縁のエコールフルラ家へ

引き取られたのだった。

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