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私は今とても幸せな気分だった。
フィオナに夢にまで見た膝枕をしてもらっている。ここは天国に違いない。
魔法を制御するのに躍起になっていたら、フィオナが気遣ってくれたのだ。彼女は本当に優しい。
少し夢中になりすぎたらしい。魔力の使いすぎで体がだるい。自業自得なのは承知しているが、こうしてフィオナに甘えられるのは正直、嬉しい。誰かに甘えられるのは幸せなことなんだなと思う。なんだか心地よくてウトウトし始めた。
「シェリア、寝ちゃった?」
フィオナの優しい声が少し遠く聞こえる。返事をしたいが体が重くて動かない。
「寝ちゃったかなぁ。ふふ。可愛い。猫ちゃんみたいね。」
フィオナが私の髪をすいている感覚がする。ああ、このままずっとこうしていたい。そんな事できるはずないけれど。
「シェリアは頑張り屋さんね。私ももっとみんなの役に立てるようになりたいな。……スウォン先輩の隣に立てるくらい。」
幸せな温かい気持ちでいたいのに、フィオナからスウォンの名前が出ると暗い気持ちが湧き上がる。心の中に黒い雫が落ちて波紋が広がる。
嫉妬。独占欲。私の仄暗い感情。
「私、シェリアとお友達になれてよかったな。」
……。
「魔法を制御できるようになったら、きっとまた学園で過ごせるよね。」
私もフィオナと楽しく学園生活を送りたい。
だが、クレアメンスはそんな事で学園に在籍を許すほど甘い人間だろうか。
「学園に戻ったら私もクレアメンスさんに直接言ってみるからね、シェリア。」
フィオナはいつでも優しい。他人のために思って行動できる子だ。昔からそうだった。塔で一人で寂しく過ごしている私にいつも笑顔で遊びに来てくれた。フィオナが私の光だった。
「きっと、みんなで仲良く過ごせるよね。」
そうだといい。このまま何事も起こらなければいい。私が魔法を制御できれば、フィオナの前に立ちはだかる事もなく無事に過ごせるはずだ。
「……スウォン先輩に会いたいなあ。」
ドクン
心臓が跳ねる。フィオナの口から他の人の名前を聞きたくない。ああ、ダメだな私。本来なら彼女の恋路を応援しなきゃいけないのに。
「早く帰れるといいね、シェリア。」
そうね……、フィオナ。
でも私は貴女を学園に帰したくない。ああ、ずっとこのままで居られればいいのに。
貴女は私だけの妹で、友達で、ずっと側にいてくれればいいのに。
ーーーー
あれから、本格的に私は寝入ってしまったらしい。気付くとベッドに寝かせられていてフィオナは側にいなかった。恐らく、ゼノが運んだと思われる。
私はゆっくりとベッドから身を起こした。
フィオナが側にいない、それが少し寂しい。辺りを見回すが近くにはいなさそうだ。
今の時刻は何時だろう。ふと窓の外を見る。どうやら朝らしい。本当にガッツリと熟睡していたようだ。
私がいるのは学園の寮の部屋によく似た部屋で、ベッドにサイドテーブルだけがあるシンプルな小部屋だ。ドアを開けるとサンドイッチを食べたダイニングらしき部屋に繋がっていた。
本当に普通の家みたいだ。
「ああ、起きたんだね。おはよう、シェリア。」
ダイニングには椅子に腰掛けたゼノがいた。何故か今日は子供姿だ。そして、フィオナは見当たらない。
「今日は子供姿なのね、ゼノ。……フィオナは?」
「ふふ、気分を変えてね。フィオナは魔法の練習をしているよ。……君たち双子は真面目だね。」
ゼノが笑いながら言う。
やはり、彼は私達が双子だという事を知っていた。
「安心して。フィオナには言っていないよ。」
私の心を見透かしたかのようにゼノが答える。フィオナが知らなくてよかったと思う心と知ってほしいという思いが交錯する。
「……そう。ところで、ゼノ聞きたい事があるんだけど。」
「僕に聞きたいこと? 珍しいね、僕に答えられる事なら答えるよ。」
「中間試験での生徒の傀儡状態。あれって本当に貴方の仕業じゃないの?」
前から気になっていた事だ。最近のゼノの様子から大量の人を操り、私たちを危険な目に合わせる真似をするだろうかと思ったのだ。
あの時、ゼノに問い詰めてもはぐらかすように話を逸らされた。本当に彼の仕業じゃなかったら、一体誰のせいなんだろうか。
「あはは。なんだ、そんな事。信じてもらえないかもしれないけど、僕がやったのではないよ。」
……!
