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5

「ええと、胸は関係ないと思うよ。」


キリトは咳が治ると苦笑いしながらそう言った。


「そうなの?」


「君の父上が元気になるのはオフィーリア様を愛しているからだよ。」


「なるほど……。貴方を癒せなくて残念だわ。」


なら、私が抱きしめても意味がないのね。

ちょっとガッカリ。フィオナだったら上手に癒せたのかな。私だってキリトを笑顔にしたかったのに。


「どうして、君はそんなに俺を癒そうとしたの?」


キリトが優しげな目でこちらに問いかけた。私は答える。


「貴方、とっても格好いいもの。笑顔が素敵だから。」


「……! 急にそんな事を言われると照れるね。」


「うふふ。……だから、笑ってて。」


私、貴方の笑顔がとても好きなの。

塔の外で見る貴方は格好良くて、フィオナに笑いかける姿もとても優しげで素敵で。

彼がくる日はいつも待ち遠しい。フィオナが羨ましくて仕方がなかった。

でも、そろそろ戻らなくちゃね。ゼノに教えてもらった魔法が切れる頃だ。急に髪色と眼の色が変わったら驚かれてしまう。


「私、帰るわね。」


「え? なら部屋まで送っていくよ。フィオナ。」


「いいの、一人で帰るの。ねえ。キリト。」


「ん?」


「……また、遊びに来てね。」


本当はシェリアって呼んで欲しかった。私を見て欲しかった。でも、仕方ないわ。


「いつでも会えるじゃないか?」


彼は不思議そうに私の顔を見た。

彼にとってフィオナは会おうと思ったら会える存在。当たり前だ。


でも、私は会えないの。シェリアとは会えないの。


「キリト。今度、『私』に会ったら夫婦になってね。」


「……え!?」


「夫婦だったら、抱きしめて貴方を癒せるんでしょう?」


「君、絶対夫婦の意味わかってないよね!?」


「さよなら。」


私は彼に笑顔を向けた。笑ってさよならしましょう。本当は塔から出てはいけないんだもの。帰ろう。

そして彼に背中を向けて塔の方へ走って行った。


「今日の彼女は様子が違ったな。……あんな寂しそうな顔で笑う子じゃなかったのに。」


ーーーー


回想終了。

その後、結局母親たちにバレちゃって、とんでもなく怒られたのは別の話だ。

………。


うっぎゃあああああ。

幼い時の私、キリトに会ってる。会ってるよ。恐らく、幼い時の私はキリトに恋をしていたんだと思う。塔という閉鎖空間にいたから感覚が狂っちゃったんだろうね。キリト、顔だけはいいから。顔だけね。


「……。さっきから顔を赤くしたり青くしたり、百面相しているけれど思い出してくれた?」


「ええ、まあ。思い出したような気がしないでもないです……。」


「何それ。どっちなの?」


キリトが呆れた顔でこちらを見てくる。


「えーと、多分。会ったことあります。でも、一回きりであんな短時間で好まれるとは思えません。」


そうだよ。あの一回きりの短時間しか会った事はない。なのに、こんなに執着されるとは思えない。


「ねぇ。シェリア。君はどうあっても俺のこの狂おしい程の想い、信じてはくれないのかな?」


先ほどまで目を細めてニコニコと微笑んでいた彼の雰囲気が変わる。こちらを愛おしげな目で見ているがその眼は昏い。

や、やばい。彼の地雷を踏んでしまったような……。


「し、信じる。信じますから!」


私は慌ててそう口にする。

ふと、こんな時にゲームの記憶を思い出す。


彼はプレイヤーが自分の恋慕の気持ちを否定したり、彼の気持ちを信じないとヤンデレが増していくキャラだった。

ゲームしてる時は萌えたものだが、現実は恐怖である。


「本当に? なんだか怪しい気がするけど。」


「ほんと、本当。信じました!」


「……。」


無言で練習場のベンチに私を押し倒すキリト。


「ちょっと、信じるって言ったじゃないですか!」


「いや、君の言葉は信用ならないね。口先だけな気がする。」


自分の事は信じてと言いながら、人の言葉を受け入れないとはどうなんだろうか。自分勝手ではないのか。


「でも、どちらでもいい。……君はここから出られないから。」


今、とんでも無いことを聞いた気がする。

どういうことだ?


「それ、どういう意味……んっ!」


私の言葉は最後まで続かなかった。

彼に口を吸われ、口内を貪られる。


「んっ……ふぁっ。」


自分の口から甘い声が出て恥ずかしくなる。い、いやだ。やめて欲しい。


「今度会ったら夫婦に……そう言ったのは君だよね。」


不意に口を離され、右の耳元で囁かれる。

思わず肩が震える。

キリトがそれに気づいたのかニヤリと笑った。


「耳、弱いんだ?」


今度は左の耳元で囁く。

くすぐったくて彼から顔を背ける。


「いゃ……、やめて」


「君はかわいいね。本当に。」


そのまま、私の耳を軽く噛むキリト。


「っんん!」


「普段、澄ましている君がこうして甘い声を出してると思うと……たまらない。」


耳元でとんでもなく甘ったるい声で話すキリト。吐息が耳にかかりくすぐったい。耳朶を口付けるように何度も食む。


「んん~っ!!」


だめだ。耳を責められるのはとても弱い。

羞恥で顔が熱くなる。赤くなっているのが自分でもよくわかる。


「ああ、いいね。その顔。とてもそそるよ。」


そんな私を見て彼は嬉しそうに笑う。

そのまま耳を執拗に責めるキリト。耳の中を舌で舐められて背筋がぞくっとする。


「お願い……、やめて……!」


「……そんな顔されたら余計に止められるわけ無いだろう。」


私は彼から離れたくて彼の胸を手で押した。だが、その手を捕まえられる。


「煽ってるの?」


「違うっ!」


「大丈夫。優しくしてあげる。初めてみたいだから、少しずつ慣らしてあげる。今日は耳、唇。明日は首筋、胸。明後日は手、指先……その次は…」


とても、恥ずかしいことを言われている。彼が耳元でしゃべるたびゾクゾクと体が震える。


最後に彼はにっこりといつもの優しげな顔で微笑むと


「大丈夫。時間はたっぷりあるからね。」


そう言って私の口に唇を寄せた。

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