「あの時、僕は様子見に行っただけだよ。シェリア、君のね。君に学園で最初に会った時、早く思い出してほしくて僕の魔力をねじ込んだ。けど、無理に入れ込んだから君に悪影響を及ぼしていないか心配だったんだ。だから定期的に様子を見てた。」
そういえば、学園で最初に会った時にゼノに髪に口付けられたのを思い出した。思えばあの時から少しずつ体調が変わっていった気がする。ゼノの魔力に呼応して私の魔力が目覚めかけたからかもしれない。
「なら、アレは一体誰の仕業……。」
私は目の前が暗くなった。私は正直、ゼノの仕業と半ば決めつけていた。ゲームでも彼の仕業だろうと思わせる描写があったから。
でも、ゲームと今は話が違っている所が多々ある。ゼノの仕業じゃない可能性も十分あったのだ。
しかし、あんなに大量の人間を傀儡状態なするなんて技並みの魔法使いでは不可能だ。恐らく、キリトやスウォンでも難しいだろう。その事もあり、ゼノしかできないと決めつけていた。他に出来る人となると……。一人思い浮かぶ人がいた。
「ふふ、君は聡いから気づいたかな。僕以外にもアレをできる奴はいる。幸い今、フィオナはいない。……答え合わせをするかい?」
やはり、ゼノは犯人に気づいているようだ。
私は思い浮かんだ人物の名を告げる。
「……クレアメンス校長。」
「正解。流石だね。」
面倒な人物の名が上がってしまった。
犯人が学園長ならば、私が学園に戻って元の学生生活を送るのも不可能だ。魔力を制御する事に成功したとしても許してもらえそうにない。
「奴は闇属性を毛嫌いしてるからね。君が闇の魔法使いと気づいて排除しようとしたんじゃないかな?」
だが、そのために生徒を操ってまでする事なのか。フィオナも怪我をした。危ないところだったのだ。
「なんで、そこまでして……。フィオナは怪我もしたのよ。」
「本当に危険になりそうだったら、すぐに出られるように準備してたんだろう。実際、僕が現場に居合わせたらすぐに飛んできた。傀儡術で君を排除、もしくは完全に闇魔法を君から引き出して、君を危険人物として隠蔽しようとしたって所かな。」
「実際、監禁までは成功してるものね……。」
私は学園での監禁生活を思い出してゲンナリとした。
「なんで、そこまでして闇魔法を嫌うのよ。ゼノ、貴方が原因なんでしょう? 昔からの知り合いみたいだし。一体、何をしたのよ。」
「んー? ちょっとねー。」
ゼノは素知らぬ顔でとぼける。話す気は無さそうだ。
「……そういえば、ゼノ。貴方、クレアメンス校長と知り合いにしては若すぎるわよね。一体、いくつ……」
「やーん、レディに年を聞くなんて失礼よー。」
「今、すごく腹たったわ。」
レディじゃないだろう。
「ふふ、僕は魔族と契約して肉体的な老化を防いでいるからね。今の僕は人間より魔族や精霊の方が近いかもね。」
さらりととんでもない事をいう。魔族と契約。簡単には言うが成功例は数えるほどしかない。交流会でキリトと契約リングを付けられたが、あんなのの比ではない。
魔族の生態は謎に満ちている。異界から時折ひょっこり現れては現場で殺戮を起こす残虐な生き物だ。目撃数も少ない。この世界の物ではなく異界の生物とされている。残虐な彼らと契約する事はとても困難なはずだ。
「貴方、人間じゃないの?」
「やだなぁ、産まれは人間だよ。魔族と契約してからそっち寄りになっただけでさ。」
本当にとんでもない奴である。




